第二十三話 お嬢様のわがまま
― 翌日
無事、通行許可証が発行され、あたし達はリグリア砦の向こう、すなわちユーデリッハ公領への通行が可能となった。
あたし達はキリクさんと連れだって、関所の向こう側に出ると、そのまま西に向かって歩きながら話し合う。
「銀級冒険者なら、まあ余程の理由がない限りは許可が下りる仕組みになっている。昨日の連中もそうだったようだし」
あのナリで銀級だったのかよアイツら……
「逆に言えば、身分を明らかにする手段のない銅級の冒険者や、その他一般人はほぼこの砦を通れないという事でもあるな」
「……不便だな。散々な公爵の統治といい、逃げ出したくなる人がいるのも分かる」
素直な感想だ。だけど、外国に行くのだと考えればむしろ甘いくらいとも言える。
ただこうして、金銭面、手続き面など移動に関する様々な障壁により、まさしく民衆は土地に『封じられて』いる状態な訳だ。……やだね、封建制って。
それにしても、届け先である依頼人の息子夫婦は、例のパン焼きの許可証を使い『パン焼きの研修に行きたい』とか何とか言いくるめて検問を突破した可能性もある。……そんな大切なものを、回収していいのだろうか?
「しかし、彼等が逃げ出した先に、彼等の求める自由はなかった」
まるであたしの心を読んだかのごとく、キリクさんが呟く。
「この世界は根本的に不条理で出来ている。それが嫌なら、変えるのだな」
「その力が俺達にあるとでも?」
「お前にはある」
何と言うか、やや含みを感じる言い回し。ミナがじっとこちらを見ている。
「私達には、でしょ」
むくれた顔でそう言ってきた。
「フフ、そうだな」
う……ダメだ、何でキリクさんの声って、こんな魅力的なんだろう。まるで何と言うか、ブラウンシュガーが舌の上でゆっくりと溶けていくような、そんな気分。
◇
ユーデリッハ公領へと歩みを進めてしばらくは、高低差の激しい山道が続く。かろうじで馬車一台が通れるくらいの広さしかない曲がりくねった未舗装道路。
「ハァ、ハァ……結構、体力を使うな……」
困ったことに、五人のうちで一番消耗してそうなのはあたしだった。
「もうすぐ中間地点のレビの泉です。そこでお昼ご飯にしますよ」
キリクさんがさっき野兎を狩ってくれたおかげで、取りあえずはお肉にありつける。
「5人前には少し足りんかもしれないがな」
いやー、ホント感謝してます、ホントですよ。
綺麗な山水が湧き出ているレビの泉へたどり着くと、早速キリクさんが野兎を捌き始めた。
あたし達は枯れ木を集めて組み、そこにミナがトーチの魔法で着火して即席の焚火が出来ると、ダーチャとロシュフコーが木を削って作った串に野兎の肉を刺し、焚火で焼く。
「……匂いとか気になるかと思ったけど、柔らかくて美味しいな」
「やっぱキリク先輩凄いっすね!それに比べてうちの男どもは……ロシュフコーは物持ちしてるからいいとして、フィスはもーちょっと働きなさい!」
ダーチャに叱られた……うー、どうせ戦闘以外では役立たずですよー!
「こらこら、喧嘩しない。それにしても……」
ミナが空を見上げる。……山の空気が、美味しい。
「綺麗な、空」
何をそこに思うのか、彼女はしばらく空を唯見つめていた。
◇
その後も山道をじっくりと降りてゆき、やがて夕方時に三日目の宿泊先であるふもとの町、アーナン・デア・コッタへと到着した。
六角形に区どられた小さな町であるが、明らかにウノートンよりも人通りが多く、活気を感じる。
「ユーデリッハ公領は対魔領の最前線だったが故に、戦後は国策で優先的に復興させられて行ったわ。お陰で、お金の巡りは非常にいいの」
……対魔領の最前線。此処から西には耳長族の領域があり、さらに西へ行くと魔領となるそうだ。
「なあキリクさん。そう言えば、耳長族って魔王戦争の時……」
あたしは地味に、前から気になっていたことを聞こうとしたが、
「ふがっ!!」
ミナに口をふさがれた。
「人には聞いていいことと悪いことがあります!」
……そんなタブーだったのか。
「ああ、其処まで反応しなくても構わないだろうに。……確かに、魔王戦争の時に耳長族の大半は魔王へ付いた」
「……キリクの部族を含む少数の耳長族は王国と共に戦い、勝利に貢献しましたが……終戦直後の一時期、復讐とばかりに耳長族の領域へ王国軍は進み、キリクの部族を含む彼等を徹底的に血祭りにあげたのです」
うわ、思った以上にヤバい話だった。
「俺個人としては王国に復讐心はない。一緒くたにされても可笑しくない状況だった。しかし、他の耳長族は違うと思っておいた方が良い。一つ勉強になったな、フィス」
「あ、ああ……」
復讐心、か……
あたしは、あの『勇者』に復讐心を向けていいのだろうか。そもそも彼女が意図的に名前と容姿を『奪った』のだろうか。うーん、うーん、まいいや、馬鹿の考え休むに似たり。
◇
酒場に入ると……とかく驚くのは、人々の身なりが良いこと!
こういう旅人向けの店に入ってくる客層も、ウノートンとは比べ物にならないほど着てるものも上質だし、風袋も品が良い。はー、この辺の人達ってカネあるんだなぁ。あたし達の方がミナ以外逆に浮いちゃいそう。
ロシュフコーがダーチャにジャケットを着せてあげ、最低限の身だしなみを整えていた。
「うー、身動きしずらい」
不満そうだけどしょうがない、彼女のいつもの海賊服はどー見ても場違いだから。
「敢えて若干高級な所を選んだな。理由は?」
あたしはそこに気づき、ミナに問いただしてみると、
「……ユースリンクブルクは貴族の街よ。その空気に、今から馴染んでもらおうと思って」
「冒険者は冒険者だろ。馴染まないと其処まで浮くのか」
「情報収集の妨げになる可能性があるわ」
あくまで彼女は冷静だった。貴族の街、か……
「ミナはあそこの出身という話だったな」
ロシュフコーが急にそんな話をしてくる。まあ詳しいようだし、それでもおかしくはない。
「……私が王族なら、ユースリンクブルクの出身なのはおかしい話でなくて?」
何てごまかしているが、恐らくはそうなのだろう。
「あー、うちも行ってみたいなぁ、ミナの産まれたおうち!!」
ダーチャも食いついてきた。
「……そんないい所ではないですよ。あの街には……」
ミナは何かを言いかけ、そして止めた。
「本当は、寄りたくは無いのです。ですが、……その」
「その?」
皆の視線が、ミナに集まる。
「個人的な都合で申し訳ないのですが、……いつも使っている化粧品があそこにしか売っていなくて」
そういうオチかいッ!!思わずあたしはずっこけた。
ま、まあ、女の命だからね、気持ちはわからないでもない。
「……中々に、馬鹿にならない話だぞ。フィス。アブラ公爵とて貴族だ、ミナのように身なりが整っている人物が一人いるだけで、出会った時のその心象は大きく違っていただろう」
キリクさんの話もごもっともだが、恐らくこれは彼女自身のモチベーションが一番の問題だろうとあたしは思う。
やれやれ、そう言う事なら付き合ってやろうじゃないの。




