第二十九話 農場の午後
はぁ、はぁ、はぁ……
あー、疲れた……というか、畑もキチンと耕して用意すべきじゃないの、こういう時ってさ!
持った事なかったから分かんなかったけど、鍬って重心が先端にあるせいですっごく重いんです!
切り株とかおっきな草とかがあると犂を入れられないから、コイツで掘り起こす必要がある訳よ。
「ふぇ……」
また一つ、でかい草を鍬で掘り起こす。うんとこしょ、どっこいしょ!!
こうして、ただっ広い未開拓の草原を開墾し始めてはや4日。
さっさとパン屋の不孝息子を探し出したいのに、こっちにも班長から仕事がどしどし割り振られる始末。逃げる隙もあったもんじゃない。
ミナはそれなりに聞き込みを行っているようだが、今のところ成果なし。
ダーチャが見つけた、オ・ドロン公爵領出身のパン屋の息子は全然違う人だった。
……ただ、これだけ此方から情報を流せば、向こうが聞きつける可能性だってある。希望は捨てちゃ駄目だ。
「……とミナが言ってたけど、どうだかなぁ」
そもそも、元居た住民は一体どこに行ってしまったんだ?こんな良条件の土地が、これまで手つかずだったなどという事は考えにくい。
不孝息子夫婦が、状況が変わる前にプラッシー公爵領へ移住していたとしたら……
◇
班長から与えられた今日のノルマ分をこなした頃には、そんな事考える余裕がないほどへとへとになっていた。
全く、あたし達の食糧はこういう地道な労働によって作られているのである、はー。
夕飯の配給にはまだ時間があるので、一休みすることにした。
昨日掘り起こした切り株に背中を任せ、もたれかかる。
「……」
思えば、『フィス』に転生したときもこうして、『フィス』が突き飛ばされた時に折れた木の切り株に背を任せていたんだっけ。
もう転生してからやわら1ヵ月……最近出てこないけど、大丈夫かな『フィス』の奴……
……近づいてくる足音。あたしはつい、『フィス』として沁みついた癖で立ち上がるが、危険な相手で無いことは間違いなかった。
「精が出るねえ、兄ちゃん」
「あの姉ちゃんの分もやってるんだろう?体がもたんから休んまし」
足音の主は隣の畑を任されているオーレス夫妻、夫の人のよさそうな中肉中背のおじさんのディグと妻の太っちょのミグ。親し気に話しかけてきた。
「まあこのくらい……」
頭の上から垂れてくる汗をぬぐいながら答える。いつの間にか、隣で働いていたロシュフコーも傍らに腰を落ち着けていた。
「あの子、あんたの嫁さんかい?」
「いや、召使と主人みたいなものさ。お陰でこういう体を使う仕事はこっちに回ってくる」
端的に、立場を説明する。あんまり込みいった事情を話して怪しまれても困る。
「そうかい。頑張んなよ、開墾さえ終われば割り当てられた土地はおら達のものだ。公爵様のご厚意に感謝しないとな」
……それだけ言うと、オーレス夫妻は農作業へと戻っていった。
公爵様のご厚意か……かっての住人達の行方が分からない以上、あたしはそれに期待してはいなかった。
万が一、ここが彼等から奪った土地で、後々権利を主張されたらどうなる?
……いや、だけど共同生活とはいえ衣食住を保障してくれる公爵に、例え支配の術式の効果が無かろうと彼等は強く言うまい。
「……ロシュフコー、ミナとダーチャは?」
「東のサンゼナール農場で聞き込みを行っている……今のところ具体的な成果は上がっていないが、妙な噂が立っているのを耳にしたようだ」
「噂?」
妙なのはこの農場そのものだけど、取りあえずロシュフコーから聞き出してみる。
「何でも、南のマッタラ公爵領から奴隷狩りの一団が出立してこっちに近づいているとか」
ど、奴隷狩り?というかそれがホントならニート公爵は何してる訳?あの人偉い人よね、そういうのから住民を守ってくれるから偉いんじゃない訳?
「……本当なら恐ろしい事だな」
このプラッシー公爵領も、鎖国状態のマッタナ公爵領も、碌な状態でないことは分かる。
「あくまで、噂だ」
……噂、か。
◇
夜。ミナ達と合流し、夕食の配給を受け取ったあたし達は4人で食事をとっていた。
配給で回ってくるのはじゃがいものスープとふかふかのパン、それに他の農場で取れたお野菜のサラダと豚の煮込み。……配給の割りにいいものが出るのよね、何かからくりが有るんじゃないかしら。
「……はぁ」
共同食堂の中央に置かれた、例の趣味の悪い高さ4m程の大仏があたし達を見下ろす中で、ミナが溜息を付く。今日も進展は無かった様子だ。
「ミナ、お行儀が悪いよ。こうして4人無事息災なんだから、その内成果は上がるって」
ダーチャが彼女の背中をポンポン叩いて諫めた。
「それにしても、お金も最低限しか持ってきていませんし、聞き出す手段が限られているのでは……」
「そうだな、ここじゃ道具が無さ過ぎる。……銀級冒険者として、正面から入国したほうが良かったんじゃないか?」
と俺がじゃがいもを頬張りながら答えると、
「……その形でも、洗礼は受けねばならない様子です、昨日入場しようとした冒険者がそれを要求されて拒否した結果、退去を命じられたそうなので……必然的に、探索可能範囲は狭まっていたでしょう。それに、この辺りには『開拓村』しか有りませんし、開拓村には旅人向けの施設は一切ありません。皆の生活が配給で成り立っている以上、施しも期待できませんし……」
ミナは厳しい現実を突きつけてきた。冒険者として入場すれば、野宿を覚悟しなければならなかったのだ。……まあ、そのつもりだったんだけど、何せ公爵の権能が効いている土地、食糧の持ち合わせも大してなく、数日で一度ユーデリッハ公領に戻らなければならなかっただろう。
それを考えれば、少なくともミナとダーチャは聞き込みに集中できる現状は、そう悪い状態とは言えないか……
「それにしたってだよ、ホント、元々の住民たちは何処に行っちゃったんだろーねー」
ダーチャはあたしも感じていたその疑問を言語化した。
「……分かりません。分かりませんが……グラッシー公の事、この宗教とソーマによる『マナ牧場』の形成にあたって、役に立つ形で利用しているに違いありません」
『マナ牧場』、か……グラッシー公が本気で開拓農民の事を案じているのなら、奴隷狩りの越境なんか許すはずがない。
その手腕が試されるってとこだろう。というか、奴隷狩りが万が一、グラッシー公と殺戮のカインの間で何らかの手打ちの上で行われているとすれば、不従順な元の住人は皆奴隷としてマッタナ公爵領に連れていかれたという最悪の想像さえ浮かぶ。
「だとすれば……」
ミナが何かを言いかけた時……慌てた様子の足音が屋外から近づいてくるのが分かった。席を立つ。
「……ミナ、ストップ。何かが来るぞ」
あたしの言葉に、他の3人もまた食事の手を止め立ち上がる。
― 走る緊張。
班長の家の上に設置されていた、緊急事態を知らせるための鐘が鳴りだすと共に、共同食堂の扉を開けて入ってきたのは、
「はぁ、はぁ、ぜえぜえ……奴隷狩りの襲撃だーッ!!」
必死の形相で危機を伝えに来た、ディグのおじさんだった。




