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再会 素性



「そこまでだ!」


 強制力のある鋭い声に、闘技場に降り立った二十人弱の生徒たちが動きを止めた。


 その男は地面に刺さった直剣を引き抜くと、オレのもとへ歩いてくる。


 懐かしい顔だ。

 千年ぶりに再会したその男に向かって、オレは問いかけた。


「お前、アレスか」


「いかにも、俺の名前はアレス・ヴァン・ハイトだが、貴様は?」


「セント・キサラギだ」


 自分の名を告げるが、オレの中身がグランデであることは奴にはわかっていないようだ。

 まあ、簡単に気付かれるようでは困ったことになるのだが。


 しかし気になることがある。


 なぜアレスがここにいるのか。


 もしオレと同じように転生してきたのなら、オレと同じで器は違っているはずだ。

 しかし外見は千年前の聖騎士アレスにそっくりである。


 クラリスのように不死化して千年という時間を渡り歩いてきたのかとも思えたが、顔立ちは当時の奴より若干幼く見える。


 まさかオレの知らない手段で持って、千年前からこの地に降り立ったのかとも考えたのだが、それにしては魔力の波長が異なっているのが気になった。


 あの男と同じ顔、同じ声、同じ雰囲気を漂わせ、そして名前まで一緒ときているのに、そこだけが明確に違っている。

 クラリスから『視れ』ば、まったくの別人にすら映っているだろう。


「あの男の子孫か」


「そのようですね」


 小声でつぶやいたオレに、クラリスも同じ考えを示した。


 千年経ってここまで色濃くあの男の血を顕現させたというのも驚きだがな。

 妙なめぐり合わせもあったものだ。


「それでアレスとやらよ。一体何をしにここまで出てきた。お前には関係ない話だと思うが? それともお前自らオレの相手をしてくれるのか?」


「俺はこの学院の代表として風紀を管理する役目も学院長より仰せつかっている。闘技場ラ・シードの使用は教師立会いのもと、安全に配慮して行わなければならん。貴様らのやっていることはただの私闘だ。見過ごすわけにはいかない」


「安全に配慮というのは、あの薄っぺらい衣服を身に付けろと言っているのか?」


「対魔服だ。確かに力のある者であれば一撃で結界を粉砕することも可能だが、それでも何も付けていないよりはマシだろう」


「ずいぶんぬるくなったものだな。痛みの伴わぬ訓練など、実戦では何の役にも立つまい」


「セントと言ったな。貴様が何を言おうと、この学院にはこの学院のやり方がある。自分の意見が全てだと思うな」


「ふっ、そうだな。ルールを変えるには上に立つしかないからな。確かにその通りだ」


 まさにそれを世界規模で行おうとしたのが千年前の大戦だ。

 言葉に力を持たせるには立場が伴わなければならない。

 今のオレが何を言おうと、はぐれ者が我を押し通そうとしているようにしか聞こえないだろうからな。


「わかった。ここは大人しく引き下がるとしよう。邪魔をしたな」


 それだけ告げて、この場を去った。



 ◇



 翌朝のこと。

 授業が始まる前の人もまばらな教室。

 後方の席でふんぞり返っているオレのもとに、クラリスがドアを開けて入ってきた。


「セン様。調べてまいりました」


「さすがに早いな。して奴の素性はつかめたか?」


 奴というのは、もちろんアレスのことだ。


「はい。ハイト家はフォルス神聖皇国に仕える騎士家の筆頭として、千年前より由緒ある家柄として現在までその家名が存続しています。国内における警備部門を一手に取り仕切る一族として皇族からの信頼も厚く、たびたび皇族や貴族の人間と縁組が行われております。ハイト家がその地位に上り詰める発端となっているのが、やはり千年前に実在したアレス・ヴァン・ハイトの功績によるところが大きいでしょう」


「若くして聖騎士の位を得て、人間界の代表として数々の戦役で功績を挙げた男だ。その名は今も語り継がれているようだからな。今のアレスの名前が奴と同じなのは、やはりその影響を受けてのことか」


「はい。フォルス神聖皇国では、子供が生まれると男の子には父の名を、女の子には母の名をミドルネームに付ける風習があるそうです。あの男の父親の名前がヴァン・クロード・ハイト。ハイト家では千年前より偉大なご先祖様にあやかって、子供にヴァンという名を与え、次に生まれてくる男の子にアレスと名付けることが多いそうです」


「それで奴の名がアレス・ヴァン・ハイトというわけか」


「ええ、ちなみに今代のアレス・ヴァン・ハイトは千年前のアレス・ヴァン・ハイトより数えて98人目のアレス・ヴァン・ハイトになります」


「あやかりすぎだろ」


「げんをかついだり、占いにその身を委ねたりするのは、人間界ではよく行われていることのようです」


「自分の中にこれといって信じられる『強さ』というものがないからだろうな」


「はい、人間は弱い生き物ですから。すぐに何かに依存して空いた心の隙間を埋めようとするのでしょう」


「そうだな。しかしその依存心が天界との結びつきを強くし、人をこの地で栄えさせた、ある意味人間の『強さ』になっているともいえる」


 それがまさに信仰というものだ。


「それで、奴はAクラスだったな。実力はいかほどのものか?」


「セン様もご存知の通り、この学院では最終的にAクラスで単位を取りきるか、学院に入ってから五年経てば最終学歴が下のクラスであっても、その時点で卒業を迎えることになっています。これまで入学から卒業までの最短記録は二年ということになっておりますが、今年は一年で最終クラスまで進級できた者がいるそうです。それも二名。このままいけばあと半年ほどで卒業できるとのことで、この学院のみならず、『天使の園』全体で見ても記録を更新するのは間違いないと云われているわけですが――」


「その二名のうちの一人が、あの男というわけか」


 少なくとも、これまでの人間界の中では優秀な部類に入るということか。


「はい。そして、もう一人についてですが――」


 と、ここで教室のドアを開けて一人の女が姿を現した。


 真っ先に気付いたのは、前の席でニカヤと話していたカンナだ。


「お、お姉ちゃん!?」


 そこにいたのは灰髪の女だ。

 絹糸のように細く長い髪。それを髪留めを使って短くまとめ上げ、きっちりと制服を着こなした真面目そうな女。


 厳しい鍛錬によって培われたものだろう。

 この女の内側からあふれ出る自信が、その意志の強そうな瞳に宿っている。


 雰囲気はある。

 アレスと同等か、それ以上に。


 ここでクラリスが【念話コーラル】で話しかけてきた。


【一年でAクラスまで進級したもう一人というのがこの女です。名前はニーナ・ブリジット。あの露出女の姉です】


「あの、お姉ちゃん……」


 カンナが駆け寄り、おずおずと話しかけるが、ニーナは視線すら合わせずオレの前に立った。


「キサラギ・セントだな。君に話がある」


「要件があるなら手短に話せ」


 そのように返答すると、


「場所を変えたい。付いてきてもらえるだろうか」


 この学院の有名人。それも、周りの生徒を『かせる』くらい存在感のある女だ。

 このクラスにいる全員がオレとニーナに注目している。


 これでは落ち着いて話をするどころではないな。


「いいだろう」


 そう言って席を立つ。


「セン様」


「お前はここで待っていろ」


 クラリスを下がらせ、ニーナに続いて教室を出る。


 途中、


「あの、お姉ちゃん」


「……………………」


 再びカンナが話しかけるが、やはりそれも無視してニーナは素通りした。



 ◇



 ニーナに続いて庭園の広がるバルコニーへと足を運ぶ。

 なかなか見栄えのいいところだが、もうすぐ授業が始まるということでほかの生徒はいない。


「自己紹介がまだだったな。ニーナ・ブリジットだ」


 簡潔極まりない紹介だ。

 性格的に無駄話など好まぬタイプだろう。

 どちらかと言えばオレもそういったきらいがあるので、話し相手としては申し分ない。


「Aクラスの生徒だったな。一年でそこまで行ったということは、カンナとは一つ違いか。ずいぶん大人びて見えるが」


「あの子とは三つ違いだ。家庭の事情で、推薦書を受け取ってから入学するまで二年ほど先伸ばしにしてしまったからな」


「そうか。それで話とはなんだ?」


「カンナに国に帰るように説得してもらえないだろうか」


「なぜオレに言う」


「先日の闘技場での様子、見ていた。少なからず君に一目おいているように見えたのでな」


「自分で言ったらどうなんだ」


「何度も言ったさ。だが、私が言うとあの子も意固地になる」


「なぜカンナを帰らせようとする」


「あの子は私に憧れて騎士を目指している。しかし、しょせんは夢物語。あの程度の実力で騎士になったところで、早々に殉職するのがオチだ。正直、あんなのが妹として見られるのは、私にとって迷惑でしかない。国に帰って花嫁修業でもしていたほうがよほど家のためになる」


「なるほど。よくわかった」


「なら引き受けてくれるか」


「いや、お前がカンナのことをどれだけ大事に思っているかということがな」


「……………………」


 否定はしないが、肯定もしないか。


「悪いが、身内の問題にオレを巻き込むな。話は以上だ」


 踵を返し、教室に戻る。


「待て」


「話は以上だと言ったはずだ」


「別件だ」


 仕方なく足を止めて振り返ると、


「キサラギ・セント。君はあれほどの力、どこで手に入れた?」


「何のことだ?」


「惚けるな。私の目を節穴だと思うな。君の強さは異常だ。その若さで手に入れられるものではない」


 あの程度の立ち回りでそこに気付くとは、この時代の人間もまだ捨てたものではないな。


「オレが強いことは否定しないが、それ以上にお前たちが弱すぎるだけだ」


「自信家なのか自惚れなのか判断に困るが、それが君の本音なのだろうな」


「もう行くぞ」


 再び教室へと足を向けるが、ニーナがオレを呼び止めることはなかった。



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