第十六話 『名前』
「リンゴ、リンゴ、たーべるんごー……」
翌日、昼。多分数年前に流行った歌を口ずさみながら、特産のリンゴ料理に舌鼓を打つあたし。
「それにしても、俺だけこんな能天気でいいのかなぁ……」
ミナはロシュフコーとダーチャに出来る限りの治療(魔法含む)を行ってクタクタで、最低限の食事を済ますと部屋へ戻っていった。治療中の二人は言わずもがな。
確かにケルベロスに止めを刺したのはあたしだけど、皆の協力あってのものなんだけどなぁ。
ともあれ、明日には二人とも出来るほどまで回復できる、とミナが言っていたので今日で料理も食べ収めである。
サケのアップルパイ包みにリンゴ酒、リンゴの皮の炒め物にリンゴのサラダ、すべからくリンゴ尽くし……
「逆に言えばリンゴぐらいしか売れる作物がないんだなぁ……」
美味しいからいいけど、これじゃ商売にならないわねとか思わず考えてしまう。
「まだまだあるから、お代わりしな」
と食堂のおばちゃんに言われたが、流石にこれ以上はお腹に入らない。
「ごめん、御馳走様!」
勘定を済ませて(サイフはミナから一時的に預かっている)あたしは村の広場に出た。
◇
……思えば、自分一人になったのはかなり久しぶりのような気がする。
「……クッ」
途端にこみあげてくる寂しさ。……そして、恐怖。
自分はいつ死んでもおかしくないような旅をしている。どうして?……記憶を、取り戻す為?
いや、フィス=フィルレーンで有り続ける為だ。
だとしたら、あたしが完全にフィスになったら、元のあたしはどうなるの……?
あたしは……!?
― 刹那
それは、目に電流が走るような光景だった。
「何はともあれ、勇者様が解放されてよかったですよ」
「いやー、土の中は冷たかったぜ」
……!?
「何言ってんのよ、死んでいた時の記憶なんて無いくせに」
…………!?なんだ、こいつ等……!!
「まさか教会で、ゴールド払って本当に蘇生をやってくれるとは思っていなかったぞ」
馬鹿野郎、これは、これは冒涜だ……!死者に対する、冒涜だ……!!
「確かに勇者にとって、教会ってのは蘇生と毒の治療と呪いの解除とセーブをやってくれる所なんだけど……」
教会で蘇生?セーブ?そんな、そんな超古典的RPGみたいな事、あってたまるか。だけど、この目の前の光景はなんだ!?
あの時、ケルベロスとの戦いで間違いなく死んだはずのスタロンが、エルシトが、サマンサが……生きている。
「…………お、フィス、フィスじゃないか!?」
「スタロン、あれがかの『白刃の煌めき』なのか?」
「ええ、今の勇者様よりは、間違いなく強いでしょう」
彼等の先頭に居る女の子……彼女が、『勇者』らしい。
「……ど、どうなっているんだ……」
頭が回転する。まるで意味が分からない。
「……あのー、すみません、あのー……」
頭の中が、白くなる。
「あのおおおおおおおッ!!返事をしないのは、無礼だと思うんですけど、あのおおおおおッ!!」
「え、あ……す、すまん」
少女、『勇者』が眼前まで歩いてきあたしを呼んでいた。
「……全く、死人が歩いているくらいで驚き過ぎです」
『勇者』の背格好は大体16歳位。いかにもな羽飾り付きのサークレット型の兜をしているが……驚くべきことには、それと軽そうなマントと……武器の鎖鎌?を除いた扮装は女子高生の冬服のそれだという事だ。
顔は何と言うか地味目で髪は黒のミドルボブ。何処にでもいそうな少女でって感想は……まあうちの女子陣は冒険者やってるのが不思議なくそったれ美人と元海賊だしなぁ、審美眼が狂って普通に見えてしまうのかも知れない。
「……驚かない方が不思議だろ。俺が埋葬したんだから」
「後数日あのままなら状態が『消滅』になって蘇生できなくなってたんですよ、その責任はとれるんですか?」
無茶苦茶な言い分だ。というか元ネタのゲーム其処まで戻るのかよ。
……何なんだろう、この子。
「第一、砦に囚われの身になっていると聞いたけどどうやって脱出したんだよ」
「知らないエルフのおじさんが保釈金を払ってくれたらしいです。流石に勇者は運命力が違うでしょう」
ドヤ顔をする勇者。な、なんかムカつくぞ!!
「……ホント、ゲーム感覚なんだな?」
「そうでしょう、やっぱりあなたも稀人なんだ?」
「げ……」
しまったぁ……
「べーつ他の人に漏らそうとは思いませんよ、周囲に豚さんもいませんし」
こいつちゃんと豚さんがいないことを見計らってあたしに接触を図ってきたのか……
「あたしも転生後いきなり捕まったんです。それで、勇者になることを条件に保釈されまして、えへへ……」
そりゃ幸運だったのか不運だったのか……
「その……あたし、木本 明菜って言います!フィスさんはホントは何っていうんですか?」
勇者は、名乗ってきた。明らかに日本人の名前を。
木本、明菜。
木本明菜。
木本明菜。木本明菜。木本明菜。木本明菜。
木本明菜木本明菜木本明菜木本明菜木本明菜木本明菜木本明菜木本明菜木本明菜木本明菜木本明菜木本明菜木本明菜木本明菜木本明菜木本明菜木本明菜木本明菜木本明菜木本明菜木本明菜木本明菜木本明菜木本明菜木本明菜木本明菜木本明菜木本明菜木本明菜木本明菜木本明菜木本明菜木本明菜木本明菜木本明菜木本明菜きもこもとあらけあらえあらえあら……
目の前が、真っ白になった。
◇
目が、覚める。
「う、うわああああっ!!」
ハァ、ハァ、ハァ……目の前には見慣れた顔、ミナがいた。
「フィス……大丈夫?その、勇者さんが名乗った時、突然あなたが気を失ったって」
「……ミナ、……勇者たちは、今どこにいる」
「フィスを送り届けた後、そのままユーデリッハ公領へ向かったわ。豚公爵と戦う手段を再検討するって言ってたけど、大丈夫かしらね」
豚公爵、それどころじゃない。あたしは……
「ミナ、ロシュフコーとダーチャは近くに居ないな」
取りあえず、それを確認する。
「二つとなりの部屋でもう寝ているけど、……フィス、どうしたの」
「……畜生、……こんな事、こんな事ありかよ……」
あたしは、泣いていた。
「あれは、木本明菜は『あたし』だ、『あたし』なんだ……!!!」
木本明菜。あたしの名だ。
あの地味なミドルボブの女子高生の姿。あれはあたしの姿だ。
「全部!全部持って行きやがって……ッ!!!」
取り戻した最初の記憶。それが、それが、こんな形になるなんてッ!!!
「……フィス、いえ、明菜」
ミナは、あたしをその名で呼んでくれた。
「……教えてくれない。あなたの事について」
……そうだ、仲間になってくれるのは、この世界では彼女だけだ。
ロシュフコーとダーチャに、こんな事を抱え込ませたくない。
だからもう気に入ろうと気に入るまいと、頼れるのは彼女だけなんだ。
あたしは、語り始めた。名前をきっかけに取り戻した記憶の欠片を……




