魔族判定2
聖ルミアス修道学院。
城砦都市クランベルに併設された、『天使の園』の一つに数えられる歴史ある学院だ。
この都市の中心部に、一際目立つ尖塔形の建物が建てられている。
遠目からは三又槍のように三つの塔が配置されているが、左右で高さが異なっているため少しアンバランスに感じる。
かつては城砦そのものに付けられていた名称を引き継ぎ、今では学院の学舎たるこの建物をこそ『エル=サリード』と呼びならわしているらしい。
三つ目の門をくぐって学院の敷地内に入ると、そこには目を疑いたくなるほどの光景が広がっていた。
「こいつらみんな受験生か?」
広々とした敷地――そう感じさせないほど――に、人であふれかえっている。
ざっと数えただけで三千人以上はいるだろう。
構内に入れる人数に限りがあるため、後から来た者はここでしばらく待たされることになるようだ。
列の最後尾に並んでいると、ひそひそ、ひそひそと、周囲がにわかに騒がしくなる。
またか。
橋を直したときも、守衛の男にも、そしてここまで歩いて移動していた最中も、常に誰かがオレを見て不快感をあらわにする。
連中が判を押したように口にする言葉がこれだ。
「落とし子が来たぞ」と。
どうやらオレの黒目黒髪の出で立ちが、連中には『悪魔の落とした子』に見えるらしい。
同じ人間界といえど、住む場所や民族が違えば文化も風習も違う。
それゆえに、自分たちが受け入れられないものは排斥して遠ざける傾向にあるのだろう。ただ髪と瞳の色が黒いという理由だけでな。
サユリが学院を辞めて逃げ帰るわけだ。
「まったく、実に愚かな生き物です。魔族では考えられません」
クラリスが不機嫌に辺りをにらみ付ける。
「そうだな」
魔族は多様な種族によって構成されているため、元から姿形が違うのが当たり前だ。
だから、その者の価値を決める基準は、いかに有能であるか、その一点でしかないのだ。
「これも人という生き物の弱さなのだろう。放っておけ」
しばらくの間、無言で立っていると、
「推薦書をお持ちの方、または『才児』の方はこちらの入り口からどうぞー」
教師らしき男が手を挙げて呼びかけている。
「セン様」
「ああ」
推薦を得られる者には条件がある。
『天使の園』に対して多額の寄付を行っている家、つまり各国の王族や貴族、または力のある商家や地方の豪族などだ。これらの家の『御子息』と呼ばれる連中は、無条件で学院の門を叩けるらしい。
他には三人以上子供の産まれた家庭にも推薦枠が下りるようである。
サユリが推薦で入学できたのはこの枠を使ってのことだろう。
それ以外にも、どうやら『才児である』というのも条件の一つに当たるようだ。
まあ、オレとて生まれたときから魔法が使えたのは事実だしな。せっかくだから才児枠で入らせてもらうか。
周囲のじっとりと湿った視線を背中に、教師のもとまで歩き出す。
集まったのは三十名弱。このうち才児枠の人間だけ別室に連れていかれた。全員で七名だ。
ドアを開けると、中は開けた空間になっていた。
部屋の端に剣や槍などが立て掛けられており、奥のほうに悪魔を型取ったと思われる的が置かれている。
訓練室のようらしい。
今も訓練中だったのか、鎧を着込んだ十名の男女が剣を打ち鳴らしている――と、オレたちが入ってきたのを合図にしたように剣をおさめた。
クラリスが【念話】を使って話しかけてくる。
【セン様、あの者たち】
【ああ、千年前から鎧のデザインは変わっていないのだな】
そこにいたのは、聖天騎士団の人間だった。
教師の目線一つで、打ち合わせしたように部屋の四隅に移動する。
続いて台車に載せて運ばれてきたのは、つい先ほど見たばかりの水晶玉。
なるほど、実にわかりやすい。
これからこの場所で、再び魔族検査が行われるのだ。
【ま、またやるみたいですね】
【そのようだな】
連中からすれば、万が一にも学院の中に魔族を入れるわけにはいかないのだ。
騎士団の中に何人も『同族』を送り込んできたオレからすれば、これくらいやるのは当然の措置だと思えた。
「それでは順番にこの水晶に触れていってください」
教師に促されるが、みな警戒した様子だ。
ここで一人の男が手を挙げた。
「あの、それは一体なんなのですか?」
この時代の人間が知らないということは、この魔族検査自体が公表されていないものなのだろう。
教師はにこやかな笑みを浮かべると、
「『才児』であるみなさんに、どれだけの才能が隠されているのかを調べる検査です。さあ、そう緊張せずに楽に触れてみてください」
「なんだ、そんなことか。どけよ、俺が先だ」
周りの人間を押しのけて、一人の大柄な男が歩みでる。
「触るだけでいいんだな」
「ええ、どうぞ」
大男が水晶玉に触れる。
すると、黒い濁りが水晶の中に広がっていった。
その直後のことだ。
騎士団の人間、数名が一瞬にして男を背後から取り押さえた。
抵抗する間もなく縛り上げられる。
「くそっ! 離せ! なんだこれは!」
「無駄な抵抗はお止めなさい。その水晶は魔族判定に使われるものです。あなたは今、自ら魔族であることを証明してみせたのですよ」
「ちっ!」
男は観念する素振りもみせず、魔力を解き放つことで反抗の意志を示した。
筋肉が倍ほどに膨れ上がり、灰色の体毛が全身を覆いつくす。口には鋭い牙が生え、指先からは鋭利な爪が伸びていく。
獣人種の中でも珍しい変異種の一族だ。この者らは、自らの肉体を人にも獣にも近づけることができる種族だ。
当然ながら、獣人としての力を解放すれば生半可な拘束など意味をなさない。
「うらぁ!」
腕を一振りするだけで、縛っていた縄も取り押さえていた騎士団も振り払われた。
「どけぇ! 殺されたくなかったら道をあけろッ!!」
さすがにこの人数相手はキツイと思ったのか、出口に向かって男は駆け出した。
進路上にはオレやクラリス、他の受験者がいる。
元同族のよしみということで見逃してやることも考えたが、この程度の実力ではどのみちここから逃げ出ることは叶わないだろう。
一向に避けようとしないオレを見て、爪を振り上げて襲いかかってくる。
オレはそれを紙一重でかわすと、この男の胸に左手を当てた。
その瞬間、ドンと衝撃波が背中から抜ける。
男はギロリとした目付きでオレをにらみ付けてくるが、そこで事切れると、そのまま前のめりに倒れていった。
「殺……したの……?」
女の受験者が独り言のようにつぶやく。
「何か問題でもあったか?」
肯定の意味を込めて訊き返すと、女は怯えた様子でオレを見上げてきた。
その瞳は、悪魔を前にしたそれであった。
すぐに騎士団が駆けつけてきて、オレを取り囲む。全員が全員、武器をこちらに向けていた。
まあ、こいつらの気持ちも理解できんでもない。
素手で労せず獣人化した大男を葬ってみせたのだ。
オレの『見た目』も相まって、もしかしたら同族――あるいはそれよりも危険な悪魔族の血を引いた化け物なんじゃないかと、疑ってしまいたくなるのも無理はないからだ。
別に殺さずとも、気絶や昏倒させるだけでもオレに対する印象は変わっていただろうが、それではこの男が浮かばれない。
あのまま捕まっていれば、死ぬよりも辛い目に遭わされていただろうから。
「なんですか! セン様は身を守っただけですよ! 正当防衛です!」
ただ一人、クラリスだけがオレをかばってみせるが、騎士団に緩む気配はない。
ここで教師が歩み寄ってくると、
「失礼。君の『見た目』がどうあれ、悪しき魔物を始末してくれたことには感謝を述べないといけないでしょう。ですが、あまりにも手際がよすぎましたね。あんなこと、普通の人間にはなかなかできませんから」
「つまり、オレが普通の人間であることを証明してみせればいいのだな?」
「ええ、どうぞ」
水晶に触れるよう、誘導される。
オレが歩くと、騎士団も同じように付いてくる。
全員が息を呑んで見守るなか、オレはためらうことなく水晶に触れた。
すると、白い濁りが広がっていった。
これを見ていた何人かの気が緩むのが見て取れたが、まだ終わりではない。
「次はあなたですよ」
ここでクラリスが指名される。
先ほどのやり取りでオレの知り合いであることが露見しているのだ。
彼女にも嫌疑はかかっている。
ゴクリと唾を飲み込み、水晶のもとまで歩いていく。
水晶に触れる直前、クラリスの親指の爪が鋭さを増した。
黒く濁った瞬間、自らの首を切り裂くつもりだろう。
クラリスならここにいる全員を振り切って逃げることもできるだろうが、それではオレに迷惑がかかることになる。
そんなことになるなら、彼女は死を選ぶ。
その潔さは賞賛に値するものだ。
水晶に、右手が触れる。
すると、
オレのときと同じように白い濁りが水晶に広がっていった。
「ふぇ!?」
【クラリス】
【念話】で注意すると、
「あ、当たり前じゃないですか! 私はに、人間なんですから!」
へたくそな演技だが、取り繕うのは大事だ。
冷や汗を浮かべながら胸を張るクラリスを見て、騎士団の連中はいぶかしげに矛を収めた。
「たびたび失礼しました。どうやら私どもの思い過ごしだったようですね。それでは次の受験者の方、水晶に触れてみてください」
どうにかやり過ごすことに成功したようだ。
【セ、セン様、今のは……?】
【最初に水晶に触れたときに、台座の部分も含めて構造を解析しておいた。ここにあるのも同型のモデルだ。なら簡単なこと。魔族が触れても白く濁るように一部分練成しなおしておいたというわけだ】
【す、すごいです! さすがセン様ですッ!】
【誉めるほどのことでもないさ】
ほかの受験生も魔族判定をパスし、オレたちは学院内部へと入ることが許された。