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神聖術



「あのぉ、あなた方は……?」


「ただの通りすがりだ」


 尋ねてきた茶髪の女に、そのように答えると、


「そうでしたか。ああ、これはなんという幸運なのでしょう。偶然にも通りかかられた方が、こうして私たちを魔の手からお救いくださるとは……。これもきっと主のお導きによるものでしょうね」


 それだけは絶対にない。


 ふと視線を感じたので横を見てみると、赤髪の女が物珍しそうにオレの顔を覗き込んでいた。


「なんだ」


「えっと、さっきのは、あなたがやったのでしょうか?」


「見ていた通りだ」


「もしかして、あれも奇跡の御技なのですか? あれほどの威力、一体どうやって? なんであの魔物たちは急に逃げ出したのでしょう? いや、そもそもどこから来たんですか? さっき空から何か降ってきたような気がしましたけど、あ! そっちの女の人! あなたさっき空飛んできましたよね!?」


「助けてもらっておいて、いきなり根掘り葉掘り詮索するつもりですか。まったく、これだから卑しいにんげっふぉ!?」


 これ以上クラリスに喋らせると面倒なことになりそうだったので、無理やり口を押さえて下がらせる。


 茶髪の女は頭を下げてくると、


「スミマセン。私たちも突然のことに混乱していて平静でいられないのです。あ、自己紹介がまだでしたよね。私はニカヤ・フラウと申します。そちらの彼女がカンナさんです。カンナ・ブリジットさん。こちらのお髭のおじさまが、きゃあ! 血が出てるじゃないですかぁ!」


 騒がしい女どもだ。


「ねーちゃん、俺なら大丈夫。こんなのかすり傷だ」


「いけません。かすり傷でも悪い気をもらえば体調を崩されることもあるのですよ」


 茶髪の女――ニカヤは、男の傷口に手をかざすと、


「光よ、この者の傷を癒したまえ。【修復ファルス】」


 両手が淡い光に包まれ、傷が見る見るうちに塞がっていく。


「おお~っ! すげえな! これってなんたら術ってやつだろ。騎士様や神父様が使ってる」


「『神聖術』です。『奇跡』と呼ぶほうが一般的ですけど、まあ、似たようなものですね」


 魔界で『魔法』と呼ばれるこの力のことを、天界や人間界では『奇跡』、または『神聖術』といい、その力の源となる『魔力』のことを人間や天使は『神通力』と呼び表している。


 暗黒界では『魔術』や『悪魔術』などと呼ばれているが、根本的な原理はどれも同じものだ。


 魔力(神通力)を用いて、術式を介し、現象に換える。

 各界によって呼称が違っているだけで、やっていることに変わりはない。


「お前たちは騎士団の人間か? それにしては少し若すぎる気もするが」


「違います。ただの『才児』です。貴方たちこそ相当若いように見えますけど、奇跡を使っていたってことは、そうなのですか?」


 どこかいぶかしみながらカンナが尋ねてくる。

 ここでクラリスがせかせかとオレの前に出てくると、


「答える義理はありませんね。なに普通に質問してるんですか。セン様と対等な口を利こうなど、おこがましいにも程があります!」


「最初に訊いてきたのそっちじゃないですか! なんでそんなにケンカ越しなんですか!?」


「まあまあ、二人とも落ち着きんさい。ここは穏便にいこうや」


 ここで御者の男が割って入ってくる。


「そうだ、紹介がまだだったな。俺はシマノ。こっちは相棒のブルーノだ。あんたらは?」


「セント・キサラギだ。こいつはクラリス。お前たち、こんなところで何をしていた」


 魔物に襲われたこの場所は、街道からは遠く離れている。

 上空から見下ろしていた感じ、人もそうだが、野性の魔物も相応に増えていたように見受けられた。


 街の人間に依頼された『魔物狩り(ハンター)』というわけではないだろうし、御者と女二人で移動するにはこの場所は危険すぎるだろう。


「実は私たち、どうしても今日中に次の街に入らなければならないんです。ところが、馬車でユフテス川を渡ろうとしたのですが、唯一の渡河手段だった大橋が大破しておりまして……」


 落ち込むニカヤに、シマノも険しい顔でうなずく。


「先日の大雨でやられちまったんだろうな。三日以上降り続いていたからよ。ほんで、こりゃ引き返すしかねえなーって話してたら、それじゃ間に合わないと、どうしても今日中に向こう岸に渡りたいんだって赤髪のねーちゃんが言うもんだし、まあ運賃もはずんでくれるみたいだったしな。それならこのまま上流沿いにある別の橋まで行こうかってことになったんだが」


「途中で魔獣に見つかったか」


「ああ、最初は二~三匹が馬車に付いてくる感じだったんだ。それが徐々に増えてきて、次第に追いかけられるようになってよ。気付いたらこんなどこともしれない場所まで追い立てられていたってわけだ」


 魔獣に知性はないが、本能で獲物を追い込む術くらい心得ている。人里から離れていくこの馬車を見て、うまく自分たちのテリトリーに誘い込んだのだろう。


「まあ、なんにせよあんたらが魔獣どもを追い払ってくれて助かったよ。これで心置きなく次の街を目指せるってもんだが……って、あちゃー! どうすっかな、これ」


 横倒しになった荷台を見て悲鳴をあげるシマノ。

 車軸も軸受けの部分も破損しており、車輪が細かい部品となって散乱している。

 木造の荷台受けも大破しており、とても人や荷物を運べる状態ではない。


「こりゃあ……、ダメだな。あきらめるしかないか」


「え!? あきらめるって、馬車はもう動かないってことですか!?」


「ああ、荷車が壊れちまったんだ。もうねーちゃんたちを運べねえよ」


「そんな!? お金ならなんとかしますから、お願いします! どうにかしてください!」


 必死に頼み込むカンナだったが、


「そんなこと言ったって、車輪がぶっ壊れちまってんだもん。ここじゃ直せねえし、街まで運びようもないからよ。荷台はここに捨ててくしかねえな。なあ、ブルーノ」


 横転する際にうまく固定用の金具が外れたのだろう。ブルーノという馬に怪我はないようだが、ここまでの全力疾走が堪えているのか、かなり疲弊している様子だ。


 主人に首をなでられ、ひ、ひん、と弱々しく鳴く。


「ねーちゃんたち、悪いことは言わねえ。ここはいったん引き返そう」


 次にシマノはオレを見上げてくると、


「あんちゃん。悪いんだが、最寄の街まで護衛してくんねえかな。またぞろ魔獣どもが襲ってこないとも言い切れんしさ」


 賢明な判断だな。


 しかし、


「その必要はない」


 荷台を引き起こす。


「お前たち、その辺に散らばっている部品を集めろ」


「なにをするつもりですか?」


「馬車で橋を渡りたいんだろ?」


 不敵に笑うオレに、三人は理解不能な言語でも聞いたように首を傾けた。



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