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魔族(骨)



 頭からローブを羽織った何者かが、オレたちの前で足を止めた。


 不死者クラカト。

 不死の呪いをその身に受けた魔族の成れの果て。

 外見は皮も肉も削げ落ちた人型のむくろだ。


 ただ、不死の名を冠するとはいえ、絶対に死なないというわけではない。

 生命活動を魔力で補っているだけで、破壊されれば砕け散るし、魔力が無くなれば灰となって消え去る。


 基本的に自我はなく、意思も言葉も持たない。

 術者の命令を忠実にこなすだけの操り人形だ。


 大戦中は『死装部隊スカルベンジャー』の一員として、各地の戦場で十二分の働きをみせてくれた。

 どれだけ酷使しても、飯も食わんし文句も言わんということで、わりかし重宝された連中でもある。


 ただ、個体によっては自我の残っている者もおり、生前と変わりない生活を送ろうとする者も中には見受けられた。


 今、目の前にいるこいつもその手の類いといえるだろう。


 こちらに向かって攻撃してくるわけでもなく、一定の距離を保ったままオレたちの様子を窺っている。


 術者に命令されたからではない。

 こいつは自分の意思でこちらの様子を探っているのだ。


 さて、どうしたものかと、しばし考えを巡らせていると、


「お兄ちゃんたちは隠れてて!」


 サユリが一歩前に出る。


 両の手を前に突き出し、


「【火球バグズ】ッ!」


 小さな火の球が一直線に駆け抜ける。


 それをクラカトは、ぺちっと虫でも払いのけるように片手で叩き落した。


「そんな……!?」


 別に驚くことではない。今の威力ではそんなものだろう。

 しかし、今の魔法は……。


「サユリ。もう一度やってみろ。もっと威力が出せるだろう」


「えっ!? あ、うん」


 両手を合わせて集中。

 急速に体内の魔力が膨れ上がる。

 術式を描いて両手を突き出す。

 それに合わせて火の球が浮かび上がり――「【火球バグズ】ッ!」――弾き飛ばされたように発射された。


 さきほどより威力はあるが、それでもまだ足りない。

 あっさりと叩き落とされる。


 普通は『視る』ことなどできないが、オレの魔眼は他者が創造イメージする魔方陣も読み取ることが出来る。

 サユリが組み立てた術式はあまり実践的ではないが、理論としては正確で無駄のないものだ。

 術式通りに創造イメージを組み立てれば、もっと威力が出てもおかしくないのだが、それは術を発動させた本人が一番わかっていることだ。


「サユリ。なぜ手加減した」


 術式が発動する直前、明らかにサユリは手を抜いていた。

 いや、手を抜くというよりは、意図的に魔力を抑えて術の威力を減衰させたのだ。


「殺しは初めてか?」


 訊いてみる。


 よくあるのだ。

 訓練では上手く魔法を扱えても、実践になると尻込みしてしまうことが。


 攻撃魔法を修得しておいて、殺しを躊躇するようでは戦場で生き残れない。

 それが人の甘さであり、人の良さでもあるのだが、この時においては不要な感情だ。


 しかし、サユリから返ってきた答えは、オレの予想とは少し違うものだった。


「お父さんがね、木こりのお仕事しているの。この辺りで。だから……」


 なるほど。

 この辺一帯は樹木が生い茂っている。

 燃え移って火事にでもなれば、失業して生活できなくなると。

 それを心配してのことか。


「そうか」


 火事になってもオレならすぐに消してやることが出来る。

 せっかくだから少し手ほどきしてやろうと思ったのだが、そんな悠長なことも言っていられなくなった。


 クラカトがジリジリと詰め寄ってきたのだ。


「くそぅ! 来るなら来やがれ!」


 タツオが木の枝を突き出す。手は震え、心拍も呼吸も乱れている。あれでは猪一匹仕留められんだろう。


「サユリ。タツオたちを連れて家に帰っていろ」


「え、そしたらお兄ちゃんが」


「構わん」


「でも……」


「そういえば言ってなかったな。オレは前世では高名な魔道士だったんだ。この程度の敵に後れはとらんさ」


「なら私も手伝うよ! 二人でやったほうが確実でしょ!?」


「必要ない。奴は不死の呪いを受けた魔物だ。あいつを完全に消し去るには辺り一帯を高火力の魔法で押し潰してやらねばならん。ここにいたら巻き添えを食うぞ」


 多少大袈裟だが、これくらい言わなければ離れてくれそうにない。


「……そっか。うん、わかった。でも危なくなったらすぐに逃げてね」


「ああ」


 獣道に入っていくサユリたち。彼女らからすればこの辺りは庭みたいなものだ。迷う心配もないだろう。


「さて」


 不死者クラカトと相対する。


 クラカトはサユリたちを追う素振りも見せず、穴の空いた眼窩がんかでじっとオレに目を向けている。目はないが。


 奴に見えているのはマナと魔力だけだ。

 オレの姿も周囲の景色も見えていない。

 ただ白い人型の塊がそこに佇んでいるように見えているだけだろう。


 オレが男か女かすら判別はついていないだろうが、それでもオレの中に眠る膨大な魔力は感じているはずである。


 魔力差は歴然。

 訳もなく戦いをふっかけてくるとは思えない。


「先に聞いておくが、誰かの遣いでオレのところに来たわけではないよな?」


 耳はなくとも、骨を通じてオレの声は伝わっているはずだ。


 しかし、クラカトは何も反応しない。

 仕方ないのでこちらから近づいてみる。


 すると、オレが近寄った分だけ奴は後ろに下がった。


「どうした? 自分から近寄ってきておいて、まさか臆しているわけでもあるまい。話があるなら聞いてやる。遠慮していないでこっちへ来てみろ」


「……………………」


「フン、疑り深い性格は変わっていないようだな。かつてのあるじが呼んでいるのだぞ。素直に従ったらどうなんだ?」


「!?」


 そこでクラカトは目に見えて動揺した。


「やはりお前だったか。デッドワンズクラウスラー」


 その名を口にした瞬間、クラカトはズガンと衝撃を受けたように大きく仰け反った。


「姿形は変われど、魔力の流れまでは誤魔化せんからな」


 魔力の流れ方には、術者それぞれに固有の波長がある。

 目の前のクラカトからは、かつて身近にいたあの者と同質の波長が感じられた。


 クラカト、もとい、デッドワンズクラウスラーは、息んだ様子でオレの顔を何度も覗き込んでくる。


「そうだ。オレは千年前に死に、そして転生してこの器を得た。見た通り、今は魔族ではなく人として生きているがな。どうだ? まだ信じられんというのであれば、少しばかり昔話に花を咲かせてみるか?」


 それが決め手だった。

 デッドワンズクラウスラーは慌てたように駆け寄ってくると、オレの前で片膝をついてこうべを垂れた。


 間違いない。

 こいつの名はデッドワンズクラウスラー。

 かつての魔王グランデの側近にして、参謀役を務めていた者だ。


 デッドワンズクラウスラーは口をパクパク開閉し、必死に身振り手振りで何かを伝えようとしている。


 【念話コーラル】を使えば話も出来るが、どのみち魔法をかけるならこちらの方が手っ取り早い。


「待っていろ。今不死の呪いを解いてやる」


 クラカトの額に手のひらを当て、魔法を唱える。


「【解呪ルード】」


 解呪の魔法によって、デッドワンズクラウスラーの不死性が解かれていく。

 全身が青白く輝き、失われた肉が取り戻される。

 光が収まるとともにそこに現れたのは、尻尾の生えた紫色の髪の少女だった。



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