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第二十五話 宗教には課税出来ないんです

 

 

 天井が石で出来た宿に泊まったのは、この世界に来て初めてだった。

 

 

「コンクリートなのかな、これ……」

 

 古代ローマの時代、既にコンクリートは建築材として使われていたって話だけど、普通の石造にしては継ぎ目が少なすぎる。

 

 丁寧にメイキングされたベッドから起き上がって、板張りの床に立つ。いつもの安宿と違って踏みしめてもギシギシ言わないしっかりとしたつくり。

 

「ホントは、こんな所に住みたいんだけどねぇ」


 ……それはそれで大変なことがあるのは承知の上で。ミナのあの様子を見るに、一般に余りいい性格の人が集まった街では無さそう。

 

 それにしても……ミナと、ドミニア、か……今から考えると、あの噴水が作り出した像とミナは結構似ていた。話すべき事って何だろう?

 

 女公と親戚とか?……ともあれ、ミナの実家がこの街にある可能性は高そうね。

 

 部屋を出て、ロビーに出ると既にキリクさんを含むみんなが集まっていた。

 

「おはよう、フィス」


 満面の笑みを浮かべるミナ。……本来、こんな美女に好意をいだかれるのは男として本望の筈……筈なんだけどねぇ……

 

「おはよう」


 やや素っ気なさげに返事をする。

 

 朝の光がガラス窓から閃光のように刺し、ミナの透き通るような白い肌をまぶしく映し出していた。

 

 

 ◇

 

 

 ユースリンクブルクの城門付近。

 

「此処でお別れだな。アーナン・デア・リーズへ俺は向かう」


 キリクさんは既に勇者ご一行の行先を掴んでいた。アーナン・デア・リーズはあたし達が向かうユノスから見てリーズ川の遥か上流に当たる。

 

「結構辺鄙な所に向かうのね、あなたの故郷に近い街だけど」


 ミナがいう通り、アーナン・デア・リーズからリーズ川を挟んで西は耳長族の領域である。つまり、魔王戦争では最前線だった地方だ。

 

「別に森へ戻るつもりはない。お前たちこそ、プラッシー公爵領へ行くなど相応の覚悟があるのだろうな?」


「もっちろんですよ!」


 ダーチャが横から元気よく答える。キリクさんが憧れの存在ってのが態度に出ていた。……それにしても。

 

「ならば止めぬ。……しかしミナ、かの地はお前が知っているよりも更に危険な状態となっている、ゆめ気を付けるのだな」


 ……はぁ、うっとりするような美声。ああいけないイケナイ、あたしはいま男なんじゃない!

 

「分かってるわよ」


「お互い息災ならばそれほど遠くないうちにまた会えるだろう。それでは」


 ……より危険な状態?ミナに聞いた話のとんでもなさ以上の事があるっての……?

 

 具体的に教えてよーとか思いながらも、あたし達はキリクさんの背中を見送った。

 

「さ、我々も行こうではないか」

 

 ロシュフコーの言葉のまま、あたし達はユノス行の駅馬車へと乗り込む。

 

「……復路でもよろしくね」


 美しい街並みにさよならを言って、あたしも客席へと腰を落ち着けた。

 

 ユノスはここから遥か南、つく頃には夕方になっている

 

「……どうしたんだ、ミナ」


 ミナは座るなり、考え込んでいた。

 

「いや、ちょっとね……」


「我々がキリクから聞いた話と、昨日の聞き込みで耳にした話を整理しているのだ」

 

 と、ロシュフコーが説明してくれた。

 

「そうか、そう言った実務面の世話を任せっきりで悪かったな」


「お前にはお前の、ミナの護衛という仕事がある。それをしてくれればそれでいい」


 まー、脳筋だしねぇあたしも『フィス』も。適材適所ってやつ?

 

 馬車はあたし達4人を客車に乗せながら、ゆっくりと南へ向かい走っていく。

 

 カタコトカタコトと揺れる客車の中で、手すりにその細い腕の肘を預け頬杖を付くミナ。何を考えているのだろう?

 

「……大分状況が違っているようなのよ、出発前にあなたに言ったのと」


「プラッシー公爵領の状況がか?」


 あたしの問いを、向かいに座るミナは頷いて肯定する。

 

 

― 刹那、馬車が急停止した。

 

 

「おい、どうしたんだ?」


「すみません、道の前方になんか人の集団がいまして」


 御者はあたし達にそう言うと、前方の集団に向かって、

 

「おーい、馬車が通るぞ、どけてくれ!」


 と叫んだ。

 

 あたしも、馬車から顔を出してその集団を見据えてみる。

 

 人数は100名前後。先頭に何らかの宗教の神父のような、山高帽と黒い法服を着た高齢の男性。……但し、何処か生気がない。

 

「……あれは、化身に身をやつした召喚獣……?」


 ミナが同じ人物を指して言う。

 

 彼の先導の元に集うのは、……それこそユースリンクブルクでは暮らしていけなそうな、貧しい農民のようないでたちの老若男女。彼等が道一杯に広がって進路を邪魔しているのである。

 

 恐らくは公爵領で余り良い扱いを受けてはいないだろう彼等彼女等に、あたしは何処かシンパシーを感じた。

 

「おお、精霊の加護を持たぬ者たちよ。そなたたちは何用で道を急ぐのだ」


 時代がかった口調で問うてくる神父もどき。

 

「こっちはそれが仕事なんでな。頼むからどけてくれ」


「……ふん」


 神父は気に食わない様子であったが、身振り手振りで集団を道の端に避けさせて馬車道を開けてくれた。

 

「恩に着る」


 御者は馬に鞭を入れ、再び客車の車輪が回りだす。

 

「すまんね御客人。何とか日没までにはユノスまで送り届けるから」


「彼等は何者ですか?」


 ミナは問う。

 

「貧乏な連中の間で最近流行りの宗教でさあ。なんでもプラッシー公爵領へ行けば土地も手に入るし、税金もここで暮らすより遥かに安くなるんだと」


 御者からの答えは驚きであった。

 

「……それを、ユーデリッハ公爵領の政府は許しているのですか?」


「地主共が農地を離れた連中を取り返そうと政府に掛け合っても、プラッシー公爵と交渉するの一点張りだそうな。まあ、あんな小娘がトップじゃあなぁ」


 ……ユーデリッハ公爵領でも地方では一般的な小作人制度が布かれているようで、農民に移動の自由は本来ない様子である。

 

 しかもはっきり言ってうますぎる話しで、少しでも頭が回れば裏があると勘ぐることが出来るだろう。

 

「……ドミニアお嬢様も、地方じゃ信頼されてない様子だな」


 と、あたしは結論付けた。例え税金が高くても、トップが彼女でなければ農民達はそこまで怪しげな宗教にはまったりしなかった。

 

 しかし、このラ・トゥラスは王位継承においても男系男子が強く求められる土地、その支柱となるべき公爵が血統こそ高貴なれど、ミナより年若い少女では……

 

 現代日本で暮らしていたからこそ、あたしはそう思う。

 

「多分摂政みたいのが付いているんだろうけど、その内公爵達のいずれかと……ミナ?」


 ミナの顔が、暗くなる。

 

「……ごめん、分かってる、分かっているつもりよ」

 

 まあ、やっぱりドミニアとは親戚関係なんだろうな、彼女。身内の悪口は辛いわな……

 

「悪い、俺も言い過ぎた」



 まあちょっと、あたし自身もムカついているのだ。偉い人って其処まで男じゃないとダメなのかねぇ。

 

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