第一話 ハードモードから始まる異世界転生(但しチュートリアル付き)
半年以上ぶりの新作です。
更新は出来る限り続けるつもりなので、生暖かい目で見守ってください。
― それは、 視界一面を覆う『白』から始まった。
全ては、今までの自分の総ては眼前の『白』へと溶けていく。丁度、科学の実験で見たスペクトル……単なる白に見える太陽光も、プリズムに通せばあらゆる色を内包する、その陽の光が産まれ出でる過程を体験するかの如く。
やがて、『白』一色だった世界は色を取り戻す、いや、むしろ陽の光から色が、特定の波長が失われていくと言った方が正しいのか。頭上は漆黒の帳が落ち、生い茂る木立が影となって月の反射する淡い光を覆い隠す。
こうしてあたしの目は、眼前の光景を映し出す機能を取り戻した。
「ッ……!!」
視覚と共に、全身の5感が神経を通じて脳へと再接続する。初めての感覚は……痛みだった。
「当然、か……」
独り言ちる。いや、独り言ちた筈だった。しかしその声は、……あたしのモノではなかった。低い声、男の声。
首を左右に振り、見回す。周囲に誰も人はいない。猛烈に痛む『自分』の腕を動かす。……あたしのモノで有ろうはずの無い、血塗れで筋肉質、そして無骨な腕をあたしの目は映し出す。
「マジかよ……」
驚愕に胸が震える。しかし、次の瞬間にあたしは状況を理解した。……異世界に、転生したことを。
― 前世の記憶は、まだ完全には思い出せない。
脳裏に映し出された光景は、古風な木造のテーブル……証言台に立つ一人の人物と、その人物を囲むスーツ姿の大人たちの冷たい、感情を一切遮断した目。
証言台に立つ人物……あたしの正面の高台に立つ初老の紳士が口を開く。
「主文。被告人を異世界追放刑に処す」
あたしは殺人犯の嫌疑を受け、少年審判の末に『異世界追放刑』を受ける事になったのだ。裁判の場でどれだけ自分の身の潔白を主張しようと、誰も、誰も真面目に取り合ってくれなかった。
あたしは処刑室に連れてこられ、処刑用10tトラック(助手席側にもアクセルペダルがあり、2人の執行人が運転席と助手席に座って同時にアクセルペダルを踏むことで執行者の負担を軽減しているそうだ)に轢かれることで異世界へと転生したのだ。
……今から考えても無茶苦茶だ。思い出した記憶を現実だと考えたくない。過去の事は一旦置いておいて、今はとりあえず現状を確認しようじゃないか。
空を見上げればすでに夜の帳が降りている。背中から伝わってくる固い感触。あたしは今、恐らくは切り株か何かにもたれかかっている状態だ。
かろうじで地表に届く月明りを頼りに周囲を見渡せば、幹の太い広葉樹が乱立している……すなわちここは、森の中だという事なのだろう。そう理解すると、むせかえるような土の匂いが鼻を突く。
「よっ……と」
左手に力をいれ、立ち上がる。痛む背中を右手で押さえながら、あたしは初めて見る大地に足を踏みしめた。目線の高さは、あたしが他の肉体に転生したことを否が応でも物語る。
後ろを振り向く。ついさっきまで自分がもたれかかっていたのは、何かの衝撃でポッキリと折られた広葉樹の立木だったようだ。折れた断面には血がべっとり。前方に向き直り……
「何、これ……」
地面に目を凝らしてみれば、遥か前方から自分の足元まで続く溝。土がまるで、何かを引きずった跡のように抉られている。何か……体のあちこちが痛む。引きずられた、いや、突き飛ばされたのは『自分』だと見て間違いないだろう。つまり、あれだ。『自分』は凄まじい力を持つ、何者かに突き飛ばされたに違いない。ど、どど、どうしよう。つまり、つまりだ……
― 刹那、地面が揺れるのを感じる。前方から、地面の爆ぜるようなドスドスドスという音を耳が拾う。
「ひ、ひ……」
地響きを立て、黒い何か……淡い月明りの元でははっきり判別することは出来ない……ソイツが、猛然と土煙を上げて遠くからこちらに向かってくる。
『自分』を突き飛ばした本人であることは明らかだ。見逃してくれる、善意を持っているだろうことは期待できない。四肢がひどく痛む、まともな回避行動は取れないだろう。
まとわりつくような血の、『自分』の血の匂い。それが死の匂いとなって焦燥感を盛り立てる。
焦る。焦る。焦る。
どうすればいい?転生直後にリスキルなんて冗談にもならない。糞がッ……ここで、ここで死んでたまるかッ!!
「左に跳び退けッ!!」
― 刹那、脳内に響く男の声。何処か、聞き覚えのある声。迫りくる敵、選択肢はない。
傷ついた脚を曲げて、一気に地面から跳び退く。
手を伸ばし、顔面を守りながら茂みへヘッドスライディングすると、地響きがついさっきまで『自分』がいたところを通り過ぎるのを感じた。
直ぐに立ち上がり、振り向けば奴はブレーキをかけるかのように足を止め、土埃が辺りを舞う。暗くて良く見えないが、木の苗のようなものを挟んで『自分』は奴と対峙した。
「大丈夫か?」
再び脳内に男の声。この状態が大丈夫に見えるおめでたい脳みその持ち主らしい、そもそも脳みそがあるのかは知らないけど。
「辛辣だな。それでも、まだ生きている」
考えを読まれている?……いや、それともあるいは、
「そう、俺はフィス=フィルレーン」
『自分』は、そう名乗った。
「その体の、元の持ち主だ」
マヂかよ……
改めて、眼前の怪物を凝視する。
地球上には存在しない生命体なのは間違いない。体長は4~5mほどか、大きさを除けばその肉体はほぼ、あたしたちがよく知る生物のそれだった。
「カブトムシ……」
脚がやたらとブッとい、すなわち巨大化による増大した自重を支えられるような、獣の脚になっているのを除けば。
奴の頭部が月明りを反射し、美しく照らし出す。ギチギチと音を立てながらキチン質の甲殻が、そして甲殻と一体化した角があたしの方を向く。奴の複眼が、あたしを凝視した。心臓がバクバクと鳴る。転生直後からこんな超ハードモードとかどうすんのよ!
『フィス=フィルレーン』の声が響く。
「君が何者かは知らない。それでも、生き延びたいのなら俺の指示に従ってくれ」
言われなくても分かっている。
「その辺りに俺の剣が落ちている筈。それで奴と戦うんだ。いいか、奴を倒すか、あるいは死ぬかだ」
駄目だコイツ超脳筋だ!こうやって吹っ飛ばされたのも一人突っ込んでった顛末に違いない。……まて、一人?
あれこれ考えている内に例の巨大カブトムシが脚をうならせ始めた。再び突進してくる積もりに違いない。それにしても、フィスは一人で来ているのだろうか?
辺りを見回すと、さっきまで地面から生えた木の苗かと思っていたモノが、土やら木の枝が絡まった剣の持ち手だと気付く。土に半分埋もれた大剣が、柄の部分だけを土の上に出して『手に取ってくれ』と言わんばかりにアピールしていたのだ。えへへ、ごめんね気付いてやれなくて。
頭を切り替えると、奴が突進する前にサッと駆け出し、その剣を手に取る。
― 刹那 奴が再び駆け出し始めた。
「右だッ!!」
フィスが呼びかける。あたしは柄を持ったまま大きく右に宙返り……まるで、体がかってに動いているよう。
宙を斬って剣の刀身が現れる。刃渡りは1メートル70センチ、その幅40センチの片刃の大剣が地面から月明りの中へ躍り出た。
奴は突進をかわされたことを悟り、その方向を転換しようとしてくる。あたし……フィスは大剣をバランサーにしてスタッと着地した。
「そのまま下段に構えろ。後は体がやってくれる」
フィスから指示が飛ぶ。まるでゲームのチュートリアルみたいね。
「なんだそれは?」
ま、分かんないか。にしても大丈夫なんでしょうね……大丈夫なら、多分あたしが乗り移ってないんでしょうけど。
これで勝負は仕切り直し……だといいんだけどねぇ、ハッハッハ……




