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3月3日

 

「今日は卒業式か……」


 三月三日。

 今日は卒業式だ。

 ラヴィッチは窓から桜を眺めながら溜息をついた。

 あの出来事から二ヶ月が経った。

 捺紀は―――いない。


「捺紀の存在は、ゼウスの影響か分からないけど…他の人の記憶から消されてるんだよね」


「クラスの奴に聞いてみたがやはり皆、知らんという返答だった」


 卒業式が始まる前に少し自由時間が設けられていた。

 廊下にて、響が悲しげに目を伏せる。

 彼の言う通り、アリーシャ隊に関係のある人物以外捺紀の存在は完全に消されているようだった。

 ナイチも生徒に聞き回ってくれたらしいが、当然知る人など居なく八方塞がりである。


「……生きてたら、なつき兄も卒業できたのにな」


 彪も表情を曇らせ目線を宙に泳がせていた。

 どんよりとした空気が漂う中、廊下の向こう側からタルクが走ってくる姿が見えた。


「おめーら!うちの高校のプロモーションムービーがホームページに公開されてたらしいぞ!」


 少し息を切らして伝えに来た彼に白妬があぁ、と思い出したように相槌を打った。


「学園美男美女ランキング一位のコークが上位の人物、つまり私達を紹介しつつ受験応援メッセージを言わせたアレか」


「説明乙」


「えー!なにそれ全然覚えてないから見に行こうよ!」


 白妬がペラペラと説明するように話すがその通りである。

 去年の秋頃だっただろうか。

 生徒会からこの学園の宣伝ムービーを依頼され、自分が映らないならとコークが渋々承諾し録ったものだ。

 ラヴィッチも響もハーモニーも、見たい見たいと興味を示したので撮られた側だが視聴覚室へ行って観ることにした。


「……というか何でコークが一位なんだ」


「ナイチ妬むなって」


 ナイチがぶつくさと文句を言っているうちに、視聴覚室のスクリーンに映像が映し出された。


『皆さん初めまして。この学校を受験しようと考えている貴方にサプライズがあります』


「ちょっと待ってストップストップ」


 ラヴィッチが早速動画の一時停止を求めた。

 画面に映ったコークは両眼を包帯で覆って平然と喋っていたからだ。


「今思えば怪しいよなこれ。出落ちすぎんだろ」


「でも昔はコーク様はこれがデフォルトでしたからね~」


 一応コンプレックスである瞳を不特定多数の人物に見られる事が不快だったのか包帯を巻いて映っていたのを一同は思い出した。

 とりあえず再生ボタンを押して続きを視聴することに。


『どうやらこの学校には美男美女ランキングという全く意味のわからないランキングがあるらしく、今回はその上位に入る生徒に受験応援メッセージを貰いに行きます』


 そう言うとコークはカメラを外側へ向け直すと、一年の教室へ入って行った。


『まずは一年生から…………白妬、出番だ』


 手招きするコークの手が映ってしまっているが気にしないでおこう。

 呼ばれた白妬は、カメラの前に立つと腕を組みながら静かに自己紹介をした。


『私は黒花白妬だ。まぁ適当に頑張れ』


「包帯懐かしいね」


 適当に挨拶とメッセージを伝えた白妬は右眼を包帯で巻いていた。

 超特待生に抉られた時でまだ完治していない頃だったので懐かしく思えてしまった。

 というか最初から濃い人物すぎて突っ込みを入れたくなる。

 すると画面上の白妬がそういえば、と何かを思い出す素振りをした。


『誤解されがちだが、私とこいつは付き合って――』


『ないです』


 白妬の本気か冗談か分からない発言にコークが画面にわざわざ映って即否定した。


「おい白妬……黒歴史だぞこれ」


「わ、忘れてくれ……」


 タルクにまでドン引きされた白妬は顔を真っ赤にして蹲っていた。

 穴があったら入りたい気持ちだろう。本人が居なくて良かったと切に思う。


『皆さん、初めまして~!』


「あ、ハーモニー」


 次に画面に映ったのはハーモニーだった。

 画面上の彼女はカメラに向かって手を振っている。


『今が大変だと思いますが、努力は裏切りませんので頑張ってこの学校へ来てくださいね~』


「可愛いな本当」


 冷静を取り戻した白妬がハーモニーを抱き締めた。

 通称殺人鬼はハーモニーにメロメロである。


 すると今度は響と彪が画面に映り込んだ。

 響がグイグイと彪の腕を引っ張って、ニコニコしている。


『こんにちは!琴吹響です!このSMALLな男の子は彪っ!』


『無駄に発音よくすんな!……えっと、大河彪、勉強頑張れよ!』


『僕達も応援してるからねっ』


 画面いっぱいに顔を近付けてそう話す二人はやはりはたから見ても仲良さそうだ。

 まぁ実際に仲は良いのだけど。


 映像の中のコークは二年生の教室へと歩いて行く。


『さすが一年は優秀だな』


『一年は偉い子ちゃんだからねー。どうも!二年の在原伊吹です!』


 教室に入るとラヴィッチが快く手を振っていた。

 後ろでタルクが野次馬の如くちらちらふざけて映り込んでいるが誰も突っ込まないことにした。


『僕がランキングに入ってるなんて驚いたよ。何かファンクラブもあるみたいだし照れるなぁ』


 そう言って満更でもないようにはにかむとナイチを呼んだ。


『……俺は……やっぱりいい』


 急に恥ずかしくなったのかなかなか画面に入って来ない。

 痺れを切らしたラヴィッチはコークにナイチを映すように促すと代行して彼の自己紹介を始めた。


『んじゃ僕が言うよ。ツンデレでナルシストで――』


『あああわかったちゃんとやるから貴様は黙れ!!』


 と言うと照れ臭そうにカーテンから顔を覗かせ俚諺馨だと簡潔に名乗った。


『俺をランキングに入るのは……当然の事だな』


「ナイチ、ツンデレかナルシストかどっちかにしろよ」


 吹っ切れて自慢の銀髪をなびかせて言うナイチを観て、タルクが呆れ出す。


 そしてタルクの出番が来たが、彼は優しくにこやかに微笑みながら画面に映ってきた。


『ごきげんよう皆様♡わたくしは――』


『今更キャラ作っても遅いぞ』


 コークにすかさず突っ込まれたタルクは盛大に舌打ちをかますと、やり直しと言わんばかりに役作りをしながら喋りだした。


『オレの名は榛陸唖理架。オレは男だ。なのに誰も信じてくれねぇ。……お前は信じてくれるよな!?』


 そう言ってカメラを両手で抑え込み、ドアップで叫び出した。

 よく思えば後半になるにつれムービーの主旨が変わっているがよくこれでオーケーサインが出たなと不思議に思う。


 一通り全員の自己紹介が終わった所でコークが切り上げるが、それを他のメンバーが止めに入った。


『おい待て。一位の貴様の紹介がまだではないか』


『そうだよ!』


 ラヴィッチがコークからカメラを取り上げると彼にピントを合わせた。

 そしてタルクが白妬とアイコンタクトを取ると、白妬はナイフを素早く、なるべくカメラに映らないようにコークの包帯目掛けて切り上げた。


『こーーんなにイケメンなんだぜー?』


『……っ!』


 包帯は見事に裂け、はらりと床へ落ちていく。

 白妬のナイフ捌きは相変わらず脱帽ものだ。

 コークは明らかに動揺しながら投げやりに名を名乗る。


『…ぃ、石黒沙檻だ。私と目が合ったら命はないと思え』


『なーに言ってるのさぁ!』


『本当は嬉しいんだろ兄貴』


 早く切り上げたいコークの周りでラヴィッチ達が騒ぎ立てている。


『私と関わったら死ぬから来るな』


『まったまたぁ!冗談下手になったなてめぇ』


 頭に怒りマークを付けたコークが何を言っても皆に茶化されてしまう。

 だが心なしか嫌でもなさそうなコークが居るのも事実。

 何だかんだで楽しんでいるのだろう。


 その時、カメラに()()()()()()()()()が映り込んできた。


『全く、一年はいい子ばかりなのにねぇ』


「……え?」


「……捺紀」


 そこには捺紀が映っていたのだ。

 一同はありえない映像に言葉を失う。


『……彼は三年の大河捺紀です』


『さっきのSMALLな子のお兄ちゃんだよー』


 捺紀はいつも通りの目を細めた笑みを浮かべて教卓に肘をついた。


「……存在を消されているのに何故映っている…」


「他の人がこれを観ると捺紀のシーンだけ省かれるとか?」


 捺紀はこの世から居ない事になっているので映像に映っている事自体がおかしいのだ。

 だが響の言う通り、他人が同じものを観たらそこだけカットされるようになるのではないかと結論付く。


『おい、せっかくだから目くらい開け』


『心外だなぁ、開けてるんだけど』


 コークに指摘された捺紀は困ったように眉毛を下げていた。

 糸目事情はよく分からない。

 あの戦闘の時は常時開いていたというのに。


「奴が目を開けなかったのは何か意味があったのか?」


「すっごいツリ目だったよね」


 白妬の問いに響が自分の目元を両指で引き伸ばしながら捺紀の真似をした。


「GODESTに関係してたか?」


「いやねぇだろ、目ェ開けたらかっこいいかもとかじゃね?」


「えー一気にアホらしくなってきた」


「ですがそれも捺紀様の素敵なチャームポイントですよね~」


 ハーモニーがそう言った所で卒業式が始まるチャイムが鳴った。

 丁度ムービーも終わったので電源を消して視聴覚室から出る。


「式の時間か!」


「急ご急ご!」


「コーク、ステージの上で代表として喋るらしいぜ!」


 駆け足で各々の教室へと戻って行った。


 ―――


「卒業生代表、三年B組石黒沙檻です」


 胸元に卒業おめでとうと書かれたコサージュを付けたコークが体育館のステージの上で挨拶を行う。

 包帯はさすがにしていなかった。


「まずは三年生が無事に卒業出来る事を大変光栄に思います。これも教員や友人、家族の信頼と優しさがあってこその事なので感謝の気持ちでいっぱいです」


 聞き取りやすいトーンでハキハキと話す彼を、何人もの女子生徒がうっとりしながら見ているのがわかる。

 こうして見るとコークは成績も優秀だし運動神経も抜群でスペックが高いから人気になるのも納得である。

 先生方も安心した眼差しで彼を見上げていた。

 コークは一通りの挨拶の言葉を言い終えると深呼吸し、突然予想もしない話を喋りだした。


「…そして……私は皆さんに謝ることがあります」


「……?」


 在校生として席に着いているナイチが何を言い出すんだと怪訝そうに眉を寄せた。


「私は二十二歳だ。しかし留年をし続けていた訳では無い」


「……おいおい、アイツ今ここで言うかそれ」


 コークの衝撃的発言に体育館内がざわつき出した。

 タルクも不思議そうに首を傾げながらも彼の発言を見守っていた。


「訳があったんだ。偽っていた事に関しては謝ろう」


 律儀に頭を下げるが生徒や先生からの動揺は収まらず未だに騒然としている。

 構わずにコークは話を続ける。


「だが、この学校生活は私にとってかけがえのない思い出となった」


「……」


 ハーモニーが胸に手をあてながらコークの言葉をしっかりと聞き取る。

 徐々に生徒達も落ち着きを取り戻し黙って彼の演説を聞いていた。


「転校してきた当初は正直憂鬱だった。何故この歳で、とも思ったし私は家庭の事情で学校に通った事がなく何もかもが分からなかったからだ」


「しかもモテすぎて困ってたもんね」


 響が他人事のように笑ってコークを見上げる。

 転校して間もない頃は毎日休み時間の度に女子に囲まれて質問攻めされて困惑していたのを思い出した。


「…けれど仲間と過ごし、私の心は変化を遂げた。どうしたものか、自分でも驚いている」


(アリーシャ隊全員が君の丸くなりっぷりに驚かされたっての)


 極悪非道な心の持ち主だったコークはアリーシャ隊と過ごしていく内に性格がどんどん丸くなっていき優しさを身に付けた。

 ラヴィッチが心中で突っ込みを入れる。


「沙檻の思い出話聞かせろー!!」


「思い出…か」


 段下に座っていたつつじに思い出話を話せと呼び掛けられ、コークは視線を上にやりながら少し考えた。

 彼はコークが年齢を偽って生徒に成りすましていた事に関しては特に何も気にしていないようだ。


「適当に挙げると…訳もわからん解決した話を持ち掛けられ巻き込まれたり、学校帰りに知らない奴に絡まれたりしたな」


(月の姫と…殿堂なんとかって奴のことか)


 彪の言う通り、今挙げたエピソードは月の姫と梨杏の事である。

 戦闘というワードを使わずに言葉を選んではくれているがあまりボロが出ない内に演説を切り上げて欲しいものだ。


「もちろん学生らしく仲間と遊んだりもしたし、喧嘩も仲間割れも当然あった。友人を失ったりもした」


「……っ」


 失った人物は梨杏と捺紀の事だと言うのは言うまでもない。

 彪が思わず声を詰まらせた。


「それでもめげずにやってきた。支えてくれたのも…私の仲間だ。………私は」


 そう言うとコークはしばらく黙り込んでしまった。

 白妬がどうした?と遠くから顔を伺おうとするが、コークは俯いたまま動かない。


「………私…は………」


 コークは瞳を閉じて転校してきてからのアリーシャ隊との思い出を振り返っていた。


 皆で転校してきて慣れない学校生活に悪戦苦闘した事。

 ナイチが気を利かせて料理を作ってくれて食べたものの不味すぎて気絶した事。

 梨杏が自分達を月の姫の仲間と勘違いして戦闘を申し込まれた事。

 解決した倭達への暗殺計画を今更持ち込まれ月の姫のミミと喪奈と戦闘をした事。

 白妬に告白された事。

 彪がタルクをシルクだと思い込んで現れた事。

 月の姫の側近の深優がアリーシャ隊の過去を見せてきた事。

 アリーシャ隊男子軍でラブホテルに言った事。

 月の姫特待生と戦った事。

 超特待生との戦闘に苦戦し、覚醒を覚えた事。

 捺紀と()()()に会った事。

 つつじの恋愛相談に乗った事。

 キャリアとの戦闘でGODESTが登場した事。

 理科の教師である都築に正体をバラされそうになった事。

 ラヴィッチとナイチが自分の母親と泣きながら戦っているのを眺めていた事。

 皆で夜の校内でサバイバルゲームをした事。

 未来が響と明日香を抱き締めて泣いた事。

 梨杏の暴挙を身体を張って止めた事。

 学園祭で柄にもなく楽しんだ事。

 ノエルとタルクの親子喧嘩を傍で見ながら加勢した事。

 記憶喪失になった事。

 マリファナに笑顔を見せた事。

 捺紀に進路相談に乗ってもらった事。

 梨杏がつつじを守り、死んだ事。

 大人のハーモニーが消失した事。

 サランに別れを告げられた事。

 キャリアの力で新たな能力を得た事。

 白花を倒した事。

 サランが死んだ事。

 捺紀と戦って死なせた事。


「……そうだ……私…は…………」


 アリーシャ隊含め、全校生徒がコークに注目していた。

 コークは声を震わせ、俯いていたがついに顔を上げた。


「…この世界が……仲間が…っ、好きだ……。心を…閉じていた、私を……いつまでも…たの、しませて……くれた……」


 彼は大粒の涙を流しながら泣いていた。

 まさか泣くと思っていなかったが、アリーシャ隊らはそんな人間らしいコークを見て安堵しながら微笑んでいた。


「沙檻ー!!!卒業おめっとさーーーん!!!」


「…!」


 演説の台を涙で濡らし続けるコークにつつじが快くおめでとうと声を上げ、拍手をした。

 すると彼に乗って、他の生徒からも拍手と歓声が上がりだした。

 コークは驚いた顔をしたが、優しい生徒の声に感涙し、更に涙を流しながらありがとうと感謝の気持ちを口にした。


 ―――


「いやー!ビバ平和って感じだな」


「コークがマジ泣きなんてサラン様の事以来初めてだよね」


 式が終わって下校の時間となった。

 早々に外に出たアリーシャ隊らは印象深いコークの演説の事で話題が持ち切りである。

 茶化されているコークはうるさいぞとそっぽを向いた。


「……ん」


 コークが向いた先に、見覚えのある人物がそこにいた。


「久しぶりだね、アリーシャ隊」


「…え……」


 舞い散る桜の花弁を払いながら登場したのは、捺紀だった。

 瞳をしっかりと開き、真っ直ぐにこちらを見ていた。


 ―――


「……ここは……」


 目を開くと目の前には青い空に白い雲が一面に広がっていた。

 おかしい、確かに自分はあの場所で彪の手を振り払って漆黒の闇へと墜落していったはずだ。

 そう思い、捺紀はゆっくりと身体を起こすがすぐに異変に気付く。


(雲の上に浮いている…?)


 まるで漫画の世界のようだった。

 空と雲が目前にあるのは、捺紀自身がそこにいたからである。


「……おれ、どうなったんだ…?」


 訳が分からないがとりあえずふわふわとした雲に手を付いて立ち上がった。


「捺紀」


「…っ!?」


 背後から名前を呼ばれ、瞬時に振り返るとそこにはGODESTの皆が勢揃いして立っていた。


「……白花…みんなも……」


 彼女らが一堂に会している事で捺紀は状況を察知し、うつむき加減に呟いた。


「…ということは、おれ…死んだんだ」


「今は魂だけが存在している状態だな」


 彼の呟きに答えたのはトウマだ。

 それに合わせてノエルも話しかけて来た。


「実体の捺紀は…ちと損傷が激しいぞ~?」


「私は見ちゃったけど…」


「う……なるべくは見たくないな」


 一つ雲の下にノエルがジャンプをして降りると、そこには実物の捺紀が横たわっていたが全身傷と血塗れで見るに堪えない姿だった。

 未来はそれを直視してしまったようで気まずそうに目線を外している。


「白花。おれは途中からGODESTとしての目的を躊躇っていた。その事をどうしても謝罪したい」


 捺紀は白花の方を向くと、真剣な表情で謝罪の言葉を述べた。

 それに対して白花は息を吐くように笑うと首を横に振りながら、良いんだと口にする。


「ごめんなさい」


「もう良いんだ。お前にはやはり充実した生活を送ってもらいたかった……はは、今更こんな事言われてもズルいよな」


「…………特に彪には」


 捺紀が彪の名前を口にすると、白花は少し寂しげに自分の掌を広げ虚しく握り締めた。


「…実の子をこの手で抱き締めた事もないなんてな」


「……」


 静まり返ってしまい、気まずい空気が二人を包む。

 気を遣ったのかマリファナがため息をつくと捺紀に近付き、何故か彼をぎゅっと抱き締め出した。


「私だって同じよ。仕方ないから貴方でガマンするわ」


「仕方ないって……」


「ほーらほら、ぎゅー」


(力強…!)


 振りほどこうにもマリファナの抱き締める力が異常に強く、されるがままの状態にさせられる。


「こらマリファナ、我より先を越すな」


「ぶぇっ!!?」


 すると白花がマリファナをじとっと睨むと、同じように近付き捺紀を取り返すように抱き締め引き寄せた。

 実の親なので特に感情は抱かないが、ふくよかな胸に押し潰されて息が出来なくなる。


「私だってコークを抱き締めたことないんだから」


「だからといって捺紀に迫るな」


 捺紀を挟んで二人が口論を始める。

 カンラがそれを宥めようとするが、厄介者の彼女達を止めるのは至難の業なのですぐに諦めて傍観していた。

 コークにこの状況を話したらどんな反応するんだろうと好奇心が湧いたが、そこで捺紀はゼウスの使い道の事を思い出した。


 あの時コークが言った願い事。


『私達の願いは、大河捺紀(おまえ)をアリーシャ隊として受け入れる!!だから帰って来い!!』


 意識が無くなる寸前、確かにそう言っていたのを思い出す。

 アリーシャ隊は捺紀を許してくれたのだ。

 そして戻って来てくれる事を願ってくれた。

 だけど、それなのに何故か捺紀は白花達の元にいる。


「…ねぇ、おれは……死んだんだよね」


「…あぁ、確かに死んでいる」


 白花の確信あるその言葉に捺紀は唇を噛んだ。

 生きて帰ることを望まれても、ゼウスの効果で彼は生き返れなかったという訳だ。


「だがな、人の記憶から完全に忘れられたその瞬間が、初めて死んだという意味になるんだ。だからお前はまだ生きている」


 まだ諦めるなと言っているようなその言葉に捺紀は笑って返した。


「だったら母さん達だって死んじゃいないさ」


 白花達は優しく笑って捺紀を見つめていた。


 すると一瞬、目が眩んだが再び開けると白花達の姿はなく、今度は響の妹の明日香がそこにいた。


「貴方が噂の捺紀君ね」


「君は…響の妹さんか」


「こんにちは」


 朗らかに捺紀を見て笑いかけてくれた。

 こうして見るとただのお淑やかな女子中学生にしか見えないが兄への愛情が凄まじいのだから、人は見た目だけでは判断出来ないという言葉は全くその通りだと思う。


「兄さんに上の世界でも愛してるわって伝えておいて?」


「やっぱりブラコン極まってるんだね」


「ほら、真奈さんも。何か言っておいたらどう?」


 明日香の目線の先には真奈がいた。

 彼女は捺紀に背を向ける形で立っていたが、素っ気なく別に無いわとだけ返した。

 だがすぐにこちらを顔だけで振り返り、キツく睨み付けながら捺紀に文句を言った。


「めんどくさい立ち位置にいて、アリーシャ隊を巻き込んで……このまま死ねばいいんじゃない?」


「……!」


 その言葉が凄く胸に刺さってしまった。


「こら、真奈さん……」


 明日香が真奈に謝りなと促そうとしていたが、彼女は大きく聞こえるように舌打ちしてその場を去ろうと歩み始めた。


「……ハーモニーが、ずっと後悔してるらしいよ」


「…は?」


 捺紀がハーモニーという名を出すと、真奈はすぐに食い付き足を止めて振り向いた。


「君が…鎖椰苛ちゃんのような性格の友達が欲しいってサランに頼んだのにハーモニーが出来上がったから。『私なんて、性格が真逆な機械人形で…』って…」


 そこまで言うと真奈はバカハーモニー!!と声を張り上げながら捺紀に掴みかかった。

 勢い余って眼鏡が飛んで行ったが気にも止めていないようだ。


「そんなこと……思う必要ない…!あの子はあたしにとってかけがえのない友達で……!」


 正直な気持ちを吐き出してくれた真奈を、明日香は微笑ましく眺めていた。

 今更ハッと我に返り捺紀を見上げた真奈は瞳を潤ませて顔を真っ赤にしている。


「それも伝えておくよ」


「~~~~!!」


 亡くなった彼女らの思いをアリーシャ隊に伝える為にも、捺紀は必ず生き返らなければならない。

 意志が固まったがどうすればいいか分からず途方に暮れていると、傍にいた明日香達はいなくなっていて代わりに別の女性が捺紀の目の前に現れた。


「え…あれ?貴方、大河君!?どうしてここに…!?」


「殿堂さん……」


 お互いが知らないはずはなかった。

 梨杏と捺紀は同じクラスだからだ。

 そして彼女は捺紀が黒幕だということを知る由もないのでここにいる事に驚きを隠せない様子である。


「…おれ、負けたんだ。アリーシャ隊に」


「っ!?貴方まさか……白花(あの女)の仲間…!?」


 梨杏が瞬時に捺紀から距離を取り身構える。

 察しがいいな、と捺紀はこの際だから梨杏にも状況を教えてあげることにした。


「あぁ、所謂ラスボスってやつかな。兼、君のいうあの女の息子」


「…え?じゃあ、弟くんも…?」


「いや、アイツは違う。最後まで何も知らなかったただの弟だよ」


 梨杏は彪も敵だったのかと疑問視したが、それは違うと捺紀に首を振られる。


「まぁ、彪含むアリーシャ隊と戦って負けたんだけどね」


「じゃああの女も……負けたのね?」


「あぁ、死んだよ」


「……実の息子を前にして喜んでいいのか複雑だわ」


 それでも梨杏は安堵したようで少し表情が和らいでいた。

 彼女はどうしても聞きたかった事を捺紀に質問した。


「……つつじ君は、元気?」


「彼なら変わらず元気にしてる、ただ……」


 捺紀は梨杏に現状のつつじの事を嘘偽りなく伝えると、ショックを受けたのか膝から崩れ落ちてしまった。


「…私が……死んだから…私の事を知らない……?」


「君が死んだ事を厄介事にならない為に記憶改竄したんだけど、雅は一般人だから……覚えていない事になっているんだ」


「……わかってる、わ」


 学校に通っている生徒が突然死んだと聞かされれば周りは騒然としてパニックになるだろう。

 だから真奈の時のように記憶改竄の術を使ってアリーシャ隊の関係者以外から都合よく記憶を消し去ったのだ。

 理解していると言いつつも明らかに受け止めきれていない彼女に、捺紀が近付いて目の前にしゃがみ込む。


「…あれから彼、合コン行ったり積極的に女の子に声掛けに行ったりして出会いを求めていたみたいなんだけど、未だにフリーなんだよ」


「……?」


「彼、何て言ってたと思う?『僕にふさわしい女の子が()()()以外見つからなくて……って、何言ってるんだ僕』って」


 そう言うと、梨杏は涙を溢れさせてえぐえぐと泣き出してしまった。

 つつじは、梨杏を覚えていないがかすかに記憶が残っていたようでたまにそのような事を口にするのだ。

 安心して嬉し泣きする梨杏は、少し一人にさせてと顔を赤らめながらあたふたしている。


「良かったね」


 そんな彼女に背を向けて捺紀は静かに立ち去った。


 雲の上を散歩するように一人で歩いていると、背後から幼子の声で呼び掛けられた。


「あの……」


「…!君達は」


 振り向くと真下に双子の幼女二人が並んで立っていた。

 クルー姉妹だ。

 一人は両手を挙げて陽気に飛び跳ねていて、一人はお淑やかに捺紀を見上げて会釈していた。


(うーん見分けがつかない)


 直接関わりが無かった為捺紀はどちらがパーラかソーラか分からなかった。


「大人しい方がパーラで、大人しくない方がソーラよ」


「……サラン」


 ご丁寧に説明してくれたのはサランだった。

 彼女が来た事が嬉しかったのかクルー姉妹はサランに抱き着いた。


「君は白花達に会ってないのか?」


「え、なに…あの人達もここの世界にいるの?」


「そこから転々と移動してきてるんだけど…おれ」


 白花の名前を出すと、サランはあからさまに嫌そうな顔をした。

 そして捺紀をじっと見つめて少し黙った。


(彼が…彪君の兄で、白花の息子で……最後の敵)


(この人がアリーシャ隊のリーダーで……コークの元カノ)


 捺紀も捺紀でサランを見つめ返してそんな事を考えていた。


「ねーサラン様、このお兄ちゃんがボスだったのー?」


「でもここにいるということはアリーシャ隊の皆さんが倒したって事ですよね」


「スパッと言うね」


 ハッキリと言われ苦笑いする捺紀にクルー姉妹は嬉しそうに仲間入り~と手を取り合う。


「残念だけど、彼はここに相応しくないのよ」


「えーー!?」


 ここにいてはいけないというような意味にも取れる言葉に主にソーラが大きな声で驚くが特に気にも止めずサランは捺紀を一瞥して自慢げに笑った。


「残念だったわね、捺紀君。アリーシャ隊は強かったでしょ」


「あぁ……GODESTにはないよ、あんな団結力」


 GODESTは目的は同じだが、一人一人がバラバラに行動していたのでアリーシャ隊の団結力を見て尚更羨ましいと思っていたのだ。


「これからあそこの輪に入るという覚悟は出来てるの?また悪さしたら今度こそ戻れなくなるわよ?」


「そんなことしないさ。おれはアリーシャ隊に入りたくて入りたくて仕方がなかったんだから。彼らと一緒にいた時間が……おれの幸せだったんだ」


 捺紀の正直な気持ちを聞いて、サランはしみじみと嬉しさを噛み締めるように目を細めて微笑んだ。


「……なら平気ね」





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