第十三話 確かに地獄犬だけどお前じゃないわ
ほら穴の中で遭遇したのは、2人の男と1人の女だった。彼等の風袋に統一性は無く、村で雇われた冒険者4人組で恐らくは間違いないだろう。
松明の灯りは暗く、服装を詳しく見ることは出来ないが、男の内一人は板金鎧を着て堂々たる体格を持ち、かなりの威圧感を放っているのが分かる。
「……地獄犬退治の依頼でウノートンから来た『白刃の煌めき』と申します。ソエナ村で雇われた冒険者の方々で間違いないですね?」
ミナが緊張した面持ちで自己紹介をすると、
「ウノートン、公爵の手の者かッ!!」
早速剣を抜いてきた。おいこらッ!!
「少しは落ち着けよ、あんたらが生きてたら交渉するつもりだったんだから」
と言いながら、あたしは一応背中の大剣に手をかける。……いざという時、斬れるかな……
「……剣をしまって下さい」
とミナも説得するが、
「待ってよスタロン。『白刃の煌めき』と言えば、あのウォービートル退治で有名なフィスのパーティよ。……悪いけど、あんたじゃ鎧ごと真っ二つね」
「ぬ……」
洞窟の奥に居た魔女帽を被った女……少女と言っても差支えの無い歳に見える、彼女の言葉に筋肉ムキムキマッチョマンはようやく剣を降ろした。
……フィスの名前って、其処まで広まってるのかよ……
「『白刃の煌めき』か……」
3人組のもう一人、僧侶の帽子を被った男がそう呟くと。
「どうでしょう、スタロン、サマンサ。この方々に勇者様の救出を依頼しては?」
へ、勇者?救出?
僧侶の突拍子もない言葉から、
「……しかしある程度名の知れた冒険者とはいえ、相手は他人だぞ。それに我らから何を提示できる?」
「地獄犬退治の報酬が有ります。……口惜しいですが、勇者様の身柄には変えられません」
「まあいいんじゃない、路銀は他のやり方で稼ごうよ」
と3人組は相談し、その方針で定まったようだ。
「……詳しい話を、お聞かせいただけますか」
ミナの尋ねに、3人組はようやく自分達の状況を説明し始めた……
彼等は国王トゥリル・ラ・トゥラス5世によって見出された『勇者』の為に、彼女(女性らしい)の補佐としてパーティメンバーとなった一同だった。勇者に国王から与えられた任務は『復活しつつある魔王の打倒』だという。……ちっ、勇者も恐らく王国側が捕らえた中から選ばれた稀人ね。
しかし、豚族に支配されたド・ロン公爵領の有様を見るに、勇者はその中に魔性を見出し、魔王に乗っ取られている公爵の打倒を志すようになったそうな。
で、依頼遂行中に領域警備の豚族に取っ捕まって、今は恐らく渓谷の先のリグリア砦の牢の中、と。
「そりゃ捕まって当然でしょ、俺らが救出する筋合いは無いわ」
あたしは思わず突っ込む。
「し、しかし……現に豚族の跳梁によって民は苦しまされています。あなた方はこれを看過するのですか?」
はぁ……実際あのミング村で目の当たりにした連中の横暴さにはあたしもブチ切れたけど、今から考えればあれ見せしめの面もあるわな。所謂恐怖による少数支配って奴。
公爵領の総人口は詳しく分かんないけど、10万を切る事は無いだろう。それを豚さん……あの長老の話が確かなら44かける34でざっと1500人?それだけで物理的に支配することは出来んわ。
まー正直、相手が英雄だからかどうか知らないが、この程度で牙を抜かれてる民衆の方もどうかという所ね。
「ミナ、どう思う?俺はこんなことで公爵と敵対するのは反対だぞ」
取りあえず、ミナがこのパーティのリーダーである以上、彼女の判断に従うとしよう。
「……一つ質問があります。ほら穴の入口で犬の足跡を見ました。地獄犬は、どうしましたか?」
「地獄犬はいなかった。此処にいたのは単なる野犬で、追い払った後でねぐらにしている」
へ、単なる野犬?ミナは顎に手を当て、思案している……
「単なる野犬を、村人が地獄犬って誤認してた可能性があるわけかな?……だけど、馬車の襲撃は……」
ダーチャの口に出した推論は多分正しい。でもだとすると、あの馬車の車輪が分からなくなる。村人の話を聞いても、馬車の襲撃があったのは間違いない様子だし。
「兎に角、渓谷の他の所をあたってみぬか。彼等の依頼に関してはそれからでいいだろう」
ロシュフコーの提案を、
「……そうですね。申し訳ありませんが、公爵からの依頼を優先させていただきます」
ミナは受け入れた。
「じゃ、じゃああたしらも地獄犬退治に同行させてもらっていいかな?このままじゃ村からの報酬も貰えないし、それじゃ勇者様救出依頼の原資もない」
魔女帽を被ったサマンサからの提案。まあごもっともと言えるけど、そもそも地獄犬自体いるのかどーなのか。
「……構いませんが、足手まといにならないように」
という訳で、一時的に彼等3人も地獄犬討伐へ同行することとなった。
◇
渓谷を探りながら、7人で進んでいく……そう言えば、あのミング村の件も『6人以上での集会は禁止』って事で豚族が解散させにやってきたんだっけ。
ま、別に人里離れた場所なら大丈夫でしょう。
それにしても、その自称勇者がとっちめられたという事は、リグリア砦の連中も渓谷を捜索してない訳ではないって事だな。お仕事ご苦労様です。
「ヘタすれば、地獄犬が砦の連中によって既に退治済みの可能性すらある訳か。……俺達、ここまで来た意味あったかな?」
手付金を貰っている以上只働きではないのだが、成功報酬は貰えまい。
……そして、公爵に近づくのがミナの目的だとすればその心象も良くなる筈がない。
「気合を入れて行こう……」
◇
太陽が西に傾き始めた頃、あたし達は渓谷の恐らくは中ほどまで探り歩いた。
あの後2つほどほら穴を発見し探索したが、成果はなし。そろそろ、一日目の探索を切り上げソエナ村で宿を取ってもいい時間帯だろう。
「はぁ、はぁ……」
歩き通しで、一番疲れているのはミナだ。ま、恐らくは貴族とまでいかずともお嬢様産まれ何だろうし多少はね。
他の面々を見ると、ロシュフコーとダーチャはまだ余裕がありそう。
勇者パーティの3人はこの2日間ベッドで休息を取っていない、リーダー不在という事もあってかなり焦燥しているように見える。
彼等を休ませ、何より頭を落ち着かせるためにも休息は必要だろう。
「ミナ、此処からソエナ村迄戻れば恐らく日没だ。そろそろ切り上げてもいいんじゃないか?」
「え、ええ」
と、あたしの提案をミナが飲んだ。
― 刹那
咆哮。突然周囲に漂う、不快な硫黄臭。
「ッ!!崖からッ、右から何か来るッ」
ダーチャは直ぐに反応した。
「散開ッ!!」
あたし達も、何者かがジャンプした気配を直ぐに感じ、散開して各々武器を抜く。
そして、崖の上から地響きを立て、帰路をふさぐかのように怪物が着地した。
「な、何だ、コイツは……!!」
それは、犬だった。
いや、犬の怪物と言った方が良いだろう。しかし地獄犬というには巨大すぎた。体長はざっと見6メーターはある。
黒い短毛に覆われた皮膚からは常にぬらぬらした液体、恐らくは石油が分泌され火の粉が常に上がる。
最も特徴的なのはその首だ。顔の長さは50センチ程度だが、その顔が……三つ並んでいた。それらの口からも、焔が常に漏れる。
尻尾は爬虫類のようなうろこに包まれ、先端には蛇の顔。
あの食人鬼を倒す際にギリシャ神話のヒュドラの逸話を思い出したけど、……そのギリシャ神話の高名な怪物があたし達の眼前に居た。
コ……コンゴトモ、ヨロシク……
「KIOOOOOOOOO!!」
あ、あたしの生体マグネタイトは美味しくないからオレサマオマエマルカジリはやめてーッ!!




