第三話 初めまして×4
目覚めたとき、最初に視界へと入ったのはランプ(のようなもの。後で聞いたが魔法仕掛けらしい)の垂れさがった安宿の天井だった。板張りで、雨漏りしないのか心配になるほど薄そうだ。
森のような、半腐りの木材の匂い。
「……知らない天井だ」
どっかで聞いたことのある台詞を思わず口走ると、あたしは『フィス』の気配を自分の中に感じないことに気付く。やれやれ、まあ記憶喪失という設定で行くのなら先入観を持たない方が正解かも知れないわね。
思案する。『仲間』とやらが来るのを待つべきだろうか。
「……」
起き上がってみると、あたしが寝かされていたのは粗末な木製ベッドである事が分かる。ベッドメイキングもまともに出来ていないらしく、シーツはしわくちゃだ。
「現代っ子には、辛いわね」
素の口調が思わず出る。立ち上がって手をかざしてみれば、あの戦いで負った傷は大方塞がっているようだ。
「あ、フィスが起きたみたいだよ!!」
と、その時。部屋の外から甲高い元気そうな女の子の声が聞こえる。……スッと立ち上がっただけなのに、その音からそこまで判別できるものなのか。
天井と同じ、つい踏み抜いてしまいそうな板張りの床をトコトコと歩いてくる音と、トスットスッと重量感のあるものが静かに歩く音。あたしは少し身構えた。
そうして薄いドアが空くと、眼前には二人の人物が現れた。
「いよっ、英雄。寝覚めはどうかな?」
一人は先ほどの甲高い声の主。若干色黒……塗ったり日焼けしている訳ではなく地肌だろう……の身長150センチ程度の女の子だ。八重歯がまぶしい。桃色の髪の毛をショートカットにし、青と白の横縞の半そでシャツとデニム生地っぽいハーフパンツを着こなしている。腰のベルトには何本もナイフが吊り下げられていた。
……やや薄着にすぎるような気がするが、やはりフィスの言う『仲間』とは冒険者パーティの事で間違いあるまい。彼女を見て確信した。
「……英雄?」
記憶喪失という設定だ、あの戦いの事も覚えていないふりをしなくては。
「我らの目の前にいる人物の事だよ」
今一人、鎖帷子を着込んだ筋肉質で厳つい男性が言う。背丈は……フィスの目線が恐らく175センチ程だと思うので(身長は180と190センチの間だろう)……2mに届かんとする威容を誇る。青髪に強い顎鬚、彼の経歴を頬を彩る多数の傷跡が物語っていた。平和なご時世では余り関わりたくない人物だが、あんな化け物の跋扈する世の中なら頼りになりそうな人相だ。
「え、あの……その……」
精一杯、慌てる振りを見せて、
「あ、あ、あんたら、何者だ?……というか、俺、誰だ?」
わざとらしかったかな?
二人は、キョトンとした目をして、
「む?」
「ど、どうしたのフィス?」
と心配そうに言う。
「……何も、何も思い出せない」
と頭を抱えながらあたし、フィスは口ずさむと、
「…………」
無言で二人は顔を見合わせて、
「狂言では、無いのだな」
まず厳つい男の方が、あたしに向き直って確認する。
「あ、ああ」
実際、『あたし』はこの二人の事を何も知らない。フィスも引っ込んじゃったし、彼等の情報は彼等自身から得るしかない。
「どどど、どーしよー」
「あれだけの外傷と流血の量だ、こうなっても無理はない。ミナの指示を仰ごう、彼女を呼んでくるんだ」
慌てふためく女の子に、男は的確な指示を出す。ミナ、というのがこのパーティーのリーダーの名前らしい。
「は、はーい」
女の子はトタトタトタと、走りながら部屋を出ていった。
「……元気な、子ですね」
「それが取り柄だからな」
取りあえず、『日本語』が通じているのはあたしに取って幸いだった。実際には日本語で会話しているのでは無いのかも知れないが、少なくともあたしの脳には日本語として聞き取れている。
男は頭をかきながら、話し始めた。
「……フィス、フィス=フィルレーン。何度も呼んでいるから分かると思うが、お前の名前だ」
「あ、ああ」
「それを手掛かりに、何か思い出せないか?」
男は親身になって話しかけて来ている……フィスはある程度仲間から信頼を勝ち得ていたと見るべきだろう。
「……何か、大きな化け物と戦っていたような気がする。だけど、その前に何していたか、全然思い出せなくて……」
徐々に持っている情報を明かし、疑われるような行動を取らない方が良い、そう判断した。
「そうか」
この大男はひとまず納得してくれたようだ。それにしても、顔が怖い。
やがて、例のパタパタパタという足音と共に、二人の女性……一人は先ほどの女の子が部屋に入ってきた。
「……」
もう一人の気配を、フィスの感覚器官は部屋に入ってくるまで一切感じることが出来なかった、これは状況によっては命取りになったかもしれない。
その人物は、美人だった。悔しいほど美人だった。
2対のリボンで2房に分けたクリーム色の長髪は、ランプの光をほのかに反射して煌びやかに映る。陳腐な表現だけど、うっすらと化粧を施された白磁のようにすべすべの美しい肌。
純白のローブに草色のカーディガンを羽織った姿は、さっきの女の子と同じ空間にいるとはいろんな意味で思えない。
「……済まなかったわね、フィス。無理をさせてしまって。私はミナ=ラシュバナ=ナーティス。改めてよろしくお願いします」
差し出されたその手を、
「思い出せなくて済まないな。フィス=フィルレーンだ、よろしく頼む」
あたしの、フィスの無骨な手が握り返した。
「記憶を取り戻す手掛かりになればと思って、こんなものを持ってきてみたのだけど……」
と言いながら、ミナは左手をローブの懐にやると、そこから鏡を取り出した。
「……」
映し出される、フィス=フィルレーンの姿。
「これが、俺……」
うーん、整った顔立ち、まあいちおう美男子であることは認めざるを得ない。ただその、あの、寝ぐせまんまみたいな(というか寝ぐせだろ)茶色いツンツン髪、ファイナルなんとかの主人公みたいなチョ〇ボ頭は何とかならんの?
そして茜色のシャツに包まれた筋肉質ながらもしなやかな、均整の取れたネコ科の肉食獣のような肉体は、あの巨大カブトムシとの戦いで見せた高い戦闘能力を納得させるものだ。
全体として美しい、美しいと言えるけど……
……一言。あたしのストライクゾーンからは大幅に外れております!!
「駄目、かしら?何も思い出さない?」
結局、鏡を見ても記憶は戻らなかった。ま、当然よね。元々ないものはないのだから。それにしても……
「駄目だな。ちょっと外に出てみる、その方が刺激になるだろ、ろ?」
あたしは部屋から出ようとドアへ歩き始めたが……
「ろ、ろ、ろろろ、痛てててて……」
歩いた途端に右脚が酷く痛み、跪いてしまった。
「少し待って。そこ、まだケガしてるから」
ミナが指さした先には、石でも撥ねたのが当たったのか、あたしの脚に大きな傷が残っている。
すると、ミナは急に眼を閉じると、
「ラ=ザイナ=ウルス、呼び覚ませよ内なる炎、リカバリィ」
呪文!?魔法とかあるの?
ミナが呪文を詠唱するとともに、あたし……フィスの右脚に残っていた傷が光り、そして見る見る内に埋まっていく。
「精霊の御名に於いて行使できる魔法、貴方の体内の内なる炎を活性化させ傷をいやします」
……正直、驚いた。
ゲームやなんかで超常的な力の類は見慣れたはず、どころかあの巨大カブトムシとの戦いで自身も闘気を行使していたにもかかわらず、傷がこんなにあっさりと治る様には感激すら覚える。
「貴方は記憶を失う前から生傷が絶えなかったからね、体を動かしていた方が貴方らしいでしょうし、そうすれば記憶が戻るかもしれないわ」
「……そうか、ありがとう」
あたしはそそくさと立去った。
宿のロビーに着くと、その辺にあった簡素な木細工の椅子に座る。
自分の女としてのサガが、ミナに対して僻みっぽいコンプレックスを沸々と湧かしていた。これ以上、同じ空気を吸いたくなかったのだ。
「……クソ……」
爪を噛む。前世の記憶はまだ朧気だ。しかし、自分があんな美人でなかったことは分かる。
そして有ろうことか、彼女はまず握手を求めてきた。……フィスを、死ぬような目に会わせた身で。
あたしには分かる、いや、僻みの末の妄想であっても構わない。あの女は、他の皆をコマだと思っている。
不信感しか、湧かなかった。




