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出発



 十日後。


「ねーたん。これなにー?」


「これは冬虫夏草です。学術名はメカンディプスコケダケといい、分類的には菌界の一種で、エンシロコケオプス属に含まれる寄生型のキノコです。回復薬や薬膳料理に用いられるのが一般的ですが、熱を加えて毒素を除去しないと全身の痺れや吐き気、呼吸困難を引き起こし、最悪の場合死に至ります。貴方のような抵抗力の弱そうな人間なんか特にね」


「ふーん……?」


「だいぶ打ち解けてきたようだな」


 背後から声をかけると、クラリスは背筋を伸ばしてオレを見上げてきた。


「いえ、打ち解けたわけではありません。無知なこの者らに知識の深淵を覗き込ませることで、いかに自分たちが矮小で浅はかな存在なのか身を持って教えているところでして――」


「まあいい。出発するぞ。準備しろ」


「出発!? いよいよ覇道へ向けて歩まれるのですね」


「ああ。付いてこい」


「はい!」


 快活に返事してオレの後に続くクラリス。

 そのさらに後方では、八男のキョウタロウが両手を伸ばしてトコトコ追いかけてくる。


「にーたん、ねーたん、まってー」


 クラリスは冷え冷えとした目付きで振り返ると、


「待ちません。そうやってすぐに他人に甘えようとするからいつまで経っても自立出来ないんですよ。置いていかれたくなければ死に物狂いで付いてきなさい。いいですね」


 まだ人との間に壁を作っているが、あからさまに拒絶することはなくなった。

 昼は子供たちの御守り、夜は狭い部屋で川の字になって寝るようにと命令しておいただけのことはある。

 少しは効果があったようだな。


「セン様、なんですか、この軟弱な生き物は」


「まあ、そう言うな。まだ二歳児だぞ」


 キョウタロウを抱え上げ、自宅に向けて歩き出す。何か言いたげなクラリスだったが、無言のままオレに付いてきた。



 ◇



「お兄ちゃん。やっぱり出ていくんだね?」


 支度を済ませ、玄関を出るオレにサユリが声をかけてきた。


「済まんな、サユリ。オレにはどうしてもやらねばならんことがあってな」


「何をするつもりなの?」


 この世から争いを無くすつもりだ――なんて言ったところで、到底信じられない話だろう。

 一度は正直に語り聞かせようとも思ったが、心配性なこの娘のことだ。

 オレがこれから何をするか話せば、余分に心労をわずらわせるだけだ。


「内緒だ」


 そう答えておいた。


「じゃあ、出て行くってどこに?」


「ひとまずは聖ルミアス修道学院に入学するつもりだ」


「えっ、そこは……」


「お前が辞めたところだろ?」


 サユリが一年前に学院を途中退学していることは、母から聞いている。

 本来なら国内にある『天使の園』の一つ、『聖堂修教会』というところへ行く予定だったのだが、そこは募集人員をオーバーしていて足切りにあってしまったそうだ。

 そのため、島国であるこの地から遠く離れた大陸――『母なる大地(ミルドガウス)』の中央部にある、聖ルミアス修道学院へと進学したそうだ。


「う、うん。あの、お兄ちゃん。あそこはやめたほうが……」


「何か問題でもあるのか?」


 そういえば中退の理由は聞いていなかったな。


「あの学院というか、別のとこでもそうなんだけど、本土に行くのはあまりお勧めしないかな?」


「だから何故だ?」


「なぜって……」


 口ごもるサユリ。

 どうにもハッキリせんな。


「まあいい。行けばわかることだ」


 何か言いたげなサユリを尻目に、出発しようとしたのだが、


「ちょっと待ったあああああああああああああああああああああああ……ッ!」


 家の奥から父と母が駆けつけてきた。


「セント、ひどいじゃないか。何も言わずに出ていこうとするなんて」


「別に今生の別れというわけでもない。暇があればその都度帰ってくるさ」


 転移用の術式を家の裏に施しておいたので、帰ってこようと思えば一瞬で帰ってこられる。


「セントちゃん。母さん、いつかこんな日が来ると思ってた。だってあなた生まれたときから目が据わっていたんですもの。だから母さん思ったわ。ああ、この子は将来きっと大物になるって。この家や母さんたちのことは心配しないで、自分の好きなように生きなさい」


「そうだぞ、セント。父さん、いつかこんな日が来ると思っていた。だっておまえ生まれたときから目が据わってたんだもん。だから父さん思ったんだ。ああ、この子は将来きっと大物になるに違いないって。なあに、父さんたちのことは心配するな。自分の好きなように生きなさい」


 同じこと言ってるぞ、父よ。


「だけどな、どこに行こうとお前は父さんと母さんの自慢の息子だ。胸張ってがんばってこい!」


「わかった。父と母よ。ここまで育ててもらった恩義はいずれ必ず果たすつもりだ。もうしばらくだけオレの我が儘を許してくれ」


「わかったわ、セントちゃん。あなたの帰り、お腹の中の赤ちゃんと一緒に待っているわね」


 まだ増えるのか。


「兄貴」


 タツオたちも集まってきた。


「兄貴も学院に入るつもりかよ。姉ちゃんだって勉強に付いていけずに半年で帰ってきたんだぜ。大丈夫かよ」


「勉強に付いていけず?」


「う、うん、まあ」


 オレから目をそらすサユリ。恥ずかしさより、気まずさが勝っているように見える。


 中退の理由は学業に関係しているわけではなさそうだな。


「クラリんもお兄に付いていくのー?」


 尋ねる次女のヨウコに、クラリスはさも当然といった顔で応えた。


「当たり前です」


「じゃあ、今日でお別れだね。はい、これあげるよ。持ってって」


 パンパンに膨らんだバッグを手渡す。


「なんですか、これは」


「着替えだよ。今着てるのだけじゃ足りないでしょ」


「受け取れません。これ以上の施しは受けるつもりありませんから」


「そんなこと言わずに受け取ってやれ」


「セン様がそうおっしゃるなら……」


 渋々受け取るクラリス。


「では出発するぞ」


「お兄ちゃん、【旅の扉】は首都の豆京とうきょうにしかなくて、そこに行くには港から船に乗って――」


「必要ない」


 【旅の扉】は転移するための移動装置だ。

 千年前にも普通に存在していた。

 目的地に行くだけならそれを利用するのが一番手っ取り早いだろう。


 しかし、

 多少時間はかかるが、今のこの世界を見ておきたいというのもあって――


 飛行術式【飛翔ルーフ】発動。


 ふわりとオレの体が浮かび上がる。


「飛んだああああああああああ! セントが飛んだああああああああああああああああああ!」


 うるさい。


「それでは行ってくる」


 みるみるうちに周囲の景色が遠ざかっていく。

 十と数える間もなく、雲に触れられる高さにまでオレの体が浮かび上がった。


「センさま~」


 クラリスもオレの後を追ってきた。


「どうだ、調子は。飛行魔法も久しぶりだろう」


 不死化している間は魔法は使えなかったはずだからな。


「は、はい。千年ぶりなので少し感覚が鈍っていますが、問題ありません」


「そうか。なら出発するぞ。ちゃんと付いてこい」


「はい!」


 空高く舞いながら、オレとクラリスは大陸目指して飛び始めた。



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