第二十話 旅行計画と紅茶の匂い
プラッシー公爵領へと赴く際に、まず問題になるのは、此処ウノートンからそれなりの距離があるという事だった。
ウノートン含むド・ロン公爵領はラ・トゥラス王国全体から見て北東側に位置する。……プラッシー公爵領は西側なのだ。
ルートは二つ。……ユーデリッハ公領を通るか、もしくは王国直轄領、すなわち王都を通るかである。
いずれ、使えるルートは駅馬車を使うとしても移動だけで一週間ほどの時間を必要とする。
「ソエナ村のリンゴは食べ飽きたぜ、それより王都を一目見てみたい」
あたしは提案した。なんせ、ユーデリッハ公領を通るとしたらこの前のルーバ渓谷から行くルートになるのだ。
悠長なことを言ってられないかもしれないが、トンデモない場所と事前情報で分かっている土地に行く以上せめてルート上に旅情緒というものは必要だろう。
「……私はユーデリッハ公領を通るルートを提案します」
「どうしてだ、ミナ」
「プラッシー公爵領へ赴くにはリーズ川……この大河がユーデリッハ公領とプラッシー公爵領を隔てているのですが、これを渡河する必要があります。直轄領側の橋は河口近くにあり、そこから川沿いに行くと大分遠回りで移動時間だけの所要日数で言うと王都まで4日、その後3日の計7日になりますが、ユーデリッハ公領のユノス橋ならばほぼ道なり、所要日数は最短5日で行けます」
一刻も早く届けてあげたい、その後は直ぐに公爵領を離脱したいというミナの考えが見える。
「地理がキチンと分かっているミナの案の方が正当だな。フィス、悪いが王都は諦めろ」
「……ちぇ、仕方ないなぁ」
ロシュフコーは、例えミナに反論することがあっても基本的に彼女の決定に逆らう事は無い。北のルーシア出身という事もあって主従、という感じではないが……あるいはミナがルーシアの貴族出身なのか?
ダーチャの『海賊船の見張り員』だったっていう過去と言い、このメンツが集まった状況やっぱり気になる。
「ユーデリッハ公領の首府のユースリンクブルクには立ち寄らないの?」
なっがい名前……ダーチャも舌を噛みそうだ。
「……個人的に余りいい思い出が無いのでしない、と言いたいところですが、ルート上でも有りますし4日目の宿泊先とします」
「りょーかい」
嬉しそうな顔をするダーチャ。何があるのかな?そう簡単に、美人で知られるドミニア女公のご尊顔を拝見できるとは思えないけど。
「ユースリンクブルクの噴水は凄いんだよ!フィスも気に入るといいな!!」
「あれはそんなに大したものではないですよ、ダーチャ。ちょっとした魔法技術のデモンストレーションです」
……なんか、ミナの反応がヘンだな。どうやら何回も滞在したことがある様子だけど……
「それでは詳しい行程を説明します。一日目の宿泊先は……ソエナ村で構わないでしょう」
「えー」
リンゴ料理は食べ飽きたぁ!
「その後、二日目にルーバ渓谷を抜け、リグリア砦の関所通過の許可を取ります……この手続きにそれなりの時間がかかるはずですので、2日目はそのままリグリア砦での宿泊となるでしょう」
豚族が重点的に警備している場所……厄介そうだ。
「三日目は峠道を進み、アーナン・デア・コッタで宿を取り、四日目昼までにユースリンクブルクへ到着、ここでユノス行の駅馬車を拾います。一泊後にそれでユノス橋まで送ってもらい、いよいよプラッシー公爵領へ突入となります……目的地は領内のそれほど奥まで行かない場所にあるらしいですが、何せ立て看板も立てられない状況なので、人探しは難儀するでしょう」
「大まかな方針が定まったところで、依頼人に会わぬか。そこで何かヒントが貰えるかもしれぬ」
ロシュフコーの意見に従い、あたし達はともあれウノートンの郊外にある依頼人宅へと足を向けた。
◇
外見ではそれほど裕福に見えない、平屋の小さな一戸建て。入口近くには薪がいっぱい積んである。こんな家庭にとって恐らく2000ゴールドは大金だろう。
しかし、それでも交通費(馬車賃が一人頭20ゴールド、ウノートン・ソエナ間、アーナン・ユースリンクブルク間、ユースリンクブルク・ユノス間で往復計6回360ゴールド)、宿泊代(一泊50ゴールド計算で計9日、450ゴールド)、食費、関所代などの旅費を計算したところトントンといったところだった。経済的には割りに合わない依頼である。
ドアをノックし、
「はぁい」
出てきたのは老夫婦だった。
「ローク様ですね。依頼を受けてまいりました『白刃の煌めき』と申します」
「おお、お噂はかねがねお聞きしておりますぞ!まさかあなた方が……」
「立ち話もなんでしょう、早速依頼の品の堅パンを焼きますのでお入り下さい」
って今焼くのかよ……
「おじゃましまーす」
家に入ると、老婦人はそのまま奥のキッチンへと入っていった。ローク老人は彼女の元に入口付近に置いてあった薪を運びつつ、
「ささ、どうぞお座りください」
あたし達を簡素な木製の椅子に座らせた。テーブルはニスのようなものを塗ってないむき出しの木製で、木の匂いが部屋に充満していた……
しかし、それもしばらくすると生地の焼けるいい匂いへと変わっていく。
「うちは代々パン屋をやっておりまして。こうして引退した後もよく作っておるのです」
……思ったほど貧乏生活じゃなさそうだな。
「ささ、お茶をどうぞ」
思ったよりまともな陶器製のティーポット……何というか、ミナの肌を思わせる白さって表現ちょっと嫌……白いティーポットから、同じ色のマグカップに琥珀色の液体が注がれる。
「……おいしー!!渋みの中にもこう何と言うか、ほんのりとした甘味があって!ああ、安らぐ……」
ダーチャが感嘆とした声を上げた。オーバーリアクションでしょそれ。
「結構なお手並みで。……そちらのティーポットはどなたから?」
ミナは老人に尋ねる……まあちょっと、この家には不釣り合いよね。
「先代のド・ロン公爵様からです。あの方が戦死されてもう15年になりますか。私どもはあの方の軍隊に堅パンを卸しておりまして、その際にお代かわりとして頂いたものです」
なるほど……先代は魔王戦争の時にキチンと軍を率いて戦って戦死した訳か……その養子にあてがわれたのがあの脂公爵じゃ浮かばれないわね。例え彼の特性が、魔王戦争に勝利をもたらしたにしろ。
やがて、堅パンが焼き上がった。老婦人はそれを蓋つきのバスケットへ入れる。
「……息子夫婦を何とか引き留めて跡を継がせたかったのですが、今ではプラッシー公爵領で苦しい生活を強いられているようで、先日手紙を送って来ましたが……」
老人が見せたはがきには切手と宛先、そして大きく『助けて』とだけ書かれていた。……それにしても、ミナから聞いた通りの状況なら、郵便システムが機能してるのも不思議な話ね。
「息子に渡した二代目の証としての公爵様からのパン焼きの許可証が有ります。大切に保管せよと言っておきましたので出来ればそれを回収していただいて、依頼達成の証とさせていただきたい。くれぐれも、プラッシー公爵領へ入ったら何時もそのバスケットを手放さないで下さい」
手放した途端、バスケットからパンが落ちるってことか……とんでもねー。
「承知いたしました。どうかこの『白刃の煌めき』にお任せください」
ミナは深々と頭を下げ、バスケットを受け取った。




