7月4日
皆で買い出しに行き、家に帰る途中の事だった。
「っ!?」
突然地響きがしたと思ったら直後に目の前が真っ暗になり何も見えなくなった。
何やら荒いノイズ音も聴こえてきたが視界がゼロの状態なので情報を得る事が出来ない。
すると今度は視界が晴れ、眩しさに各々が目を細めた。
しかし月の姫は疎かこの場にいるのは先程同様我々アリーシャ隊のみだった。
「……何だったの……」
「月の姫か?」
「皆怪我はないか」
「……あれ?」
ふと響が何かに疑問を抱き首を傾げる。
「僕達さっきまで家の近くにいたのに……学校の屋上にいるよ?」
そう言われて全員がハッと気が付く。
確かに先程まで家に向かって歩いていたというのに学校の屋上にいるのはおかしい。
「月の姫が戦闘するのに俺達をここまで移動させたということか?」
ナイチの言う通り、屋上には人気がなさそうに見えるのでここで存分に戦闘を繰り広げる為にテレポートさせたのだろうか。
だがしかし、屋上の柵から下の様子を見ていたハーモニーが更に異変に気が付く。
「皆さん見て下さい~、今は七月で夏服のはずですが、皆様冬服を着ています~」
コークがすぐに自身の携帯を開き、今日の日付を確認する。
確かに七月四日のままだが、ならば周りの人物が冬服なのは合点がいかない。
「……ねぇ、あそこにいるのって……」
ラヴィッチが屋上の貯水タンクがある所の壁下に、ある人物が座り込んでいるのを発見し思わず指を差した。
明るい茶髪に眼鏡の女性。
「……来栖……真奈ちゃん……?」
「真奈……様……?」
全員が思考停止してしまった。
何故なら真奈は戦闘で死んだからだ。
絶対にここに存在するはずがない。
「真奈!!」
「真奈ちゃん!!」
しかし、こちらが呼びかけるも全く気付いてくれない。
無視しているのか、それとも本当に聞こえていないのか分からないが反応はない。
ただ虚空を見つめて俯いているだけだった。
「……まさか…これは……」
コークが何かに気が付き、困惑の表情を浮かべながら真奈の動向を見ていた。
「……鎖椰苛……死ね……」
真奈は暗い表情で恐ろしい言葉を呟くと、彼女の目の前にサランとコークが現れた。
『そんなに金墻鎖椰苛が嫌いなのね』
『それとも優紀茜の方か?』
コークが二人いる事とサランがいる事に一同が混乱している。
「どうしてサラン様とコークが!?」
「わけわかんねぇ……」
そして疑問なのは真奈の前にいる二人がそれぞれ包帯と仮面で顔を隠していた事だ。
まるで昔の、敵だった頃のようで変に懐かしい。
コークは確信付いたのか、それでも信じられないといった表情でこの状況を説明する。
「あれは……来栖真奈がアリーシャ隊に入る前の出来事だ」
「…え、…じゃあ、ここは過去の世界なの?」
「過去を傍観しているって事?」
「恐らくそうだ」
昔の頃のように見えていたのは間違いでは無かったようだ。
あの二人の台詞を聞いてコークは確信したのだろう。
呼んでも気付いてもらえない以上はただ見る事しかできない。
『私達の仲間になってくれたら貴女を強くして、戦わせてあげるわよ?』
『……アイツを殺せるなら……』
真奈はそう言ってサランの手を取った。
すると再び辺りが真っ暗になり、すぐに明るくなるが場面が変わったようだ。
次の場面はアリーシャ隊の館内のサランの部屋だった。
『ねぇサラン様!あたしに友達を頂戴!』
真奈がサランにお願いをしている所だ。
先程真奈が仲間になる所を見せられたので、もしかしたら全員がアリーシャ隊に入る場面を見ていく事になるのだろうか。
「次は……ハーモニーかなっ?」
「私はどのように作られたのでしょうか~」
響が好奇心旺盛にハーモニーが作られるまでをワクワクしながら見ている。
ハーモニーもソワソワした様子でどう作られたのか気になっていた。
『アリーシャ隊も良い人なんだけどもっと身近に傍にいてくれるようの友達が欲しいの』
『どんな子がいいの?』
『金墻鎖椰苛みたいな人がいい!現実のアイツはクソだから、あたしの事ずっと見てくれるアイツを作って!』
真奈の要望を聞いたハーモニーは表情を固まらせ目には涙を浮かべていた。
真奈の友達として接しろとサランに命令されたのは覚えているが真奈がそのような要望を持っていた事に、そして正反対な性格や容姿の自分が出来てしまった事に悲しくなってしまったのだ。
そしてハーモニーが出来上がったのだが、今の彼女とは少し違うようで表情が無かった。
『こんな感じになっちゃったけど、どうかしら』
『真奈様、ご命令を』
『ちょ!何よこの子!クールすぎるわよ!容姿はこれでいいから鎖椰苛みたいな感情を取り入れて!』
『んもぅ仕方ないわね』
鎖椰苛とは全く違う自分が生まれた事を酷く悲しんでしくしくと泣きながらワンピースの裾を手でギュッと握り締めていた。
しかし、ふと頭をポンポンと慰めるように叩かれ上を見上げるとナイチが目を伏せていた。
「泣くな、貴様が出来ただけでも嬉しい事だろ」
「……ですが……」
『真奈様~っ!』
すると再び術をかけられたハーモニーに感情が灯され、キラキラした表情となった彼女は真奈に思い切り抱き着いた。
『ちょ、サラン様これ失敗…』
『仲良くしてあげてね~っ』
『え!?』
サランは満足そうに笑い、そそくさと立ち去ってしまった。
(前にサラン様が術をミスったから、あのハーモニーが出来たとか話していたな……)
白妬がふとサランに教えて貰った裏話を思い出す。決して口には出さないが。
それから二人は一緒にいるようにはなったが素っ気ない態度の真奈にハーモニーが必死に付いていくといった感じだった。
『っいた!』
真奈が戦闘訓練中に盛大に転び膝や腕に擦り傷を作ってしまった。
ハーモニーが心配し駆け付けるも真奈はやはり突き放す。
『大丈夫ですか~?』
『うっさいわね……何も出来ない癖に……どっか行ってよ!!』
一人で立ち上がり、背を向けるがまだ一人前に強くなった訳では無いので辛そうだった。
ハーモニーはそんな真奈の背中に手を当て、温かい光を灯した。
するとみるみるうちに真奈の怪我が綺麗に消えて、元通りになってしまった。
『……アンタ……』
『私は何も出来ませんが……真奈様がお怪我をしたらいつでも治して差し上げます~!』
突き放されても優しく微笑みかけるハーモニーに真奈は今までの態度を反省した。
『……ねぇ、アンタの名前、決めてなかったわね』
こんな友達いらないと、真奈はハーモニーに名前すら付けていなかったのだ。
少しの沈黙の後、真奈はぽつりとハーモニーと呟いた。
『ハーモニー!ありがとう』
『真奈様、嬉しいです~』
「……っ」
こうして二人は仲が良くなっていった。
結果的に真奈は死んでしまったが、ハーモニーはきちんと真奈の友達として傍にいる事が出来ていたのかと神妙に考える。
しかしあのように今まで見た事のない可愛らしい笑顔で笑ってくれた真奈を見て、力になれたんだと安堵した。
―――
次の場面は土砂降りの雨の中の知らない空き地だった。
止めどなく雨が降っているが自分達は一切濡れない事からやはりこれは意図的に何者かが過去の世界にトリップさせているのだと推測した。
『私達のお母さんは』
『どこにいるのよ~っ!』
「次はあのガキ共か」
タルクがすぐに空き地の隅っこで手を繋いで座り込んでいるパーラとソーラを見付けた。
二人はずぶ濡れのまま傘も差さず
にずっと外にいたようで寒さで震えていた。
「え、ていうかあの二人……!」
いつも片目を前髪で隠していたが普通に両目を晒しているではないか。
何か訳があって隠していたという事では無かったようだ。
すると凍えて縮こまる二人の前に想像通りサランが現れた。
『私が貴女達の母として育ててあげようかしら、どう?行く宛てもないんでしょう?』
『お母さんは……私達を捨てて居なくなったんです』
『ずっとこのままだったらあたし達は……』
頼る大人が居なかったせいか、パーラとソーラはお互いの顔を見合わせてすぐに頷き、正直怪しさ全開のサランに縋ることを選択した。
『あたし、貴女の子供になる!』
『ありがとう、でもお願いがあるの』
抱き着いてくる二人の頭を撫でながらサランは、一緒に闘って欲しいと頼んだ。
当然二人はぽかんとしていた。
『二人からとても強い魔力を感じるの。それを生かせば親がいなくても強くなって大人になれるわよ』
『よくわかんないけど頑張るね!お母さん!』
『頑張ります!お母さん!』
『う、うーん……』
サランは慣れないお母さん呼びに困惑し、名前で呼ぶようにお願いをした。
「サラン様……変わらぬ美しさで」
「いやほんとだよね……パーラちゃん達もだいぶ幼いけど全然変わってない」
コークはつい、サランの年齢が分からない程の美貌に見蕩れていた。
気が付けば三人でまるで家族のように手を繋ぎ歩いていく姿が見られた。
クルー姉妹が仲間になったきっかけは、親の育児放棄が原因だったようだ。
『あと、双子ちゃんだから見分けを付けさせて欲しいわね。例えば……前髪が少し長いから分け目を付けるとか!』
今の片目を隠すスタイルになったのは、どうやらサラン自身が見分けが付かなくなるからそうしろと命令したらしい。
初めて知る真実に先程から驚いてばかりである。
―――
「お次は誰でしょうか~」
「あっ♪」
再び目の前が真っ暗になった後すぐに明るくなり、次は誰かの家の中に場所を移した。
響が嬉しそうな声を上げ、すぐ傍にある部屋のドアを開けるともう一人の響と妹の明日香がベッドの上で抱き合っていた。
「狂愛兄妹……!!!」
ナイチが引き気味に言うが響は全く気にしておらず懐かしんでいた。
『母さんはもう帰ってこないのかな』
『もうずっと帰ってこないから死んだも同然よ』
琴吹兄妹もクルー姉妹と同じように教育放棄といった所だろうか。
確かに居ないのなら死んだと思っても同じなのかもしれないがすぐにそのような発想になるとはさすが明日香だ。
『あすはご飯作れるからいいよね……僕は何も――』
『兄さんは私の傍に居るだけでいいのよ』
『あす……』
明日香は悄げる響の唇に人差し指を当て言葉を遮らせた。
ベッドに座る響の上に明日香が跨り常にベタベタしている二人を呆れた目で見るラヴィッチ達である。
『これから先何があっても一緒に居たいわ……』
『例え親だろうと友達だろうと先生だろうと僕達の邪魔をするなら戦うよ』
『戦う気があるの?貴方達』
光のない瞳を交わし誓いをするかのように淡々と話す二人の目の前に、サランが現れた。
『邪魔されるのは、そういう場所にいるからじゃない?』
『貴女は……』
異様なオーラを漂わせるサランに、明日香が響を庇うように前に出てキツく睨み付ける。
その怖い表情にサランは私は邪魔する為に来た訳では無いと説明する。
『邪魔されない所に行かない?強くもなれるわよ』
それから二人はアリーシャ隊に入り、力を得たようだ。
―――
次はどこかの草原。
そこで幼い姿のラヴィッチとナイチが戦闘訓練を行っていた。
武器は今と変わらず、銃と剣だった。
的に向かって各々銃を放ったり剣で斬ったりしている所をサランは遠くから見ていた。
『今日もバッチリだね!二人なら何でも倒せるよ』
『俺の命中率が高いだけだ!』
こんなに幼くても変わらず二人は戦友として仲が良いみたいだ。推定十歳位だろうか。
『こんにちは。二人とも』
『……誰?』
『私はサラン。二人のお母さんから頼まれた事があってここに来たの』
サランは優しく微笑みながら二人に背丈を合わせるようにしゃがんで話しかけた。
彼女曰く、二人の母親からラヴィッチ達を強くさせて欲しいと依頼があったようだ。
だからしばらくサランのいる館で訓練させて貰い強くする代わりに、サランの目的に協力して貰うという条件を設けた。
ラヴィッチとナイチは突然の事に動揺していたが母さんが言うなら、と納得して仲間に入ったのだ。
「まぁ結果的に僕は強くなって仲間から一番に外れたんだけどね」
「その選択は間違っていなかったがな」
ラヴィッチが初めにアリーシャ隊から外れて、他のメンバーを更生させるのに奮闘してくれたからこそ俺達に今があるのだとナイチは言う。
その言葉に嬉しそうに笑うラヴィッチだった。
―――
その次は街の大きな交差点だった。
この時点でタルクがハッと察して険しい表情となった。
信号待ちをしている仲の良さそうな赤髪の姉弟の姿。
「あれ?あの髪の短い男の子って……」
「本来のオレの姿だ」
「ちゃんと男だ……」
初めて見る本当の姿のタルクを新鮮な気持ちで見る一同。隣にいるお淑やかそうな女性は姉のシルクだ。
今のタルクの姿が見慣れているせいで優しく微笑む彼女にどうしても違和感を覚えてしまう。
信号が青になり歩き始める二人だが、そこに一台の車がシルク目掛けて突っ込んできていた。
『ッ!?危ない姉ちゃん……!!!』
『え――』
そして盛大に車に撥ねられて吹き飛ぶ弟の姿。
一同はタルクからこの出来事を聞かされていたが実際に見ると、見ていられなくなり目を逸らしてしまった。
『……タル、ク』
『姉ちゃん!?』
血塗れの弟はどうしてか自分の名前を口にした。
しかし一同は理解していた。弟のタルクが姉を庇った時にぶつかった衝撃で魂が入れ替わってしまったという事を。
姉の身体に入れ替わったタルクは自分が倒れている姿に混乱をしていた。
訳もわからず周りを見渡すと、車を運転していた人物はそのまま走り去ってしまった。
『くそ……轢き逃げすんじゃねぇよ……!!!』
逃げた方向に向かって叫ぶが当然止まってはくれない。
追いかけてとっ捕まえたいものの、姉が心配でこの場を動けないでいた。
『姉ちゃん……!おい、姉ちゃん……!!!』
周りの大人は、何を言っているんだといった怪訝な表情で姉の姿のタルクを見ていた。
すると後ろからサランがやってきて、一人でブツブツと殺すと呟き続けているタルクに声を掛けた。
『お姉さんの為にも、強くならない?人を殺す位の力を私なら与えてあげられるわよ?』
「……今でも許せねぇよ。姉ちゃんを殺した奴が」
辛そうに拳を握り締めるタルクは憎しみをもった瞳で事故の現場をただ傍観していた。
―――
次はコークだ。
家の中で特徴的な黄緑色の髪の親子がテーブルに向かい合わせで座っている姿が見受けられる。
「え、というかあれコークなの?」
どうして響が疑問に思ったかというと、今よりだいぶ幼いコークが、無邪気にニコニコと笑っていたからだ。
コークは母親に名前を呼ばれると、キラキラした表情でなぁにと答える。
今の姿とはかけ離れすぎて混乱してしまう。
『貴方の身体には人工知能が入っているの、その分他の人より強いし頭の回転も早いって……知ってた?』
『……気付くわけ、ないよ……僕は……』
半分機械で半分人間みたいなものよと母親は言った。
幼いコークは目に涙を浮かばせながら分かる訳がないよとメソメソ泣いてしまった。
『でもね、ママはコークにもっと強くなって色んな人を助けてあげて欲しいの。ママの友達なんだけど……』
そう言って紹介した相手がサランだった。
コンプレックスだった瞳を包帯で隠して、母さんの期待に応えられるようにサランの元で強くなると決意したのだ。
―――
「最後は白妬様ですね~」
「どこにいるんだ?」
場所はアリーシャ隊の館。
しかし肝心な白妬の姿が全く見えない。
何やら目の前に火の玉のような魂が浮遊しているが、白妬はケロリとした顔でそれだそれだと指をさす。
ふよふよと蠢く塊の白妬はモニターでライムや緑達の姿を映し、倭に焦点をあてる。
すると突然光りだし、あっという間に今の白妬の姿が浮かび上がった。身体は小さいが。
『サラン様』
『あら、エフェクト。小さくなったわね、あー、いや、大きくなったかしら?』
当時の白妬には名前が無く、サランからはエフェクトと呼ばれていたようだ。
倭そっくりの姿に生まれ変わり、幼い瞳でサランを見上げていた。
『私は黒花倭という人物の妹として忍び込む事にしました。……黒花白妬です、そう呼んでください』
そこで過去を巡る回想の旅は幕を閉じ、次に目を開けた時には本来いた家の近くに戻ってきた。
「戻って来れたのはいいけど……一体誰がこんな事……」
「……私ですよ」
「!?誰だ!」
ラヴィッチが背後に気配を感じ、即座に剣を構えて振り向く。
剣の先には見慣れない姿の女性がそこに立っていた。
「矢美深優。覚えなくてもいいです」
評価よろしくお願いします!