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魔族判定



「セン様、あそこです」


 地上を見ると、周囲を高い壁に囲まれた城塞が目に入ってきた。

 中央に高い尖塔形の建物と、その周りを広大な敷地が覆っており、そのさらに外側には無数の建物が軒を連ねている。


「ここが『エル=サリード』か。以前とは随分と様相が異なっているな」


「ええ。かつては魔族領にほど近い前線基地として使われていた場所ですが、千年前の大戦によって魔界側の勢力が弱体化。それを機に人間どもはヴラド山脈の峰々に『観測所』なるものを設け、そこを要塞化して騎士団の機能を移転させたようです。現在の『エル=サリード』は城砦跡地をそのまま都市として活用しているみたいですね」


 尖塔形の建物――千年前には無かったものだ――を中心に、厚い壁が三重にわたって都市を囲っている。

 一千年かけて、徐々に都市を拡げていったのだろう。

 これも人口の増加に伴っての苦肉の策というわけか。


 ちなみに、『エル=サリード』とは古代語で『高い壁』を意味する用語だ。

 『魔族領からの侵攻をここで食い止める』という精神的な意味で付けられた名称であって、空からの侵入を許さぬほどに高く壁がそびえているわけではない。


 地上に降りて門へと近づくと、やたら愛想よく守衛が挨拶してきた。


「ようこそ、クランベルの街へ。本日はどのような御用向きで?」


「学院への入学試験を受けに来た」


「受験生の方ですか。今日は試験日ですからね。間に合ってよかった。それでは身分証か入場許可証をお見せください」


 懐から折りたたんだ書類を手渡す。

 すでにオレとクラリスの身分証と受験用の申請用紙は用意してある。

 少しばかり【裏技】を使ってクラリスの出生届けを『作らせた』ので、用意した書類に不備はないはずだ。


 守衛は一通り目を通すと、


「ほーう、ヤマタイ皇国からですか。これはまた随分と遠いところからいらっしゃいましたねぇ」


 口調は丁寧だが、言葉の節々にトゲを感じる。


 先ほどユフテス川で橋を直したときもそうだ。全員ではないが、一部の人間はオレに近寄ろうともせず、さげすむようにこちらを見ていた。


「何か問題でもあるのか?」


「いいえ、珍しいな思っただけですよ。あそこは閉鎖的で、国外への門を固く閉ざしている国ですから。わざわざこのような遠いところまで出てくる物好きな人間もいるもんだなってね」


「なんですか、その言い方は。あなたねぇ、失礼にも程がありますよ!」


「よい」


 クラリスを下がらせる。

 言いたい奴には言わせておけばいい。


「もういいだろ。入場するぞ」


「いいえ、まだです」


 守衛は、門に隣接した個室に入るようオレたちに指示してきた。


 大きな鉄扉を開けて中に足を踏み入れると、背後でガシャンと音が鳴る。外からかんぬきをかけられたのだ。


 部屋の中は壁も天井も継ぎ目のない鋼材で敷き詰められており、アリ一匹逃げ出す隙間はない。明かり取り用の窓もなく、ひどく薄暗い。


 非常に殺風景な部屋だが、気になるものといえば部屋の中央に置かれている台座のようなものか。

 台座の上に水晶玉が設置されているのだが、これで何をするのかはさすがのオレでもわからない。


 格子付きの小窓を開け、外から男が覗き込んできた。


「何の真似だ? これではまるで罪人ではないか」


「いえいえ、滅相もない。少しばかり検査にご協力していただければと思いましてね」


「何の検査だ」


「あなたたちが魔族の一味なのかどうか、ですよ」


「オレたちが魔族の一味だと?」


「ええ。あなたたち、魔族を目にしたことありますか? 人間界にいる野生の魔物じゃないですよ。魔族領にいる本物の魔族です」


「それがどうした」


「私ね、こう見えても三年前まで境界騎士団の一員として第七観測所に勤めていたんですよ。引退するまで三級騎士の身分だったので、出世なんて大して出来なかったわけですが――と、まあ私の身の上話はいいとして……。そこでは連日のように魔物どもが押し寄せてくるわけですが、その襲撃してくる魔物の中にいるんですよ。人そっくりの化け物が」


「化け物かどうかはさておき、人間そっくりの魔族などいくらでもいるだろう」


 当たり前だ。

 魔族にだって人の血が流れているのだ。

 獣より人の血が濃ければ、クラリスのように人と見分けのつかない魔族だって生み出されるのも道理というもの。


 人間界では絵巻や物語で魔族のことを『悪魔の使い』とか『人の生き血をすする化け物』のように吹聴されているが、真実を知れば存外大したことはない。

 人や凶暴な魔物を怖れて、細々と暮らしている種族のほうが多いくらいだ。


「ええ、ですから魔族かどうかを見極めるために、このような機会を設けているのです」


 男はとくとくと語りだした。


「ここは魔族領から程近い土地柄もあって、人に化けた魔族が悪さをしにたびたび侵入してくるのですよ。連中の手にかかれば、拉致、監禁、暴行、強姦、殺人……。犯罪の種類など数え上げればキリがありませんが、だからこそ事件を水際で防ぐためにもこのような検査が必要になってくるのです」


「なるほど、理解した。だが、なぜオレたちに目をつけた。他の者は許可証のみで城門を通っていたではないか」


 守衛の男は目を細めると、その顔に卑しい笑みを貼り付けた。


「匂うんですよ、あなた方は」


「匂うだと」


「はい。私ね、人一倍鼻が利くんですよ。人と魔族を嗅ぎ分ける嗅覚とでもいうんですかねぇ。どういう匂いかと訊かれましても、感覚的なことなのでうまく説明はできないのですが、でも、わかってしまうんです。人のフリした魔物の匂いってやつがね」


 交互にオレたちを見つめる男。

 動揺しているのか、クラリスは脂汗を浮かべながら固まっている。

 阿呆。態度で丸わかりだ。


「それで、どうやってオレたちを魔族だと証明するつもりだ。衣服を脱いで裸になってみせろとでも言うのか?」


「いいえ、もっと手っ取り早くて確実な方法があります」


 言うまでもなく、この水晶玉を使って調べるのだろう。


「ええ、その水晶に手を触れてみてください。あなたたちが正真正銘の人間であれば、その水晶は白く濁ります」


 ですが、と男の声色が変わる。


「あなたたちが魔族であれば、その水晶は黒く濁ることでしょう」


 千年前にこんな魔道具は存在していなかった。


 恐らく、魔族にはあって人にはないもの――D因子(魔族には多様な種族と交配を行えるよう、肉体の中に特別な『種子』なるものが存在する)を識別して色彩判定できる道具が開発されたのだと考えられる。


 男の口調や態度から、オレたちを騙しているとは思えない。この水晶の示す結果を心待ちにしている。そんな感じだ。

 つまり、この水晶は本物ということになる。


「触れるだけでいいのか?」


「ええ、どうぞ」


 手のひらを当てる。

 すると、水の中にミルクを溶かしたように、手を当てた部分から白い濁りが広がっていった。


「あれぇ? 違いましたねぇ。ですが、私がここの管理官に就任してから、一度も魔族判定を誤ったことはないんですよ。となると、となるとぉ? 人間のフリをしているのは、もう一人のお嬢ちゃんかなぁ?」


 完全に愉しんでやがる。

 下衆が。


「せ、セン様ぁ」


 情けない声を出すな。


「やってみろ」


 クラリスに触らせてみる。


 すると、黒雲が広がっていくように水晶の中が黒く濁っていった。


 フン、やはり本物か。


「なにか、言い逃れの弁はございますかな?」


 満足したようにこちらを見下ろしている。


 仕方ない。【裏技】を使うか。

 役所の人間にクラリスの出生を偽って作らせたときにも使った手だ。


「オイ」


 ニヤついた顔で小窓に顔をうずめている男に向かって呼びかける。


「なんですか?」


 目が合う。

 その瞳を見つめながら、


「どうだ? 『白く』濁っているな?」


 問いかける。


 すると男は、


「はい。白く濁っております」


 真顔で、抑揚なくそのように答えた。


 オレが使った【裏技】。

 それは、相手の精神を乗っ取って支配下に置いたのだ。


 これも魔眼の能力の一つ。


 しかし、一つ間違えると逆にこちらの精神が逆流してしまう危険性があるため、無防備な相手にしか使えない技だ。


「開けろ」


「はい、仰せのままに」


 重苦しい音を立てて閂が外される。

 扉を開けると、そこには複数の憲兵隊の人間が集まってきていた。


 魔族と判明した者が暴れて逃げ出さないように呼び集められたのだろう。


「おい、どういうことだ」

「珍しいな。お前が間違えるなんて」

「本当に問題なかったのか?」


 このようなケースは初めてのことなのか、みな執拗に確認を取っている。


「何も問題なかったよな?」


 連中の言葉に上塗りするように話しかけると、


「はい。何も問題ありませんでした」


「そういうことだ。では都市の中に入らせてもらうぞ」


「はい、検査へのご協力、ありがとうございました」


 丁重に頭を下げてくる。


 クラリスへの疑念が晴れたわけではない。

 奴の記憶には依然として水晶が黒く濁ったシーンがこびりついている。


 しかし、奴は永遠にオレの意向には逆らえない。


 支配下に置くとは、そういうことだ。







 都市の中へと足を踏み入れる。

 露店や民家がところ狭しと立ち並び、人の往来も活発だ。

 路地に入って人気がなくなったところでオレは口を開いた。


「クラリス」


「はい」


「もし、この場にオレがいなかったら、お前はどう切り抜けるつもりだった?」


「……………………」


「魔族が人のフリをして人間社会の中で暮らすということは、こういうことだ。捕まれば拷問された挙句、家畜のように殺されるだろう。生きて魔族領に還されることはほぼあるまい。引き返すなら今だぞ」


 しばしの沈黙を挟み、クラリスはその髪と同じ色の瞳でオレを見上げてきた。


「もし、もしセン様にご迷惑をおかけするようなことがあるなら、そのときは見捨てていただいて構いません。もし私が捕まり、拷問されるようなことになれば、その時は自ら首を切り落とし、それが叶わぬなら舌を噛み千切ってでもこの命を終わらせてみせます。決してセン様にご迷惑はおかけしません」


 いつか見た、危ういまでの光をたたえていた。


「その覚悟があるなら何も言うまい」


 それだけ告げて、歩き出す。

 クラリスは、無言のままオレの後に続いた。



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