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「ご苦労であった、デッドワンズクラウスラー。さすがの情報収集能力だな」


 一通り報告を受けたあと、労いの言葉をかける。

 デッドワンズクラウスラーは謙遜した様子で答えた。


「いえ、不死化していても『目』は使えましたから」


「そうか」


 『目』とは、デッドワンズクラウスラーが保有する特殊な能力のことである。

 自分と波長の近い魔力の持ち主と同調し、その者の視界を覗き込むことが出来るのだ。


 副次的に、様々なタイプの波長を色分けして『視る』ことも可能で、グランデを捜しだしたのもこの力を使ってのことだろう。


 魔眼というよりは極めて特殊な瞳術であり、オレの知る限りでは他に類をみない。


 『固有能力者オリジン』と呼ばれる稀少な能力者。

 オレがデッドワンズクラウスラーを側近にした一番の理由がそれである。


「デッドワンズクラウスラー。誠にご苦労であった。自ら不死の呪いを受けてまでオレを捜し続けたこの一千年、さぞ長く孤独に耐え忍んだことであろう」


「いえ、グランデ様の為なら、たとえこの身が朽ち果てようとも使命を全うしてみせます」


 片膝をつき、力のこもった瞳でオレを見上げてくる。この場で自害しろと命令したら、迷わず首を切り落としそうな、そんな危うい光をたたえている。


 主従関係を築く上で、これ以上のものは望むべくもない。


「その忠義、見事であった」


「はい」


「よし、ではデッドワンズクラウスラーよ」


「はい」


「もう帰っていいぞ」


「はい……、えっ?」


「もう帰っていいと言っている。長いこと故郷を離れ、寂しい想いもしただろう。これからお前は自由だ。好きなように余生を過ごすがよい」


「好きなようにとおっしゃられましても……」


「どうした。労いの言葉だけでは不十分か? 生憎と今のオレは何も持ち合わせておらん。大した持て成しもしてやれなくて済まんな」


「いえ、それはいいのですが……」


「そうか。ではさらばだ。達者でな」


「えっ? ちょっとグランデ様!?」



 ◇



「デッドワンズクラウスラー」


「はい」


「なぜ付いてくる」


 木の陰から捨てられた子犬のような目でこちらを覗き込んでいる。


「いえ、あの」


「どうした。言いたいことがあるならハッキリ言え」


「は、はい。グランデ様、一つ確認しておきたいことが……」


「なんだ」


「グランデ様が四界を制覇なされたのが一千年前のこと。一度はその大望に手をかけられたものの、卑劣極まりない敵方の策略によりその夢は道半ばで潰えてしまいました。非常に腹立たしいことに、ゼフィールらによる卑怯で悪質で陰険な手段によってグランデ様は――」


 長くなりそうだ。


「前置きはいい。確認しておきたいこととはなんだ?」


「はい。こうして無事に転生されたということは、再び覇道を歩まれるおつもりなのでしょうか」


「無論だ。次こそはこの世界を完全に支配してみせる」


「ではすぐに魔界に連絡を入れましょう。魔神ゼロに玉座を奪われたとはいえ、未だ数多くの忠臣がグランデ様の帰りを心待ちにしております。今こそ彼の者たちと結託し、不逞な異分子を魔界から排除するのです」


「いらん世話だ」


「えっ……」


 意外だったのか、目を丸くするデッドワンズクラウスラー。


「な、なぜでしょうか?」


「見てわからんか? 今のオレは人間だぞ。どの面下げて魔界へと足を踏み入れるつもりだ?」


「器は確かに人のものですが、しかし、それは仮初めのもの。その御身に宿る崇高なる魂は、紛れもなくグランデ様御本人のものに相違ありません。何も問題はないかと」


「お前にはそう『視える』だろう。しかし他の者にはどう映る? いくらオレがグランデの名を語ったところで、連中の目にはただの人にしか見えん。そうすんなり行くとは思えんな」


「ご安心ください。私が責任もって事情を説明いたします」


「それでも信じない奴や納得しない者は大勢出てくるだろう」


「その時はその時です。真に敬服すべき主を前に、そのような愚かな態度を取る輩がおりましたら、この私自らが血祭りに上げて御覧にいれます」


 駄目だこれは。


「話にならんな」


「で、でしたら八つ裂きにして御覧にいれます!」


「誰もそんなことは望んでいない。いちいち敵対する者を排除していたらキリがなかろう」


「ですが、グランデ様は前世で仰られました。この世界から争いを無くす。それがオレの理想だと」


「言ったな」


「それは自分に敵対する者を片っ端から根絶やしにしていくということではないのですか?」


「そういう意味で言ったわけではない。勝手に解釈するな」


「ではどのような」


「そのままの意味だ。この世から争いそのものを無くすのだ」


「……つまり、争う敵を排除するということでしょうか?」


「オレの話を聞いてたか?」


 まさか、その真意をずっと誤解したまま先の大戦を戦っていたとはな。

 まあ、十全に説明していなかったオレにも問題はあったのかもしれん。


「例えばだ。今のオレとお前は人間と魔族だ。しかし、こうして面と向かい合っていても、いがみ合うことなく話ができているだろう? それは何故だ」


「そんなの当たり前です。ここにおります御方は魔界の総支配者にして四界統一を成し遂げられた我が主、グランデ・フォウ・グオルグ総帥閣下に御座いますれば、敬愛こそすれ、牙を向けるなどあり得るわけがございません」


「それは以前の話であろう。今のオレはどこにでもいるただの人間だ。立場上、魔族おまえと敵対する者だ。本来であればこうして言葉を交わすことも容易には叶わぬ関係なはずだ。違うか?」


「先ほども申しましたが、グランデ様が纏っておられる御姿はあくまでも仮初めのもの。重要なのはその内に宿るものではないでしょうか」


「つまり、外側より中身が大事だと言っているのだな」


「仰る通りです」


「ならば、人や魔族、天使や悪魔だって互いに牙を剥くことなく平和にやっていくことも可能だというわけだ」


「いえ、そうは言っておりません。奴らは性根の底から腐りきっています。我らにとって害悪にしかなりません。天使も人間も悪魔も、可及的速やかにこの世界から消滅させるべきです」


「話が矛盾しているぞ。大事なのは中身だと言ったばかりではないか。友情や信頼、忠誠心、まあなんでもいい。他者を認め、寄り添う心があれば、種族の垣根を越えて共存を望めることを、お前は自らの発言でもって証明してみせたのだぞ」


「そ、それは相手がグランデ様だからでっ!」


「何度も言わすな。今のオレは魔界の王でも何でもない。ただの人間だ」


 シュンと、力なくうつむくデッドワンズクラウスラー。

 納得できないが、反論もできないといった様子だ。


 随分と感情的になっていたが、こいつの言い分もオレには充分に理解できるものだった。


 人も魔族も、天使も悪魔も、長年にわたって相争ってきた間柄だ。


 家族や友を殺された者だって多いだろう。

 住み処を追われた者だって多いだろう。


 積年の恨み辛みを抱えながら、そいつらと肩を並べて生きていくなど、普通であれば考えられないはずだ。

 オレの考えに共感を示せる者のほうが明らかに異質なのだ。


 と、ここでデッドワンズクラウスラーはハッと何かに気付いたように顔を上げると、


「で、でしたら、グランデ様はなおさら魔界へと帰還するべきです。今のグランデ様は人の身なれど、我らに寄り添う心があれば共存を図れると、今確かにそう仰いましたから!」


「フン、意趣返しのつもりか?」


「い、いえ、そのような」


 恐縮したように顔を伏せるデッドワンズクラウスラー。


「生憎だが、オレは魔界へ戻るつもりはない」


「何故です!? 数はだいぶ減ったでしょうが、魔界にはいまだグランデ様を知る者が大勢おります。人間に転生したとはいえ、グランデ様であればきっと喜んで迎え入れてくれるはずです」


「せっかくの申し出だが、その提案を受けるわけにはいかんな」


「どうしてでしょう」


「まずは人間界でやらねばならんことがある」


「それは一体どのような……?」


「人間界で頂点に立つ。魔界や他の界域のことはそれからだ」


 かつての聖騎士アレス・ヴァン・ハイトがそうであったように、人類の代表者としてその地位を築くことが、オレにとっては四界統一に繋がる最良の選択。

 そのように考えたのだ。


 オレの返答を聞いて、デッドワンズクラウスラーは感心したように頷いた。


「なるほど。人間界にいれば天界とも接触しやすくなる。その上で二つの界域を支配できれば、残すは魔界と暗黒界。魔界は魔神ゼロさえどうにかしてしまえば、そこはかつての本拠地。グランデ様が一声かければ、みな喜んで付き従ってくれることでしょう。となると残すは暗黒界だけですが、三界を制覇した状況ならいくら悪魔どもが相手といえど恐るるに足らず。そういうことですね」


「まあ、そんなところだ」


 理由としては概ねその通りだ。


 四界を統一するにあたって一番の障害になるのが、やはり天界だ。

 天使単体の戦闘力はそれほどでもないが、奴らは人間の信仰心を利用することで何倍もの力を得る。人間と手を組み、組織だって動かれることほど厄介なことはない。


 しかし、今の立場を利用して近づけば、奴らの情報も容易に得られるであろう。

 場合によっては、隙をついて出し抜くこともな。


 デッドワンズクラウスラーは再びオレの前でかしずくと、


「グランデ様。お供いたします。いえ、お供させてください」


「お前は魔族領に帰るのではなかったか? 無理して付いてくる必要はないのだぞ」


「無理などしていません。グランデ様の悲願を成就することが私の生きがいでもありますから」


「しかしだな」


 連れていくには一つ懸念がある。


「お願いします、グランデ様! どんな非情な命令にも従います。どのようなことでも致しますので、どうかおそばに」


 ここまで懇願されるのであれば仕方あるまい。


「わかった。そこまで言うのなら了承してもいいぞ」


「本当ですか!?」


「ああ」


 パァァァと表情が明るくなる。


「よし、ではデッドワンズクラウスラーよ」


「ハイ!」


「着ているものを脱いで尻をこちらに向けろ」


「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………え?」


「今、何でもすると言ったよな?」


「言いました……けど。まさか……!?」


 デッドワンズクラウスラーの顔が、ボンとはじけたように赤みを帯びた。



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