第三十五話 静寂のガバガバガバナンス
という訳で本来、尾行役はダーチャ一人だったのを、駄々こねて俺も同行することになった。
「……」
ミナとダナンが本来考えていた作戦では、ソーマの原料をマッタラ公爵領側から受け取った連中をダーチャが尾行しソーマ工場の位置を確認後、レジスタンス基地まで一度帰還し改めて全員で強襲する予定だった。
しかし、ミグおばさんを俺が救出し、ダーチャとは別口で一度帰還することになる。
……不確実性が増えたことに、彼女は不満げな表情。
「無茶はフィスの十八番ね」
と少し愚痴を漏らす。
「ダーチャ、くれぐれもフィスが無茶な行動をしない様に見張ってて」
「はいはい」
うわ、信頼されてねー……
◇
すっかり夜が更けた頃、作戦開始。
ダーチャとあたしは、目的地である狭隘なサムハ渓谷へと出発する。
基地からの距離はさほどないが、荒々しい崖路が続くため合流場所への所要時間は4時間程。
「うへ、疲れてきたぞ……」
第一スミカとの鍛錬からそれほど間が開いてない。その状態で山登りとはハードモードだぜぃ。
「文句言わないでよ。付いてくって無理言ったのはフィスでしょ」
「へいへい」
だけど、ディグのおっさんには襲撃時にうろたえてた連中を静めてくれた恩がある。その借りを返したいというのはあたしの単なるわがままじゃないと思うぞ。
「ハッ!!」
いつもの鈎縄はないのでアクロバティックな機動は出来ないが、出来る限り足跡を残さない為に固い岩の地盤を歩く。
「マッタラ公爵領側の連中と、ちゃんと手打ち出来てるって話だけど……」
「そこは心配ない、そっちは俺に任せてダーチャは尾行に専念してくれ」
「はーい」
それにしても、ダーチャと二人きりになるなんて珍しい。……んだけど、長話している暇なんて無いのはお互い承知、第一尾行が任務だろうが。
道なき道を歩く。時には月明りだけを頼りに岩の上をジャンプしていく。
足を踏み外さないよう注意しつつ、二人で進んでいく。
「……ふぁ……」
淡い月からの光が、二つの黒い崖に挟まれたひと二人分がやっと通れる峠道を映し出した。
「目的地までもうちょいね。ほら、早く早く」
手招きするダーチャ。幸い地盤は固く、足跡が残る心配はなさそうだ。
あたし達は目的地へと急いだ。
◇
目的地は、渓谷の半ばにある若干広い場所。ヒカリゴケがうっすらとあたし達を映し出す。
しかし、その光景に見とれている場合じゃない。ダーチャは隠れられる場所……端の方にある岩の裏を発見し、手を引っ張ってそこにあたしを連れていく。
「……緊張するね」
「当たり前だ」
それが、奴隷狩りの連中が来るまでにあたし達が交わした最後の会話。計画ではあたし達より1時間程遅れて、奴隷狩りの奴らが現れる手はずとなっている。
……冷涼な渓谷に、時間だけが過ぎる。
音はあたしとダーチャの呼吸音だけ。
……長い、一分がまるで一時間のように感じられた。
◇
やがて、10人ほどの足音があたし達が来た方からするのを確認。
緊張が走る。本当に、どれだけの時間待っただろう。
「……奴らはまだ現れんか」
「チッ、それにしても今回は手を広げ過ぎだぜ。何度公爵様のご依頼をこなせば、俺達は解放されるんだ」
「あの村じゃ痛い目にあったしな……連中、まだ何処かに潜伏してるんだって?」
「確かソーマにゃ支配の魔法がかかってる筈だが、奴ら初めからそれを承知でかいくぐりやがったのか?」
連中も連中で事情があるのは百も承知だ。……どうもあの開拓村での戦いは敵方にもかなりの衝撃を与えているようだ。
「ユノスで此方側の間者が聞き込みして、公爵様が連中を同定した。『白刃の煌めき』っていう銀級冒険者らしい。……恐らくはド・ロン公爵の間者ではないかと話されていた」
「あの豚のかぁ?奴さん話によれば公爵様の武力を欲しているらしいじゃないか。何で間者なんか送ってくるんだよ」
面が割れてる……!?チッ、グラッシー公も中々曲者ね。
「公爵様は玉座をお求めだが、その為の同盟者としてあの方の力を必要としておられる。あの方はドミニア女公だけが目当てだという話なのでな」」
一人はどうも公爵直属の部下っぽいわね。……でもお喋りが過ぎる所を見るに、規律が緩みぎみの様子。朱に染まるという奴か。
「公爵様もドミニア女公をお求めではないのかい?」
「いや、あの方はあくまで玉座に登る手段として女公の王家の血を必要としておられるだけだ。別に婚姻相手はラティア殿下でも構わぬと言われている」
「あの妾の子をかぁ?」
「妾の子でも王女は王女だ」
……地味に重要な情報ゲット。ガッバガッバガバナンスねこいつ等、東証一部上場企業じゃこんな情報商売敵に漏らしたら即首よ首。
「……お、連中のお出ましだぜ」
車輪が回るカラコロカラコロという音。
荷車を引いて何者か……ソーマの原料を積んだマッタラ公爵領側の人間が現れたようだ。
「……おう、お疲れ様。荷物を拝見するぜ」
奴隷狩り側の一人の男が、荷物を確認しているらしい。
「OKだ。こいつらはあんたらの物だ、自由に使いな」
鎖の音。奴隷狩りがマッタラ公爵領側の連中に奴隷をつないだ鎖を手渡したようだ。
「……それでは、失礼する」
カラコロカラコロと、再び車輪が回り始める。
……しばらくすると、
「……いるな。出てこい」
ゲッ、感づかれてた。
あたしは率先して彼等、マッタラ公爵領側の連中の前に姿を現す。
「……」
気付いた時にはダーチャは居なくなり、奴隷狩り連中の尾行を開始した模様だ。
「……おい奴隷共、お前たちの中にミグという者はいるか?」
その場にいるのは8人。うち6人が連れてこられた奴隷だ。他二名はいずれも男、二人とも頑健そうな肉体の上に鎖帷子を羽織っており、一人なら兎も角二人一緒に相手にすることは出来なそうだ。
「……はい」
やつれてはいるが小柄な太っちょのミグおばさんで間違いない。その人が恐る恐る手をあげる。
マッタラ公爵側の男は、彼女に近づき……彼女と鎖を繋いでいる手枷を外した。
「……え」
「そいつに付いていけ。旦那が待っているそうだ」
おばさんは面と喰らった様子だったが、状況を飲み込むと、あたしの元へ駆け寄った。
「あ、ありがとう、ありがとう」
「後の連中は付いて来い。逃げようなんて思うなよ」
男はそのまま奴隷の鎖を持ち、奴隷たちをマッタラ公爵領へと連れていく。
「……その、他の人たちは、どうなるんだ?」
「奴隷狩りに狩られた人間は、当然奴隷として使うに決まっているだろう。……貴様、カインに気に入られるとは相応の使い手なのだろうな」
「……手合わせをしたいのか?」
ミグおばさんを連れている手前、挑発は不味いって!!でも、でも……こうして無残な様を見せられると心が動くんだよ!
「今はお互い止めた方がよかろう。いずれ機会が巡ってくるかもしれん、その時が楽しみだな、『白刃の煌めき』のフィス」
「さあ、行くぞッ」
無情にも引かれる鎖。二人の男は奴隷を引き連れ、来た道を引き返していく。
「……」
結局あたしに出来たのは、ミグおばさん一人を助け出すだけだった。
「行こう、おばさん」
そのまま彼女を連れ、あたしはゆっくりと帰路につく。




