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錬成と強化の応用



「し、信じられません……。一体どうやったんですか」


 唖然とする三人。目の前には新装した荷馬車が横たわっている。


「錬成と強化の応用だ」


「えと、意味がよくわからないんですけど……」


「一度組織構造を分解し、不純物を取り除いて再構築した。熱処理を加えてあるので硬度と靭性も増しているはずだ。ついでに足回りに懸架装置も練成して取り付けてあるから、かなり乗り心地はよくなっているぞ」


「け、けんか装置?」


「路面の凹凸を吸収し、車体への振動を抑える緩衝装置のことだ」


「ごめんなさい。言っている意味がよくわからないんですけど」


「難しく考える必要はない。奇跡の力で直したとでも思っておけばいい」


「奇跡ってそんなことも出来るんですか?」


「理論上、不可能ではない」


 オレがやってみせたのは、随所にオリジナルの要素を取り入れた、まったく新しい【異能】の形だ。

 奇跡の延長線上にあるとはいえ、人の身では一生かかってもたどり着けない境地だろう。


「あの、改めて訊きますけど、あなた一体何者なんですか?」


 カンナもニカヤもオレに対して不審を抱いている様子だが、もう顔を合わせることのないであろう人間に対して、わざわざ懇切丁寧に説明してやる義理もない。


「ただの通りすがりと言っただろう。いいから馬車に乗れ。行くぞ」


 ブルーノに【健気活性ハツラツ】の魔法をかけ、壊れた橋がある場所へと引き返した。



 ◇



「いやぁ、すげえな! こんなに盛ってるブルーノを見るのは、牝馬メスのブル子をあてがってやったとき以来だよ!」


「ヒヒィィィィィィィィンッ!」


 目的地に到着した今となっても、ブルーノに元気が有り余っている様子だ。


 寿命を削れば延々走らせ続けることも可能だが、さすがにそこまでやる必要もなかったろう。


「この術は体力の前借りみたいなものだからな。術が切れたらそのぶん反動が来るぞ。二~三日はしっかり休ませてやれ」


 一応、そのように釘を刺しておく。


「セン様。あそこのようです」


 橋の前に人だかりが出来ている。地元の住民や遠方から来た商人が川沿いに列をなして困惑していた。


「あ、あの、セント……くん」


 少し照れた様子でカンナが話しかけてきた。


「なんだ」


「この馬車で橋を渡るってことでしたけど、一体どうするつもりなんですか? まさか馬車ごと空を飛ばすつもりじゃありませんよね」


「それも可能だが、そうであればわざわざここまで戻ってくる必要もあるまい」


「え、それってどういう……」


「まあ、見ていろ」


 クラリスが川沿いから人払いを済ませると、オレは壊れた橋の前に膝をついた。


 片手を地面に押し当て、【錬成ジルド】発動。


 すると、周囲にあった土や鉱物がより集まり、目の前の地面が盛り上がり始めた。

 淡い光を放って組織構造の変成したそれらが、植物が茎を伸ばすように対岸へと向かっていく。


 所要した時間はわずか十秒程度。


 そこには、誰が見ても疑いようのない、立派なアーチ状の石橋が架っていた。


 まあ、こんなものか。


 口をあんぐりと開けていた観衆も、すぐに驚きの声を上げ始めた。


「おお~っ!」

「なんだこりゃ!」

「こ、これぞ神の御技じゃあ!」


 歓声が爆発したように広がっていく。


 カンナは馬車を直してやった時とまったく同じ顔で尋ねてきた。


「えと、念のために訊きますけど、どうやったんですか、これ」


「錬成と強化の応用だ」


「へ、へ~え。つまり……?」


「土壌の組織構造を分解し、不純物を取り除いて均一化した後、ガラクマ石と同じ組成で再構築した。橋をアーチ構造にしたのは、荷重を圧縮応力のみで支えることによるメリット、つまり断面効率に優れ、支点間のたわみ挙動を小さくすることが目的があり、また、組積造による――」


「あ~、なるほど。そういうことですか。ありがとうございます。とてもよくわかりました」


「絶対わかってないくせに」


 ボソリとつぶやいたクラリスに、カンナは「くっ」と唇をかんで顔をそらした。


「そんなことより、いいのか、お前たち」


「え?」


「今日中に次の街に行かなければならんのだろう。早く出発せねば日が暮れるぞ」


 すでに太陽も頭上から西の空へと傾きつつある。

 ヴラド山脈が地平線を覆い隠しているため、この辺りは日没の時刻も早いはずだ。


「あ、そうでした! おじさん、出発の準備お願いします! 早く行きましょう、早く!」


 せわしなく駆け出していくカンナ。

 一方、ニカヤはとことこ近寄ってくると、おっとりした動作で頭を下げてきた。


「あのセントさん。この度は本当にありがとうございました。お陰さまで無事に橋を渡って次の街に向かうことができそうです」


「些事だ。気にするな」


「あの、お礼といってはなんですが、これ、セフィラム教の御守りです。お二人の旅路を祈ってお渡ししておきますね」


 セフィラム教というのは人間界の大半で信仰されている一大宗教のことだ。


 セフィラムとはゼフィールの通り名のこと。

 『ゼフィール』が真名で、『セフィラム』が人間界に伝えられている奴の仮の名にあたる。


 様々な色の糸で編み込まれた板状の布袋、それを手渡してこようとしたので、


「オレは無信仰だ。信仰心のかけらもない人間が持っていても、ご利益は得られんだろう。気持ちだけで十分だ」


 しっかり断っておく。


「これじゃ足りませんかぁ。そうですよねぇ。どうせならお金になるもののほうがいいですよね」


 誰がそんなこと言った。


「わかりました。亡くなった母の形見ですが、このネックレスを売ればそれなりの額になると思います」


 重い。


 ここでクラリスが一歩前に出ると、


「あなたねぇ。さっきのを見てなかったんですか。セン様は石ころを金塊にすら変えてみせる御方なんですよ。貢ぐなら金目のものじゃなく、この世に二つとない稀少な物でも持ってきたらどうなんですか」


 お前もややこしくなるようなこと言うな。


「スミマセン。そんなの持ってないですぅ」


「気にするなと言ったろう。クラリス、そろそろ出発するぞ」


「あ、ハイ!」


 と、ここで馬車に乗り込んだはずのカンナが、飛び降りて駆け寄ってきた。


「待ってください! まだお礼してませんでした! これ、聖騎士アラン・ディバルドが使っていた短剣と同型のモデルなんですけど」


 そんな奴は知らん。


 このままだとカンナばかりか、地元の住民にまで取り囲まれてしまいそうだ。


 飛行魔法発動。


 歓声と驚きの声を背に、オレとクラリスは上空へと飛び立った。



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