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第三十六話 最期のパン

 

 

 基地へたどり着くや否や、ディグおじさんとミグおばさんは年甲斐もなく駆け出して抱き合う。

 

 

「……良かったのかな」


「……まあ、これで良かったのでしょう」


 ミナの複雑そうな返答。そう、気を緩めてはいけない。あたし達にとって本番はこれからなのだから。

 

「ダーチャは連中をキチンと追ったのだな」


 確認するまでもない事だが、ロシュフコーは何だかんだでダーチャがキチンと仕事するか心配なようだ。


「それに関しては問題ない。あとはしくじら無ければいいが……」


 まずは彼女の帰還を待つ。

 

 …………

 

「たっだいまーッ!!」


 あたしが戻ってしばらくすると、ダーチャが帰って来た。

 

「ダーチャ、上手く行きましたか?」

 

「モチのロンよ!マーキングするから地図持ってきて!!」

 

 

 ◇

 

 

 作戦室。既に日付が変わってしばらく経ち、レジスタンス一行とあたし達は眠気を胡麻化すために香を焚いていた。

 

 広げられたグラッシー公爵領南部の地図。ダーチャはポイントとなる地点をマーキングしていく。

 

「ここの切り株から西に進路を変更して……」


 地図の縮尺は5000分の1程度。100mなら2cmだ。ダーチャは、最後にグラッシー公の居城から南に10cm……すなわち500mの位置をマークする。

 

「この位置にある大きな木の切り株、それが一杯あるけど全部偽装でそのうち一つが入口だよ。……恐らく位置的に、地下でグラッシー公の居城と繋がっている」

 

 グラッシー公の居城から20kmほどのこの拠点からなら、歩いて4時間程度。日の出までには間に合わない。まあそももそも、兵力を召喚獣に頼っているグラッシー公の場合、昼夜関係あるのかという話でもあるが。

 

「やられたね、あの不自然な切り株の乱立は最初僕も気にしてたんだけど、逆にダミーかなって他のところに目を回してたんだ」


 とはスミカの弁。

 

「到着するころには日が出てるけど、すぐやるのか?徹夜になって寝不足の状態では皆本気が出せまい」


 工場なんてものは設備がそう簡単に動かせるものではない。今は寝て襲撃は明日……いやもう今日か、夜でいいと思う。

 

「……そうか、そうですね。襲撃決行は本日18:00からでお願いします」


 ダナンも納得してくれた。取りあえず、皆で寝よう。

 

 

 ◇

 

 

 起きた頃には既に太陽は真南より西へと傾いていた。

 

「焼きたてのパンを召し上がれ」


 ダナンが故郷から持ち寄ったレシピを元に、エリーさんが昨日から仕込んでいた特製のパン、本来は祝勝会に出す積もりだったらしい。

 

「中がふわふわ!こんなパン食べたことないよ!!」


 食レポに関して、ダーチャ程オーバーアクションの人はそうはいるまい。喜びを全身で表現してくれるのは職人冥利に尽きるだろうけどね。

 

「暖かいパンが、こんなに美味しく感じるなんて……」


 ユースリンクブルクを出立して後はほとんど保存食かあるいは開拓村の配給。粗食には慣れたけども、やっぱり出来立ての食事は美味しい。

 

 それにしても……

 

「これだけの設備があるのに、この作戦が終わったらここを放棄するのか?」


 気になるのはそこだった。実際、この位置は敵の居城から近すぎるとは思うが……

 

「あるからこそ、脚が付きやすいんですよ。これまでも後一歩で踏み入れられるというケースがありました。決行が今日になった以上、終了後は戻らずに各々指定の避難所へと帰還します……勿論、あなた方への報酬は私がすでに持ち出していますよ」


「エリーさんを含む非戦闘員は決行と同時に退避させた方が良い。敵の喉元に近づく以上、何処から逆に襲撃が来るか分からない」


「承知しました」


 ダナンは頷く。

 

「……その、故郷の親御さんに、何か言う事はあるか?聞くだけ聞いておくけど」


「十分な救援は頂いた、これ以上は放っておいてくれとお伝え下さい」


「そうか」


 ……それも、寂しい話ね。

 

 

 ◇

 

 

 そうして、遂に作戦決行の時刻が来た。

 

 後顧の憂いを断つべく、レジスタンス基地には作戦で使うのと同型の魔力爆弾を仕掛け、2時間後に自爆しそちらに衆目を集める計画だ。

 

「ああ、僕の道場」


 スミカは残念そうだけど仕方ない。そもそも、あんな施設見せたらマッタラ公爵領がレジスタンスに関わってるってバレるぞ!

 

 夜風が心地良い地上に出ると、既に上天は月の女神が支配する世界……この世界にはどうも神と呼ばれる存在はいないらしいが。レジスタンスの面々は、半数はあたし達と同行、エリーさん、ディグとマグ夫妻含む非戦闘員の半数は方々にある避難所へと散っていった。

 

 ……警邏の連中に対して気を使いながらの夜行。だけど、これだけの人数(総勢50名程)での襲撃が割れない筈がない。

 

 最終的には強行突破の形を取ることになるだろう。

 

「怖いかい?」


 スミカはあたしに問う。

 

「怖くないと言えば嘘になるな。……申し訳ないが、最悪の事態になったらスミカを頼る計画になっている」


「……ふうん、最悪の事態にならなきゃ頼ってくれないんだ」


 ちょっとすねた感じで彼は言う。


「ミナはそれだけ手間がかかるけど、頼りにはなる人でね」


「ちょっと妬いちゃうな」


 彼は笑っていた。……領地で奴隷労働を強いる冷酷な領主『殺戮のカイン』としての顔ではなく、朱鷺色澄香としての顔で。

 

「さて……」


 目的地近く。先行していたダーチャから報告があり、例の切り株地帯前面に、警邏の歩哨……恐らく正体は召喚獣だろう、それが10人ほど散らばって配置されているという。

 

 スミカは愛剣を抜いた。『孤独ソリチュード』という銘を持っているらしい。

 

 レジスタンスの面々も、各々武器を抜く。


「ダナン、僕がグラッシーの本城で騒ぎを起こして注意を引く。その隙にソーマ工場まで突破するんだ」


「了解、ご武運を」


 スミカの提案をダナンが飲み、スミカは数人を連れてグラッシー城へと向かった。他の皆はいったん立ち止まり、付近の草陰へと隠れる。

 

「何人が、生きて帰れるかしらね」


 ミナが冷徹に呟くと、


「大丈夫ですよ、此処にこれだけしか居ないのならまだ敵の警戒は厳重じゃないです。恐らくは基地の方を調べるのにも人員を取られていると見えます」


 とダナンが返す。

 

 それにしても……今更ながら、グラッシー公に面が割れたということは、それが同盟者である脂公爵にいく可能性が否定できない。

 

 そのリスクを覚悟のうえで、ミナはこの作戦への参加を決めたのか。だとしたら、彼女の真意は何処にあるのだろう。

 

「ミナ、生きて帰れるとしても、ド・ロン公爵領に帰られるかどうかは別問題だぞ」


「……覚悟はしているわ。でも、一方でこれはチャンスなの。グラッシー公の領域支配が揺らげば、アブラ公爵はマイダン公を同盟者に選ぶ可能性がある。そうなれば、……ド・ロン公爵領とプラッシー公爵領に挟まれたユースリンクブルクは継承戦争の戦火に飲み込まれないかもしれない」


 無茶しているのはそういう読みがあっての事か……だけど、


「そりゃあ全部仮定の話だろう?失敗した挙句、逆に俺達がグラッシー公との同盟の為の生贄にされたらどうする?」


「その為の『殺戮のカイン』とのパイプよ。まあその場合はド・ロン公爵領には帰られなくなるけどね」



 ……まあ、ミナにその辺は任せよう。今は、目の前の戦闘へ集中するのだ。


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