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第二十八話 ソーマ

 

 

 神父たちが入っていったのは、五重塔のような卒塔婆を四方に備えた派手な朱塗りの、仏教寺院のような宗教施設だった。

 

 

「何という禍々しい建造物だ……」


 西欧的な建築の常識ではありえない非合理的な形状に、目をむくロシュフコー。

 

「……」


 稀人である公爵が再現した、異世界の建造物である事を察した様子で顎に手を置くミナ。

 

 そしてあたしはボソっと一言。

 

「趣味悪ッ」


 だって、だって、こんなけばけばしい色合いのお寺さんがありますか!柱は朱色だし、屋根の縁は金色だし、鬼瓦代わりにシャチホコが飾ってあるし!!

 

 こんなの日本に一度も来たことないガイジンが考えたジャポン像そのまんまじゃん!!

 

 靴を脱いでお堂の中に入ると、案の定でっかい金箔張りの阿弥陀如来がお出迎え。天井から釣り下がる垂れ幕には『必勝』アホか!!

 

「じゃ、邪神像……」


 ダーチャの目にはそう見えるわなぁ、そりゃ。

 

 現代日本人ならまず引っかからない怪しげな新興宗教そのまんまの本堂に、明らかに場違いな格好をした40人ほどの人々が並ぶ。

 

 皆、これから何が起こるのか気になってそわそわしている様子だ。

 

「静粛に!静粛に!」


 神父が御堂の奥から障子戸を開けて現れ、人々を静める。……なに、この、なに?

 

 アホらしくて直ぐ帰りたくなってきたが、……一つ、分かる事がある。

 

 こんな建物は、あらゆる宗教に対して軽蔑の意思を持っている人間じゃないと建てられない。

 

 ……つまりグラッシー公爵は、ここに集まっている敬虔な信徒を見てバカ笑いしているのに違いないんだ。

 

 あー、そう思うとホントムカムカしてきた。やっぱり脂公爵の方が幾分かマシだわ。

 

 

 ◇

 

 

 人々のざわめきが収まると、もう一人の神父が壺のようなものを両手に持って現れた。

 

「これより聖別を始めます」


 と壺をそこに置くと、一方の神父がパンのようなものを取り出す。

 

「我らが主、大権現菩薩聖サキツグよ、我らの祈りを届けたまえ。エル・アザイ・コントルゥ」

 

 神父の呪文と共に、神父が掲げたパンが魔力を帯びて光り出す。

 

 そして、砕けた上で壺の中へと入っていった。

 

 群衆の中から、『おおー』というどよめきが響く。

 

「では、皆さま。一人ずつ前に出て下さい。この『ソーマ』をお飲み頂くことで、あなた方の新たな生が始まるのです」


 神父が壺の裏からひしゃくを取り出し、壺の中をそれでかき混ぜる。

 

 新たな生、ねぇ……

 

 人々が列を作ると、取りあえずあたし達もその中に加わった。

 

 最前列にいた少年が神父の前で跪くと、

 

「お顔を上げ、お口を開けなさい」


 と神父から指示され、言う通りにする。

 

 そのまま、ひしゃくに盛られたその、えーとソーマとか言ったか?壺の中の液体が、少年の口に垂らされて飲まされる。

 

 ひしゃくから零れ落ちる液体の色は黄色。魔力が込められているのか、輝いて見える。

 

「小さな御霊よ、これにて洗礼は完了です。次の方どうぞ」


 少年の洗礼は終わった。次の老人が少年と同じように跪く。

 

「……どうする、洗礼を受けるのか?」


 あたしはどうにも、抵抗がある。

 

「受けましょう。フィス、抵抗があるのならあなたは一番最後にして」


「……了解」


 一人、また一人と、ソーマを体内に注ぎ込まれていく人々。

 

 ……自分達の番がじりじりと近づくにつれて、否が応でも高まっていく緊張。

 

 朕から始めよとミナがあたし達の先頭に立ち、やがて遂にその順番が来た。

 

「……行きます」


 ミナが神父の前で跪くと、彼女の口目掛けてソーマが垂らされる。

 

「……味は、ないですね」


 そのまま、何事もなかったかのように彼女は立ち、ロシュフコーへバトンタッチ。


「あの姿勢は、すこし辛そうだが……」


 体格の大きいロシュフコーには少し辛いか、しかし、彼が跪くと神父は丁寧にソーマをその口へ流し込む。

 

「よーし、ダーチャいっきまーす!」

 

 後に続けとスキップして跪くダーチャ……おいおい。神父はその姿に何らかの反応を見せる事は無く、機械的にダーチャの口へソーマを流し込む。

 

 

 あたしの番が来た。

 

 

「…………」

 

 新興宗教の儀式、まさしくそのものである洗礼にあたしは強い抵抗があった。

 

 あのソーマにも、何が入っているか分かったもんじゃない。

 

 ……だけど、虎穴に入らずんば虎子を得ず。

 

 あたし、フィスは神父の前に跪く。だけど、形だけ、型だけ屈服したとしても、心まで屈するものかと意思を確かに、あたしは……上を向いて口を開けた。

 

 ひしゃくが、眼前に入る。零れ落ちる黄金の液体が、喉へと注ぎ込まれる冷たい感触。

 

 ……洗礼は、終わった。

 

 

 ◇

 

 

 『寺院』から出た後、ダーチャが試しに隠しナイフをいつも通りベルトに吊り下げると……

 

「……落ちない」


「やっぱり、あの液体には公爵の権能を無効化する力があるようですね」


 ミナは冷静に分析する。あたし達は農場の建物の物陰で話し合っていた。

 

「……支配の術式と、霊的接合、すなわち恐らくは公爵へのマナ供給の術式の『魔王の因子』による無効化を確認しました。案の定ですね」


「公爵への、マナ供給?」


 変な単語が飛び出てくる。

 

「……恐らく公爵は、この地に巨大な『マナ牧場』を作り上げるつもりなのです。魔法の力で全てを自動化していく公爵にとって、冒険で得たマジックアイテムですら役不足だと見えます」

 

「魔法の力で……じゃ本人は」


「呪文を唱えたり、術式を考えたりはしていると思いますが……肉体的な作業はほとんど召喚獣に代行させていると思われます」


 それじゃまるで……ニートみたい?にしたって、そこまでマナが必要なものかねえ。

 

「彼の最終的な目的は恐らく『支配魔法』の発動だと思われます」


「支配魔法だと……!?魔王ですら詠唱しても発動出来なかったというあれか」


 ミナの口から、また物騒な単語が飛び出る。ロシュフコーはその単語に聞き覚えがあるらしい。

 

「知っているのか、ロシュフコー」


「……ああ。効果は文字通り『大陸全土の支配』だと言われているが……実際に発動した者が居ないのでその時何が起こるかまでは分かっていない魔法だ」


「それだけ多量のマナを必要とするとなると、使い道も限られますから……ただ、ただ単に人間をマナプールにしても一人ひとりの保持するマナ量は大した事ないはずなのですが……」


 と、ミナが考えていると……

 

「あー君たち、ちょっとあっちの開墾を手伝ってくれないかね?邪魔な切り株があるからどかして欲しいんだ」


 一人の青年があたし達を見つけた。サボっているように見えたのかな?

 

「はーい、分かりましたー」


 ……不本意だが、怪しまれないためにも仕方がない。

 

「彼に付いていきましょう。……情報収集するにも、逃げ出すにもまだ様子を見る必要があります」


 ミナの案にあたし達3人は同意して、青年の後を追った。

 

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