毒味 決闘
この学院はFクラスからAクラスまであり、上に進むにはそのクラスで必要となる単位を取る必要がある。
卒業するにはAクラスまで進級し、そこで単位を取り切るか、入学から五年経過した時点で強制的にこの学院を去らなくてはならなくなる。
最終的に在籍していたクラスに応じて、斡旋してくれる就職先も変わってくるそうだ。
これはほかの『天使の園』も同じシステムとなっている。
通常、新入生はFクラスから始めるのが基本となるのだが、特例として才児枠で入った者はEクラスからスタートすることになっている。
Eクラスには現在、百名近い生徒がいるが、全員が同じ教室で授業を受けるわけではない。
約三十名ずつ、三つの教室に分かれている。
オレたち新入生の才児組は三組に配属された。
◇
入学から数日が経ち、いつものように教室の後方の席に腰掛けていると、
「セントさん」
ニカヤがもじもじした様子で話しかけてきた。
「なんだ?」
「あの、先日助けていただいたお礼の件ですが……」
「またその話か。それならもういいと言ってるだろ」
「スミマセン、何度も。あの、もしよかったらですけど、お菓子作ってきたので受け取っていただけないでしょうか?」
手のひらより少し大きめサイズの箱を差し出してくる。
「そうか、まあそれくらいなら」
形見のネックレスを渡されるよりはマシだからな。
「昨日、カンナさんと二人で作ったんです。うまく出来ているかわかりませんが、どうぞ」
フタを開けると、様々な形の焼き菓子が入っていた。
しばらく中の様子を覗き込んでいると、
「食べないんですか……?」
どこか緊張した様子でカンナが勧めてくる。
「わかった。では一ついただくとしよう」
と、ここで、
「セン様! ちょっと待ってください!」
クラリスが慌てて駆け寄ってきて、オレの手から菓子箱を取り上げた。
「こんな何が入っているか怪しいものをセン様の口に入れられるわけがないでしょう!」
「怪しいものなんて入っていませんよ~」
「どうだか。そこまで言うのであれば、まずは私が毒味のほどを」
そう言って、次々と箱に入っていた焼き菓子に手を伸ばしていく。
いや、お前それ取りすぎだろ。
「全種類を無作為に、ング、取って試してみなければ、ムグッ、なりませんからね。それでも、どれか一つにだけ、うぐっ、猛毒を仕込んでいるという、可能性も、捨て切れまふぇんから」
食い終わってからしゃべれ。
「どうだ」
訊いてみると、
「今のほころ、きゃらだに変ちょーはありまふぇん」
「そうではなくて、美味いか?」
「ま、まあ、別に、悪くはないかと」
「そうか、ではオレも一つもらうとしようか」
「あっ、待ってください! 今セン様が選んだそれこそ、中に猛毒が!」
「いい加減にしろ」
一口食べてみる。
「どうかな?」
「ああ、まあまあだ」
そのように答えると、カンナとニカヤは安心したように胸を撫で下ろした。
二つ目に手を伸ばそうかと考えたとき、別のクラスから三人の男が教室に入ってきた。
「へぇ、美味しそうだね、それ、ボクにもわけてくれないかい?」
中央にいたキザったらしい男が髪をかき上げながら話しかけてきた。
他人を卑下するような目付きや言葉遣い、身なりや雰囲気からして、どこぞの上流階級のお坊ちゃまだろう。
両脇はこの男の取り巻きなのか、一歩引いた位置から同様の雰囲気を漂わせている。
ニタニタと笑いながら歩み寄る三人の前に、クラリスが立ちはだかった。
「下がりなさい、下郎が。これはセン様への貢物ですよ」
ほとんどお前が食ったけどな。
キザ男はクラリスを無視し、オレの隣にいた女に目を向けた。
「やあ、カンナ。久しぶりだね」
「なんであなたがここに……!?」
驚きに目を見開くカンナ。戸惑いよりも、恨みつらみの感情が見え隠れしている。
「知り合いか?」
尋ねると、キザ男が答えた。
「婚約者だよ」
「違いますッ!」
「おいおい、そんなに敵意をむき出しにしないでおくれよ」
「あれだけのことやっておいて敵意をむき出しにするなですって? ふざけないでください!」
仲が悪いとか、そういったレベルを超えている。
どうやらただならぬ関係のようだ。
キザ男はカンナの様子を気にも留めることなく、自分の胸に手を当てた。
「おっと、僕としたことが自己紹介がまだだったね。僕の名前はルベニア・リッターマン・フリューゲル。そう、あのフリューゲル家の嫡子さ」
「フリューゲル? どこの国の者だ?」
訊いてみると、
「うちを知らない? おやおや、ずいぶんと無知な輩がいたもんだ」
「あのぉ、私もよく知らないのですがぁ……」
おそるおそるといった様子で、ニカヤが手を挙げた。
ルベニアは油脂でとかした髪を勢いよくかき上げると、
「フッ、仕方ない。そうだね、せっかくだから僕たちの関係も含めて、いろいろ説明しておこうか」
そして、ルベニアは頼んでもいないのに勝手に話し始めた。
昔々、あるところにアドラとキルリスという二つの国があってね。
この両国はとても仲が悪く、昔からよく戦争を繰り返すような関係だったんだ。
今から十数年前になるかな。アドラがキルリス王家を制圧し、長い長い争いの歴史に終止符が打たれることになった。
それを機に、キルリスはアドラに吸収され、統一国家として統治されることになったのさ。
簡単に説明すると、僕がアドラ出身の貴族、彼女がキルリス出身の貴族ということになっているんだよ。
――と、ルべニアは得意げに締めくくった。
「か、カンナさん! 貴族の生まれだったんですか? 私知りませんでした。そんなお偉いかただとはつゆ知らず、数々のご無礼を……」
ははぁ~と平伏するニカヤに、カンナは慌てた様子で弁明した。
「や、やめてください。しょせん敗戦国の貧乏貴族ですし」
「今も爵位を持っているのか?」
尋ねると、
「ええ、一応は。うちの管理する領地にネグド鉱山というのがあるんですけど、そこの資源や採掘権を譲渡する代わりに爵位の存続といくらかの領地は認められたんです。ですけど。戦争に負けてからは、明日食べる物にも困るような家になっちゃって……」
特に誰かさんのせいでね、とルベニアの顔を睨みつける。
「おいおい、そんな熱い眼差しで僕を見つめないでおくれよ。照れてしまうじゃないか」
「あなたね、本当にふざけているんですか!」
「ふざけてなんていないさ。今だって君たち姉妹に対しての気持ちは何一つとして変わっていないのだから」
「カンナさん。お姉さんか妹さんがいるんですか?」
「おね……姉がいます。彼はうちに多額の金を貸してやる代わりに、私か姉のどちらかに自分と婚約しろと言ってきているんです」
「いい条件だと思うのだけどね。ブリジット家はほぼ無利子という破格の条件で金を借り、新たな事業を興すことができる。僕は僕で美しい女性を妻としてめとることができる。いずれは公爵婦人という誰もが羨む身分に落ち着くこともできるというのに、一体何が不満なんだか」
「よくもそんなことぬけぬけと……! あなたはうちの領地に触手を伸ばしたいだけじゃないですか! そもそもブリジット家が追い詰められるように仕向けたのはあなたの家でしょ!」
「はて? なんのことだか? 変な言いがかりはやめてもらいたいね」
「だったらこれはどう説明するつもりですか。終戦してからも鉱山で働いていたうちの領地の人間を全員クビにしたり、上流で川の流れをせき止めてうちの領地に干ばつ被害をもたらしたり……。他にも数え上げればキリがありません。全部ブリジット家を追い込むためにやっていることでしょ」
これにルベニアは心外だとでも言わんばかりに両手を広げた。
「何やら誤解があるようだね。ネグド鉱山の件に関しては、採掘量が減ったから不必要な人材を整理しただけだし、川の流れだって水害を無くすために治水用のダムを建造して水量を管理しているだけじゃないか」
「雨期になったら馬鹿みたいに水を流すくせに、乾季には逆に水の排出量を減らしてるじゃないですか。何が水量の管理ですか」
「それは仕方ないさ。雨期とはいえ水を貯めすぎればダムが決壊しちゃうし、乾季だと水を流しすぎれば逆に水源が枯渇してしまう恐れがあるからね。その辺の調整っていうのが結構難しいものなんだ」
「その調整の仕方が露骨だって言っているんです!」
「ハァ、まったく。局地的な物の見方ばかりで困るね。下流域に住むのは君たちだけじゃないんだよ? 河川の氾濫を未然に防ぎ、周辺地域に住む住民の安全や生活を守るためにも、アドラ国の筆頭貴族たるフリューゲル家の責務として、責任もって水源の管理は行っていると自負しているつもりなのだけどねぇ」
まるで、あらかじめ質問に対する答えを用意してきているかのように淀みなく答えるルベニア。
続けて、さも予定通りであるかのように一つの話を盛り込んできた。
「ああ、そうそう。そういえば、今度ユフテス川の支流にあたるスラン川とサニ川でもダムを建設しようかなんて話が持ち上がっているんだ。まあ、父は乗り気じゃないんだけど、僕が賛成して後押しすれば父も動いてくれるだろう」
「どこまで嫌がらせすれば気が済むつもりですか」
怒気をはらんだカンナの問いかけに、
「だから水害を最小限に食い止めるためさ? ユフテス川は昔から竜神の棲む川と云われ、たびたび氾濫被害をもたらしている。先日もユフテス川の橋が大破したらしいしね。まあ、君が僕のもとに嫁いでくれるなら? 嬉しさのあまり今の話も忘れてしまうかもしれないけど」
「この……!? やり方が汚いですよ! 誰があなたなんかのもとに行くものですか」
「おやおや、領地の人間をこれ以上苦しめないためにも、僕が君の立場なら一も二もなくその提案に飛びついているところだけどね。いやぁ、さすが誇り高い騎士の国たる元キルリスの人間だけのことはある」
皮肉と呼ぶには、あまりにも侮辱的な発言だ。
カンナは血がにじむほどに手を握り締めている。
あと一押しすれば掴みかかっていたかもしれないが、ルベニアは調子をはかったようにここで一つの提案を持ちかけてきた。
「そうだ。ならこうしないか? 君も女だてらに剣を扱うのだろう? なら僕と勝負しようよ」
「勝負?」
「そう、この学院には古くからの慣わしがあってね、一対一で優劣をつけるときには互いの武をもって闘技場で決着をつけるという風習があるんだ」
ラ・シードとは学院に併設された闘技場だ。
昔は魔族を相手にした訓練場として騎士団が管理していた建物のことである。
今は建物の周囲を増築し、観客席を設けている。
「君が勝てばダム建設の話は無しだ。鉱山でクビにした者も雇いなおしてやってもいい。もちろん、金輪際、君たち姉妹に縁談の話を持ちかけることもやめるよ」
「あなたが勝った場合は?」
「僕の望みは一つだけさ」
「わかりました。その勝負、受けて立ちます」
「決まりだね。じゃあ、勝負の前にルールも決めておこう」
そう言って、ルベニアは人差し指を立てると、
「一つ、安全のために対魔服を着用すること。女の子である君の体に傷をつけるわけにはいかないからね」
対魔服とは魔法や物理のダメージを一定量無効化してくれる防護服のことだ。
ルベニアは次に親指を立てると、
「二つ、対魔服の機能が損なわれたら負け。これについては明瞭だ。対魔服の機能が損なわれたらその瞬間、服が破れ落ちてしまうからね。それを持って勝敗を決めるものとする。いいね?」
続けて、ルベニはは小指を立てる。
「三つ、使用する武器は事前に申請すること。隠し武器や罠なんか使って相手を嵌めるような真似は興醒めもいいとこだからね。必ず申請した武器で戦うこと。ああ、もちろん魔法が使えるならそれもアリだよ」
さらにルベニアは薬指を立てる。
どうでもいいが、その指を立てる順番に何か意味でもあるのか?
「四つ、勝敗を明確なものとするため、闘技場に観客を入れて行うこと。この場合の観客とは、もちろんここの生徒たちのことだ。僕が声をかけたらそれなりの人数集めることも可能だろう。彼らがこの勝負の証人といったところだね」
そして最後の指を立てる。
「五つ」
「まだあるんですか?」
「これで最後だよ。五つ、対魔服は素肌の上に着用するものとする」
「は、はぁ? 素肌?」
「そう、素肌だよ。つまり、対魔服の下には衣類の類は一切着用しちゃいけないってこと。もちろん下着もね」
「なっ!? なんですか、それ! そのルールになんの意味があるっていうんですか!?」
「より戦いをスリリングなものにするためさ。どうせ対魔服のおかげでダメージは通らないんだ。なら、別の方法で戦いに緊張感を生み出してやろうっていう僕なりの配慮さ」
「ほん……とうに性格悪い……ッ!」
「無論、これは決定事項だよ。断るならこの勝負は無しだ。ダム建設の話は僕から父に推薦しておくだけのことだから」
ここまで言われたら引き下がるわけにはいかないだろう。
「わかりました。受けて立ちます。ブリジット家の人間がそのくらいで引くと思わないでください!」
「決まりだね。なら試合は早いほうがいい。今日の放課後にでも行うとしようか」
最初からこの勝負吹っかけるつもりで根回しも済ませていたのだろう。
用意周到というよりは、小物の浅知恵といったところだがな。
ルベニアは再び髪をかきあげ、教室から出ていく。
取り巻きの二人も、不快そうな顔で一度オレを睨みつけ、そして去っていった。