第三十話 はじめてのさつじん
ディグおじさんが絶叫しつつ食堂に入って間も無く、ミナとダーチャは食器と中の食事をためらいもなく床へ落とし、そのテーブルをあたしとロシュフコーが扉へと運んでバリケードにする。
「あ、あんたら何をするんだ、嫁が、嫁が連れ去られちまったんだぞ!!」
おじさんは抗議するが、
「その救出は奴らをやり過ごしてからだ。相手は何人いる?」
ロシュフコーは冷静に、彼に対して状況を尋ねた。
「だ、だけど……」
尚も抗議するおじさん。
「何人だ」
その押しの強い顔でロシュフコーは、あくまで冷静さを崩さず再度尋ねた。
「さ、三十人ほどだ。皆馬にまたがってる」
「奴らの乗っている馬には鞍と手綱はあるか」
……そうだ、公爵の権能が効いていれば、恐らく直接馬にまたがらなければ馬を使えない筈。しかし、馬具なしの馬のコントロールはそれはそれで至難の業らしい。
「公爵の権能が効いて居れば、連中も馬具が使えない筈だ。あるか?」
「……ある」
……だとすれば、奴隷狩りで持ち帰った元開拓農民をそのまま奴隷狩りに使っているのか?もしくは、本当に手打ちの上でやっているのか?
馬の蹄の音が近づいてくる。奴らは近い。
そして、
「おい、開けろ!!開けねえと食堂ごと燃やすぞ!!」
ドンドンと扉を叩く音と共に、暴力的な声が響く。2階建ての食堂にいた20人ほどの開拓農民たちに走る緊張。
「あなた方の要求は何です!!」
ミナが問う。
「……ダーチャ、裏口になりそうな場所を探して。最悪、屋上から屋根伝いに私達だけでも脱出します」
「うん」
ダーチャがその場を離れると、敵が要求を返してきた。
「手前らの中からあと6人差し出せ!そうすりゃ後は見逃してやるッ」
「全員仲良く畑の肥やしになりたくなきゃ、賢明になるんだなぁ!!」
無茶な要求だ。あたしは、即席で作戦を思いつく。
「……俺とロシュフコーとあと4人、囮になって偽装投降する。ミナは2階から魔法で奴らを攻撃して、それを合図に奴らを騙し討ちにする」
「それ、間違いなく決行できますか……?」
ミナは問う……彼女は、あたしに人が殺せるかと問いているのだ。
「こうなった以上、……覚悟は、出来ている」
手汗が出る。腹とズボンの間に隠したナイフだけが頼りだ。技術的な面においても不安は残る。
そして……
「どうする?」
「あの4人どうもプロらしいぞ。連中に全部任せればいいんじゃないか……」
動揺し、あたし達任せにしようとする他の開拓農民たち。
「うろたえるんじゃねえ!!」
しかし、彼等をディグおじさんが叱咤してくれるようだ。
「おら達の身はおら達で守らなきゃどうする!?」
「……ディグさん」
あたしは、ディグおじさんに近づいて小声で作戦を伝えると、
「成程、悪かぁねえな。……あと3人、荒事に向いた奴を選び出しゃあいいのか」
と、彼自身も乗り気で農民たちに声をかける。
幸いにして、元傭兵の肉体派のハゲ親父ロク、ほっそりとした元狩人のギーズと、ディグの話によれば彼同様、妻を攫われたらしいずんぐりとしたマルドーが囮役に名乗り出てくれた。
あたし達同様、懐にナイフや包丁を隠す。
「おい!まだか!あと一分だけ待つ、その間に……!」
荒い声に対して、ミナの凛とした声が響く。
「落ち着いて下さい、今6人の方が名乗り出ました」
「……おう、それなら早くしろよ」
朕より始めよ。あたしは他の5人を先導し、バリケード替わりのテーブルをどかして、扉から出る。
「ふん……」
奴隷狩りの親分格だろう、眼帯と胸当てを付けた屈強そうな男が馬上からあたし達を出迎えた。奴の周囲にはあたし達を取り囲むように6人。食堂を取り囲んでいる人数は左右に5人ほど。
……ディグのおっさんの話が確かならば、まだ他にも連れがいる筈。
「よーし、コイツらを縛れッ」
親分格が指示し、取り囲んでいた6人があたし達に寄ってきた……
― 刹那
「ラ=ザイナ=ウルス、火球を以て敵を討て、フレイムボール!」
食堂を取り囲んでいた連中のど真ん中にミナが呪文を唱え、5人ほどが火球に巻き込まれる。
「呪文ッ!?」
あたし達はナイフを取り出す。それぞれ自分達を縛ろうとした男達に襲い掛かった。
あたしは正面の相手……ゲスな嗤いを浮かべあたしを縛ろうとしていた小男の腕に、ナイフを突き立てるッ!!
「い、痛ええッ!!」
更に股間へ蹴りを一発。男は幸いにして腰にサーベルを携えていたので、それを奪う。
『後ろから親分が来るぞ、跳び退いてかわせ!』
『フィス』が久しぶりに助言をくれる。
「ちょございなッ!!」
親分格はサーベルを抜き、馬を走らせてあたしに襲い掛かろうとするが、一手遅いッ!!
あたしが居るところをサーベルが通るその刹那、バク転宙返りッ!!
「馬鹿な、奴ら素人じゃねえぞッ!!」
叫ぶ親分。
傍らをちらと見れば、ロシュフコーも相手からサーベルを奪い、そのまま大立ち回りを演じている。
「野郎……ッ」
あたしにサーベルを奪われた男は、立ち上がると腕に刺さったナイフを抜き、あたしに敵意を向ける。
まだ数的には圧倒的不利……状況を考えるに、止めを刺すしかない……ッ
額から流れ出る汗。ナイフ片手に男が突進してくる。
あたしも、サーベルを突く体制に構えた。
「でやあああッ!!」
そのまま、右胸に一突きッ!!
「ハァ、ハァ……」
サーベルを伝って流れ出る血。なまぬるい生命の感覚。とても、そのまま持っている気にはなれない。
力を失った男をサーベルが刺さったまま蹴り倒すと、そのまま死ぬに任せる。
その時のあたしは、まさしく探偵もので初めての殺人をしてしまい、結果として現場に証拠を残していく犯人の心境だった。全く冷静ではなかったのだ。
心臓がバクバクいう。
「貴様ぁ!!」
親分ともう一人、馬にまたがった敵があたしを挟み撃ちにするように左右からサーベルで襲い掛かる。
『奴からサーベルを抜け。一方を……』
フィスの助言が脳内を流れるが……
『おい明菜……早く、早く正気に戻れッ!!そいつを刺したサーベルを……』
あたしは明らかにぼうっとしていた。
「フィスッ!!」
一人を仕留めたロシュフコーも、あたしの状況に気付きその名を呼ぶ。
あたしは、あたしは……
双方から迫る白刃。ようやく身に迫る危機に気付き、あたしはしゃがもうとする。
だけど、もう遅くて。
「死ねッ!!」
親分のサーベルの白刃が、あたしの背中を一閃した。
激痛。
子分の側のサーベルが首筋に迫っていたが、それは何とか回避する。……いや、親分の斬りつけの方が早かったお陰で、倒れて届かなかっただけだ。
痛い、痛い、痛い……
普段、戦いの可能性がある場合はシャツの裏地に鎖帷子を着込むのだが、今はそうしていない。つまり親分の一撃はもろに決まった訳だ。
だけど、……致命傷ではない。恐らく斬撃は脊椎までは届いていない。まだ戦える。
立ち、あがる。
今度こそ、倒れ命を失った小男から、その致命の一撃を与えたサーベルを抜き取る。
「無理をするなッ!」
一人を切り伏せながら、ロシュフコーが言うけど、
「……まだ生きていたか、化け物め……」
この眼帯野郎だけは、あたしの手で仕留めるッ!!
血を失い、判断力を失ったのがプラスに作用したのか。ただそれしかあたしは考えられなかった。
馬と共に突入してくる親分。あちこちに散っていた部下共が戻ってきたのか、今度は3方向から3人で仕掛けてきた。
傍らを見ると、ギースとマルドーが討ち取られ、地面に突っ伏しているのが確認できる。
……あんな風に、なるものかよッ!!
迫る3騎の敵。あたしは親分だけを見据える。
親分の白刃が、あたしに迫った、その刹那 ―
『跳べッ!!』
フィスの指示の元、飛び上がるとそのまま親分の腕にサーベルを振り下ろす。
しかし敵もさるもの、瞬時にそれをサーベルで受け止めた。
……莫迦めッ!!
闘気があたしの中に流れ込むと、馬体と合わせて重量では圧倒的に優位な筈の親分と馬の体制が一気に崩れる。
「なっ」
とてもサーベルを持ってられなくなった親分がそれを手から離すと、あたしは瞬時にサーベルを振り上げ、
「破極尖空」
馬体ごと一刀両断。
そもそも巨体のウォービートルでさえ両断する奥義である。人体と馬体が耐えられるはずもなかった。
大量の血しぶきを吹き出しながら、袈裟懸けに崩れ落ちる親分と馬の上半身。しかし、
「よ、よくもッ」
残る二人の部下が、あたしに襲い掛かろうとする。……ここまで、かな。
いや冗談じゃない、こんなところで死ねるかッ!!
だけど、だけどもう流石に体が動かない、畜生、畜生……
― 刹那
その二人を貫く、何本もの矢。男達は落馬し、そのまま息絶える。
「無事かっ!!」
若い男と女の姿が、そこに現れたのを確認すると……あたしは生き残った事に安堵したのか、倒れて目の前が真っ暗になった。




