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3月3日

 

「沙檻、いつまで寝てるの?朝よ?」


「…ん、んん……ゴメン…母さん……」


 捺紀が目を閉じてゆっくりと開くと、先程いた雲の上の世界とは一変、誰かの家の中に瞬間移動させられていた。

 ハッとしてすぐに辺りを見回して状況を把握しようと目線を動かす。

 目の前には誰かの部屋の扉。

 “さおりの部屋”と書かれたプレートがぶら下がっている。


(え、沙檻?コーク…?!)


 少し開いた扉の隙間から中を覗き込む。

 そこにはベッドから上半身だけ起き上がりながら眠そうに瞼を擦るコークと、優しく起こそうとするマリファナの姿があった。

 その光景を見て、ここの場所は現実世界ではないことをすぐに理解する。

 マリファナが生きているはずも無いし、何よりコークの名前も性格も合っていないからだ。


(それならここはどこなんだ…おれは生き返ったんじゃないのか…?)


 捺紀は現実世界に帰って来れたんだと完全に思い込んでいた。

 しかし目の前で繰り広げられる異様な光景にいよいよ焦りが込み上げてきた。

 とりあえず情報を得る為にコークとマリファナの会話を聞くことにし、息を潜めた。


「何かね、ながーい夢を見てたの」


「はいはい、ご飯食べるわよ」


 幼い子どもに言い聞かせるようなマリファナの台詞だが、そこにいるコークは大人の姿、というかいつもの彼である。

 踵を返そうとするマリファナを呼び止めて、コークは夢で見た話を嬉しそうに話し出した。


「僕にいっぱい仲間がいてね?青い髪の男の子とか、銀髪の男の子に茶髪の男の子に、赤い髪の毛の女の子もいたの!ロボットの女の子やかっこいい女の子とか…あ、もう一人赤い髪の男の子もいて、みんなで強いボスを倒したんだよっ」


(……!!それって…アリーシャ隊の事じゃないか…!)


 髪の色を挙げてくれたことで人物の特定が容易かった。

 間違いなくアリーシャ隊の事だが名前は覚えていないのだろうか。


「そんな人、沙檻の友達にいないじゃない。全部夢だったのよ、わかった?」


 マリファナが夢という言葉を強調して言う。

 まるでその言い方は、夢だから早く忘れなさいと言っているようにも感じて、コークが促される前に捺紀はつい身体が動いてしまった。


「それは夢じゃない!!!!」


 勢いよく扉を全開にして二人の前に立つ。

 危険を察知したマリファナが、誰?!と声を上げてコークを庇うように前に出た。

 彼女には構わず、コークにだけ目を合わせて思いをぶつけた。


「君は…!!彼らと一緒に戦ってきたじゃないか!!」


「で…でも…母さんが…夢だって……それに、夢だから僕だって忘れちゃうよ」


「…ッ!!!駄目だ!!!!」


「ぅわぁっ!!?」


 突然現れた捺紀を怖がりながらもそう話すコークに苛立ってしまい、捺紀は彼に近付くと思い切り肩を掴んだ。


「忘れたら死んでしまう……!!君が過ごしたあの日々も、君が忘れてしまったらみんなも死んじゃうんだ…!!!」


 捺紀は白花の言葉を思い出していた。

 人の記憶から完全に忘れられた瞬間が、死んだという意味になると。

 だからコークが忘れてしまったら全てが無くなってしまうので、それだけは阻止すべく捺紀は必死に声を掛ける。


「……君は…覚えてる、の?」


「…!あぁ、もちろんだよ…!君が言った青い髪の男の子ってのは…………」


 コークが食いついてくれた事に少し安堵し、彼の質問に答えようと口を開くが、異変に気が付いた。


 彼らの組織名から名前まで、一切思い出す事が出来ない。

 顔すらも思い浮かべられない。


(何故だ……思い出せない……!)


 弟の顔すらも思い出す事が出来なくなっていた。

 目の前がグルグル回転し、目の前が真っ暗になっていく感覚に吐き気を覚えた。

 まるで底なし沼に沈められていくような感じである。

 抜け出せなくなって、そこにあるのは死だ。


(おれは……何のためにここまできた……?)


 ここはきっと生と死の狭間空間なのだろう。

 おれの意志を試しているんだと捺紀は頭を押さえた。


(おれは生き返ってアリーシャ隊の仲間になるんだ……その為にここで死ぬ訳にはいかない…!)


「……おれは…死んでない……ここで死んじゃ駄目なんだ」


 瞳を思い切り開眼させ、捺紀は目の前のコークを見下ろして記憶を呼び覚ます。


「待っている人がいる……。おれが入りたいと思っていた仲間……」


 コークもマリファナも気味が悪い程に黙って彼の言葉を聞いていた。

 それでも構わない。

 これは夢ではないとコークに伝える為に。


「君も忘れるんじゃない…!アリーシャ隊だ!!!ラヴィッチ・イザード!ナイチ・コースト!琴吹響!タルク・フォウマ!ハーモニー!黒花白妬!大河彪!…そして君、コーク・パブリック!!!」


 捺紀は彼らの名前を呼びながら涙を流していた。

 そんな彼を見ながら、コークは立ち上がると力強く微笑んだ。


「良かった」


 ―――


 そよそよと靡く心地よい風が頬に当たり、目を開けた。


「……ん?」


 視界は先程目を開けた時と同じく空と雲が見えたが、今度は地上にいるようだった。

 小さい頃によく遊んでいた近所の公園のベンチに横たわる状態で捺紀は目を覚ました。


(今度こそ帰ってこれたのか……?ゼウスが…使われて……)


 捺紀は横になったまま右手を空に向けて伸ばす。

 手を握り締めたり開いたりを繰り返し、起き上がった。


「…はは、すごいな。体力もあるし身体の調子も良い……」


 戦闘前の万全の状態のように身体も気分も軽かった。


「アイツら……おれを見たらどんな反応するんだろ」


 柄にもなくワクワクしたが、すぐにハッと事態を思い出した。

 アリーシャ隊と彪の、こちらを見る怒りと悲しみが混ざったような表情。


「…そうだ、おれ……敵だったんだ。おれこそ……どんな顔して戻ればいいのかな……」


 捺紀は改めて自分がやってきたことを酷く後悔した。

 こうなると考える事はどんどんマイナス思考になっていき、乾いた笑いが出る。


「そもそももしおれがGODESTの一員で、彼らと全く関わりを持っていなかったら……ゼウスは何に使われたんだろう」


 捺紀はふとした出来心でアリーシャ隊とコンタクトを取ってしまった。

 もしそれが無かったら、あの戦闘が初対面だったら、きっと彼らは捺紀を生き返らせるような願いは口にしなかったはずだ。


「こんな……価値もないおれの為にゼウスを使っちゃって……」


 目を閉じて思い出したのは彪の怒りの言葉だ。

 捺紀がGODESTの計画を全力で止めていたら変わったかもしれない未来。


 “なつき兄なんか……てめぇなんか大嫌いだ!!!”


 親愛なる彪を泣かせた。

 自分がいなければ、戦死した仲間や家族を生き返していたに違いない。


「……あ、ぁ……おれ……なにやってんだ……」


 手が震えだし、咄嗟に耳を塞ぐように押さえる。

 聴覚を遮断してもアリーシャ隊や彪の怒声が頭にこびり付き離れない。

 涙が目尻に滲んだ。


「……いや、泣いてらんないな……彼らの気持ちを無駄にはしたくない」


 そう言って涙を拭うとスっと立ち上がる。

 行き先は自宅だ。

 近所の公園にいた事もあり、自宅には割とすぐに辿り着いた。

 しかし、何度インターホンを鳴らしても誰も出てこないしドアを引いても当然だが開かない。

 捺紀は鍵も携帯も財布も何も所持していない状態でいた為、自宅に入るすべがないのだ。

 それどころか今日が何月の何日なのかさえも不明のままである。

 わかるのは、日が明るいので彪は学校に行っているんだということだ。


「……私服で行くのはさすがになぁ………ん?」


 どうするかと踵を返すと、向かいの住宅の屋根を軽快に飛び渡る三つの人物を発見した。

 特徴的な見た目なのですぐにわかった。

 月の姫の特待生だ。

 彼女達もこちらを見ると、何かこちらを呼び掛けるような声を出して瞬間移動で目の前に現れた。


「特待生……え、てかおれ君達と面識ない、よね?」


「えぇ、ないわ」


 GODESTは月の姫に関しては完全にノータッチなので互いに初対面のはずなのだ。

 それなのに何故向こうは捺紀を知っているのか。

 恐らくキャリアが黒幕は捺紀だということを教えたのだろう。

 捺紀が問いかけるとエレディスは表情を変えずに頷いた。

 なのに隣のキルトはどうしてか嬉しそうな表情でニコニコしているし全く意味がわからなかった。


「かっかっかっ!細けぇこたぁ気にすんな!」


「ぅぐ!!!」


 ご機嫌なリンリンに強い力で頭をポンポン叩かれ間抜けな声が出た。


「今日はお赤飯?だね!」


「そうね」


「っしゃー!酒もな!」


「え……去るんかい……」


 そして特に話をすることもなく三人は捺紀に背を向けて歩き去ってしまった。

 意味のわからない接触に捺紀ははてなマークを頭上に浮かべていた。


「……それにしても学校か」


 とりあえず情報を得る為に出歩いてみることにした。

 学校に通っていた事を思い出してつい笑みがこぼれた。


「すごい。今おれ、この世界に存在してないことになってるんだよね」


 ゼウスの効果で捺紀が梨杏同様アリーシャ隊に関係する人物以外から記憶が消されるという事は理解していた。

 雲の上で白花とサランに言われた言葉を甦らせる。


『ゼウスの力で生き返ってもお前の存在はない事になっている。それでもやって行けるか?』


『多分ハーモニーなら、記憶改竄の術で何とか上手いことやってくれると思うけど…』


 ハーモニーがいるのなら記憶云々に関しては気にする事はないだろう。

 だがそれは、アリーシャ隊に会えたらの話だ。


(まずは今どうするべきか……)


 歩道を歩いていると、自分の通う高校の制服を着た女子高生数人とすれ違った。

 捺紀は通り過ぎてから振り向いて彼女達をもう一度見た。


「あの子達……」


 倭、茜、鎖椰苛、そして魔術師のライム、緑、レイだ。

 素通りされた事に違和感を覚えるがすぐに納得する。


「そうか、アリーシャ隊と関わっていてもおれの事は知らないから……」


 倭達は捺紀と直接的に関わった事はない。

 アリーシャ隊は彼女達に以前、己の敵は自分達の母親だと伝えた事があった。

 しかし捺紀が黒幕だとは知る由もないので彼女達にとって捺紀はただの生徒。

 ゼウスの記憶操作に反映させられたという訳だ。


 そして彼女達とすれ違った事で一つ情報を得る事が出来た。


「この時間に登校しているという事は……朝なのか」


 おはようという声が聞こえたので登校しているというのは間違いない。


「うわー!随分そっくりだなぁと思ったら!」


「――っ!?!?うわぁ!!!」


 突然目の前に童顔の女性が現れ顔を覗き込まれたのでまたもや間抜けな声を上げてしまった。


「ずーっと探してたのにー!」


「いつまで隠れてたのかしらね」


「オレらにまで働かせやがって」


 目の前に現れた女性は四人。

 彼女達の事も誰なのかは瞬時に分かった。

 月の姫超特待生だ。

 彼女達は捺紀の前に仁王立ちして、少し気だるそうにしながらこちらを見つめていた。


「ていうか君達もおれと面識ないはずだよね…?」


 土華は捺紀の事をずっと探していたと言っていた。

 何故月の姫の超特待生がおれを?と疑問に思うが何か気に障る事を言うと戦闘に巻き込まれかねない。

 超特待生は戦闘を好んで行うタイプなのは面識がなくても把握している。


「大丈夫なのよ~。もう戦いはないなのよ~」


 捺紀の不安要素を取り除くようにタイミングよく声を掛けたのはキャリアだった。

 彼女が現れた事で超特待生は後ろへ下がった。


「ま、認めたくはないのだけど」


「アリーシャ隊と互角に戦ってた貴方と殺りあいたくないもーん!」


「なんだァ?オレは相手になっけどなァ?!」


「こら、ややこしくなるから炎華は黙って!」


 超特待生は各々そんな事を口にするが捺紀はそれよりも確実な情報が欲しかった為頭に入ってこなかった。


「あの……おれ、帰って来れたんだよね?」


 一番まともそうなキャリアに聞いたものの、彼女はお淑やかに微笑むだけで答えてはくれなかった。

 それどころか超特待生に向けて帰るわよと声を掛け一瞬で消えてしまう。


 仕方がないので物は試しでアリーシャ隊の家に向かう事にした。

 だが予想通りインターホンを押しても誰も出てくる事はなかった。


「くそ……どうする…!」


 捺紀に焦燥の色が見え始める。

 辺りを見回して何か情報を得る術を探すと、アリーシャ隊の家の塀の向こうから若い女性の声が聞こえた。


(もう誰でもいい……!人に聞くしかない……!)


 そう思い一心不乱に手を伸ばし塀から顔を覗かせようとした。

 だが少しタイミングが遅く、女性らは何事もなく通り過ぎていってしまう。

 その()()の女性らに見覚えがあった。

 倭の親戚の枯那、その友人の榛彌、満喜、満緯、そして月の姫のミミ、喪奈だ。


「もー、満緯ってばー!()()()の日に寝坊とかありえないからー!」


「……!?」


「うっせぇな。喪奈と夜電話してたんだよ」


「寝坊した理由が惚気~!?」


 満緯と枯那のやり取りを見て榛彌が呆れたように溜息をつき、二人を宥めるように満喜がソワソワと見守っている。

 一瞬ミミと喪奈がこちらを振り返ったようにも見えたが捺紀の心情はそれどころではなかった。


(卒業式…?おれ……二ヶ月近く居なかったの……?)


 塀を背もたれにし、捺紀は虚空を見上げた。


「随分と長い期間だ……」


 バクバクと脈打つ心臓を押さえながら呼吸を整える。


(アリーシャ隊はきっと、ゼウスがすぐに効果を発動するものだと思っていたに違いない…。現におれもそうだと思ってた)


 数ヶ月空いた状況で捺紀が現れないとすれば、アリーシャ隊は帰還を諦めたのではないかと思い込んでしまう。

 力なく笑うが気を抜くとまた涙が出そうになった。


(いけないいけない、ネカフェにでも居た事にして……)


 捺紀は学校へと向かった。


『卒業生代表、三年B組石黒沙檻です』


「…!コーク……卒業出来たんだ…」


 すんなり校内へ入るとタイミングよくコークの演説が始まり廊下まで響き渡った。

 馴染みあるその声に、彼らはここにいると一気に安心感が込み上げ自然と表情が緩む。

 定型文のような挨拶を終えると、コークは突然自分の年齢をカミングアウトし、体育館内が騒然とする声が聞こえてきた。

 コークらしい発表の仕方だなと苦笑いして彼の言葉に耳を傾ける。

 すると彼の思い出話になり、捺紀も聞き入っていた。


『…喧嘩も仲間割れも当然あった。友人を失ったりもした』


「……!」


 その言葉に捺紀はこれまでの裏切り行為を悔やみ、感情がせき止められずに胸を痛めた。


(あぁ…ごめん、みんな。おれは君達を散々傷付けてきたのに。君達はおれを忘れていなかったんだね)


 体育館の扉に触れながら捺紀はアリーシャ隊や彪との思い出を頭の中で甦らせた。

 偶然のようにアリーシャ隊の前に現れた事。

 アリーシャ隊やクラスの友人、先生と共にサバイバルゲームを真夜中にした事。

 白花に囚われたラヴィッチを殺したくなく、自分の権限で解放させた事。

 女装して彪にイタズラをした事。

 未来に人質にされたフリをしながら彼らの戦闘を眺めていた事。

 学園祭でアリーシャ隊を持て成した事。

 コークの進路相談に乗った事。

 コークとサランのデートを邪魔しに行った事。

 彪にフィギュアを貰った事。


(おれ……アリーシャ隊が……好きだ)


 捺紀は涙を溢れさせた。


『…この世界が……仲間が…っ、好きだ……。心を…閉じていた、私を……いつまでも…たの、しませて……くれた……』


 すると同時にコークも涙ぐみながら捺紀と同じような事を言うので更に涙がこぼれてしまった。

 捺紀は結局体育館内には入らずにそのまま外へ出て、式が終わるのを待つことにした。


(アリーシャ隊がおれを生かしてくれた、おれは彼らの為に恩返しをするんだ。罪を償って…!)


 アリーシャ隊と彪が学校の玄関口から出てきたのを確認して、捺紀は偶然を装って彼らの前へと歩み寄って行った。


 ―――


 突然目の前に現れた捺紀を見て固まるアリーシャ隊。

 そんな彼らを面白そうに笑うと捺紀は事情を説明した。


「願いは優先だったみたいでね、一度死んだけど対象がおれだったから何とか這い上がる事が出来たよ」


 何とか這い上がる事が出来た、という言葉に重みを感じたがそんな事を考える余裕は彼らにはなかった。


「てめぇ!!!!」


 まず一等先に声を荒らげたのは彪だった。

 彼は、眉間に皺を寄せ捺紀に近付くと胸倉を思い切り掴み上げた。


「だったら今まで何してた…!!!!」


「んー、ネカフェ生活?だっておれ他人の記憶から抹消されてるでしょ?学校行けないし変に外出れないし」


「……」


 そう言うと彪は納得したのか手を離して身を引いた。


「あ、卒業式は見に行ったよ。マジ泣きなんてすごいね沙檻」


「やっぱそこだよね」


「つつくな」


「良いじゃないですか~!コーク様のお気持ちがすごーく伝わりましたよ~っ」


「ひっつくな」


 実際には卒業式を見た訳ではなく声を聞いただけだが、あのコークが涙を流す事がレアすぎるのでどうしてもそこを追及したくなってしまう。

 ラヴィッチがからかうように彼の頬を突っつき、ハーモニーが腕を組んだ。


「あ!ちなみに俺、アリーシャ隊に入ったんだぜ!」


「え、そうなの?」


「おう。んで一人暮らしはちっと辛いからこいつらの家に同居してたんだ」


 彪が誇らしげに自分に指をさした。

 道理で先程捺紀が自宅に行っても誰もいない訳だ。

 学校があるからというのもあるが。


「それでもしなつき兄が戻ってきたら……また一緒に大河家に帰ろうって考えてて…」


「彪…」


 彪は少し言葉を詰まらせた。

 捺紀が居なくなってからアリーシャ隊は彼がどこかに居ないか探し回ってくれていたと話す。

 ただ、やはり探し切れないので月の姫にも声を掛け、探してもらうように協力依頼していたようだ。

 それならば先程特待生や超特待生が捺紀を探していたというのも納得である。


「捺紀様~。アリーシャ隊のリーダーはサラン様です、これは変えられません」


「その中の小隊長的な奴は……いない」


 ハーモニーが捺紀に優しく伝える。

 彼はアリーシャ隊を支配してリーダーを塗り替えたいと言っていたからだ。

 そして白妬の言葉に彼は、え?と聞き返してしまった。


「アリーシャ隊とはそういう組織だ。誰が下だとか、偉いとか上下関係等存在しない」


「な?やり直そうぜ」


 ナイチとタルクの口調も柔らかいものだった。

 まるで更正してアリーシャ隊に入れと言っているようにも感じ、捺紀は申し訳なくなりごめんと口に出そうとした。


「おっと!ごめんなんて言わせないよー!」


 しかし響に言葉を遮られそれは阻止されてしまう。

 そこで捺紀はどうしても聞きたかった事を勇気を出して聞いてみる事にした。


「…でも、何でゼウスを使って……その……おれを生かしたの…?今まで亡くなったアリーシャ隊の人達や母親を生き返す事だって出来たのに……」


 その質問をするのはかなり勇気が必要だった。

 もしそれで、彼らに後悔を残されたら、捺紀自身が生き返った事を悔やむからだ。

 生唾を飲み込んで彼らの返答を待つ。


「……あの方々は…戦死しました」


「それで生き返してしまうと……報われない気がしたんだ」


 ハーモニーの言葉もコークの言葉もとても重みのある台詞だった。


「そりゃ、あすは……母さんに殺されたけど……」


「受け入れたんだ、母さん達の事も含めて」


 今までの出来事をしっかりと受け止めて、前に進んでいくと誓ったようだ。


「お前は本当の願いを私達に伝えてくれた。その時に……大河捺紀は変わることが出来ると確信した。だから受け入れると願ったんだ」


「おれが……変わる」


 コークの言葉を復唱する。

 捺紀がきちんと変わってくれると信じて、アリーシャ隊に受け入れると願ってくれた事に胸が熱くなる感覚がした。


「いっぱいコキ使うからねっ」


「当然だな。今までの事、恩で返す事だな」


「彪のお兄ちゃんとしてまた頑張ってね!」


「あ、アリーシャ隊はキビシーとこだぜ?覚悟しろよな」


「嘘ですよ~。とーっても楽しい所です~っ」


「まぁ別に私らの敵はもう居ないけどな。とりあえずよろしく」


「まずはてめぇの飯を食わせろなつき兄!」


 各々が捺紀に優しく声を掛けてくれた。

 散々酷い事をして来たのにこうして受け入れてくれるアリーシャ隊に捺紀は感謝した。


「というか……お前も物好きだな。こんな奴らの組織に入りたいと願うなんて」


 コークが捺紀に呆れたように苦笑いして、ラヴィッチ達を一瞥する。

 その言葉に、君もその組織の一人でしょと返すと素直に頷かれた。


「私を変えてくれた場所だ。私の生き甲斐はアリーシャ隊の一員でいる事だ」


 自身の胸に手を当てながらそう話すコークには、昔の誰彼構わずいたぶり続けていた時の面影がまるで無かった。

 ずっと前からアリーシャ隊を監視していた捺紀だからこそそれはすぐに感じ取る事が出来た。


「だが、こんな組織で良いのなら…捺紀が入る事を歓迎するよ」


 肩をポンと叩かれ頼もしく笑みを浮かべるコークに、捺紀は目を見開いてしまう。

 さっきから優しすぎて調子を狂わされそうになるのだ。


「……沙檻」


「……もうその名は必要ないだろう」


「…!コーク……ありがとう……」


 彼らを本名で呼ぶ事でより仲間意識が高まる、そんな気がした。

 捺紀は嬉しさを噛み締め、涙を流しながら何度もありがとうと口にした。


 ―――


 そして迎えた新学期。

 進級しクラス替えが行われ、生徒達が喜びあったり悲しんだり様々な声が教室から聞こえる。


()()()()()()、一年またよろしくね!」


「やま、よろしく」


 倭がラヴィッチに嬉しそうに声を掛けた。

 新学期から、偽名を使う事をやめることにした。

 ハーモニーに記憶操作してもらい、本名をデフォルト化したので倭もラヴィッチを本名で呼んでいたのだ。


「僕と白妬さんは変わらないけどね」


 響と白妬は元から偽名を使っていないのでそのままである。


「お、また同じクラスかタルク」


「おうよ、三年ラストもよろしくぅ!」


 ナイチとタルクが嬉しそうにクラス発表の名簿を見上げていた。


「じゃ、二年軍も心機一転いくか!」


「こっちもみんな同じクラスだねっ」


 二年に進級した響、彪、白妬、ハーモニーも同じクラスになったようで喜びを分かちあっていた。


(同じクラスにするのも私が記憶操作で仕組んだ事ですが~。後はもうひと仕事も……)


 どうやらクラス替えの操作もハーモニーが手配したらしい。

 有能な術である。

 そしてもうひと仕事とは何なのか。

 三年の教室にて。


「出席番号順かと思ったら早速バラバラかよ」


「でも僕達近いじゃん」


 黒板にはバラバラに番号が振られた席順が書かれていた。

 しかもこれまた偶然にラヴィッチとナイチとタルクは席が近かった。


「ナイチとは隣だし、タルクもナイチの前の席じゃん」


「おーラッキーだな。よぅ、隣よろし――あぁ!?」


 タルクが自分の隣の席の生徒に快く声を掛けた。

 しかしその人物につい驚きの声を上げてしまう。


「よろしく」


「コーク!?!?」


「何故貴様がここにいる!?」


 つい先月卒業式を迎えたコークが平然と制服を着て席に着いていたのだ。

 驚かない要素がどこにも無い。


「あー、コークはな出席日数が足りなくて残念ながら留年したんだよ。もったいねぇな」


「姫川先生…」


 何故コークがここにいるのか有難いことに担任の姫川が説明してくれた。


「機械人形に操作してもらった」


「ま、マジかよ……」


「今度は平和な状況で学校生活を謳歌したいと思ってな」


 そう、ハーモニーのひと仕事というのはこの事のようだ。

 そう言ってクールに口元を上げるコークにラヴィッチ達はタジタジだ。

 今までコークは最上級生だった為、同じクラスにいる事自体が違和感でしかない。


「あ、そうだ。今日はこのクラスに転校生が来たんだ!入ってこい!」


 突然の姫川の声にクラスがざわついた。

 何となく想像がついたが、姫川に促された転校生は教室の扉を横に開き、堂々とした面持ちで中へ入ってきた。


「大河捺紀ですっ!よろしくね」


 想像通りである。

 彼もまたハーモニーに頼んで高校三年生をやり直す為に工面してもらったらしい。


 放課後。

 アリーシャ隊は仲良く肩を並べながら下校していた。


「やっぱセンコーに本名で呼ばれんの慣れねぇな」


「いずれ慣れますよ~」


 タルクがだるそうに両腕を上に伸ばし、欠伸をした。

 ハーモニーの言う通りその内慣れるものだとは思うが今まで偽名で貫いていたので少し時間が掛かりそうだ。


「捺紀もまた三年を堪能か」


「だっておれだけハブられるのやだし」


 二年軍は後から捺紀が三年に転校してきたと知らされた。

 確かにアリーシャ隊の中で捺紀だけが学校に通っていない事になっていた為そうするのも納得だ。

 ハーモニー万能説である。


「コークは留年設定に改竄したんだね」


「昔の貴様だと絶対にしなかっただろうな」


「私一人が留年しようとどうでもいいだろう」


 コークも留年設定で三年をやり直しした事も放課後になってから二年軍は聞かされた。

 驚く事ばかりだが賑やかになるので喜んでいた。

 ナイチに茶化されたコークは素っ気なく返すが、その言葉にラヴィッチはつい笑ってしまった。


「その言葉でコークは優しくなったってわかるよね」


 ラヴィッチの声に響やタルクがうんうんと頷いていた。


「前の兄貴だったら…『私が再びこの学校に不幸をもたらしてやるぜぇえええええ!!!』とか言ってたんじゃね?知らねぇけど」


「私がそんな事を口走った時代なんて無い…!」


「グフッ!!!!」


 彪にからかわれたコークは彼に膝蹴りを食らわせた。

 数メートル先までぶっ飛ばされコンクリートの壁に激突した。


「あ、そういえば捺紀様~」


「おい俺の事はスルーかよ!!」


 ある程度のスルースキルを身に付けたのかハーモニーは彪を気に止めず平然と捺紀に話し掛ける。


「捺紀様はどうして普段から瞳を閉じていたのですか~?」


「あ、それオレも聞きたかった」


 捺紀は少し黙ると、彼らの方を振り向いて己の瞳を指さし説明した。


「おれの目は、ツリ目でしょ?」


「え、それだけ?ナイチとかコークとか白妬ちゃんもツリ目だから気にする事無かったのに」


 確かに捺紀だけでなく、ラヴィッチが今挙げた三人もキツいツリ目をしているから気にする必要はないはずだ。


「で、でも捺紀の温厚な性格からしたら…キツイって思われても仕方ないんじゃないかな?ギャップ?」


「フォローありがとう響。そのギャップがおれにはマイナスかなって、おれの目を見て怖がるんじゃないかと思ってね」


「今はもう開けるようにしたんだな、なつき兄」


 捺紀の開眼した時の瞳は、ハイライトが無く初対面の人だと恐れてしまう人もいるだろう。

 尚且つツリ目なのだから怖さも倍増だ。

 だから糸目青年を演じて、他人から恐怖心を持たせないようにしていたらしい。


「もう怖くないでしょ?」


「自称Sっていうからこえーけどな」


「えー!」


「……」


 捺紀を囲んでワイワイ楽しそうに話をする彼らの少し後ろでコークは立ち止まった。

 掌に落ちてきた桜の花弁を眺めてぽつりとサランの名を呟いた。


「…なーにイケメン雰囲気気取ってんのー!」


「…!」


「これから新学期祝いの外食だよ~!ほら早く!」


 ラヴィッチはコークの方を振り返って大きく手を振っていた。

 美味しい物を皆で食べられる事が嬉しいのだろう。

 急かすように早く早くと連呼していた。


「桜など貴様には不似合いだな。まぁ俺は似合うが」


 次にナイチがコークを見て言葉を放った。

 一見無愛想に感じるが物腰は柔らかかった。


「今日はお祝いなんだからなんっでも頼んでいいんだよ!コークはもちろんホットケーキ食べるよねっ?」


 響が陽気にニコニコ笑いながらそう言った。

 コークはホットケーキが好きだと分かっているから誘導する為にその名を出したようだ。


「なぁ、飯食い終わったらどっか遊びに行かねぇか?」


 タルクは食事後の予定の方が気になって仕方ないらしい。

 身体を動かせるスポッチャはどうだとウキウキしていた。


「わぁ、良いですね~!この平和な世界で皆様と遊べるなんて夢みたいです~!」


 ハーモニーはタルクの提案に大賛成のようだ。

 早く行きたいとばかりにぴょんぴょん飛び跳ねているその姿は幼い子供に見えた。

 本人に言ったら拗ねるだろうが。


「平和じゃなかった時も遊んでただろ、だが乗ってやるよ」


 白妬の言う通り、戦闘に巻き込まれていた時も普通に遊び回っていた。

 しかし誰かが襲ってくるという心配なく遊ぶ事が出来るので彼女自身もどこか嬉しそうにしていた。


「なんか、クソ楽しい毎日になってきたな!って白妬の言う通り変わんねぇか!」


 彪はこの事態に巻き込まれた一番の被害者だ。

 そんな彼がこうして楽しそうに笑ってくれる事は本当にアリーシャ隊としても嬉しい事である。

 よくここまで共に来てくれたとコークは彼の成長を感じた。


「おれも君達と今まで以上に親しくなれて良かったよ。みんなに助けられたお陰だね」


 捺紀はこうしてアリーシャ隊の一員としてここに居られる事が最高に嬉しいようだ。

 それはコーク自身も同じで彼を向かい入れられて本当に良かったと心から思っている。

 やってきた事は覆せないが自分の罪を認め、受け入れてこれからは自分達と関わりを持っていってほしいと願った。


「……お前ら」


 コークが一瞬下を向いて、すぐに顔を上げると先程までこちらを振り返って笑っていた彼らがもう先の道を進んでいた。

 あまりの足の速さにため息が出たが遠くの方から再びコークを呼ぶ声が聞こえた。


「コーク!!!大好き!!!」


「それなりに好感は持っているが…変な意味ではないからな!勘違いするなよ!」


「ウィーラブ、コーク~!!」


「好きだぜー!ばっかやろ〜!」


「これからも頑張りましょうね~!大好きです~!」


「一生……好きだ!!!」


「こいつらのバカさにはついていけねぇけど……兄貴ー!!!俺もソンケーしてるぜ!!!!」


「コーク!これからもよろしくね!」


 ラヴィッチ、ナイチ、響、タルク、ハーモニー、白妬、彪、捺紀の順番でコークに言葉を送った。

 きっとラヴィッチと響あたりがコークにラブコールでも送ろう等ヒソヒソ言ったのだろう。

 もしくは捺紀か。


「………」


 バラバラだったアリーシャ隊が重なって絆が深まった証拠だ。

 それを実感してコークはほろりと一粒の涙が溢れてしまった。


「……ふざけた事を…気色悪いな。そんなこと…もうとっくに知ってる」


 コークは泣いている事がバレないように前髪を整えるフリをして涙を拭うと、軽やかに地面を蹴り、彼らの元へと駆け出した。


(サラン様。貴女が集めたアリーシャ隊はこうして一つになる事が出来ました。これからは貴女が居なくても日々前進していく所存です)


(そして…アリーシャ隊に、心からの礼を述べたい。といっても私には笑顔で礼なんて柄ではないし、そんな事をしたら逆に心配されてしまうだろう。だからせめて心の中で言わせてくれ)


(ありがとう。これから先、何があっても簡単には死なせないからな。私もお前達が……大好きだ)



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