第四話 フィスとミナとあたし
あれから数日間、あたし達はこのド・ロン公爵領の辺境にあるミング村に滞在した。
その間、あたしは剣の鍛錬をしつつパーティの二人と交流していた。
「それにしても、前だったら事あるごとに『あーミナのおっぱい揉みてえ』とか言ってたフィスが、すっかり大人しくなっちゃって」
ピンクのショートカットの女の子、ダーチャはあたしが素振りしている隣に座りつつ、鍛錬に付き合っている厳つい男、ロシュフコーと話している。
「大人しくなり過ぎではないか?ミナとあれから、まともに話してないように見えるぞ」
……お見通しか。
「そんなことはないさ」
と、大盾……前世で言うと剣闘士の映画に出てきたローマ軍団のアレみたいなの……を構えたロシュフコーに木の棒で一閃。
「記憶を失っている割には、良い太刀筋だな。……だが、それを生かしてくれているのはミナだっていう事を肝に銘じて置け」
「そうそう、うちらがこうしてのんびり訓練出来てるのも、フィスの功績をばねにミナが村の代官と交渉して、行動の自由を保証してもらったからだし、何よりあの大けがを夜通しで治療したのはミナなんだからね」
……そうだ、確かにあたしには記憶に残っている範囲でもミナに恩がある。それは認めなくてはいけない。
「分かってる、さ!」
上段からロシュフコーへ撃ち込むが、簡単に見切られて木の棒を捕まれてしまう。
「やはり、記憶を失う前より鈍いな。心に迷いがあると見える。我らを信用してもよいか、天秤にかけておるだろう」
あたしは動きを止める。
「当然だ、俺にとっては初見の人間3人だからな」
記憶喪失である以上、当然の言い分だ。ただ、ダーチャとロシュフコー……そして自分の中のフィスは無条件で信頼していいと思っている。
全く得体の知れないのがミナだ。あの異常な品の良さは決して演技からは生まれない。つまり、恐らくはやんごとなき産まれだという事だ。
そんな人間が、どうしてこの3人と同行しているのかが不気味だった。
「あのさ、……ミナって何処の産まれなんだ?」
二人に聞いてみようと話しかけてみる。
「うちは知らなーい」
「我も詳しくは知らんし、彼女も話さない。只、王族の落胤、あるいは私生児ではないかという噂を聞いたことはある」
成程、王家の私生児ならそりゃ表立って言えないわな。……冒険者に身をやつしているのは、継承者争いに巻き込まれたくないってことか。
その時、村の子供達があたし達の周りに集まり始めた。
「おい、見ろよ、『ウォービートル殺しのフィス』と仲間たちだぜ!」
「ねぇねぇ、どうやってあんな化け物やっつけたの?」
「教えて教えて」
どうやら、フィスはすっかり子供達のヒーローになってしまったようだ。
「そりゃあ、奴の突進を躱したところを大剣で……」
とああだ、こうだと話していたところ、村役場の方から5、6人ほどの人影が近づいてきた。……その顔をよく見てみれば、人間で無いことがはっきりと分かる。
彼等は、豚の頭部を持ち、鉄片を編み込んだスケイルアーマーとハルバードで武装していた。
「貴様らぁ、公爵様のお達しにより6人以上の集会は禁止だぞ!」
「オラオラ、解散しろッ!!」
子供達が一目散に逃げていく。
「……」
余り、見ていて気分のいい光景ではない。
「おい手前ら、上役と話を付けてんのは知ってるが、あんまり目立つマネすると首をちょん切るぞ」
豚共は、あたし達に脅し文句を残して踵を返す。
「……ありゃあ、何だ?」
「公爵の私兵の豚族連中だよ。アブラ=ド・ロン公爵は『豚を従える力』をお持ちなんだって」
講釈をだべるダーチャの顔から、笑みが消えている。豚族は魔国の住民の筈だが、それを操る能力を有している……これが、『昇竜の血』の魔王討伐に役立ったのは間違いない。
……やはり、『昇竜の血』の4人、いや今は4公爵と呼ぶべきか、彼等は稀人なのだろう。
豚族の兵士達が立ち去る途上に、男性の村人と女性の村人が立ち話をしていた。
「邪魔だ、どけ!」
豚族の兵士達は彼等を思いっきりひっぱたき、2人は麦畑に頭を叩きつけられる。
「手前ら、俺達の進路を邪魔したなぁ?……鞭打ち100回だ、付いて来い!」
「女の方はまあまあ上玉だなぁ、俺が頂くとするか」
豚族は2人の手を掴むと、そのまま連行していこうとする。
あたしは溜まらず、駆け出そうとするが、
「止まれフィス。ここで騒乱を起こせばミナの尽力が無駄になる」
ロシュフコーに腕を掴まれ、止められた。凄い力で、とても振りほどけない。
「だけどッ」
「……堪えろ」
こんな、こんな暴虐を黙って見てろってんの!?……あいつら、異世界まで来て何てことやらかしてんのよ!
歯ぎしりする。これじゃ魔王に支配されていたほうがマシなんじゃないの。
「……クッ」
体に入れた力を抜く。……すると、
「はぁ、こういう所は記憶を失う前と同じだね」
「矢張りお前はフィスだ、ある意味安心したよ」
ダーチャとロシュフコーの言葉から、あたしはフィスの気質を探った。……まああの戦いの時の会話から大体は察せられたけど、補完という奴ね。
宿に戻ると、ミナがあたし達を出迎えた。
「記憶はまだ戻らないか……傾聴、明日より我ら『白刃の煌めき』は公爵領首府ウノートンへ出立します。異論のある者は?」
公爵領の首府……というか、パーティ名があるなんて初めて聞いたわよ。
「『白刃の煌めき』ぃ?」
ダーチャも聞き返す。
「フィスの名声は公爵領に広まりつつあるわ。パーティ名にも据えるべきよ」
「……うーん、ミナが、そう言うのなら」
彼女は不服そうだったが、引き下がるからにはミナとはそれなりの信頼関係があるのだろう。……あたしとは違う。
「ダーチャとロシュフコーは出立の準備を。……フィスには、私から話があります」
……正直、ミナと二人きりになるのは嫌だった。でも、
「分かった」
彼女とけりを付ける、機会かもしれない。
ミナの部屋に案内されたあたしは、簡素な布張りのルームチェアに座らせられる。
ミナは、そのまま話を始めた。
「単刀直入に言います……記憶を失ってから、私を避けていたでしょう」
まあ、聡明な彼女からはお見通しだわな。
「そうだ」
「何故?」
「ダーチャとロシュフコーは仲間として見れるが、お前は見れないからだ」
率直に言った。
「……それは、心外ね。私があなた達の為に尽くしている事を、あの二人から聞いている筈でしょ」
ミナの美しい顔が……歪まない。あたし達に何の感傷も抱いていないかの如く。まばたき一つせずに、無感動な顔で此方を凝視する。
「一応はな」
「……あなたを必死に治療したことを聞いてでも、そんな態度を取るの?」
「それは恩に感じている。だけど……」
生理的に受け付けないのだ、この種の恩着せがましい人間は。
「……かってのあなたなら、そんな態度は決して取らないわ。例え記憶を失おうとも。本当、以前とは別人ね」
……別人だとも。いや、まさか……
「そうでしょう、『稀人』さん」
さと、られた……
「だからそれは記憶そう……」
「記憶喪失の人間は、自分は記憶喪失だって強く主張しませんよ、それにフィスは爪を噛まないわ」
ムキになって反論しようとするが、そもそも反論するだけの材料が、あたしには無かった。他二人はともかく、彼女を騙すにはあたしはフィスを知らな過ぎたのだ。
顔面蒼白になるあたしに、ミナは優しく諭す。
「……大丈夫、他人にはもちろん、あの二人にもその事は明かさないわ。私にはあなたが必要だもの」
先ほどまでまばたき一つしなかったミナの目が、一瞬閉じられ、
「怖がらなくていいの。だけど、」
フィスの『死』を知ったミナの頬に、何か光るものが見える。
「その……」
ミナがフィスをどう思っていたかが察せる態度。チッ、これだから女って奴は。
「……ごめん、もう、行っていいから」
引き絞るような声を出し、手で顔を覆うミナ。……その元々は美しかっただろう手首をよく見てみれば、無数の傷……言っとくけどリストカットの跡じゃないぞ……戦いや、あるいは手仕事で付いただろう無数の傷跡がついていた。手も使い込まれた、煌びやかさやつややかさを失わないものの細かな傷や皺、爪にはあかぎれが目立つ。
……彼女は決してチェス遊びをする高窓の姫君ではない、フィスと共に戦ってきた一人の人間なのだ。あたしはようやく、彼女という人間をすこしは信用できるような気がした。
「ああ、済まないな」
取りあえず、気が済むまで一人にしてやりゃあいいでしょ。
「ミーナーをなーかーせーたーなー!!」
その夜、フィスが夢に出てきて思いっきり怒られた。理不尽極まる!!




