対魔服 闘技場
「ほ、ほんとうにこれで戦うんですかぁ?」
不安そうに尋ねるニカヤに、
「へ、平気です、これくらい」
脂汗を浮かべながらカンナが首肯した。
現在、カンナは素っ裸に対魔服を着用しているのだが、肩口から先、太ももの付け根から先は素肌があらわになっている。襟元も広く開いており、少し動けば胸元が見えそうだ。
一応、手首と足首に輪っか状の結界装置を取り付け、それと対魔服とを術式で繋ぎ合わせることで全身を物理と魔法から守る防壁としての役割を担わせているのだが、見た目は露出癖のある女にしか見えん。
「な、なに……?」
「別に」
「いやらしいですね。あまりこっち見ないでください」
「そんなことより」
「そんなこと!?」
「勝つ自信はあるのか?」
いちいちリアクションが大げさだが、気にせず訊いてみると、
「あ、当たり前じゃないですか。ブリジット家の誇りにかけて、あんな男、けちょんけちょんにしてあげますので」
言葉遣いがずいぶん俗世に馴染んでいるが、終戦したのが十数年前というと、カンナがまだ幼少期の頃か。
平民と大差ない生活を送りながらも、貴族たらんとする志を持ってここまで生きてきたのだろう。
内に秘めた意思は、何者にも汚せぬほどに強く光を放っているように見えた。
「時間だ。行くぞ」
カンナは愛用の直剣を背負い、オレの後に続く。
近づくたびに歓声の温度が伝わってくる。
西側の出入り口を抜け、闘技場内に足を踏み入れる。
周りは壁で囲まれており、その上部、周囲をぐるりと囲むように観客席が配置されている。
人数は五〇〇人といったところか。
どんな手を使ったか、この学院の大半の生徒がここに集まっているようだ。
カンナが姿を現すなり、
「ヒューヒュー」
「なんだその服!」
「いいぞ!」
「やれやれー!」
指笛や汚い野次が降り注いできた。
これではまるで女奴隷を視姦する野獣の集まりだな。
羞恥心で縮こまるカンナ。
それを見て、さらに観衆の熱が上がっていく。
誰がきっかけだったか、
「脱ーげ! 脱ーげ! 脱ーげ!」
脱衣コールが起こる。
一ヶ所で起きたそれは、波が伝わるように会場全体を埋め尽くした。
群集心理とは怖いものだな。
普段は常から顔を伏せている大人しそうなガキまで、喜色に顔をゆがめて声を張り上げている。
さすがに耳障りだ。
「『黙れ』」
魔力を波動に変えて叩きつける。
すると、いきなり頬をぶたれたときのように、全員が顔を強張らせて口を閉じた。
ふっ、ずいぶん大人しい連中だな。この程度で静かになってくれるとは。
「ねえ、セントくん」
「なんだ?」
「今の、あなたがやったんですか?」
「うるさかったからな」
「そうですか。感謝します」
「気にするな」
しばらく静寂のなか待ち続けていると、向かいの出入り口からルベニアが出てきた。
片手にぐるぐる巻きにされた縄をたずさえ、悠々とした足取りで歩いてくる。
奴が申請した武器はロープ状のムチのようだ。
しかし、気になるのは、
「ちょっと、なんですかその服! 対魔服で勝負って言ったのはあなたでしょ!」
カンナが声をあらげる。
無理もない。
ルベニアが身につけているのは、カンナが着ているものとはまったくの別物。
手首から足首まで、全身にピッタリとフィットした真っ黒いツナギのような衣服だ。
ルベニアは舞台で演目をこなす役者のように振る舞うと、
「勘違いしないでくれたまえよ。これはうちの技術管理局が開発した新型の対魔服なのさ」
確かに嘘は言っていない。魔眼で見ると全身を薄い膜のような結界で覆われていることがわかる。
吹けば消し飛びそうなほどの微弱な結界だが、一般の人間同士が怪我なく模擬的な戦闘行為を行うには充分であるといえよう。
続けてルベニアは取りつくろうように言った。
「ああ、大丈夫。耐久力に関しては旧型のそれと大差ないはずだから。勝負は公平なもとに行われることを約束するよ」
「公平ねぇ」
呆れたように笑うオレを見て、
「ん? 何か言ったかい?」
「いや、何も」
ここでルベニアの取り巻きが出てくると、
「おい、お前」
「オレのことか?」
「今ルベニア様の仰ったことに異を唱えただろ!」
「だから何もと言っただろ」
「どうだか。反抗したくて仕方ないといった様子だったぞ。野良犬の分際で公爵家の跡取りたるルベニア様に噛み付くとは」
「まったく持って礼儀というものを教わっていないんじゃないのか? これだから野犬は」
取り巻き二人が侮辱するように笑う。
「オレのことが気に入らんのはお前らの勝手だが、ここまで来て侮蔑的な言辞を弄しても仕方あるまい。どこの馬の骨か知らんが、ルベニアに仕えているならなおのこと主人を差し置いて品位を貶めるような真似はしないことだな」
「なんだとっ!?」
息んで詰め寄ってくる取り巻き。
ルべニアはその男の肩に手を置いて静止をうながした。
「まあまあ、落ち着いてくれるかい、二人とも。君たちが僕のことを思ってのことだというのは理解できるが、今は時と場所を考えておくれ」
「はっ、済みません、ルベニア様」
二人して一歩下がり、熱を帯びた目でオレのことを睨みつけてくる。
「それじゃあ、始めようか。観客のボルテージも最高潮に達しているようだし……って、あれ。なんでこんなに静まり返っているんだい?」
誰も口を開かないと思っていたら、まださっきの『一言』が効いていたか。
「固唾を呑んで見守っているんだろう。気にするな」
「そう、まあいいや。それじゃあカンナ。準備はもういいかな?」
「ねえ、私もそっちの対魔服でやりたいんですけど」
「残念だったね。あいにくだけどこのタイプのものは一着しか用意できなかったんだ。それに、君にはそっちの対魔服の方が似合っているよ」
「どういう意味ですか!」
「誉め言葉さ。他意はないよ」
完全に手のひらで踊らされているな。
ぬぐぐっと唇を噛みしめるカンナだが、ここで文句を言っても始まらないのは彼女もわかっていること。
突っかかるのはやめ、戦いに備えて精神を集中させ始めた。
「それでは関係ない者は闘技場の外に。対戦する二人は前に」
審判役を務めるのは、この学院の教師を務める男だ。
互いに申請した武器を提出し、異常がないか確認。
武器を返され、定位置につく。
教師が右手を掲げ、開始の合図を出した。
「始め」
ルベニアはムチをしならせ、含んだ笑みをみせた。