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第二十六話 過去話って辛気臭くて……

 

 

 かくして馬車は、丁度陽が沈むころにリーズ川沿いの街ユノスへと到着した。

 

 

 ここからユノス大橋を渡ればプラッシー公爵領である。当然、橋を渡る前に検問があるはずなんだが……

 

「グラッシー公からの圧力があるらしくてね、今やほとんど検査も何もないも同然さ」


 と御者のおじさんは話してくれた。……つまり、かなりの量の人々が橋を渡ってプラッシー公爵領へ移住しているという事らしい。

 

 ミナの顔は複雑だ。そりゃあそうである。彼女の記憶が確かならば、何より……

 

「グラッシー公の影響力は、彼等には及ばない訳……?」


 最大の疑問点だった。例え耕作する土地があろうとも、衣食住の内の住が満たされない土地に人々が住まおうとは思うまい。

 

 しかし……

 

「列に並んで下さーい!」


「皆さま、あちらに見えるのがあなた方の希望の架け橋です!」


 ……馬車を降りて一番に確認できたのが、ユノスの町の外縁に広がる、移住希望者たちが建てたキャンプ村だった。マジかよ……

 

 これだけの人数が集まるという事は、先導者たちの言動には幾分かの真実が含まれている事だろう。

 

「まるきり騙されている、という感じではないな」


 ロシュフコーも同じ結論に至ったようだ。

 

「俺も同感だ。ただ……その、なんだ、旅立つ前にミナが言っていたプラッシー公爵領の状況、あれはいつの情報になるんだ?」

 

「半年前、私が単身直轄領側から変装して潜入したときの情報よ。……その時、私が身をもって体験したことをあなたに説明したわ。その後、公爵領を脱出する人々と一緒に船でリーズ川を下って河口のカルダモンまで至って……そこで二人と出会ったのよね」


 とロシュフコーとダーチャを見ながらミナは言う。……成程、という事はフィスがパーティに加わったのはもうちょい後になる訳か。

 

「なっつかしいなぁ……あの頃はミナもぼっろぼろのカッコだったっけ。おめかしした後に大化けしたのはホント驚いたわ」


 ダーチャが付け加えた。ボロボロになってもミナなら相応の気品を失わなかったと思うけど、それにしても……よく単身潜入して生きて帰れたわね。

 

「それは置いとくとして、あの頃まではプラッシー公爵領、国王の使者と銀級以上の冒険者以外の人の入場をほとんど認めていなかったから……あっちこっちで彼等や脱出者から実態以上の悪い噂が流れていて、とても移住しようなんて人が出てくるような評判じゃ無かったはずだけど……」


 逆に言えば、グラッシー公の権能を喰らう覚悟さえあればそんな所だろうと銀級冒険者は入場できるんだな……

 

「半年で状況が変わったことを、こうして目の当たりにすると認めざるを得ないわ。その上で、中で何が行われているかを調べる事で、依頼の達成並びにアブラ公爵への手土産も出来るかもしれないわね」


「そうだな、……しかし深入りは禁物だぞ」


 ロシュフコーが背中にしょった堅パンを指さしながら答えると、


「分かっていますよ、ロシュフコー。依頼を達成次第、ド・ロン公爵領へ帰路につきましょう。それでは、まずは今日の宿を探すとしますか」

 

 ミナもそれに頷き、彼女に促されるままあたし達3人もそれに続いて、ユノスの街中へと入っていく……

 

 

 ◇

 

 

 だが……しかし。

 

「あちゃー、此処も満室だったの」


 5件目の宿から、ミナが両手を上げつつ出てくるのをダーチャが向かえる。


 そもそもユノスは余り大きな街ではない。外にキャンプ村が出来ている意味を、もう少し考えるべきだったわね……

 

 既に外は真っ暗闇だ。

 

「……ロシュフコー」

 

「うむ、寝袋だな」


 えー、こんな街中で野宿ですかぁ?……何と言うか、そもそもプラッシー公爵領に入って以降は依頼達成まで毎日野宿を覚悟していたけど……まさか前日からとは。

 

「……街中から少し離れます。移住者の中に紛れ込みますが、二人交代で番をしなければなりませんね」


「仕方ないなぁ」


 あたし達は、ミナの案に従った。

 

 

 ◇

 

 

 という訳で、移住者のキャンプ村にほど近い場所で枯れ木を集め、石を円状に並べた土台にくべて、

 

「ラ=ザイナ=ウルス、火をともせ、トーチ」


 ミナが点火。

 

 これで、キャンプ村の領域が自然と拡張される訳だ。……これ、地元住民マジで迷惑してるだろ。

 

「……まずは誰と誰が番をしますか?」


 ……ミナはちらちらとこっちを見てアピールしている。あのなぁ……

 

「ていあーん、まずはうちとミナ、その次がフィスとロシュフコーでいいと思いまーす!大体男二人って時間管理できないでしょ、まずはリーダーがやらなきゃ!」


 え、あれ?ダーチャに先に提案されたぞ?ちょっとムカつくがまあいいや、私欲丸出しのパーティリーダーはほっといて、その提案が通ればそれでよし、かな?

 

「……は、はい。ダーチャさんありがとうございます」


 ちょっと呆れ顔をしつつも、ダーチャの提案をミナは受け入れる。

 

「そうと決まれば一刻でも早く寝なければな。ほれフィス、寝袋だ」


 ぽんっとこっちにロシュフコーが投げてきた寝袋を両手で受け取るあたし。

 

「……ありがとう」


 ロシュフコーが準備してくれていた寝袋は、麻で縫われ中に綿を敷き詰めたものだ。きっちり持ってきた本人が収まるサイズの割りに軽い、軽いんだけど……寒冷地仕様では無さそうだなぁ。

 

 というか、あの堅パンとこれ2個と槍を盾に収納して背負ってると考えると、ロシュフコーってどういう体の鍛え方してるんだろう……

 

 あたしは、そのままロシュフコーと共に、眠りへとついた……

 

 って言っても簡単に眠れる訳がない。なんせ寝袋、地面の凹凸拾うし、あんまりあったかくないし!!

 

 ……結局、あんまり寝ることは出来なかった。賞味2時間程度かなぁ……

 

 

 ◇

 

 

「交代時間だよー、ほら起きろッ」

 

 ダーチャに起こされた時には、既にロシュフコーが焚火の傍に座っていた。

 

 そのまま寝袋を引っ張り出される。

 

「うわ、ダーチャ痛い……出るから手を引っ張らないで」

 

 もぞもぞもぞと飛び出ると、ダーチャはこれ幸いと、

 

「じゃお休みー、また明日ねフィス!」


 と、驚くほどの早業で寝袋に入って、そのまま寝息を立てる。

 

 ……慣れているんだな。元々、海賊船の乗組員だったんだ、狭い所で寝るのはお手の物だろう。

 

 こうして、

 

「……こうして、二人きりで話す機会は会ってから初めてかも知れんな……」


 ロシュフコーの隣で座る。……『フィス』を呼び出そうとしたが、どうやらお眠のようだ。……じゃあ構うまい、あたしが聞きたいことを聞いてみよう。

 

「そうだな。……なあロシュフコー。北のルーシア人であるお前が、どうしてミナに付き従っているんだ?」


「……その答えは、お前の中にもあるのではないか?」


 彼から返ってきたのは、絶対の信頼を前提とした返答だった。……『フィス』はそうだろう。だけど、あたしは、かって木本明菜だった存在は違う。

 

 段々とミナの事が分かってきた。自分の理想、考えの為に他人だけでなく自分の身を危険にさらすことを厭わないノブリスオブリージュの持ち主である事もはっきりしてきた。

 

 交渉でも、戦闘でも、そして他の三人との関係でも彼女の能力が無ければこの『白刃の煌めき』はどこかの時点で崩壊していただろう。

 

 だけど……だけど、アブラ公爵がケルベロスを解き放ったと考えつつ、それでも依頼の達成と自身の目的を優先して彼の元に赴く姿勢といい、今日聞いた半年前のプラッシー公爵領への単独潜入としい、彼女のやりようには危うげを感じる。

 

 あたし自身も持つ『少女』としての危うさを。彼女自身それを感じたから、ロシュフコーとダーチャ、そしてフィスをパーティに加えたのだろう、自分の目的の為に。

 

 ……ただそれはあくまでミナ自身の都合だ。あたしは彼女にそれなりの恩義は感じているが、絶対の信頼とまではいかない。

 

 他の二人は一時的に意見を違えようと、ミナに決して本音から逆らう事は無かった。その根底にあるものを知りたいんだ。

 

 とあれこれ考えていると、ロシュフコーは察したのか、

 

「まあいいか。……端的に言えば、ミナは我々二人を救い上げてくれたのだ」


 語り始めた。

 

「北方の赤肌族である我と南方人であるダーチャ、我々は魔王軍によって焼け果てていく祖国からそれぞれ逃げ出してきた身だった。やがて平和になった後も、異邦の人間である我々にまともな食い扶持は無く、我は下級の船員、ダーチャは海賊を生業とした」

 

 下級の船員は過酷な仕事である。水も食料もまともに与えられない彼等は港町の酒場から一山いくらで雇われ、そして大半は使い捨てられていくのだ。

 

 古代ギリシアでも、戦争に使うガレー船の漕ぎ手は武器を自前で揃えられない最下級民が当てられていた。

 

「我々が出会ったのは、必然的に敵としてである。ダーチャの乗っていた海賊船は敗北し、我はダーチャを捕虜とした。……海賊船の乗組員は即縛り首が規定だったが、我はダーチャを哀れに思い死刑を免ずるよう船長に懇願し、……逆にでっち上げの罪で捕らえられた」


 ……酷い話だ。


「……我ら二人を、船長に身代金を支払い、上陸後に関係者が訴追されないよう上位の役人に賄賂を握らせてまで解放してくれたのが、海賊退治の依頼を受けてカルダモンで我の船に乗船していたミナだったのだ。彼女は我らの戦いぶりをつぶさに見て、その力を買ってくれた」


 どれだけ高額の賄賂を支払ったのかは分からないが、ミナの判断が間違っていなかったのはこれまでの冒険から自明だ。それにしても、アイツどんだけ現金持ち出してんのよ。

 

「少なくとも、我ら二人の命はミナと共にある。……お前も、義父殺しの罪をミナによって救われたのではなかったか?」


 え、父殺し?……フィス、ちょっとあんた……魔軍に殺されたような話を確かしてたわよね、ちょっと、出てきなさいよ!!

 

「恩義に思うなら、彼女の為に戦え。……命をかけてでも、な」


「あ、ああ」


 ミナに対して強い恩義があるのは分かった。だけど……大前提である『フィス』への信頼が、あたしの中で揺らぎつつあった。


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