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再会 近況



「グ、グランデ様! よくぞご健在でッ!」


 潤んだ瞳で見上げてくるデッドワンズクラウスラー。

 千年ぶりの再会――といっても、オレの感覚からすれば数日ぶりに顔を合わせるようなものだ。

 感動もなにもあったものではないが、デッドワンズクラウスラーからすればそうではないのだろう。


 なんせ一千年だ。

 軽々しく言葉で言い表せないほどの苦悩が、その長い年月の中に含まれているはずである。


 あまり感情を表に出さないこいつが、ここまで感激をあらわにしているということは、つまりそういうことなのだろう。


 存在すら不確かなオレの魂と器を求め、捧げ続けた永き時間。

 その労力と忠誠心は余人の理解の及ぶ範疇はんちゅうを遥かに越えている。


「デッドワンズクラウスラー。この一千年ご苦労であった。お前も変わりないようだな。肉体に変調はきたしていないか?」


「もちろんです。グランデ様の解呪魔法は完璧でしたから」


「そうか」


 一時も目を離すことなく、オレを見つめている。


 いくら寿命の長い魔族とはいえ、それは人の命に比べればの話である。

 獣人種である彼女が生きて永劫の世を渡り歩くには、不死の呪いをその身に受けるしか手段はなかったわけだ。


「再会の喜びに浸りたいのは山々だが、まずは状況報告が先だ。この一千年の間で四界はどのように移り変わったのだ?」


 訊いてみると、デッドワンズクラウスラーの表情にわずかに陰りが差した。


「はい。グランデ様亡き後、天界と暗黒界ではすぐさま天使と悪魔による反撃が開始。主要な施設が奪還され、数多くの捕虜が敵の手に渡ってしまいました。その影響からか、各界に駐留していた我が軍は軒並み大規模な損害に見舞われ、その際、四獣である軍団長のお二方が殉死なされました」


 四獣とは、魔王グランデ直属の配下にして、それぞれが百万規模の軍勢を率いていた四名の魔人たちだ。


 天界には『炎剣のグリエル』を、人間界には『真槍のハインケス』、暗黒界には『聖杖のミューダ』を配し、魔界には『戦斧のドーテ』を備えさせた。


 天界と暗黒界で軍団長が戦死したということは、


「グリエルとミューダが死んだか」


「はい。天界で指揮をとっておられたグリエル様は、突如現れた創造神ゼフィールによってその身を焼かれ、暗黒界ではミューダ様自らが殿しんがりを務めて孤軍奮闘されたのですが、多勢に無勢で……。悪魔どもによって拘束された後、ベルゼブブによって耐えがたい責め苦と辱しめを受けた末にその命を落とされました」


 ギリッと歯噛みするデッドワンズクラウスラー。

 ミューダとは姉妹のように育った仲だ。

 その光景を『視ていた』彼女からすれば、我が身を切る想いであったろう。


「その後の様子はどうなっている。といっても、侵攻前とさほど変わっていないだろうがな」


「いえ、それが、天界、暗黒界ともに大きな変遷を迎えたのです」


「どのようにだ?」


「まず天界ですが、創造神ゼフィールが四大天の位階を取り払い、新たに創設した階級、神位階の位を与えました」


 四大天とは、名だたる天使どもの中で最も位階の高い四名の天使のことを指している。


 ミカエル・リ・フランチェスカ。

 ガブリエル・リ・クランフォート。

 ラファエル・リ・サンメイテス。

 ウリエル・リ・アタランシア。


 この者らに神位階なるものを与えたということは、


「つまり、天使から神の座へと昇華させたということか?」


「はい。それによって四大天……いえ、四女神はゼフィールに並ぶ権利と能力を獲得したとのことであります」


 女神の座についたのを期に下の名を捨て、それぞれ女神ミカエラ、女神ガブリエラ、女神ラファエラ、女神ウリエラと改めたらしい。


 しかし、また厄介なことをしてくれたものだ。

 あのメスどもに力を与えたところで、この世界が『良い』方向へ向かうとは思えない。


 ゼフィールめ。

 そのような措置を採らざるを得なかったということは、よほど先の大戦の結果が堪えたとみえる。

 唯一神であったゼフィールが、わざわざ自分の隣に居並ぶ者を配置しなければならなかったのだからな。


「ただですね、グランデ様」


「なんだ」


「ゼフィールは四大天に位を授けた後、そのまま行方をくらませてしまったようなんです」


「気にするな。あいつが姿を消すことなどしょっちゅうある」


 なんせ、大戦時にも雲隠れしていたくらいだからな。

 まあ、そのお陰で楽に天界を支配できたとも言えるのだが。


「ですが、ここ九百年以上、公の場に姿を見せておりません。その上、四女神もそれぞれ使者を方々に送り込んでゼフィールの行方を追っているそうなんです」


「放っておけ。どうせそのうちひょっこり姿を現すに決まっている。それより、暗黒界のほうはどうなっている。未だベルゼブブが統治者として取り仕切っているのだろう?」


「いえ、暗黒界でもトップが入れ替わりました」


「入れ替わった? 誰とだ」


「サタンと名乗る者だそうです」


「サタン? 聞かぬ名だな」


「我々魔界軍が暗黒界から去ったあと、つまりグランデ様がお亡くなりになった数年後に堕天してきた若者だそうです」


「なぜそのような若造がいきなりトップに立てる」


「単純に、強い、からでしょう」


「フム」


 確かに、暗黒界は腕っぷしの強さがそのまま地位に直結するような単純な社会だ。

 魔界でもその傾向はあるが、暗黒界は特にだ。


 なんせ、奴らの寿命は永遠だ。

 あらゆる欲を吸い尽くし、その全てに飽き果ててしまったとき、残されたものは自らの痛みを伴う闘争だけだ。


 その結果が奴らの社会を構成する。

 年功序列などという言葉は、連中の中には存在しない。

 ただ『相手より強い』という事実が、自らの存在を主張できる数少ないステータスになるのだ。


「元々、ベルゼブブは先の大戦でグランデ様に敗れてからというもの、暗黒界内での求心力はだいぶ落ちていましたから。そこにベルゼブブに匹敵するかもしれない有望な若者が現れたとあっては、魔皇派の幹部がこぞって裏切るのも仕方のないことなのかもしれませんね」


「では、ベルゼブブは粛清されたということか?」


「いえ。その寸前にわずかな手勢を引き連れ暗夜城を離脱。遠く離れた東の果てに不夜城なるものを建造し、そこに居を構えたようです。現在の勢力でいえば三対七といったところでしょうか。以来、現在まで事を起こすことなく睨み合いが続いています」


「サタンはなぜベルゼブブを討ちに行かない? 時間を与えても何の益にもならんだろう。均衡が崩れているなら、即刻対抗勢力は潰しておくべきだ」


「そこまでは私にも……。もしかしたら派閥抗争とか、内部でのいざこざがあるのかもしれません」


 背を討たれるかもしれんのはサタンも同じというわけか。


「まあいい。では人間界と魔界はどうなっている」


「人間界は以前とさほど変わりありません。相変わらず人間どもは天使の言いなりです。気になるところといえば、四女神が生誕してから物質界への干渉が増していることくらいでしょうか」


「では、魔界はどうだ。ハインケスやドーテは今も存命なのか?」


「……………………」


 急に押し黙ってしまった。


「どうした」


「いえ、それが……」


「言ってみろ。今さら何を言われても驚かん」


「はい、その……。ドーテ様は現在の魔王によって殺されてしまいました」


「現魔王? 誰だ。ハインケスか? 確かにドーテとは反りが合わなかったが、殺してまで王座を求めるほど野心のある男でもあるまい」


「いえ、王の座についたのはハインケス様ではありません。というより、ハインケス様も現魔王によって瀕死の重傷を負わされました。危うく殺されそうになったところをドーテ様が庇い、からくも逃げおおせるところまでは私も『視ていた』のですが、その後の様子は……」


「ということは、現魔王そいつはドーテとハインケスを同時に死の淵へ追いやったというわけだな?」


「はい。左様でございます」


 ハインケスもドーテも、武の化身とまで云われた猛者たちだ。

 その軍団長二名を同時に相手して、それだけの力を示せる者というと……。


「何者だ? そいつは」


 訊いてみると、


「出自や経歴は不明です。ただ、現魔王は自らのことを魔神と呼称しています」


 フン、自らを神と称するか。傲慢な奴だ。


「名はなんという」


 デッドワンズクラウスラーは少しだけ間をあけ、そして口を開いた。


「ゼロ。全てを終わらせる者……と」



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