第三十四話 殺戮なんて物騒な名はあくまで他人が付けたものです
ヘトヘトになって作戦室へ帰ると、ディグのオッサンがダナンに何か直談判していた。というか、この人もレジスタンスに参加していたんだ……
「だからその作戦、おらも参加させろって言ってんだ!!」
「奴隷たちを救出する作戦では有りません、故にあなたを参加させる訳にはいかないのです!」
あー、なるほど……ダグのおっさんの嫁さんのミグは連れ去られたままなのね。
それにしても、連れ去られた奴隷たちは完全に見捨てる前提の作戦だ、ミナが依頼として参加を決めたとはいえ、あたしとしてもちと疑問が残る。
「……ただいま」
「おかえ……てちょっとフィス、怪我してるじゃない!!」
作戦室内に帰ると、ミナが直ぐに駆け寄ってきた。
「全く……ラ=ザイナ=ウルス、呼び覚ませよ内なる炎、リカバリィ」
ミナの唱えた呪文により、あたしの自然回復力が加速されて怪我が治癒されると、ミナはその原因であろうスミカを睨む。
「……稽古をつけるにしてもやり過ぎです」
と彼女は文句をつけるが、
「痛くなければ覚えないさ。そうだよね、フィス」
スミカも悪びれずに返した。
「ま……まあな」
うーん……それにしても、
「……ところで、奴隷にされそうな人たちを、作戦中に何とか助けられないのか?」
後を付ける必要があるのは荷物をもって工場へ向かう連中だ。奴隷たちを連れた連中を撃破し、彼等を開放できないのかと思う。
「作戦中にそれだけリソースを割いている時間はありませんし、解放した奴隷を収容しても味方につけられるかも分かりません。そもそも、此処もいつ見つかるか……」
ダナンの考えは分かる。不確実性を出来るだけ排除したいという事だろう。
「……そうか」
どうにも、彼は組織のリーダーの器ではない。考え方がミニマムだ。何と言うか、……5000ゴールドの件といい誰か黒幕が居そうな雰囲気。
出資者と言っていたからスミカがそうなのか?だとすると、冒険者ギルドが全ての大本か?
……少し、ミナと相談するべきかもしれない。
「ミナ、少しいいか?」
「作戦決行まで3時間だから、お早目にどうぞ」
あたしはミナを連れ、最初に寝かされていた部屋へと戻った。
◇
部屋に入ると、
「やっぱりこの依頼はマズい。初心に帰って直ぐに帰路へつくべきだ」
あたしは断言する。自らの安全を確保するなら、ホイホイ黒幕の意図に乗ってグラッシー公と敵対するより安全策を取るべきだ。
「危険は承知よ。グラッシー公に関する重要な情報を得られるチャンスじゃない。このまま帰ってもアブラ公爵の元には通されないわ」
「……何を焦ってるんだ。今回はこれまでとは違う、決定的にこの国の大権力者を敵に回すんだぞ!……それにスミカ。彼は……個人としては悪い人じゃないけど、恐らくバックに大きな組織がある。彼等の意のままにされるのか?」
危ない橋なら何度も渡った。これ以上は沢山だ。
「スミカの件は分かってるわ。……このレジスタンスのバックに居るのは、マッタラ公爵領よ」
「どういうことだ?」
奴隷をグラッシー公に供給してもらっているマッタラ公爵領が?何故?
「他でもない、スミカが『殺戮のカイン』ことカイン=ナ=マッタラ公爵本人だからよ。ダナンは気付いていないようだけどね」
「は?」
公爵本人が?……いくら不死身だとかいう話とはいえ……
「そ、その証拠は?」
「彼の名前と金級冒険者証。スミカ=アイビスは『殺戮のカイン』の冒険者ギルドへの登録名よ」
「……マジかよ」
さっきあたしは、魔王を倒した世界最強の存在の一人と立ち合わせさせてもらったという事になる。恐らく相当手加減してたんだろうな……
「状況が悪化した場合は、彼に庇護を求める積もり」
「そんなことが、出来るのか?」
「……私にはできるわ」
ふーん、随分と自信があるんだなぁ……というか、スミカが本当に『殺戮のカイン』なら、
「分かったよ、ミナ。『白刃の煌めき』のリーダーはミナだから、ミナの思うようにやればいいさ。ちょっと用事が出来たから、失礼するよ」
「……誰に用事があるの?」
「少しね」
……スミカに頼めば、ダグのおっさんの嫁さんを解放してもらえる?
◇
スミカを例の道場に連れて行き、二人だけになる。
「僕に折り入って頼みというのは?」
……ちょっと困惑した様子だけど、
「……正確にはあなたじゃない。……『殺戮のカイン』に用事があるんだ」
とあたしが言うと、顔がキュッと締まって別人のような雰囲気を醸し出す。
「彼女に、聞いたんだね」
「……ああ。俺が襲撃を受けた村から連れ出した奴隷を、一人解放してもらいたい」
「見返りは?」
間断なく、聞き返してくる。
「……見返りは……見返り……」
「それが無ければ、受け付けないよ。それが取引というものだ」
……あたしから、彼に供給できるものがない。
「……じゃあ、何で奴隷を他の公爵連中と取引までして領内に引き込む?」
「え、何故って、労働力がいるからに決まっているじゃないか。うちは自由人階級は国民皆兵なのでね」
……鎖国中のマッタラ公爵領は、どうも厳格な階級制度が布かれているようだ。
「君こそ、僕と取引してまで彼等を救おうとするのは何故だい?」
「……?」
「こう考えたことはないかい。僕らは転生者、すなわち同類だけど、彼等土着の人間は所詮、この土地の土着生物だ……本来、地球の人間とは違う存在だ」
……それは、そうだけど……
「彼等は余りにも弱く、そのうえ他力本願だ。『魔王』という厄災を自らの力で解決することは終ぞ出来なかった。いいかい、明菜。彼等はその程度の存在なんだよ」
スミカのその話を聞いて、得心がいった。豚公爵の住民に対する冷酷さも、グラッシー公の宗教的に隷属した人間に対する軽蔑も。
そしてその意味において、『殺戮のカイン』と呼びならわされた朱鷺色澄香も彼等の仲間だという事も。
「王国は今更に稀人を危険視して、捕らえて回っているようだけどもう遅いね。僕らは支配階級となり、彼等は隷属する。僕の領土ではそれを先んじて行っているだけさ」
「だけど、現実にここは彼等の土地で、あたし達は迷い込んだだけだ。あなたの態度は分からないでもないけど、それでもあたしには彼等の中に仲間がいるし、知っている人間は救ってあげたい」
そうあたしが言うと、スミカは呆れた様子だったけど、
「……分かった、そうまで言うならその……何と言ったかい、」
やはり彼には、彼女には良心がまだ残っている。
「ミグおばさん。コロッと肥えた40代位の女性だ」
「その人だけ、こちら側で回収した時点で解放するようにしてやるよ。……ただ、覚えておくといい。彼等の感心を引くことなど、僕らには大した役に立たない」
というと、スミカは懐から青い石の付いた羽飾りの形をしたマジックアイテムか何かのようなものを取り出し、連絡を始めた。
彼が羽飾りに『オ・ドブロ(乗せよ)』と唱えると、青い石が起動し、リアカーを引いた黒いフード付きローブの4人組の姿が現れる。
……マッタラ公爵領側の、奴隷との交換になる何か、つまりソーマの原料を運んでいる連中と思われた。
そしてそれは、彼が『殺戮のカイン』、あるいはそれに類する存在であることの証左。どうせ接触場所の情報源も彼なのだろう。
「……僕だ。奴隷を受け取ったら、その内一人を僕らに預けてほしい。ああそうだ、名前はミグおばさん、40代位の太った女性。作戦そのものは予定通り行う、奴隷狩り共と接触した上で連中とグラッシーの『チャネル』を封じろ。では」
スミカ、いやカイン=ナ=マッタラの鶴の一声が響くと、そのまま通信は切られて像は消えた。
「……ありがとう」
「君の関心を引くのならば安い代償さ。さて、作戦前に余り長話していると不信がられるだろう、戻ろうじゃないか」
彼は、スミカの雰囲気に戻ったうえであたしに笑顔を見せる。
その裏にあるものを勘ぐりつつ、あたしは彼とつんだって作戦室へ戻った。




