第十二話 エクスプローラー
公爵との会見より二日後の朝。最後の馬車駅があるふもとの街で一服後、歩いて二時間。あたし達一行は、問題の渓谷にほど近いソエナ村に到着した。
此処からルーバ渓谷を通り、渓谷の出口にあたるリグリア砦という所がオ・ドロン公領とユーデリッハ公領の境界らしい。
「リグリア砦はウノートンの次に警備が厳重な場所です。……それでも最近は、ユーデリッハ公領に逃れようとする農民も多いそうですが」
ミナの話が確かなら、怪物位その警備兵がやっつけてもおかしくないような気がするんだけどなぁ……
「しかし、怪物の事は冒険者任せか。やれやれ、豚族らしいと言えばらしいが……」
公爵と豚族を一緒にして良いのかわからないが、ロシュフコーは頭をかきながら答える。
「取りあえず聞き込みしてみよっか。地獄犬が出るってんなら村中警戒状態だろうし」
ダーチャはいつも前向きでいいなぁ。……でもま、今回は公爵の肝いりだし派手に聞き込みしても大丈夫でしょ。
辺境の農村に相応しい、濃厚な土の匂い。しかし、田畑にはあちこちに荒らされた跡がある。
ダーチャのいう通り地獄犬に対する警戒の為、本来農作業へ出向くはずの男手は各々の家と畑を交代交代で見張りをしている様子だった。
その内の一人に話を聞いてみる。
「……あんたらが公爵の雇ったっていう冒険者『白刃の煌めき』か。噂は聞いているぜ、ただ……実は、その」
比較的身なりの整った青年だった。恐らく村長の息子か何かだろう。
「実は?」
「実は公爵からの早馬が来る前、一昨日の時点で丁度村に居た冒険者に、俺達がお金を持合いで退治を依頼したんだが……当日に出発して以後帰っていない」
「……そいつらは腕利きに見えたか?」
丁度村に居た連中ってんなら、そんな大したことない自称冒険者の可能性もあるしね。あたしが尋ねると、
「王都から来た自称腕利きだ。戦士と聖職者と精霊術師と……なんか変な扮装をした女の子の4人組。あんたらとはお似合いじゃないか?」
とミナを指して言う。まああたし含めた3人は兎も角、ミナは一見冒険者にはあまり見えないわな。
それにしても、ヘンな取り合わせだなぁ。
「成程。それで、地獄犬のねぐらに関して心当たりは無いか?」
「うーん、渓谷の崖にいくつかほら穴があるからそこだと思うんだが……奴ら夜行性の筈だから、昼は巣の近くにいるだろう」
「ありがとう、助かるぜ。そのヘンな4人組にしても、死体が残っているようなら回収するさ」
その後も村の人達から聞き取りを行い、
1・地獄犬が付近に出没し始めたのは一か月前の事。
2・地獄犬の頭数は3、4匹との事。
3・荷馬車襲撃事件までは大きな事件は起こらなかった事。
4・襲撃事件以後は人里に降りてきて作物を荒らしたり人間を襲うようになった事。
これらの情報が集められた。
「馬車襲撃事件が起きる前まではトラブルを起こさなかった……となると、何か、暴走するきっかけがありそうですね」
「村人か領界警備の豚族がなにかちょっかいでも出したのではないか?」
酒場のテーブルでミナとロシュフコーが推論をかわす。
「しっかし1頭かと思ったら3、4頭とは……結構手間になりそうだな」
あたしはその向かいに座り、注文したリンゴジュース(特産らしい)を飲みながら呟く。
……脂公爵直々の依頼。失敗するわけにはいかないが……あたし達にわざわざ名指しで頼んだ意図も勘ぐってしまうわね。挙句、現地に来てみれば既に村の人達が討伐の為に人を雇っている始末。
隣に座ったダーチャも頬杖を付きながら、
「手間なのは犬ころだけじゃないよ。村の人達が雇ったっていう連中がもし生きてたらうちら公爵に何て説明すんの?」
とあたしの危惧の一部を言語化した。
「それは……万が一先に退治されていたら、正直に先を越されたと言うしかないですね」
「彼等の方が先に依頼を受けていたのだ、優先権はあっちにある」
向かいの二人が返すけど、
「ここまで来て成功報酬なしは嫌だよ。うちは連中と交渉すべきだと思うな、三匹のうち一匹の首くらい寄越せとか」
ダーチャの言い分も最もだ。
「ダーチャ……」
「兎に角、現地に行ってみようよ。連中が野垂れ死にしてればそれでよし、でなければ交渉、そうしよ!」
「……分かりました。その方針で行きましょう」
ミナも納得し、あたし達は早速現地へ出発した。
◇
ルーバ渓谷。谷間には元々は川が流れていたらしいが、現在は土砂が堆積しその上に道が作られている。
渓谷の幅は大方20メーター程。両脇には広葉樹のまばらに生えた高低差40メーター程の斜面。ほら穴を探り歩くとなるとひと手間だと思われる。
「うちにお任せだね」
ダーチャはベルトに掛けている荷物から、フック付きのロープを取り出す。こんな長いロープをいつも持ち歩いてたのか……
そのままグルングルン回し、斜面の上の広葉樹に向かってフックを投げると、それを基点にしてロープがその太い枝に巻き付く。
「ハッ!!」
そのまま彼女はロープを這い上がり、ロープを巻きつけた木の枝まで、
「ひょいっと」
見る見るうちに登ってしまった。開いた口が塞がらないわ……
「すごい軽業……」
「元々彼女は海賊船の見張り役だったから、ああいうのはお手の物なの」
ミナが言う。……そんな彼女がどうしてこのパーティに加わっているのか謎ではあるが、まだそれを聞き出せるような段階には至っていないでしょう。
「どうですか、ダーチャ!」
「1キロ程度前方に1つ、おっきいのがある。何とか歩いて登れそうな位置だね」
……そこが、地獄犬の巣穴なのか?ってか1キロ先なんてよく見えるわね……
「了解。まずはそこを目指しましょう」
◇
という訳で、くだんの巣穴の前まで来たんだけど……
「これ、ホントに登れるか?」
切り立った岩の上、が、崖としか言えない所の中腹に、直径1メーター程度の穴が開いている。
「うちがロープかけるから、フィスもそれで登って、ね?」
げ……
脳内からモーションを探す……探す……
『がんばれ、がんばれ』
あー糞ッ、脳内フィスがサムズアップしてきやがった、ムカつく!!!
◇
「はぁ、はぁ、はぁ、の、登れた……」
こえー、命綱なしの崖登り。ロシュフコーはあの装備でよく登れるわね。
と、兎に角、ほら穴の中へ入っていくあたし達。
「……ラ=ザイナ=ウルス、火をともせ、トーチ」
ダーチャの松明にミナが着火し、周りを見渡すと……
「犬の足跡……!!」
あたしにもはっきり見えた。しかも、何匹分もある。パーティに走る緊張。
「行こう」
ダーチャの額から汗が落ちているのが分かる。
歩く、歩く、歩く……
頼りない松明の灯りが、ほら穴の壁をオレンジに染める。
歩く、歩く、歩く……
そして、何者かが松明の灯りの中に現れる。
「え……?」
「だ、誰だッ!!」
それは、人だった。




