第十四話 魔犬には負けん(うわ、寒ッ)
ケルベロスがその3つ首から漏れる紅蓮を解き放とうと、大顎を開けるとその地獄の焔が渓谷の幅いっぱいに解き放たれる。
『ミナの手を握って全速力で逃げろッ』
言われなくてもッ!!
「フィスッ!!」
あたしはその『フィス』の助言通りに即座に行動した。咄嗟にミナの手を握り、迫りくる炎から逃げ去る。
あの三人組は……悪いが、反応出来なきゃ其処まででしょ。
「ロシュフコーッ!!盾じゃ防げないから逃げてッ!!」
盾を構え、ケルベロスに立ちふさがろうとするロシュフコーに向けてミナが叫ぶが、
「我が盾になれば時間ぐらい稼げよう。先ほど地獄犬対策にと思い盾に泥を塗りたくっておいた」
盾に焔が直撃するが、……何とか燃え上がらずに済んでいる。流石というべきか。
「ダーチャは!」
あたしが見上げると、ダーチャは崖の上にロープで避難していた。今のところ、奴の注意が彼女に向く様子はない。
火炎放射の影響か、息が苦しい。あの化け物め……
口をシャツで抑えながら、ロシュフコーの背後に回り、再び剣を構える。
やがて炎が収まると、焼野原の中から此方を凝視する三つ首の魔犬が此方に向かってくるのが分かった。
巨体にもかかわらず、足音は小さいのが不気味さを増幅する。
「GRRRRRHUUU」
その場で炎を吐かれたら、あたし達3人は丸焼けになっていただろう。しかし、どうやらあの一撃で敵も消耗しているようだ。
蛇の尻尾がその鎌首をもたげ、その勢いで此方に襲い掛かってくる。
「させるか!」
あたし達の前面に立ってロシュフコーが盾を構えるが、
蛇の尻尾はそのままロシュフコーに噛みつく代わりにに巻き付き、
「な……」
一気に持ち上げてしまった。
「おおおおおッ!!」
「ロシュフコーッ!!糞ッ」
あたしはいてもたってもいられず奴の眼前へ駆け出し突入する。
「フィス、待って……」
ケルベロスの左前足があたしに襲い掛かる。右へ咄嗟にステップして回避、したと思ったら……
その時にはあたしの動きを読んだ右後ろ脚が既に迫っていた。
「!!」
― 刹那
「ヌンッ!!」
脇から飛び出てきたのは屈強な戦士、スタロン。生きていたのか……
「盾を持ってるのはそっちだけではないぞうぉッ!!!」
そのまま、その黒焦げになった盾でで後ろ足の攻撃を受け止めるが、盾は破壊され後ろ足が直撃、突き飛ばされる。
しかし、その隙にあたしは一気にケルベロスの懐へと忍び込んだ。
そうしている間にも、ロシュフコーは振り上げられた尻尾で大きく持ち上げられ、
「チイッ」
地面に叩きつけられようとしていたが、ようやく尻尾の根元まで回り込んだあたしは、
「でやああッ!!」
大剣を振り上げる。鋼鉄の奔流が鱗を引き裂く鈍い感覚。吹き出る焔と血。
尻尾をぶった切ると、そのままロシュフコーは、
「すまん、フィスッ!!」
と盾を捨てて尻尾を振りほどき、空中で槍を構えそのまま奴の背中へと落下する。
ドブスッと重い音と共に、ケルベロスの背中に槍が突き立てられる。
「GYAHHHHOOOOOOO!!!!!」
三つ首が咆哮を上げ、ロシュフコーが奴の背中から降りあたしも一旦距離を取ると、再び三つの口に燃え盛る炎が姿を現す。
しかし、
「ラ=ティダニア=ダダロ、守れよ壁、ウォールッ!」
直ぐ近くにいた僧侶のエルシトが呪文を詠唱し、あたし達とケルベロスの間に高さ3メーターほどの土の壁が構築された。
防がれる炎。しかしエルシトの位置は敵に近すぎた。
ケルベロスは焔が通らないことを悟ると即座にジャンプし、土の壁を破壊する。飛んでくる壁の残骸をまともに食らうあたしとエルシト。
目の前がクラクラする……
「うわっ!!」
エルシトはそのままグシャッと前足で踏んづけられる。そして、あたしの元にも足が迫ろうとしていた。
『しっかりしろッ!!』
『フィス』の声に正気に戻り、あたしはすんでのところで踏みつけを飛び上がって回避する。
「はぁ、はぁ……」
く、くっそ……限界が、近い……
あたしが突破されれば次はミナだ。これ以上は後退できない。
奴の三つの顔が、こっちに迫ってくる……そして、口を開けた、
― 刹那
『ラ=ミーズ=グラア、凍りつけ、フリーズ!!』
二つの声が、一つの魔法を詠唱する。ミナとサマンサだ。
呪文によって形成された直径50センチ程度の氷の塊が、奴の開けた口の中に突入する。
「GHEEEEEEEE!!!」
2つの首がもだえ苦しむ中、尚も一つの口があたしへと向かってくるが、その鼻にフック付きのロープが引っかけられた。
「フィスッ、しっかり!」
ダーチャの叫び。だが奴は止まらない。口をあんぐり開けたままもがくとダーチャが、
「うわああああっ!!!」
崖の上から振り落とされてしまう。
「ロシュフコー、ダーチャを頼む、俺は……」
そちらに気を取られると、ケルベロスはそのままあたしを飛び越えていってしまう。まずい、抜かれたッ!!
「ミナ、サマンサッ!!」
奴がそのまま突進する先には二人がッ……
「きゃあっ、こ、こっちくんなッ、ラ=ミーズ=グ……」
応戦しようとしたサマンサが、先ず餌食となった。先ほどの復讐とばかりに前足を叩きつけ、サマンサは吹き飛ばされて地面に横たわる。
「畜生ッ!!」
走る、走る……頼む、間に合ってくれッ!!
「……」
そして自身に襲い掛かろうとするケルベロスを、ぐっと見据えるミナ。
……まるで、ミナにケルベロスの方が気圧されているかのように。
「させるかぁッ!!」
何とか間に合ったか、あたしは奴の後ろ右足を加速そのままたたっ切る!!
鈍い音と共に何とか両断すると、ケルベロスは苦しみながらも此方に向きなおしてきた。
右前足を振り上げ、応戦しようとする。
それを、
「はあっ!!」
体勢を立て直し、かろうじで大剣で受け止めるが……
「糞ッ、力の差がありすぎる……!!!」
このままじゃ、抑え込まれる……
いや、これは……チャンスだッ!!
『アレ』を使う決意をすると、見る見る間に闘気が剣を通じてあたしに流れてくる。
奴は右前足に全体重をかけてきた、だけど……!!
闘気があたしに流入すると、逆にあっさりと押し返されて体制が崩れる。
今だッ!!
「喰らえッ、破極尖空ッ!!」
斬り上げる。闘気を帯びた美しい鋼の激流が、奴の三つの喉元を一気にぶち抜くッ!!
まるで燃え盛る建物が崩れ落ちるかの如く、降り注ぐおびただしい量の血と焔。
「あっちっち」
いかんこのままじゃあたしまで引火しちゃうッ!!ダッと駆け出してケルベロスの懐を脱出すると、奴は地響きを立ててその巨体を地面に横たわらせ、煌々と炎上した。
……あたし達一行の中で、無傷なのはミナのみ。後はまさしくボロボロの状態だ。あの3人なんか生きてるかどうかすらわからない。
でも……
「や、やった、のか……」
あたしは、勝利をかみしめた。




