6月13日、6月18日、6月28日
―六月十三日―
白妬は鏡で自分とにらめっこをしながら一人奮闘していた。
(茜に言われた通りにしてみたが……)
茜にとある事で相談をし、アドバイス通りに自分を着飾っていた。
いつもより短めのスカート、艶々にリップを塗られた唇、くるりと跳ね上がった睫毛。
倭と同じ髪の癖も今回は念入りにヘアアイロンで伸ばしストレートになっている。
相変わらず服装は白いブラウスにサラシを巻き付けているだけの軽装だがそれでも充分いつもの白妬とはかけ離れた姿である。
何故ファッションに全く興味を持たない彼女が突然色めき立っているのか。
「これでコークを落とす!」
彼女は冗談で行っている訳では無い。
とても真剣なのだ。
だがもちろんコークにはサランという最愛の人物がいる事は誰もが知っている。
しかしサランは今居ないので、ある意味気持ちを伝えられるチャンスだと考えたようだ。
叶わない恋だとしても。
「わっ、白妬様とっても綺麗です~!何処かお出かけされるんですか~?」
「これからコークを落としに行くんだ、期待してろよ?」
「頑張ってください~!」
部屋に入ってきたハーモニーに上から下まで眺められ綺麗だと讃えられ良い気分に浸っていた。
(……白妬様はコーク様にご好意を!?これは……凄い関係になりそうです~……!)
部屋を出て行く白妬を見送った後にハーモニーは、コークにサランに白妬という三角関係を連想して赤くはならない頬に手を当てて狼狽えていた。
一方白妬はコークの部屋を訪ね、ノックもせずに堂々と入り込んでいた。
彼は机に向かって読書中だったようで一旦本に栞を挟み閉じると白妬の方を振り返った。
「何だ、人が読書中に…………」
「どうだ、コーク……見違えるだろ」
「…………」
「いつもより大人びているか……?」
「…………………………………………」
コークの呆れた沈黙が長すぎる。
白妬は茜に言われた通り、胸の谷間を強調するように前屈みになりながら誘惑をしていたのだ。
無い胸を寄せ集めるように。
「どうした貴様……いや……コーク――」
「元に戻せ」
「え」
「用はそれだけか?去れ」
コークは白妬を自室の外へ追いやると扉を閉め、先程読んで途中だった本を開きあっという間に一人の世界に戻って行ってしまった。
「……っ」
結局自分がどう努力しても無駄なんだという事を痛感させられた。
すぐに洗面所で雑に化粧を落とし、誰にも見られないように早足で部屋に戻って布団に潜り込んだ。
「くそ……」
どんなに可愛く、綺麗に化粧したってサランには適わない。
とっくに分かっていた事ではあるが、もしかしたらを想像していたのだ。
だけどやはり自分では駄目なんだという事を身を持って知り、悔し涙が流れた。
「何を泣いている」
「!?コーク……」
いつ部屋に来たのか全く気配が無かったが布団から顔を出すと意中の彼がそこに居た。
コークはいつもの白妬の容姿に戻った事に安堵しているようだった。
少し気まずくて視線を外して話しかけた。
「……貴様は私が嫌いなんだな」
「…は?」
「元に戻せと言っただろさっき。嫌いだからそんな事言うんだろう……?」
「勝手に深読みして落ち込むな」
負の連想しか出来ない白妬にコークが深く溜息をつく。
冷たい空気が更に凍り付くように感じた。
「私は……ただ素顔のお前の方が変に着飾るよりも良いと思って言っただけだ。らしくないのはやめ――ッ!?」
白妬は布団を勢いよく剥いで、コークの言葉を遮って真正面から抱き着いた。
「コーク……」
「……何なんださっきから」
「……やはり気付いていないか」
そう自嘲気味に笑う白妬の瞳には迷いの色が見えなかった。
白妬は倭の姿をコピーして作られた人間であるが、人間になる前はただの魂だけの存在だった。
性別も何もない火の玉のような形をした魂。
それが人間の形となって倭の妹として生まれ変わった。
形のない時からコークの事を知っていて、人間になってからもコークをずっと見ていたのだ。
「私は昔から……貴様の事が好きでたまらなかった」
「……!」
彼の目を真っ直ぐに見て気持ちを伝えた。
白妬に迷いはない。
しかしコークは彼女から目を逸らしてしまう。
「……私は」
「貴様がサラン様を想い続けている事は知っている。……だからって諦めるつもりはないからな」
「……そうだ、私はサラン様を愛している。それでも私を好きだと言うのならお前の勝手だ、付いてくるならそれでいいし好きにしろ」
「……あぁ……!」
白妬は振られたにも関わらず何処かスッキリした表情だった。
今まで気持ちを伝えたくてなかなか出来なくてもどかしかったから告白した事で楽になれたのだろう。
一方のコークも白妬の気持ちに答える気はないが、変に態度を変えずに接してくれた彼女を素直に嬉しいと感じていた。
敢えて冷たく突き放す言葉を選んだコークだったが、その言葉のお陰で白妬もある意味吹っ切れる事が出来たのだ。
諦めるつもりは毛頭ないみたいだが。
ちなみにこの会話は部屋の外でバッチリ他のメンバーに盗み聞きされ、何故か彼らがてんやわんやしていた。
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―六月十八日―
「シルク姉様!!!」
アリーシャ隊が夕方家に帰るのに住宅街を歩いていると後方から何者かに声を掛けられた。
誰だと一同が振り返ると一人の小柄な女性が息を切らせながらこちらへと走って足を止めた。
「シルク姉様生きてらっしゃったんですね!良かった……!」
しかし彼女はこの場にいない人物の名前を先程から呼んでいる。
誰に向かって言っているのかというと目線はタルクに向けられていた。
タルクは一瞬固まるがすぐに苛立ったように舌打ちし彼女に顔を近付けガンを飛ばす。
「何でてめぇが姉ちゃんの事を知ってんだよあァ??」
「え!?」
驚きの声は謎の女性だけでなくアリーシャ隊からも聞こえた。
タルクに姉がいた事はもちろん周知していたが名前までは把握していなかったのだ。
「ひぇ!?シルク姉様口調が変わったんですか!?ヤンキーデビュー!?」
(コイツ……姉ちゃんの事を知っている口振りだな)
もしかしたらタルクの姉のシルクはこの女の子を知っているのかもしれないが今この身体にいるのは弟のタルクなのだ。
思い出せる訳も無ければ当然顔も知らない。
とりあえず名前だけ聞いておけば何かわかるかもしれないと踏んで尋ねた。
「てめぇ名前なんだ」
「……覚えてない、ですか……。ボクは大河 彪ですよ」
ふわふわのミディアムヘアの後頭部には可愛らしい大きめのリボン。服装はワイシャツを着るだけというラフな格好だが小柄ながらも存在感は抜群だ。
彼女の名前に聞き覚えがあるような微妙な感覚に陥るタルクは、無性に気になって仕方がなくなり今日一日だけ自分達の家に泊める事を提案した。
「皆さん同居しているんですか?」
「まぁそうだな」
ナイチが頷くと彪は照れ笑いしながら誰の部屋で寝ればいいかと問い掛けた。
彪自身はやっぱりシルク姉様と、と言おうとしたがコークがそれを遮り割り込む。
「私の部屋で寝ればいい」
「はぁああ!?コーク貴様……!!!」
適当に聞き流していた白妬が一番大きいリアクションを取った。
しかしそれはコークが彪に興味があったとかでは無くて姉の身体に入っているのがタルクだとボロが出ない様にする為であった。話すと色々面倒というのもあるが。
「タル…………奴も考える事が沢山あるんだ」
「ありがとうございます!コーク兄貴」
コークが幼子を宥めるかのように彪の頭をポンポン叩くと、すんなり受け入れてくれたのかコークを兄貴呼びしてお礼を言った。
一気に親睦が深まろうとしている二人に白妬は開いた口が塞がらない状態だった。
「……でもタルク……何か怪しくない?」
「僕も思う……また月の姫とかじゃないよね……」
響がそっとタルクに耳打ちし、傍で聞いてたラヴィッチも賛同した。
月の世界からの使者か、梨杏のような突発タイプか。
前回の月の姫もそうだがアリーシャ隊の前に突然現れて戦闘をしてきたのだから今回も怪しさマックスである。
タルクはそれもそうだなとウンウン頷きある事を閃く。
「ラヴィッチ、コイツに剣貸してやれ」
「え?」
言われるがままに彪に自身の武器の剣を手渡す。
何が何だか分かっていない彪は剣を両手で落とさないように握りポカンとしている。
「お前、オレと戦――」
「……!!」
タルクがそう話し終える前に彪はラヴィッチの剣を片手で持ち直しタルクに向けて器用に振りかざす。
寸前で避けたタルクだが、面白いとニヤニヤ笑みを浮かべながらその場でジャンプをし電信柱の先端まで飛びバランス良くそこの上に立った。
「へー、お前結構やるじゃん。でもここは届かねぇだろ!ここからならお前が何するのかも見えるし音だって聞き取れるぜ」
電信柱の頂点に立ち彪を意地悪く見下ろすタルクは余裕に満ち溢れていた。
彪は少し顔を俯かせ、静かに口を開く。
「”音”」
そう意味深に呟くと突然空が雲に覆われ辺りが暗くなり、雨が降ってきた。
少し近くで雷の音も聴こえていた。
梅雨の時期ではあるが天気予報では晴れだったはずなのにタイミングがおかしいと疑問に思った。
「ラヴィ兄……剣、ちゃんと返すから」
「……え?えーーーーッ!!!」
そう言うと彪はタルク目掛けて思い切り剣を投げた。
それは彼の顔面に真っ直ぐに飛んでくるが顔を少し傾けて避けた。
「避けられるんだけど」
「音が聴こえるなら……聴こえなくさせればいい」
彪はそう言って人差し指をクイッと曲げると先程投げて遠くに飛んでいったラヴィッチの剣が戻ってタルクの背中を突き刺した。
雨と雷の激しい音で剣が返ってくる音が聴こえなかったのだ。
タルクはそのまま重力に任せて落下し地面に身体を打ち付ける。
「……っ!思い、出した……アイツ……昔姉ちゃんと……よく遊んでた……」
落ちた衝撃で彪とシルクの関係を思い出す事か出来たようだ。
彼女は月の姫等ではなく純粋にシルクと、まるで姉妹のように遊んでいた一般人。
いや、ラヴィッチの剣を投げて戻す能力を持っている時点で一般人では無さそうだが。
その一方で彪は我に返ってタルクを見ながらわなわなと唇を震わせていた。
「ボクは……何を……」
「……彪様~?」
「憧れの……密かに恋心を抱いていた姉様に向かってボクは……何を……っ」
すると何かに吹っ切れた彪は突然声音を変え、髪の毛を無造作に掴みあげる。
「俺は……俺はあの時姉様に可愛いって言われたのが嬉しくて……褒められたくて……女装して近付いて……」
雨が少しずつ弱まって行くのが分かった。
そのお陰で彪の話す言葉が聞き取りやすくなるが内容が瞬時に理解できない。
「でも姉様は……車に轢かれたって聞いた……。もう会えないと思って今まで辛い気持ちを押し殺してきたけど……やっと会えたんだ。今なら……言える」
掴んだ髪の毛を思い切りむしり取ると、それはウィッグだったのかずるりと剥がれ本当の赤い髪色が目に入る。
「俺は……恋愛対象でシルク姉様が好きなんだ……!」
場違いにも程がある告白シーンだ。
要するに彪は男性で、昔遊んでくれたシルクが彼を可愛いと褒めるのでもっと気に入られようと女装をするようになっていたが実は恋愛対象としてシルクを好きだったという訳だ。
「ははーん、お前姉ちゃんが好きだったのか」
「その口調といい……貴女は……」
タルクは彪の胸ぐらを掴みグイッと引き寄せ顔を近付けさせ、気持ちが悪い程の男らしい表情で本性をあらわにさせる。
「残念、オレも男なんだよ」
「…………え?」
当然彪は信じられないと言った顔で目をぱちくりさせている。
「う、嘘だ……!だってこれ……」
「ちょ、気安く姉ちゃんの身体に触んじゃねぇ!!」
躊躇いなくタルクの胸に触れてきたので思い切り頭を叩いた。
この際だから彪にタルクの事情をざっくり話してあげることにした。
「確かに姉ちゃんは死んだ。でも、色んなことがあって今この身体にいるのは……姉ちゃんの弟のオレなんだよ」
「……嘘言わな――」
「信じろ」
信じられない気持ちもわかるが、コークにズバッと言われては信じるしかないのだ。
「嘘だあああああああああぁぁぁ!!!!」
「まぁ普通はそういう反応だよ」
彪は壁に頭を打ち付けてこれは夢だと言い張り目覚めさせようとしていたがハーモニーに止められる。
渋々受け入れて、タルクに名前を聞いた。
「……弟の名前は」
「タルクだ。次からタルク姉様なんて言ったら潰すからな?」
「……じゃあ、タルク姉貴で」
ひとまずこの場は落ち着き、彪とも友達になる事になった一同。
タルクと同じように、姉のシルクが亡くなった事が信じられず悲しんだ人がいた事に少し驚いた。
姉は残念ながら戻ってくる事はないが、彪と一緒に彼女との思い出話で盛り上がるのも良いと思い、気持ち嬉しそうに家に向かうタルクであった。
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―六月二十八日―
学校の校舎裏にタルクはいた。
休み時間、彼はどの学年なのか全く知らない顔の男子生徒に、そこで何かを言われていた。
「…………わりぃ、オレ……そういうの、分かんねぇんだ……」
タルクはその男子生徒に告白されていた。
漫画みたいに校舎裏に呼び出され、好きです付き合って下さいと典型的な言葉で気持ちを伝えられるとは思ってもみなかった。
そもそも自分は列記とした男である。
だがしかし事情を知らない一般人は当然自分を女だと思って接するだろう。
(オレは……人を好きになる事はあるのか?それは男を?女を?全然分かんねぇよ……)
タルク自身が女である以上、男性を好きになるべきなのか心は男だから女性を好むべきなのか。
いつしか悩みの種となってずっとモヤモヤしていたのだ。
ふと数日前のコークとの会話を思い出した。
部屋にいた時に何気なく話していた事だ。
「タルクには好意を寄せている相手なんてのはいるのか?」
「は!?なんでいきなり」
「お前は身体は女だが心は一番まともな男だと思うからな」
突然コークにそのような事を言われ困惑していた。
好きな相手はいるかと聞かれてパッと思い浮かぶ人は居なかった。
それもそうだ。考えた事が無かったからだ。
「別にいねぇよ」
「ふ、お前に彼女か彼氏が出来るのは程遠いな」
「うっせーな余計なお世話だバーカ」
その時は笑って誤魔化して話を切り上げた。
そこからタルクは考え込むようになったのだ。
そして今、男子生徒に告白されて頭を悩ませている。
「ごめんな……」
男子生徒に謝罪し、早々にその場を立ち去った。
足早に歩くが心のモヤは晴れず立ち止まる。
(オレは男だ……中身だけ。だけど身体は違う……姉ちゃんの……女の身体)
誰を好きになれば良いんだろうと自嘲気味に笑い空を見上げた。
答えは分からない。誰も教えてくれない。
こんな状況なのはタルク一人しかいないから。
そんなこんなで授業も手に付かず、あっという間に放課後になり、たまたま一緒だったコークと帰り道を歩いていると彼が横目でタルクを一瞥し話を切り出す。
「そういえばタルク、今日校舎裏で男に告白されていたな」
偶然校内の窓から見えたようだ。
こんな時までその話を持ち出されるとタルクですら精神的にきついものがある。
自分もほぼ毎日女子生徒から告白を受けているとコークは自慢する。
「まぁ私には及ばな――」
コークの言葉が遮られてしまったのは、彼がタルクの方を振り向いた時に抱き締められてしまったからだ。
「……」
「たまにはてめぇの肩で泣かせろ……」
(抱き締められるのは二回目だな)
そんな事をふと考えるコークだが、何故タルクが泣いているのかがイマイチ分からずそのままの体勢で理由を聞く事にした。
「好き……とか、恋とか恋愛とか……オレ、よく分かんなくて……」
「……すき【好き】特定の人やものを好ましく思うこと。
れんあい【恋愛】男女が互いに好きになること。
こい【恋】異性を慕う気持ち。→恋する。
ちなみに恋は思案の外という言葉があるが、これは理性や常識に当てはめて判断する事が出来――」
「辞書かてめぇは」
ベラベラと人工知能を発揮して意味を事細かに伝えるがタルクが知りたいのはそういう事ではなくて、コークが思う”好き”という気持ちがどういう物なのかを教えて欲しかったのだ。
すると何となくタルクの悩みを察したコークは少し黙ったが答えてくれた。
「……一緒にいて楽しいと思える、寝ても覚めても相手の事を考えてしまう、自分がその人と常に一緒にいたいと思うようになる事が好きという意味だと……私は思う」
意外にも真面目に答えてくれるコークに驚きつつもその言葉の意味を噛み締めた。
女性がよく口にする”ドキドキする”という感情も好きの部類に入るのだろうか。
「……コークは……ドキドキしたこと、あんのか?」
「……ある」
「マジで!?お前が!?ありえねー!!」
「自分から聞いておいて私の意思を否定するな」
最早普通に恋バナをしているようだった。
そしてあのコークがドキドキしたことがあるという事に驚いてしまい信じられない気持ちだ。
どんな時にドキドキしたのかは恐らく絶対に教えてはくれないと分かりきっているので敢えて聞かないが。
「……好きだと思う相手が浮かんだか?」
そう聞かれタルクは瞳を閉じて考えた。
頭の中に浮かんだのは、姉のシルクや自分を先生と慕ってくれたパーラとソーラ姉妹、そしてアリーシャ隊。
「……いるぜ」
「誰だ?」
「バーカ、教えるわけねーだろっ」
上機嫌にスキップをしながらコークの方を振り返るタルクの表情は明るいものとなった。
男女どちらを好きになるかの答えはまだ分からないが、好きという気持ちは理解出来た気がした。
頭の中に浮かんだ人物が今のタルクが大切にしたい人達だ。
(オレはコイツらと一緒にいることが……好きなんだ)
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