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第十七話 喪失

 

 

 ― 202x年、日本・日本海側のI市……

 

 

 あたし……木本明菜は自分で言うのも何だけど、はいぱー普通な女子高生だった。

 

 お家はちょっとビンボーかもしれない、アパート暮らしの一般的な共働き世帯ってやつ?だけど、お金に困った記憶もそんなにない。

 

 まあお父さんもお母さんも帰るの遅いから、夕食は基本あたしの当番だった。

 

 友達は……あんまりいないかもしれない。

 

 あ、でもイケメンの彼氏がいるのだ!石井いしい 琉導るどうって言うんだけど、ホント何でも付き合ってくれるいい人なの。

 

 この次の休みもデートの予定。うちで一緒にスマ〇ラやるんだ、えへへっ。

 

 

 幸せだった。訳が分からないほど幸せだったんだ。

 

 

 ……その日、彼と喧嘩別れするまでは。

 

 だってだって、琉導ったらゴムも持ってきてないのに体を触ろうとしたんだよ、信じらんない!!

 

 琉導が回してきたその手を振りほどいて、

 

「初めから、初めからカラダが目当てだったの?」


 こんな台詞を、あたしが吐くなんて……!!あの幸せな日々からは思いもよらなかった。

 

「す、済まない。だけどお前、このままでいいと思っているのか?このままじゃ、進学したらお別れなんだぞ」


 琉導は先に進もうと思っていたんだ。

 

「出来たら責任は俺がとる。お前の為なら進学だって取りやめて働いてやる、だからッ」


 ……そんな、

 

「そんな事を琉導にさせる責任を、あたしにも取れって言うの?折角……折角一流大学に進学できる成績持ってるのに!あたしは琉導の為を思って……ッ」


 この時は必死だった。例え琉導でも体を許したくは無かったんだ。

 

 だけど、……心はお互いに大きく依存していたから、……だからこそ、琉導に苦労を絶対にかけたく無かったんだ。

 

 両親のように、共働きしてやっと生計が成り立つような生活をさせたくなかったんだ。

 

 何なら、卒業後は遠距離恋愛という手もあった。だけど、

 

「そうか……別れよう」

 

 でも、それを琉導は分かってくれなかった。まあ実際、琉導イケメンだし遠距離なんかしたら釣り合う彼女見つけちゃうわな、と今なら考えることが出来る。

 

 あたしは、頭の中が真っ白になったまま、アパートを出ていく琉導の背中を見送った。

 

 何か、気分を変えたくなって、バーチャルコ〇ソールから古いRPG(お父さんが昔やってたやつだ)をひたすらやりまくった。

 

 夕食当番もサボるようになって、家の中がだんだんと荒んできた。

 

 テニス部に入ってたけどそれもやめた。

 

 どんどんクリアしたゲームが増え、逆にどんどん成績が落ちていった。

 

 そんな状態で半年が過ぎ、お父さんから成績の事で心配されるようになるほどテストの点数が下がってきた。

 

 その時あたしは察したんだ、自分が精神的にどれだけ琉導に依存してたかって。

 

 だから、取り戻したいと思ったんだ。

 

 

 琉導とあたしには、幸いにして共通の幼馴染がいた。

 

 たいら 黒須くろす。彼に仲を取り持って貰おうと、あたしは連絡して放課後、市役所の前で待ち合せしたんだ。

 

 ……だけど、黒須は来なかった。

 

 待てども待てども、来なかった。

 

 

 ◇

 

 

 ……彼が殺されたことを知ったのは、夜の7時に警官が来てあたしに手錠をかけた時だった。

 

 殺されたんじゃない、あたしが殺したんだと警官は言った。しかも、黒須の彼女と一緒に。

 

 こうしてあたしは、2人の人間を殺害した容疑者となった。

 

 

 

 裁判の場で、あたしは必死に無実を主張した。

 

 やってないことはやってないと言った。だけど、証拠として提出された監視カメラに映っていた、包丁を持った女子高生は明らかにあたしだった。

 

 凶器の包丁からもあたしの指紋がきっちりと取られていた。

 

 弁護士からも「無罪を勝ち取ろうとするより異世界追放刑を免れるために心神耗弱状態だったことを主張した方が良い」と言われた。冗談じゃない。

 

 やってないことをやってないと主張して何が悪いの!!

 

 物証なんて糞くらえ、状況証拠がどうしたって言うのよ。

 

 ……一度だけ、琉導があたしと黒須が待ち合せしていたことの証人として証言台に立ってくれた。だけど、彼には直接待ち合せの事を伝えてなかったし、その言葉は感情がこもっていなくて冷淡だった。アリバイは、一切認められなかった。

 

 

 ……そして、判決の日。

 

「主文。被告人を異世界追放刑に処す」

 

 ……あたしの世界、あたしの地球はこの日をもって終わりを告げた。

 

 

 ◇

 

 

「……幸せだった、幸せだったんだ」

 

 幸せだったのに、半年間のあいだにあたし、木本明菜は全てを失ってしまった。

 

 だからこそ、

 

「……全てを忘れたくはない。……それでも『あたし』は『フィス』で有りたい。この世界に来てから手に入れたものは、皆『フィス』のものだから」

 

 気付いた時には、脳内にフィスの気配を感じる。彼も、あたしの過去を聞き届けていたようだ。

 

「フィスである事が、あなた自身を飲み込むことになっても?」


 ミナは静かに、あたしに聞き返す。


「……構わない。木本明菜はもう、夢の中の存在だから」


「夢、か……よく稀人まれびとは、『此処は夢の世界』だって言うわ。あなたも、そう思う?」


 ミナの問いがどういう意味かは分からない。だけど、稀人まれびとがどんな人かによって『夢の世界』の意味が違う事は分かる。

 

「……あたし、いや俺にとって、ここが現実だ。俺がフィスでなければ、パーティの皆が困るだろ?」


 あたしは、自分がフィスであるという運命を受け入れる事に決めた。

 

「だけど木本明菜であった『過去』は放棄しない。……だからいつか取り戻したいんだ」


「何を?」


「木本明菜の、全てを」


 幸せだったころの記憶を。……そして、自分が無実であったという確かな証拠を。


 そう決意したあたしに対して、ミナは、

 

「……次に彼女、『勇者』に出会ったらどうするの?」


 と質問してきた。

 

「……分からない、その時にならないと。彼女から『取り戻す』手段を探すのが先決だ」


 そんな手段があるかどうかは分からない。だけどそれは、あたしがかって木本明菜であったことを世界に残す最後の希望だ。


「辛い道になるわよ」


「覚悟の上だ」


 ……そのあたしの姿を、ミナと『フィス』は静かに見守っていた……


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