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プロローグ2 理想郷



 最初に感じた変化は、自身の内側から発せられるものであった。


 ――結界が破壊された?


 一つ二つではない。全ての結界が同時にだ。


 それが意味しているものとは――


「【呪縛の鎖(クラッシェンド)】」


 ベルゼブブが魔術を発動させた瞬間、グランデの周囲の空間から赤錆びた鎖が飛び出してきた。


 抵抗する間もなく全身に鎖が絡みつく。


 ――さすが大老ベルゼブブといったところか。


 術式構築から発動までの早さは流石というほかない。

 魔帝と称されるだけのことはある。


 だが、異能の扱いに関して、この男の右に出る者はいない。


「【解析アナリス】」


 グランデの瞳が怪しげな光をたたえる。


「魔眼か……」


 忌々しげにつぶやくベルゼブブ。


 魔眼とは、人や魔物などの種族を問わず、ごく稀に先天的に発現する特異な瞳のことだ。

 その眼はあらゆる魔力の流れを見通す力を持つという。


 この力を使いこなせば、奇跡だろうが魔術だろうが瞬時に能力の『ほつれ』を見破り、無効化することも可能となる。


 グランデを最強たらしめている能力の一つでもある。


「解析完了」


 魔眼発動から一秒と経たず、全身に絡みついた鎖が霧散して消えた。


「ぬぅ」


 苦みの利いた顔でうめくベルゼブブ。

 まさかこれほど早く無効化されるとは思わなかったのだろう。


 しかし、続けざまにウリエルが奇跡を発動させた。


「【天使の縄(エンゼルウイスプ)】」


 天のいただきから伸びたロープが、魔王城の天井を突き抜けてグランデの首にかかる。


「フン、首輪とはまた良い趣味してるな」


「黙りなさい。軽口を叩ける余裕など今の貴方にはないでしょう」


「そうでもないさ」


 先ほどと同様、グランデの自由を奪っていた縄が大気に溶けるように消えていく。


「なるほど。侮っていました。しかし、これだけ時間を稼げれば充分です。アレス」


「はい、ウリエル様!」


 入城する際に武器を取り上げられたアレスだったが、本命はこちら。

 次元の壁に穴を開け、そこから武器を引っ張り出していたのだ。


 その手に持つのは虹色に輝く刀剣。

 天界より授けられた、世界に二つとない『伝説の武器レジェンダリーウェポン』。


 宝剣としての価値も、武器としての性能も、この剣の右に出る物などこの世には存在しない。


 聖剣エクサリオス。


 信仰心の強さに比例して、剣を纏う光も激しく増大していく。


 普通の人間なら触れただけで腕ごと焼かれ落ちてしまうほどの熱量だ。


 しかし、人の身でありながら、人の枠を越えた男がここにいた。


 聖騎士アレス・ヴァン・ハイト。


 体中からあふれ出る神通力が肉体の中で弾け、光り輝く闘気となって全身を覆い尽くす。


 剣から放出される光と、アレスの全身を覆う闘気が融合し、凄まじいほどの熱風が部屋の中を吹きさらす。


「魔王! 覚悟ォォォっ!」


 光弾と化したアレスが、グランデに向かって飛び込んでいった。


 手応えは、これ以上ないくらいにあった。


 握りしめた束に、グランデの紅い血が流れ落ちていく。


「くっ……」


 腹部を貫かれたグランデ。即座に回復魔法で傷と痛みを癒そうとするが、


「無駄だ。魔を滅し、邪を祓い、悪を穿つ聖剣だぞ。いかに頑強な貴様とて、この剣に貫かれてはひとたまりもないはずだ」


「確かに……。この様子だと回復は追いつかなそうだな。なら、先にこいつからどうにかするか」


 刀身の根元を両手で押さえ込む。


「無駄だというのがわからんのかァ!」


 アレスの神通力に応じて、聖剣から光が弾け、耐えがたいほどの熱がグランデの内部に充満していく。


「……ガハっ」


 口から鮮血がこぼれ落ちるが、同時にグランデの口の端もゆっくりと持ち上がる。


「解析……完了……」


 直後、聖剣が光の粒となって消え去ってしまった。


「馬鹿な……!?」


 ゼフィール神自らがこしらえた唯一無二の刀剣だ。

 武器の材質もその能力も、物質界のことわりからは完全に外れているはずなのに、何故――?


 信じられない現象を前にして、驚愕に目を見開くアレス。


 その隙をついて離脱しようとするも、即座に鎖と縄がグランデの自由を奪った。


「チッ……」


 思わず舌打ちするグランデだったが、それを向ける相手はベルゼブブやウリエルにではない。


 この部屋にはいない『第三者』が、先ほどからグランデの動きをその場に縛りつけて離さないのである。

 そもそも、『そいつ』さえいなければ、アレスの一撃だって食らうことはなかったのだ。


「おい、出てこい。そこにいるのはわかっているぞ」


 誰にも見つからずに居城内の結界を破壊し、グランデの肉体を拘束し続けた『何者か』。


 グランデの知る限り、そのようなことが出来る相手など一人しか、いや、一柱しかいない。


「ふっ、見つかってしまったか」


 どこからともなく聞こえた声。

 辺りを見回すアレスたちの背後から、霧が晴れるように『何者か』の姿が現れた。


 男なのか女なのか見分けの付かない中性的な顔立ち。見た目から年齢を推察することも不可能だろう。見方によってはだいぶ歳がいっているようにも見えるし、逆に幼い少年のような顔にも見える。


 懐かしい玩具でも見つけたように、この世界の神――ゼフィールは目を細めて笑った。


「よぉ、久しぶりだな、ロクサーヌ。いや、今はグランデと名乗っていたか」


「オレに気付かせずにこの城の結界を解除出来る者などそうはいない。やはりゼフィール、お前だったか。ずいぶんコソコソと動き回っていたようだな」


「ああ、余興にしてはなかなか愉しませてもらったぞ」


「抜かせ。失敗していたら、今ごろその存在ごと消してやっていたところだ」


「ふん、そうまなじりをつり上げるな。久しぶりの再会だというのにつれないではないか」


「会いに来たのなら正面から現れてほしかったものだがな」


 忌々しげにつぶやく。


「それより、今回の一件。お前がこいつらを焚き付けた張本人ということで間違いないな?」


「いいや。私が手を貸したのはただの気まぐれさ。此度の謀反むほんはこの者らの意思がそうさせたのだ。悪逆の限りを尽くす狂王に反旗を翻すべく、種族の垣根を越えて剣を取る。実に壮大な物語ストーリーじゃないか」


 これを聞いて、グランデは口の端を持ち上げた。


「何がおかしい?」


「気まぐれで手を貸したと言ったな。なら、何がその気まぐれを引き起こしたかわかっているか? ゼフィールよ」


「……………………」


「お前は恐れていたんだ。このオレという存在をな」


「口を慎みなさいッ!」


 ここでウリエルが血相を変えて声を荒げた。


「これ以上、我が主を侮辱するなら、即刻、この場で断罪いたしま――」


 ――と、ここでゼフィールが片手を挙げて話を遮った。


「構わんよ。好きに言わせてやれ。死に逝く者の足掻きだ。最期に耳を傾けてやるのも神たる我の努めというものだろう。なあ、グランデよ。そろそろ限界が近いのではないか?」


「……………………」


 腹部からはおびただしい量の血液が今も流れ続けている。

 回復魔法で傷を癒そうにも、鎖と縄によって今のグランデは指一本動かせない。

 ならばと魔眼で拘束を解除したところで、ゼフィールが放った奇跡――【座標固定フォーカス】を解除するまでには至らない。


 ベルゼブブ、ウリエル、アレス。

 この三名に加え、神であるゼフィールまでもが現れたことによって、現況を打破する策はいかにグランデとて持ち合わせていなかったのである。


「魔王グランデよ。無聊ぶりょうな日々を慰めるには、なかなか意義のある時間を過ごさせてもらったぞ。お前ほど私の想像を裏切る男もいなかったのでな。だが、それだけに残念であった。理想に手をかけたところまでは私も座して観ておったのだが、そこから先をつかみ取る力がお前にはなかった。実に嘆かわしいことだろうが、これも自らの運命と捉え、そのまま貴様が葬ってきた死者の怨嗟えんさにさいなまれながら、もがき苦しみ、そして死に果てるがよい」


 あざけるように、冷やかすように、からかうように、神であるゼフィールは笑った。


 それと、


 まったく同質の笑いを、グランデは神に向けた。


「クックックッ……。何が運命だ。お前が神なら他人の運命などいくらでも操ることが出来ただろう。自らが手を下さずともな。しかし、お前は今回の一件に直接首を突っ込んだ。いや、そうせざるを得なかったのだ。今このときが、このオレを排除できる唯一の好機だったのだからな。なぜなら、所詮お前は――」


 遮るように神は口調を強めた。


「ここまで来て強がるのは、もはや滑稽でしかないぞ? グランデ」


「強がっているのはお前だ、ゼフィール。人や天使はお前のことを完璧な存在だと信じてやまないようだが、オレから見たお前は不完全でひどくいびつに見える。とてもこの世界を創造した神だとは思えぬほどにな」


「ふっ、それがお前の言いたかったことか? こちらとしてはまだまだお前の相手をしてやってもよかったのだが、荒唐無稽な話を繰り返されても耳に障るだけだ。潮時だな」


 ゼフィールが片手を挙げた。

 それを合図に、ウリエルが一歩前に出る。


「不浄なる者よ。その身を焦がし、灰となって散り果てるがよい。【業火ガルド】」


 グランデの足元から点火したそれは、瞬く間に広間を埋め尽くしていった。


 四方八方から伸びた鎖と縄が、ギシギシと鈍い音を立てる。

 息も出来ないほどの激しい炎に包まれるなか、それでも確かにグランデは言った。


「覚えておけよ……。オレは必ず戻ってくる。再びこの地が混沌とした世界へと変わり果てたとき、オレがこの世界を支配し……必ずや新たな理想郷を……この手……に……」


 魔王城全域に火の手が上がるなか、小さな光の粒が蒼い空へと旅立っていく。


 魂魄だけとなった今も、グランデの抱えた想いは消えることなく刻まれていた。


 ――必ず理想郷を実現させてみせる。


 そこに諦めの二文字はない。


 グランデ・フォウ・グオルグの目指した理想郷――


 そう。


 誰も傷つくことのない平和な世の中を、この手に掴み取るまでは。



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