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1月4日

 

『うぅ……ひっく……兄ちゃん……っ』


『どうしたのー?彪』


 彪は昔から泣き虫だった。

 学校から帰ってくれば一人で部屋の隅で泣いている事なんて結構あったし、捺紀はその姿を見ては慰めていた。

 彼が泣く理由は一つ。


『な、んで……俺達のママは……っ、いないんだよ……っ』


『……!』


 きっと学校で親がいない事をクラスの人に茶化されたのだろう。

 彪は人前では絶対に泣かない子だったから何か言い返して帰ってきたのだろうけど、我慢がきかなくなり家で泣いていたようだ。


 捺紀は彪を安心させるように優しい声で、彼の胸にトンと触れた。


『大丈夫。おれ達のママは……ここにいる。お兄ちゃんを信じて?』


 彪が不安定になった時はいつもこうして言い聞かせていた。

 捺紀がそう言うと彪は渋々分かったと頷いてくれて泣き止んでくれるのだ。


『…………』


 場所は変わってGODESTの塔内。


 捺紀は目の前の()()()()()()を見つめて声を掛ける。


『……()()()


 その声は驚く程に低く暗いものだった。


『いつまで彪にママは生きてる(隠し事)すればいいの?』


『生涯ずっとだろ。ゼウスでアリーシャ隊の願いを叶えてからもずっと秘密だ』


 返された言葉の内容に、捺紀はため息をついた。


『それにしても……サランの手によって強くなった我が子と戦って、()()()願いを叶えさせるなんて、親バカだよな』


『……』


 白花は負けて、と口にした。

 この計画はそもそもアリーシャ隊を必ず勝たせるように仕向けられていたのだ。

 もちろん全力で戦うが、白花はアリーシャ隊が絶対に自分達を越えて勝つものだと確信している。

 彼女の言った通り、親バカすぎる計画なのだ。


 そしてそのゼウスというものは捺紀そのもので、アリーシャ隊が勝つということは捺紀が死ぬという事だ。

 それも理解しているが、捺紀は心の中でやはり納得はいっていなかった。

 アリーシャ隊の願いのせいで自分が命を落とさなければならない。

 いくら白花の計画とはいえ、不信感は募る。

 それに、もし自分が死んだら、彪は?


『……ねぇ母さん。もし、GODESTが勝ってしまったら、願いは好きに叶えていいの?』


『あぁ、それが出来るものなら、な』


 白花の返事は適当なものだった。

 まるでどうせ勝てないからと言っているような口振りで。


『……とにかく、捺紀のやることはGODESTに従うことだ。彪には関わらせない』


『……おれが、彪の代わりに……』


 母親の役に立つ。

 彪が出来ない事を自分がやり遂げるんだ。

 おれはゼウスだから。

 そう捺紀は言い聞かせて心を鬼にし、GODESTと自宅の行き来を彪にバレずに行ってきた。


 そして一昨年の出来事。


『これが……アリーシャ隊』


 捺紀はモニターで、勢揃いしたアリーシャ隊を興味深そうに眺めていた。

 住まいも生い立ちも何もかも違う彼らがアリーシャ隊として結束した。

 だが組織内でグループが作られているように感じ、一致団結しているようには到底見えなかった。

 そんな彼らといずれ戦うことになる事に捺紀は少し高揚していた。


『母さん、いつ彼らと戦うんだい?』


『およそ一年後だろうな』


『え、そんな先?』


 今すぐにでも戦うものだと思っていたから捺紀は驚いて白花を見た。

 彼女が言うには、アリーシャ隊はまだ強くなれる力を秘めているはずだから、組織がしっかり団結して更なる強さを手にした時に挑もうと思っているようだ。


『それにサランがちょうどいい対戦相手を見つけたようだしな』


 それは紺野ライム達魔術師の事だ。


『この人達は、おれ達がこんな事を計画しているなんて……』


『知るわけもないだろう。ひとまずは奴らの争いが終わるまでは何も起こすな、いいな?』


 アリーシャ隊の目的が済んだら、GODESTの番だと白花は言う。

 まるでアリーシャ隊は白花の手のひらの上で転がされているようで無様に思えた。



 そして白花がアリーシャ隊に負けた日。

 塔の上から落下した白花を、捺紀は地面に落ちる寸前で拾い上げていた。


『……どうせもう、朽ち果てる身だ。我を助ける必要等ないぞ?』


 白花は両眼が見えていない状態にさせられていた。

 だが抱きかかえられた時にふわりと感じた()()()の匂いで捺紀だとすぐに理解したようだ。


『良いだろ、少し思い出話にでも付き合え白花』


『……まぁいい』


 捺紀はもう白花を母さんとは呼んでいない。

 そして話し方から何処か彼の方が白花よりも上の立場のようにも感じる。

 捺紀は最期に、白花と話がしたかったのでこのタイミングで現れたのだ。


『それにしてもあのタイミングで出てくるのは流石に鬼だぞ捺紀』


『あぁ、あんな悲惨な状態になっていたのは驚いたな』


 捺紀の台詞とは裏腹にあまりそう思っていないような口振りである。


『おれは幼い頃から白花、お前に従ってきた。だが今はおれが()()()()の立ち位置にいる』


 ある時をきっかけにGODESTの長は捺紀に塗り替えられていたのだ。

 だから捺紀は白花よりも立場が上になり、あの時のラヴィッチを拉致した時のように、白花に攻撃をやめろと命令する事も出来ていた訳である。


『おれは白花を越えたかったから、GODESTに戦いを挑み、()()()()()()


 捺紀は気が付けば母親よりも強くなりたいという願いを持つようになった。

 GODESTのリーダーとして昇格する為に、捺紀はカンラ、トウマ、未来、ノエル、マリファナと一対一で戦い勝利した。

 そして白花とも戦い、勝利を手にし、リーダーの座を譲って貰ったのである。

 カンラ達は、GODESTのリーダーは白花だと言い張ったが実際に捺紀と戦って負けてしまったので潔く認めてくれた。


『おれはマリファナ達だけでなく、自分の母さんをも越えられたんだと凄く嬉しかった』


『そうか、だが平気か?お前が最後の決着をつける事になるんだ、負けられないぞ?』


『……正直、殺す気で戦うのは嫌なんだが……』


 これは嘘偽りない本音だ。

 捺紀はアリーシャ隊に関与しすぎた。

 今まで仲良くしてきた彼らと殺し合いをする事になってしまうのは胸が痛んだ。

 白花の言葉に捺紀はゆっくり首を横に振った。


『だが、アイツらを神にする為だ。ゼウスで願いを叶えさせる為にもおれは全力で相手をする』


『頼もしいな』


 どうせ死ぬ身だがアリーシャ隊と全力でぶつかる為にも良心は振り払う。

 すると白花の身体が徐々に透けて光の粒となっていっている事に気が付いた。

 白花は捺紀を見上げると、目を細めて笑った。


『ありがとう……我はお前が強く頼もしく育ってくれて、母親としてとても嬉しく思うよ』


『……あ』


 それだけ言うとすぐに消えていってしまった。

 軽くなった己の腕を見下ろして、残念そうに捺紀は息を吐く。


『母さんにおれの願いを伝えそびれちゃったな』


 誰にも言う事の無かった捺紀の願い事である。



「……白花が……俺達の母さん、だって?」


 静まり返った空間の中で彪の声がか細く響いた。

 捺紀の発言に、彪が信じられないといった表情で呟いていた。


(嘘だと言いたいが可能性はゼロではない……)


 白妬がその衝撃的事実について、口元に手を当てながら考え込んでいる。

 白妬の母親は白花だからだ。


「白花は、白妬さんの母さんじゃないの……?」


 ラヴィッチの問いに白妬は表情を曇らせつつも頷いた。


「私は奴に人間としての形を作ってもらっただけだからな、母上と呼んでいたがそれは通称だ」


 そう。

 白妬は別に白花の腹から生まれた人間ではないのだ。

 元々ただの魂だけの存在だった彼女を人間に作り上げたのが白花だったというだけで当然血も繋がっていない。

 つまり捺紀の話は本当だという事にもなる。

 今更ここで彼が冗談を言うとも思えない。


「……俺、一度も…母さんって……呼んでねぇよ……」


 彪は俯きながら唇をわなわなと震わせていた。

 表情が伺えないが、きっと今にも泣きそうなのはその声で分かった。


「母さんの事も……GODESTの計画が俺にバレないようにする為に……隠してたんだな……」


「あぁ、そうだよ。でも彪はシルクと偶然関わりを持ってしまって、その後にアリーシャ隊とも関わってしまった。それは予想外だったけどこの際仕方ないって彪もアリーシャ隊と一纏めにしていたんだ」


「…………なつき兄は……俺を裏切らないって……信じてたのに……」


 未だに声音が変わらない捺紀に、彪は苛立ちを通り越して呆れてしまっていた。


「絶対に母さんはいるって信じて……待ってたのに……。俺とお前で……母さんがいないって何度も一緒に泣いたこともあったじゃねぇか……」


 それも全て捺紀の演技だったと言う訳である。

 口にすればする程許せなくて言葉が止まらない。

 冷静さを取り乱しかねないが、捺紀にぶつけたい気持ちがありすぎて口が止まらないのだ。


「俺も……アリーシャ隊(こいつら)も……当たり前の生活を送れたかもしれねぇのに……なつき兄は白花達のくだらねぇ策略を優先しやがって」


「……」


 捺紀は、反論する気はないのだろう。

 黙って彪を見つめながら言いたい事を全て聞いてくれるようだ。

 彪はラヴィッチとナイチをチラッと一瞥する。


「ラヴィッチだって…いつまでも優しい母さんと一緒に居たかっただろうな。ナイチも、怖そうな母さんだけどまだまだ教わる事、沢山あっただろうよ」


 彪が想像した光景は、ラヴィッチとカンラが仲良さそうにショッピングをしている姿だ。

 カンラに無理やり連れられて、嫌々ながらもどこか嬉しそうに彼女の背中を追いかけるラヴィッチの姿。

 それと、トウマに料理を教わるナイチの姿。

 もしかしたらトウマのおかげで料理上手になってたりしてなんて考えて心中で笑った。


 順番に響とタルクとコーク、ハーモニー、白妬にも目線をやった。


「響だって、病んでるとか関係なしにこんな計画が無ければ……妹とも楽しく暮らしていた。タルク姉貴も、シルク姉様と一緒に居られたはずだ」


 響と明日香が仲良さそうに夕飯の買い出しに行っている姿を想像した。

 愛情の度合いが色々と狂っている二人だが、傍から見ればとても仲のいい兄妹である。


 そしてタルクとシルクがこれもまた仲良さそうに走り回っている光景。

 それを離れた場所からノエルが呆れながら笑って眺めている姿が目に見えた。


「…コーク兄貴も、心の底からもっと笑う事が出来たに違いない」


 この計画が無ければ、コークはマリファナに人体改造され心を閉ざす事は無かったはずである。

 彼の心からの笑顔を見たかったなと残念に思った。


「ハーモニーは、サランや他の死んだ仲間が生きていたら……更に優しい心を持って人間に近づけたかもしんねぇ」


 親友だった真奈や遊んでくれたクルー姉妹はGODEST関係なく戦死したが、大人に、人間になりたいというハーモニーの思いを汲み取ってくれたかもしれない。


「白妬は…白花に作られたっつってたけど、暗殺を目的にしない生き方を見つけていたら、自分を見直せただろ」


 白妬はライムや緑、レイを暗殺する為に作られた存在だ。

 当時のサランの目的を知って白花が黒花白妬という人物を作り上げたのだが、もしも誰かがそれを止めていたら通称殺人鬼の名も付けられることが無かったはずだ。


 各々別の人生の歩み方があったが、その道を消されてしまった。

 だが、捺紀が白花達を止めていたら、叶っていたかもしれない日常だった。

 捺紀は幼い頃から白花の傍で計画を見守ってきたのだから、それが出来るのは彼しかいないのである。


「……何が……俺を守ってやるだ……。何が……お兄ちゃんを信じな、だ……」


 考えれば考える程捺紀に対して腸が煮えくり返る思いが込み上げてきてしまう。

 彪はもう精神的に限界が来て、ついに涙を流しながら捺紀を睨み付けた。


「俺の人生を狂わせたのも…ッ!!!アリーシャ隊の日常をぶち壊したのも…ッ!!!全部…!!!全部お前のせいだ!!!!!お前が白花…母さんを止めれば…っ、こんな結末にはならなかったのに……っ、頭良い癖に何で……んなことが…わかんねぇの……」


 溢れる涙が止められない。

 だが捺紀に言いたい事をぶつけきらないと満足がいかない。

 捺紀の瞳は動揺の色を表していた。


「俺だって……っ、母さんって……呼びたかった……!!!学校の奴らみたいに当たり前に家族と居たかった……!!!」


 彼の声だとは思えない程に弱々しい嘆きの声音だった。

 響が彪の肩に触れて宥めるが、大丈夫だと言って捺紀へ一歩近付いた。


「なつき兄なんか……てめぇなんか大嫌いだ!!!!!」


「……!!」


 捺紀は、泣きながら彪に面と向かって嫌いと言われ目を大きく見開いてあからさまにショックを受けていた。

 そして彼もまた弱々しい声で小さく、違うと何かを否定した。


「違う……お、れは……お兄ちゃんは……っ、ちが……本当は……ぁ、ああぁ……あああぁあああぁ!!!!!!」


 錯乱状態に陥り頭を抱えながら叫び声を上げて涙を流していた。

 そんな捺紀の姿をアリーシャ隊が後ろから見ながら彼の言った気になるワードを口にした。


「本当は…ってどういう意味だ」


「大河捺紀は何かを隠しているようだな」


 聞き出したいがあのように絶叫されては話もマトモに出来ないだろう。


「だったら力づくで戦って話聞くしかねぇな!あれじゃあ何しでかすかもわかんねぇぞ?」


「その必要はないな」


「コーク様……?」


 タルクが刀を構えたがそれはコークに止められてしまった。

 彼の視線は彪へと向けられている。


「大河彪が、終わらせてくれるさ」


 台詞だけ聞けば投げやりに言っているようにも思えるが、コークは彪を信用しているからこその言葉なのである。

 捺紀は恐らくこれ以上戦う余力は残っていないはずだ。

 あとは兄弟で何とかしろ、という訳だ。


「……彪……彪ァアアアアアッ!!!」


 捺紀はその場に落ちていたマネキンの手首を掴むと、それを持って彪へ接近し、思い切り振りかざした。


「……なぁ、もう良いだろなつき兄」


 彪は目を伏せていた。

 捺紀を宥めるようににへらっと笑っている。


「普通の生活に戻ろうよ……なつき兄」


 再び目を開けた。

 優しい表情なのに、涙が溢れていた。

 マネキンの指先は、もう彪の目前まで迫っている。

 時間が無い。もう間に合わない。


(彪……君はよく泣いた後は笑っていた。でも、笑った後は……泣いていた)


 捺紀は走馬灯のように幼い頃からの彪を思い出していた。


(おれのせいで彪は……)


 だが振り返るにはもう遅すぎる。

 マネキンが突き刺さった。


「大河ァアアア!!!!!」


 しかしそのマネキンは地面に突き刺さっていた。

 捺紀と彪のちょうど間に突き立てられ、境界線のように地面に亀裂が走っている。


「捺紀……貴様……!」


 彼は彪に突き刺す寸前で止めたようだ。

 己の意思で。

 だがその行動は、まるで自分がアリーシャ隊らから離れるような意味にも取れるので捺紀の言葉を待つ。

 亀裂は徐々に広がり、今にも崩れていきそうだ。


「…普通の生活に戻るのは君達だけでいい」


「……なつき兄……?」


「いいよ、教えてあげるよ。おれの願いを」


 捺紀は吹っ切れたような表情でアリーシャ隊らを一瞥した。


「まず、アリーシャ隊を神にして願いを叶えさせる、これがGODESTの計画。でも、命が掛かってる事なのに平穏に過ごしてる君達に少し腹が立って……アリーシャ隊を服従させて支配して蹂躙してやるって……おれはそう願うようになった」


「さらっとすげぇこと言うな」


 タルクが思わずツッコミを入れるがそう思うのも仕方がない。

 それにGODESTの計画などアリーシャ隊は知る由もないのだから平穏に過ごす事に対して憤りを感じられてもどうしようも無い。


「……だけどおれ、君達といた時間のせいで良心を持っちゃってたんだ」


 自嘲気味に笑って捺紀は顔を俯かせたが一度深呼吸をするとすぐに顔を上げた。

 その彼の顔を見て一同は驚いた。


「おれの願いは……アリーシャ隊に入ってみんなと……一緒に居たい……それだけ」


 捺紀はそう言うと堪えきれなくなったのか涙を一気に溢れさせた。

 手で拭うが抑えきれず濡らし続けている。


「みんなと仲良く遊んだり……戦ったり……っ、したかった、だけ……なんだ……!母さんに……言いたかったよ……でも言えなかった……あの人はおれに期待してたから……裏切りたくなくて……っ……こうするしか…無かったんだよ……!」


 捺紀はアリーシャ隊に入りたいという願いを持ってしまったが、結局白花に打ち明けられず邪念を捨てて戻れない所まで来てしまったという訳だ。

 嗚咽を混じらせながら、血と涙が混ざった水滴を床に落とした。


 捺紀の本当の気持ちを知ることが出来たが、GODESTのしてきた悪事があるのでアリーシャ隊も整理がつかず声を掛けられずにいた。

 冷静を取り戻した彪が、どうしても聞きたかった事を捺紀に問い掛けた。


「……一つ、聞いてもいいか……なつき兄」


「……っ、なに……?」


「せめて白花(母さん)の名前くらいは……教えてくれねぇか」


 白花という名前は通称だ。

 彪は自分の母親の名前だけは忘れずに記憶しておこうと捺紀に聞いた。

 捺紀は少し目を開いたが、すぐに目を細めて優しく彪に言葉を返した。


「大河(はく)、だよ」


「……!」


 そう言ったのと同時に、捺紀との間に入った亀裂がついにヒビ割れ、バキッという音と共に崩れ出した。

 捺紀側の方の地面が歪み、今にも崩壊していきそうである。


「ちょ、捺紀……!」


「ラヴィッチ。いつも委員の手伝いをしてくれてありがとう。君の気遣いは本当に嬉しかった」


「……そ、んな……っ!」


 捺紀がラヴィッチを見て申し訳なさそうに力なく笑った。

 その話し方がまるで最後の挨拶のようで、彼がまもなく死んでしまうと察してラヴィッチは震えながら涙を流した。

 今更ながら白花に拉致された時に捺紀が止めたのは、ラヴィッチを殺したくなかったからなのではないかと思えてきた。

 アリーシャ隊に入りたいと心の隅でそう願っていたのなら、誰かが欠けたらいけないという良心があったから、止めてくれたのだろうか。

 聞きたいが、時間が無い。


「ナイチ。何事もハッキリ言える君の性格は見習いたかった。おれがこんなんで、ごめんね」


「貴様……!!馬鹿な真似はよせ…!!」


 ナイチが心からの叫び声で捺紀を呼び止めるが彼はこちら側に来てはくれなかった。

 捺紀は料理がとても上手なので、ナイチはよく彼に料理を教えてもらっていた。

 何故男なのにそこまで出来るのかと以前問うと、成長期彪の為だよと笑って返された。

 仲の悪そうな兄弟だと初めは思っていたが、双方が思いやりをきちんと持っているんだと少し見直した。

 そんな思いやりを持っているのならば、消えるんじゃないと捺紀の目をしっかりと見て訴えかけるが適わなかった。


「響。いつも彪と仲良くしてくれてありがとう。おれが消えても……ずっと、仲良くしてて欲しい」


「…なに、言ってるの?捺紀……!消えるなんて言わないでよ……!」


 亀裂の隙間から見えたものは漆黒だった。

 パラパラと瓦礫が落ちていき見えなくなっていく。

 捺紀もそこに落ちていくんだと思うと恐ろしくなり、響は必死に捺紀に嫌だと声を掛けた。


「ねぇ、捺――」


「コーク」


 しかしそれは捺紀の冷静な声で遮られてしまった。


「同じクラスで楽しかったよ、君の話すアリーシャ隊の話題は本当に興味深くて面白かった。より一層仲間になりたいと思うくらいに」


「……」


「クラスは二人消えてしまう事になるけど……卒業しなよ」


「……」


 コークは終始無言だった。

 よく彼は捺紀にアリーシャ隊の事を話していた。

 もちろんGODESTの事ではなく、彼らとこんなことをした、どこに行った、何を食べた等、本当に他愛もない会話だった。

 コークは唯一一人だけ高校三年生なので話し相手が居なく、当初はそれで良いと思っていたが捺紀が気軽に話しかけてきたので所謂友達のように関わりを持っていったのだ。

 殿堂梨杏がいなくなり、彼も消えてしまう。

 コークは信頼出来る友人を二人亡くすことになる。


「タルク。いつもパワフルで元気な姿を見せてみんなを安心させてあげてね?君の変わらない態度は時にアリーシャ隊を助ける力になっているはずだよ」


「てめぇ……っざけんな……!!」


 タルクは涙を隠すこと無く頬から流し、捺紀を睨んでいた。

 彼は彪の気持ちを汲み取って何としてでも止めたいと思っていた。

 兄弟を失う辛さを身をもって経験しているからだ。

 だが心のどこかで、手遅れだとわかっている。

 だからこそもどかしいこの気持ちをぶつける所がなく、タルクはクソ!!と声を上げて唇を噛んでいた。


「ハーモニー。どんな時もおれの味方になってくれてありがとう。君の純粋な良心、大切にしなよ?」


「なつ、き…様……」


 ハーモニーは口元に手を当てて、ふるふると首を横に振っていた。

 彼女は捺紀の変わらない心の寛大さにどこか憧れを抱いていた。

 色々な彪との世間話を聞かされる事もあったが決してハーモニーは否定せず、親身になって話を聞いていた。

 それが捺紀には嬉しかったのだ。

 元々敵側だったアリーシャ隊にも良心を持つ者がきちんと居たのだと。

 もちろん全員が優しい心を持っているがハーモニーはそれに包容力も兼ね備えていた。

 捺紀は彼女を機械だと初めから知っていたが、人間顔負けだなといつも苦笑いしていたのだ。


「白妬。厳しく容赦ない戦法でみんなを圧倒させる力、勇ましさ、羨ましかった。おれにもそういうのが出来たら良かったな」


「……くそ……っ!」


 白妬は捺紀に背を向けて涙を堪えていた。

 彼女の戦う姿勢はGODESTの塔でモニター越しに見ていたので捺紀は把握している。

 白妬の遠慮のない素早い戦法を見ては羨望していたのだ。

 白花に作られた人物だからこそそれなりの戦闘力を兼ね備えていたのかもしれないが、勇ましい所はどこか白花に似ていて親近感を密かに抱いていた。


「……そして、彪」


「……!」


 最後に捺紀は彪を見た。

 物凄く柔らかな微笑みを浮かべていた。


「GODESTの事でおれがなかなか家に帰って来れなかった時も……って、彪は知らなかっただろうけど、必ずおれの分までご飯作っててくれてたよね。彪の優しさを利用して、ごめん」


「…いい加減にしろクソ兄貴!!!これから死ぬ奴みてぇな台詞言うんじゃねぇよ!!!こないだのサランの二の舞にゃさせねぇからな!!!」


 彪は捺紀の一方的な告白に苛立ち、今にも胸倉を掴みかかりそうな勢いで怒鳴った。

 彼に賛同してナイチとラヴィッチも声を掛けた。


「俺達が貴様を殺すと思っているのか!?」


「そうだよ!自分から死のうとしないでよ!」


「……や、めてよ……っ……優しく……しないで……」


 アリーシャ隊の優しさが今の捺紀には辛いようだ。

 頭を抱えてまた涙を流し、投げやりに叫び返す。


「おれはもう死ぬんだから……!!!早く願いを言ってよ…――ッ!!!!」


 しかしその時、捺紀の足元の床が崩壊した。

 無防備にバランスを崩し、膝から崩れ落ちていく彼は力なくアリーシャ隊らに手を差し伸べていた。


「捺紀ーーーーーーッ!!!」


「――させるかッ!!!」


「……!」


 捺紀が暗闇へと落ちていく寸前。

 彪がその手を取った。


「あ……き、ら……」


 見上げた彪の顔は、一生懸命になって捺紀を落とすまいと必死に力んでいる表情だった。

 しかし男一人を片腕だけで吊り上げるのは困難だ。


(あんなに弱かったのに、おれを落とさないように掴んでくれている……。こんな、出来損ないのおれを……)


 心が温かくなった。

 捺紀はニコリと笑うと、その手を思い切り振り払った。


「な……っ!」


「その腕は…おれじゃない、みんなを守る為に使うんだ」


「なつき兄……!!」


 捺紀は落下しながら腕を広げると、光が放たれ菱形の黒い物体が彼から透き通るように浮かび上がった。

 あれがゼウスだ。


「コーク!!」


「あぁ!」


 タルクの呼び掛けにコークが頷き、前に出た。


「大河捺紀!私達の願いは―――」





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