第十八話 過ぎ去りし過去と未来への道しるべ
― 翌日
『白刃の煌めき』一行は集合し、今後の方針を検討する事となった。
ミナによる魔法の治療と休息ですっかり傷の癒えたダーチャとロシュフコーは、
「ていあーん!豚公爵に一泡吹かせるべきです!!」
「公爵があの怪物の作成に噛んでいる以上、このまま報告に戻るのは危険だ」
と強く主張してきた。
しかし、ミナはそれを一蹴。
「……私は、あえて虎口に入るべきと考えます。報酬を受け取りに戻るべきです」
「えー、なんでー?」
とキョトンとした表情で問うダーチャ。当然ではあるが……
「……一泡吹かせるにも、もう少し公爵に接近する必要があるからですよ。大丈夫、万が一の際はあなた達が守ってくれると信じています、頼りにしていますよ」
「豚族の長老が言ってた件を利用するんだな」
あたしには、ミナの考えが何となく読めた。ミナはローブの裏ポケットから、あの小さな歯『魔王の因子』を取り出す。
「ええ。治療の合間に、『魔王の因子』の使用法を解析してみました。……この中に眠る『闇のマナ』があれば、大概の事は出来るようです。例えば……公爵の『支配の力』をせき止めて豚族の兵士達を支配のくびきから解き放つとか。……ですが、それにはどの豚族を通じて公爵が支配しているかが重要なのです」
「……公爵に関する情報が、まだ必要な訳か」
「そして、……彼が『魔王の復活』に関わる存在であるかもはっきりしていません。軽挙な真似は禁物です」
ミナの説得にダーチャは今一つ納得していないようだったが、
「うーん……ミナのいう通りにするけど……ただ、此方の手の内が相手に漏れてない保証は無いよ、公爵もはぐれ豚族の村があの洞窟にある事は知った可能性があるし」
「……そこは、今後の聞き込みと状況の変化次第で判断します。あの村で長老から聞き出した情報を私達が知っていると、公爵が知れば彼は私達を逃がしては置かないでしょうし」
「あのでかい三つ首犬がその刺客なんじゃないの?」
「私達を排除するだけならもっと確実な方法を取りますよ。……今の所は公爵は私達の力を図り、そしてあわよくば仲間に取り入れようと考えています。そこに、私達の付け入る隙があるのです」
ダーチャは指を回しながら答える。
「まあ、それはそうだけど……今のところは、ってのが続くとは限らないよ。うちらと関係を結んでもウィンウィンじゃ無いってことに公爵が気付いた時は……」
「その時は、全力で逃げましょう。その後で落ち合う場所も何箇所か候補を作った上でです」
「りょーかい」
その後、ミナとダーチャが中心となって緊急時の避難先、合言葉が設定されて作戦会議は閉幕となった。
……そのまま、あたし達はソエナ村を出立する。
ふもとの街で駅馬車に乗ってウノートンへ戻り、翌日に公爵へ依頼完了の報告を行う予定だ。
途上、あたしはふと後ろを振り向き、遠くなっていくソエナ村を振り返った。……きっと、忘れたかった記憶。だけど、思い出した以上は絶対に忘れるものか。
そしてあの『勇者』。……きっと彼女とはまた会える。あいつは間違いなく、あたしにとって過去への鍵だ。あれだけ目立つ4人組。噂の一つや二つ、いずれ耳に入ってくるだろう。次に出会うまでに、どう対するか考えておかなきゃ。
歩む足が、ケルベロスとの死闘と『勇者』との出会いを徐々に過去へと変えていった……
◇
ウノートンには、不思議と夜に到着することが多い。初めての時もそうだった。
「通れ」
不愛想な豚族門番達も、冒険者ギルドの会員証を見せれば取りあえずは素直に通してくれる。
……街中は、酒場のある一角を除けば夜の静けさ。
音のない世界だ。あたしの、木本明菜が暮らしていたI市は日本海側の片田舎で、確かに夜は寂れたものだったけど、それでも無音ではなかった。
あたしたち4人が出す呼吸音、歩みの音、それ以外の音は聞こえない。最初に来た時もそうだった筈だけど、記憶をある程度取り戻した今は異様に心もとない。
静寂が支配する街の中を、あたし達はいつもの安宿へ歩いて行った。
◇
そして翌日。あたし達は再び、公爵の城の門を叩く。
「『白刃の煌めき』様ですね、お通り下さい」
……余りの素直さに、不気味さを感じてしまうなぁ。だけど、豚公爵が王位継承の戦いに参戦するとすれば、あたし達は有力な手駒の候補だ。
既に『白刃の煌めき』は彼等が雑に扱っていい一般人ではない。それは一方で、あたし達が豚公爵の敵対者からは狙われる可能性があるという事だ、すっげー不本意ながら。
城に入ると、あいっ変わらずの埃っぽさに嫌になってくる。……あのクソ脂公爵人間は一切信用できねーんだろうなぁ。
そして、それは彼の隙でもあるんだろう。
あれから一週間ほどか?取りあえずこの前と同じ会議室に通され、この前と同じ格好で脂公爵は鎮座していた。
ミナが燃え尽きるケルベロスの映像を見せると、脂公爵は満足そうに頷く。
「ものの一週間で事態を解決するとは、流石は俺様が見込んだ奴らだぜ」
「……有りがたき幸せ」
脂公爵の額に、その名を示すがごとき脂汗が浮かんでいた。……矢張りというべきか、ケルベロスの撃破は公爵としても予想外だったと見える。
「……公爵閣下、恐れながら申し上げます。此度の依頼、私どもを試す意図があったと存じますが」
「ふ、ふむ、その通りである。ただでさえも我が領内で活動してくれる銀級冒険者は貴重だ。大概は冒険者の拠点がそろっている王国直轄領かクラーク公爵領へ行ってしまうからな」
冒険者の活動がこの地域で活発でないのは、あんたが抑制して恐怖支配を継続したいせいだろうがと突っ込みたくなるがまあ抑える。
「悪ぃが、君らの実力を試させてもらった」
……コイツ、こっちがケルベロス自体あんたの差し金だと分かってる事を察してるのかな?
「結果は想像以上のようだ。そこで……俺様としては君らに提案があるのだ」
「と申しますと……?」
「直ぐとは申すまい、一年程度のスパンの依頼として見てほしいのだが……グラッシーとマイダンの様子を伺ってほしいのだ」
公爵から、思わぬ提案。グラッシー=オブ=プラッシー公とマイダン=クラーク公、つまりは公爵にとって王位継承のライバルたちだ。ホントコイツ手駒いねーんだな。
「冒険者としてこの2人の領内に入ることもあるだろう。その際、動向に関する情報を手に入れてほしい。内容にもよるが、報酬をはずもう」
「……承りました」
ミナは深く頭を下げ、その提案を了承した。……彼女にとっても、特にグラッシー公の領内に入り情報を収集する大義名分および報酬が出来たと言える。
願ってもない申し出だっただろう。
……ただ、
「一つだけ、公爵閣下に頼みがあります。以前の依頼で我々が行った洞窟、そこにはまだ豚族の人々が若干名暮らしています。……彼等にはもう抵抗する力は残っていません」
「ふむ」
「彼等と私は約束を交わしました。王国に敵対しない限り、あなた達の身の安全は私が保証すると。彼等に対する不干渉を、公爵閣下に約束していただきたいのです」
つまり……この言葉に対する反応から、彼等の現状と、公爵が彼等から情報を引き出していないかを探ろうというのかな。
「……成程な。他ならぬ君らの頼みだ、その位別にいいだろう」
……どうやら、手を出してはいなそうだ。
「……有りがたき幸せ」
ミナは再び、深く頭を下げ、会見は終わった。




