奇跡解放の儀
入学早々、学院の広場に新入生が集められた。
全員で二百名ほどだ。
前方には教師がずらりと並び、そして中央にひときわ目を引く二名の女が立っていた。
「みなさん、入学おめでとう。第七地区統括天使長。一等天使、マナエル・リ・グロスターレです」
「さ、三等天使、ララエル・リ・ラベンポートですっ! よろしくお願いします!」
白い翼を生やし、白い衣装を身にまとった、ブロンド髪の天の使い。
「天使さまだ!」
「すごい。わたし初めて見た!」
「お綺麗ね~」
生徒たちから聞こえてくるのは、感嘆のため息と褒め称える言葉ばかりだ。
周囲の声が落ち着くのを待って、その女は口を開いた。
「さっそくですが、これより【奇跡解放の儀】を執り行います」
一等天使のマナエルがよく通る声で説明した。
【奇跡解放の儀】とは、人の中にある『開門』と呼ばれる門を開くことにより、魔力――人間界でいうところの神通力を生み出せるようにする手術のようなものだ。
人は開門を開き、術式を学ぶことによって奇跡を起こすことができるようになるのだ。
もっとも、その奇跡の正体とは、その者の生命力にほかならない。
生み出せる生命力以上に開門を開けば、徐々に精力は失われ、寿命を全うする前に死ぬ。
開門を自在に開閉できるのは神か天使とされているが、ちゃんと知識があって魔法が使える者なら同じことが出来る。
悪魔にだって出来るし、オレにだって出来る。
もちろん人間にだって同じことがやれてしまえるが、そんなこと公にしたら間違いなく口封じで天使どもに殺されるだろう。
こういった【奇跡】を授けられるのは、天界にいる者だけだと人間に信じ込ませたいからだ。
一般の生徒たちが列をなし、次々とマナエルの前にひざまずく。
マナエルは生徒の頭に手をそえ、自身の神通力を送り込む。
その際、金色に輝く光が生徒を包み込む。
それを見ている者たちには、あたかも『天使様が人間に奇跡の力を授けてくださっている』とでも映るだろう。
だが、この光は並列で唱えた光魔法の一種に過ぎず、開門を開くのにまったく無意味な処理だ。
大袈裟なパフォーマンスしおって。
マナエルとララエルが次々と生徒たちの開門を開いていく。
オレやクラリス、その他の才児は離れたところからその様子をうかがっている。
すでに才児は開門が開いているため、【奇跡解放の儀】とやらに参加する必要はないのだ。
世間一般では、才児は過去の名のある聖騎士や神職に就いていた者の生まれ変わりだという認識がなされている(もちろんこれも天使どもが広めている噂だ)。
そのせいか、一般の生徒たちからの注目は抜群だ。
大半は興味や憧れなどの好意的なものだが、中には妬みや僻みを隠そうとしない奴もいる。
もっとも、オレへの視線には別の意味も含まれているがな。
最終的に入学できた才児は三十名にのぼるが、その中に見知った顔の女が二人いた。
「あなたもこの学院に入っていたんですね」
「セントさん、お久しぶりです。先日は助けていただき、誠にありがとうございました」
赤髪のカンナと、茶髪のニカヤだ。
「なるほど。入学試験を受けるためにあのとき急いでいたのだな」
「本当にあの時は助かりました。年に一度しか門が開かれていないから、遅れたらどうしようかと思って」
「気にするな。大したことはしていない」
「いいえ、それではこちらの気が済みません。何かお礼させてください」
「必要ないと言ったはずだが?」
「でも、それじゃあ、こちらの気がすみませんし」
ここでクラリスが出てくると、
「あなたねぇ、親切の押しつけだって立派な迷惑行為なんですよ」
別に迷惑していたわけではないが、しつこくされるのも面倒だ。
ここはクラリスに任せておこう。
「もしどうしてもセン様にお礼がしたいというのなら――」
ゴニョゴニョと二人に耳打ちする。
それを聞いて、ニカヤは目を見開き、カンナは驚きの声をあげた。
「え~~っ!? 奴隷契約ぅ!?」
「そうです。身も心も主に捧げ、生涯をセン様のために尽くすのです。何か勘違いしているかもしれませんが、これはとても誇らしいことなんですよ」
「阿呆。そんなこと誰も望んでいない」
クラリスを下がらせる。
こいつに任せると余計な面倒事が増えていくばかりだ。
と、ここでニカヤの顔が真っ赤なことに気付いた。
「どうした?」
「いえ、あの、奴隷契約って、その、夜のお世話とかもするんですよね……?」
何を考えているんだ、お前は。
ここでまたもクラリスが前に出てきた。
「そんなわけないでしょう! あなたごときがセン様の体に触れようなどと、不届き千万もいいとこですよ! 分をわきまえなさい」
「で、ですよねぇ。ほっとしました。あの、でしたら普通の奴隷契約のほうでお願いします」
普通のってなんだ。
「わかりました。今から契約魔法を発動させますので……あうっ!」
軽く頭にチョップ。
「とんとん拍子に話を進めるな」
「ほほ、ずいぶんと賑やかですねぇ」
ここで一人の老婆が話しかけてきた。
身なりからしてこの学院の教師、いや、もっと上か。
「初めまして。わたくし、この学院の長を務めております、ミッシェル・シャネルという者です」
ミッシェルと名乗る女はオレの顔を覗き込んでくると、
「セント・キサラギさんと仰ったかしら。あなた、とても数奇な星のもとに生まれ出でてますね」
唐突に何を言うかと思えば、
「悪いが、占星術や運命論の類いにはカケラほども興味がないのでな」
「そうでしたか。それは失礼いたしました。ところで一つお聞きしたいことがあるのですが……」
「なんだ?」
「サユリ・キサラギさんというのは貴方の親類縁者で?」
「妹だ」
「そうでしたか」
「それがどうかしたのか?」
「いえ、彼女は真面目で有能な生徒だったのですが、日々の生活にはとても困っているように見えましたので、退学したと知ったときは残念に思ったものです。彼女を守ってあげられなかったことをお詫びしたかったものですから」
「日々の生活に困っていたというのは、アレか?」
オレを排他的に見つめる一部の生徒たち。
それを見てミッシェルも異を唱えない。
現状を把握してなお、彼女でもどうにも出来ない問題なのだ。
「人の奥底に根付いた差別的な考えは、そう簡単に取り払えるものではない。悪いのは周囲の環境だが、それを乗り越えるも逃げ出すも本人の自由だ。学院長、あんたが気にする必要はないさ」
「そのように言っていただいて少し救われた気がします。それでは私はここで。あなたがたに神の御加護があらんことを」
セフィラム式の拝礼で頭を下げると、学院長は去っていった。
全員が全員、あのような人間ばかりであればこっちとしても苦労しなくて済んだのだがな。
無数の視線が、オレを排除しようと鋭さを増していた。