4月22日、4月29日、4月30日
―四月二十二日―
夜九時を回った所だろうか。
コークは人のいない住宅街を歩いていた。
サランが別の世界に行ってから何処と無く元気がなかったコークは、気持ちを紛らわす為によく散歩に行くようになった。
「……?」
誰もいないはずなのに何かの気配がする。
しかし足を止めると誰もいない為静寂に包まれる。
後ろを振り返ってみるも当然人の影すらない。
「……気のせいか」
ただの気のせいだろうと踵を返し再び歩き始める。
「……とでも言うと思ったか」
「……!?」
コークは瞬間移動をしてその気配がした人物の前に立ち、身体から瞬時にコードを出し相手に突き刺した。
「……っぐ……」
「何故付いてきた」
コークは初めから気付いていたのだ。いきなり行くと向こうに気付かれ逃げられると思い、敢えて気付いていないフリをしていた。
そして腹部に思い切り突き刺したコードを引き抜き、壁に追いやり女性の首を掴み上げながらそう問いかける。
しかしどうやら彼女はただの人間では無さそうだ。
壁に押し付けた衝撃で髪の毛が一瞬舞い上がったのだがその際に見えた耳が人間の物とは違う形をしていたのだ。
先がとんがっていて、まるでエルフのような。
「……っ、月の……姫は……っぐ、貴様らを…………っ、こ、ろしに……行…………」
女性は、思いもよらない言葉を残して息絶え姿を消した。
「……月の姫……だと?」
暗闇の中、コークのその言葉だけが木霊した。
散歩を中断し、すぐに自宅に戻りアリーシャ隊全員をリビングに呼んで経緯を話した。
「月の姫って……確かサラン様が……」
「何故だ……あの方がいるのに……」
響もナイチもとても驚いた様子だ。
それも当然である。月の世界にはサランがそこのリーダーの補佐役として傍にいるはずなのだ。
「平和になったと思ったらこれかよ……まぁいいけど」
タルクはせっかく平穏を取り戻したと思ったらまた事態に巻き込まれる事に落胆している。
「サラン様はきっと……正しい考えをお持ちのはずです~!何かの間違いです~っ」
「……うん、僕もそう思うよ」
ハーモニーもラヴィッチも、サランは絶対に悪い事をしないと信じている。
それは、彼女と戦ってきちんと戻ってきてくれたことが証明しているのだ。
「……やはりな」
そして白妬は自分の予感が当たったことに茫然自失していた。
「ま!来たら来たでぶっ飛ばそうぜ!先に宣戦布告してきたのはそっちだしよ!」
「それで済めばいいが…」
コークの頭は正直混乱していた。愛するサランのいる世界の人物から宣戦布告を受け、殺しに行くとまで言われてしまった。
しかし受けた以上はこちらも殺られる訳には行かないのだ。向こうからやってきたら当然叩きのめすまでだし、その覚悟は出来ている。
―――
「あら~?月の姫は何してるなのよ~!?」
月の世界の女王、キャリティ・リトル・アームモイストは何も知らなかった。
悪さをしている一部の月の姫の動向をモニターで監視していたが、まさかアリーシャ隊に矛先が向いてしまっていたとは思ってもいなかったようで慌てた様子だ。
トレードマークの虹色の長い髪の毛をふわふわ乱してあたふたしている。
画面にはコークに呆気なく殺されてしまう月の姫が映し出されていた。
「……キャリア……」
それをサランも見ていた。
何故アリーシャ隊が狙われたか、腕を組んで考えると一つ答えが浮かんだ。
「倭達と戦った相手だからかしら?確かやまたんの親戚だったかに月の姫がいるって前に話していた気がするわ」
「あの魔術師達に危害をくわえたからその仕返しに……ってことなのよ~?」
それ以外思い付かないとサランは考える。
確か倭と仲良くしてくれる親戚の友人に月の姫が居たと話していたのを思い出した。
倭本人は月の姫が何なのか分かっていなかったようだが。
恐らくその月の姫が、アリーシャ隊と倭達が対峙したのを何処かで嗅ぎ付け月の世界で噂し、ターゲットにしたといったところだろうか。
そのアリーシャ隊のリーダーであるサランが狙われないのは、キャリアの友人枠だからスルーされたと推測する。
「だったら今すぐ止めに行かないとなのよ~!」
「……その必要はないわ」
サランは、これはチャンスだと閃いた。
アリーシャ隊はもっと強くなれる、その為にキャリアには申し訳ないが月の姫を利用するのもいいかもしれないと思ったのだ。
「きっとあの子達なら絶対に乗り越えていけるはずよ」
月の姫にも強さによってカーストというものがあり、下っ端や普通クラスの上に、特待生クラス、更に上には超特待生クラスの月の姫が存在するのだ。
先程コークに近付いた月の姫は下っ端だ。
もしも上級クラスの月の姫がアリーシャ隊に挑むとしたら、確実に強くなれると踏んだ。
だから何も手を下さないでとキャリアに頼む。
頼まれた本人は少し浮かない表情だった。
「……私も戦うことになるの?」
「……!」
キャリアの語尾が普通に戻る時は、真剣に物事を考えている時の癖だ。
そんな彼女を一瞥して上のクラスの子達が駄目だったら戦ってみてほしいと言い、すぐに踵を返す。
少し足を止めて一言だけ最後に伝えて部屋に戻った。
「月の姫達にこれだけ伝えといて?……何しても構わないって。それでもあの子達は負けないから」
―――
―四月二十九日―
作戦会議を終了したアリーシャ隊は各自部屋に戻って行ったが何故か男性陣だけ一部屋に集まっていた。
タルクと響が互いの肩先を触れさせながら仲良さそうに紙に何かを書いている。
「できた!」
「おっしゃ!」
「何ができたの?」
先程の月の姫の件もあるから作戦でも紙にまとめたのだろうか。
ラヴィッチが気になって二人に聞くと、自信満々に紙を全員に見えるように見せてくれた。
「あみだくじだ!」
「……」
そこには五本の縦線に横線が数本引かれ、上部にはそれぞれ男性陣の名前が適当に書かれている。
全く意図がわからず黙り込んでしまった。気を遣ったのか響がピカピカの笑顔で内容を話す。
「さっきは暗い気持ちになっちゃったから、ちょっと気分一新しようかなって!あみだくじの先に書かれた名前の人のキャラになりきる遊びだよっ」
「……そんなの誰がやるか」
「はいはーい!僕意外とやってみたいかもー!」
「だろ!?ぜってぇ面白いからキャラ変してみようぜ!」
「たまには気分を変えるのも悪くない」
ナイチが乗り気ではなかったが他のメンバー、特にコークもやる気になっていた為強制的に参加する羽目になった。
「そんじゃ最初ナイチから……。えーっと、ナイチが演じるのは……ラヴィッチのキャラだ!」
「……くそ、やるしかないか」
仕方なくラヴィッチの役作りをしようと試みる。
本当はとてつもなくやりたくないが、きちんとやらずにやり直しを食らうのも勘弁なので真面目に演じることにした。
瞳を閉じ、ゆっくり深呼吸をする。
「みんな、僕が天使のコスプレをしたら可愛いって言うんだ!だから言ってやったんだ。僕は男だよって」
文章では非常に分かりづらいが、これはナイチが言った台詞である。
キャラ崩壊もいい所だが、びっくりするくらい真似が上手い。逆に上手すぎて一同がドン引きしている。
「あ、でもナイチのコスプレもなかなか面白かったんだよね。ほら、サンタのミニスカで……」
「!?」
ラヴィッチがナイチが過去にしたコスプレの話をしようとしたので恥ずかしくなり咄嗟に服の内ポケットから銃を取り出し銃口をラヴィッチの後頭部に向けた。
「今は僕の話をしているんだよ?」
あのナイチがにこやかに怒りをあらわにしている。
それはもう完全にラヴィッチのようだった。
「次はラヴィッチ君がナイチ君の真似だよっ」
「みんなは俺の事をツンデレと言うのだが……ツンデレとは何だ?!」
響に振られるも即座にナイチになりきって演者となっている。
すると誰に向かって言っているのか何処かを見ながら一人で会話を始めた。
「貴様に用などない……って、これがツンデレのツンというものなのか?普通に返したつもりだが……」
タルクが、ナイチ特有のツンデレネタかと小声で言うが、響だけ意味がわかっていないのかぽかんとしていた。
「……なんだ貴様。……は?俺を……好きだと……?別に貴様に好きなどと言われても嬉しくないからな!おい!聞いているのか!」
今のが所謂ツンデレのデレの部分である。わざわざ頬を染めて完璧にナイチを演じ切る彼は最早流石だ。
一同が凄いと褒めるも演じられたナイチ本人はイマイチよく分かっていなかった。
「おし!次はオレが……響を演じてやるぜ!」
タルクがそう意気込むと突然テーブルの上に置いてあったコップを手にし、ごくごくと一気飲みをし出す。
「Have milk no matter when or where!
(どんな時も牛乳だよ!)
えへへっ、僕背高いらしいからね!実はコークよりも背が高いんだよ!」
「なんで最初だけ英語使ったんだろう……ていうかツッコミどころ満載なんだけど」
「ちなみに今飲んだの麦茶だぞ」
一つずつ解説していこう。
タルクが英語を話せたのは、あの文自体が最近の英語の授業で教科書に載っていたものだからたまたま覚えていたのだ。
そして響は確かにアリーシャ隊の誰よりも背が高い。百八十三センチで、コークが百八十センチなのだ。
彼の外見からして意外すぎる高身長キャラである。
更に響は英語の成績だけ富んでいる。何故なのかは全く分からないがペラペラ喋ることが出来る。
ちなみに他の教科の成績は一や二と、大差が酷い。
「あっ、次僕だ!コークを演じればいいみたい!」
あの響がコークというサディストを演じる事が出来るのか、興味が湧いてしまう。
響はニコニコしていた表情を消し、険しい顔つきになった。
「夏が来たら何がしたいか、だと?特にない、私はアリーシャ隊の為に……」
彼もラヴィッチ同様、何処かをカメラ目線として語りかけている。
「海に行こうだと?くだらない、他の奴と行け」
「上手いけど……響が抜けきれんな」
海に行こうとお願いをしてくる相手との会話のようだ。
台詞は完璧にコークだがまだ響が残っている感じに違和感しかなかった。
「あぁもう、うるさい奴だ。次五月蝿くしたら、この鞭でお前を海に入れない位の身体にするぞ…?」
何処から持ってきたのかコークの本物の鞭を両手で握り、ギリギリと音を立てながら引き伸ばす。
瞳も初期の頃のハイライトが一切ない真っ黒な瞳になっていた彼はコークに似ていた。
あの純粋な心を持っている響がそんな発言をしたことに全員が言葉を飲んで驚いていた。
もしかして怒らせたら相当怖いのかもしれない。
「最後はコークだな、オレの役か!」
コークがタルクを演じるというのも想像がつかな過ぎて逆に見てみたくなる。
一同が無言で彼の言動に注目していた。
「オレは誰よりも刀を上手く扱えるぜ!」
「ぶふっっ!!!」
ブイサイン付きでやや棒読みで話すコークに思わず吹き出してしまう一同。響は凄い凄いと喜んでいたが。
「似合わねぇ……」
「ちゃんと演じてコーク凄い!」
「気色悪い……」
「同感……」
響以外がヒソヒソと悪口を言うと、直後にタルクの顔面のすぐ横に刀が光速で飛んで真っ直ぐに壁を貫いた。
「ひぃい……!!」
「あー、オレの陰口かと思って投げちまった」
そう言って刀を壁から引き抜く。穴までは開いていないがその崩壊しかけた壁は誰が修理するのだろうか。
そんな事を気にせずコークは刀を肩に担いでニヤリと笑った。
「言ったろ、オレは刀を上手く扱えるって。オレは強い。絶対マイナス思考に物事を考えないしいつだって前向きだ」
「……!」
何だかその台詞が、まるで自分を褒めているように聞こえてむず痒くなるタルク。
「…まぁ、コークには絶対勝てないけどな!」
「てめぇそれが言いたかっただけじゃねぇか!!!」
たまにはいい事言うんだなと内心でコークを見直したがドヤ顔でコークに及ばない発言をされイラッとしたのでやはり撤回することにした。
何だかんだで気分転換になれて良い企画だったと思う一同だった。
これから戦闘は避けられない事が確定し中々気を抜けない状況になるだろうが、息抜きが出来る時は全力でするべきだと沁々思うのであった。
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―四月三十日―
放課後。
いつもは校門前で待ち合わせし帰るアリーシャ隊だったが今日はたまたま廊下で鉢合わせしたのでそのまま玄関まで歩いていたが、ふとある教室内から聞こえた話題に足を止めた。
「なぁなぁ、入学式のときに転校してきた女子って……良くね?」
「黒花と闇坂と榛陸のことか」
「!」
自分の名字を呼ばれた事で更に気になってバレないように立ち聞きする白妬。
どうやら男子生徒と女子生徒が転校してきた自分達の話題で盛り上がっているようだ。
「学園ベスト10には入ってるよな」
「涼鳴達に続いてな」
「いやアイツらはもう大学行ってるだろ」
「でもレジェンド枠で名を残してるし」
涼鳴という名前に聞き覚えがあった。確か倭の親戚がその名字だったはずだ。
アリーシャ隊もその人物の顔は見たことは無いが、男子生徒曰くレジェンド枠らしいのでかなり美人なのだろう。
「まずは黒花白妬だな」
「!!」
白妬以外のメンバーも、何となく何を話してくれるのか好奇心が湧き廊下でさりげなくたむろしつつ内容を聞くことにした。
「あの子は貧乳だけどなんかいいよな」
「二年の黒花倭の妹だろ?顔似てるよな。目つき全員違うけど」
「そうそう、この間初めて笑うとこ見たけどギャップがあってめちゃくちゃ可愛かったぜ?」
「意外と美人だよな」
「貧乳…?意外と美人…だと?」
「白妬様落ち着いて下さい~っ」
色々と言われ放題の有り様につい携帯用ナイフを取り出しそうになるのをハーモニーが必死に抑えていた。
倭をコピーして作られたものの、意外と、などと言われては無性に気に食わない様子だった。
「闇坂はどうだ?」
「一言でドジだよな」
「想像通りというか、そこが可愛いけどな」
「てか背小さくね?リアル幼女キャラが存在するとは…」
「なんか、遊園地とか誘ったらすぐ付いてきそう」
ハーモニーが白妬を抑えつつ耳をそばだて内容を聞いていた。
ロボットなので年齢は設定されてはいないが幼女なのは間違いない。ちなみに身長は百四十六センチである。
コークと同じように人工知能が搭載されている為知識はあるから学業には付いていけるのだ。
遊園地は行ったことがないので余裕があれば行きたいと思っているらしい。
「じゃああいつは?榛陸」
「バリバリ男口調だよな」
「実は寂しがり屋なのを隠すためにそうしてるんじゃね?」
「でも顔もいいよな。笑うとボーイッシュな感じで黒花と違った意味で可愛いというか」
「あの頬の三角マークが気になるけどな」
男口調も何も男なのだから当然の事なのだ。事情を知らないから勘違いするのは当たり前の事ではあるが。
「え、オレ女だと思われてんの?!」
「いや当然だろ」
タルクはショックを受けていた。
服装もニットセーターにチェックのスカートを履いている訳だから女性に見られるに決まっている。
ナイチにしれっと返されて口をぽかんと開けて固まってしまった。
「女の子も可愛いけど男の子だって良いわよっ」
男子生徒の話を黙って聞いていた女子生徒が今度は自分の番だと言わんばかりに上機嫌で話題をアリーシャ隊男性陣に変えた。
「一年に琴吹響君って子、入学してきたけどめちゃくちゃ可愛い顔してるよね」
響は転校生枠ではないが美男子だと噂されているのか話題に上がった。
当の本人は、僕も話題になってるとウキウキ喜んだ様子だ。
「あたし中学一緒だったけどすごい天然だよ」
「でも背が高くて天然でも、いざとなった時頼れそう!絶対かっこいい!」
やはりここでも触れられるのは高身長の事だった。
普段はほわほわにこやかな響がいざとなった時に守ってくれたとしたら頼もしく感じるのはきっと間違いではないだろう。
「あの子は?在原伊吹君!」
「琴吹君とは違った可愛さだよね!」
「背が小さいのも逆にいいよね。意地悪してみたい」
「でもあの子腹黒って噂されてるよ」
「えぇー!うそぉ!絶対受け顔なのに!?」
僕のどこが受け顔だよと言われた本人は顔を引き攣らせた。
ラヴィッチは三分の二がSだと自称しているので余計気に食わないようだ。
「あ、でも俚諺君に対しては攻めかもよ?」
「あー、転校してきた時も突っかかってたもんね」
「そうそう!俚諺君も良いよね!」
ラヴィッチが自分に対しては攻めだと噂されている事に怪訝そうに眉を潜めたナイチ。
話題が自分に変わり、何を言われるのか眉間に皺を寄せて聞き入る体勢に入った。
「ツンデレ!以上!」
「それ以外思いつかないよね」
「でも凛々しくて守られたいって思っちゃう~!」
「後ろ姿もすらっとしててかっこいいし」
ベラベラと自分の事を褒め続けられ顔を赤くしてしまうナイチにラヴィッチが引き気味にキモイと呟いていた。
何となく想像は付いていたがヘタレなようだ。
「後さ、三年の石黒君!」
「かっこいいよね!見た目からドSって感じでいじめられたい~って感じ!」
「でも頭良いし、休み時間も読書してるし真面目な印象だよね」
「休み時間沢山の女の子に囲まれて質問責めされてるけど全部無視してるんだって」
「頭良くてスポーツも出来てスタイルも良くてイケメンで……あー付き合ってみたーい!」
べた褒めされている事に気分は良さそうなコークだが表情は無の状態だった。
「コーク、アイツらのこといじめてやれば?」
「私は簡単に人で遊ばない」
「はぁ?いつもビシバシ鞭でしばく癖に」
「力加減できないから最悪死ぬだろう」
「そこかよ」
着眼点はそこなのかと突っ込みを入れた。相手を選んでいる辺り律儀な性格だ。
「男子も見習って欲しいわー」
「うるせーなー。女子だって見習えよ」
ガヤガヤと言い合いを始めた所でその場を後にし、玄関に向かおうとする。
転校してきたばかりなのに凄い人気だとラヴィッチが苦笑いし、コークがそろそろ飽きて散って欲しいと嘆く。
意識したことはなかったがアリーシャ隊は顔面偏差値が高い組織なのだと認識する事となった一時だった。
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