第二十二話 彼の秘密
あたし達はキリクさんの先導の元、リグリア砦へと到着した。
国境という言い方が正しいかは怪しい所だが、国境の街に当たるこのリグリアは、中央に存在する関所とそれを囲む城壁、その内部には兵士の詰め所と倉庫、中庭には包囲下で最低限の自給が出来る程度の狭い耕作地、冒険者含む旅人向けの宿舎、そしてアブラ公爵から任じられた砦の司令官が住まう司令部。
一応お隣のユーデリッハ公領は同じ国に当たるはずなのだけど、傍目にはこの威圧感の大きい建物は『敵に対する城塞』を思わせる。
「許可のない冒険者が立ち入れるのは一階の関所管理事務局と地下階の酒場兼宿泊施設だけだ。例え銀級冒険者でも、軍施設に対する立ち入りは大きく制限されている、気を付けろ」
キリクさんからの有難い助言。
「よくそんなところを拠点にするわね……」
しかし、ミナの疑問も最もだ。キリクさんはどうしてそんな場所に留まっていたのか?
「それほど大した用事があった訳では無い。依頼の関係上時期を待っていただけだ。ついでに、こまめな仕事なら辺境という場所柄絶えないのでそれで食いつないでいた。あの5人組も、関を超えて来た時から盗難が相次ぐなど、手癖が悪いので痛い目に会わせてやるよう駐留軍から依頼されて、その途上でお前たちと会ったという訳だ」
成程……
「その依頼というのは?」
「話す義理まではない」
「私にも?」
ミナも結構食いつくなぁ。
「そうだ」
しかし、キリクさんはにべもなく答えた。
話しながら歩いている内に、城壁の前、立ち入り可能区域への門へとたどり着いた。
「入ったら左手に管理事務局がある。通行許可証の発行にはアブラ公爵の許可が必要だから、通常は夕方の定時連絡、連絡手段は多分魔法的な手段を使う形で一日分がまとめて処理されるようだ。……そして夜の外出は許可されない」
「分かってる、初めからここで一日潰すつもりよ」
◇
管理事務局に手続きを申請した後、あたし達は地下の酒場へと集合していた。
周囲には昼間から飲んだくれているいる豚族の兵士の姿が多い。……綱紀粛正がなっとらーん。
「はーっ、此処だけで半日以上潰せっての……つまんなーい」
ダーチャが文句を言い出す、子供かよ……
「まあ落ち着け。第一、我々は公爵自身とは紆余曲折あれそれなりの関係を築いたが、末端の豚兵士達に睨まれる可能性があるのは変わらぬ」
ロシュフコーは最近、ダーチャの保護者みたいになってきた感がある。
さて、実際このまま時間だけ過ぎるのを待つのもあれだ。そのままあたし達はマスターのおばちゃんにオーダーを通して、軍事施設に相応しい無骨なオーク材で出来たテーブル席へと座る。
「あ、キリクさんだ!」
丁度その頃、キリクさんがあの5人組の件の報告を駐留軍にし終わって帰ってきた。
「……退屈そうだな」
余り浮かない顔だ。いや、まあ表情から感情の読み取りにくい人ではあるが、そう見える。
「えへへ、ねえねえキリクさん、折角だし一緒に飲もう!!」
ダーチャがテーブルの横の席を勧めると、彼はそのままそこに座った。……丁度、あたしの向いだ。
「お待たせ」
おばちゃんが麦酒……ビールのようなビールでないようなお酒を全員分持ってくる。
「えへへー、ありがとうおばちゃん!つまみも頼むね」
ダーチャがお代兼チップを渡すと、おばちゃんも上機嫌になって数分後に揚げじゃがを持ってきた。……つまみにしては結構重くない?
「かんぱーい!」
皆で麦酒のジョッキを合わせる……って何と言うか、この辺の文化は地球と変わらないんだなぁ。
「……それにしても、何と言うか、いざという時に最前線になる場所なのに、ウノートンと比べて綱紀粛正がなっていませんね」
まあウノートンの豚族が行儀いいかというのは置いておくとして、ミナもその点が気になったようで、キリクさんに尋ねてみると、
「どうも直接的に公爵と繋がっている豚族は、この砦では司令官と他数人らしい……」
「総兵力は?」
「妙な事を聞くのだな。恐らく300名程度」
あの村で聞いた換算で考えると、直接公爵の支配を受けている豚族は6、7人くらいしかいない計算か……
「……俺達5人が本気になれば、落せる人数かも知れんな」
キリクさんはそう言い微笑む。やばい、ドキっとする。どうしよう……
「……実際、三つ首犬を退治したお前たちの力を公爵は恐れ、そしてまた必要としている。それを肝に銘じておけ」
「分かってる。警戒は常に怠らない積もりよ」
……ミナはあたし達の力を、公爵に出来る限り高く買わせようと考えている……恐らくは、魔王の復活を試みる存在をあぶりだす為。
本当にそうなのだろうか?
◇
そして夜。ミナは城兵の動きを警戒しており、男部屋と女部屋として取った2部屋の内一つを空にして実際にはもう一つの部屋に4人で泊まり、また寝ずの番をする人間を決めた。
「えー」
それは、あたしだった。まあ確かにあたし戦闘以外では役に立ちませんけどーッ!
「あなただけが頼りなの、フィス。お願いね!」
……まあこうして、無防備な所の守備を任されるってことは、信頼されてるって事だろうけど……
ともあれ、あたしはろうそく一本の薄明りの中、他の3人の寝息……ミナのいびき意外と大きい……を聞きながらドアの前で佇む。
「とうさま……かあ、さま……」
ミナの、自身の寝息にかき消されそうな、囁き声。寝言……か?
「ミナを……ア、どう……して……おいて……いって……」
……両親は既に亡くなっているのか。恐らくは名家の出とはいえ、それは辛いものがあるわね。
……その時、戸外に気配を感じた。誰だ?
「……殺気が漏れているぞ。フィス」
美しいバリトンの響き。
「キリクさん」
「ミナ達は寝静まったか?」
「あ、ああ」
……どうしたんだろう?
「俺が釈放した『勇者』には会ったらしいな」
……え、あ……ってあの『勇者』の奴が言ってた、保釈金を払ってくれたエルフって……エルフという表現はともかく、キリクさんだったのか。
「あいつを、知っているのか?」
「まあな、実は国王陛下からあの連中のことを頼まれていてね、ここに滞在していたのもユーデリッハ公領側の近くの村に滞在していた連中を見守るためだったのだ。……ミナにこれを伝えるかは、お前に任せる」
国王陛下から?……
「その、連中は?」
「どうやら移動したらしい。情けないことに行先を見失ったからユースリンクブルクで情報を集めるつもりだ。お前たちもどうせ行くのだろう?」
……出来れば、あたしとしてはいまアイツらに再会したくないんだけど……ぶっちゃけ、ユーデリッハ公領に行きたくなかったのはそれもある。
「最終目的地じゃあないけどな」
「ならそこでお別れか。それまではよろしく頼む」
「此方こそ」
……あたしの返事を聞くと、キリクさんはゆっくりと部屋の前を立去っていった。
「……何がしたかったんだろう?」
二人だけの秘密を持ちたかった?いやまさかなー……




