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11月25日、11月26日

 

 ―十一月二十五日―


「ぼ、僕が……記憶喪失……だって?そ、そうだよね……記憶ないからね……」


「うわあああああああ調子狂うぅうううう!!!!」


 ノエルとの戦闘を終えた一同。

 帰り際にどこからか飛んできた鉄球がピンポイントにコークに直撃し、何と彼は衝撃で記憶喪失となってしまった。

 あの後コークはショックですぐに気を失ってしまい、急いで自宅に戻ってきた訳だが目が覚めるとやはり記憶喪失のままのようで今に至るという訳だ。

 今まで絶対に見ることの無かったコークのおどおどする姿に全員が調子を狂わされている所である。


「コークが響みたいな口調とか有り得ないしでも笑えない!!!!」


「何か記憶が戻るきっかけでもあればいいのだがな……」


 ラヴィッチがバタバタ暴れている中、ナイチは冷静に打開策を考えている。

 その言葉に対しハーモニーが何か閃いた様子で引き出しからある物を取り出してきた。


「それでしたら……まずはこちらはどうでしょうか~」


 そう言ってコークに手渡したのはサランの写真である。

 確かにコークならば一番関係性のある人物であるから思い出してくれるのではないかと期待が高まるが。


「……誰?このおばさん」


「えぇ!?おば……」


「ほ、本人がこの場に居なくて良かった……のか!?」


 遠慮なくそう言って首を傾げるコークにタルクと響が焦った様子でハラハラしている。


「……やはり、一から説明する必要があるな」


 白妬が頭を抱えながら項垂れていた。

 写真で駄目なら自分達の事を話してみる選択肢を選んだ。

 ホワイトボードに先程のサランの写真を貼り付け、ラヴィッチがまず説明する。


「この方はサラン様って言って、僕達アリーシャ隊のリーダーなの」


「……ありーしゃ、たい?」


「アリーシャ隊というのは俺達組織の名だ。ってあぁ!何でこんな初歩的な事を貴様に……!!」


 ナイチはもどかしい気持ちで苛立っていた。

 こちらが急いたところで自体は変わらないのだから落ち着くしかないのだが受け止めきれない部分もある。


「……ねぇ、君達は……戦う、の?」


「そうだよ!コーク()も戦ってたんだからっ」


「!」


 不意にされた質問に対し響が返すと、コークは目を見開いて少し固まった。

 何か引っかかる事でもあるのだろうかと期待して戦闘の話をすることにした。


「ちなみに君の武器は鞭だよ」


「む……鞭?」


「……お?思い出したか?」


「鞭って……えっちな人が使うやつじゃないの……!?」


「それをてめぇはいーーーっつも使ってたんだよ!!!」


 一瞬表情を曇らせたので思い出してくれたのかと思ったが全く違ったようだ。

 まぁ鞭を扱うと聞いてその発想になるのも分からないことは無い。


 すると玄関が騒がしく開き、バタバタと急いだ様子で彪と捺紀がリビングに入ってきた。


「沙檻!記憶喪失になったって本当!?」


 彪が背後で、来る時に捕まっちまったと手を前に出して謝罪のポーズをしていた。

 とてもバットタイミングだが何とか捺紀に本名や素性がバレないように話を逸らすことにする。

 慌てた様子の捺紀を見上げてコークが誰?と言い放った。


「た、大河……捺紀……。ってマジで記憶無いんだ」


「ご、ごめんなさい……」


「い、いや、謝らないでいいよ…」


「……み、皆様……学校は……これからどうしますか~?」


 ハーモニーがすかさず別の話題へ持ち掛ける。


「変な騒ぎになるのは確実だ、コイツの記憶が戻るまでは行かない方が得策だ」


「やはりそうするしかないですね~」


「その間にGODEST(次の敵)がもし来たら……沙檻も連れてくしかない、よね」


 ここで懸念されるのは、コークの記憶が戻らない時にGODESTに来られる事だ。

 残っている人物はコークの母親と白花。あの時見た印象ではコークの母親は何となく気弱そうなイメージだったから何とかなりそうだが油断はできない。


「……おれを人質にした人達……なんだよね?君達の敵って……。おれも……戦えたら力になれるのに……」


 捺紀が悔しそうに拳を固く握り締めていた。

 前回訳も分からずに人質にされて何も出来ずにいたのだから何かしたいと思っていたようだ。


「捺紀は悪くない、気にするな。気持ちだけで充分だ」


「悪いのは奴等だしな」


「いっそ何か起こるまでオレ達も家で待機してようぜ?学校なんて行ってらんねぇよ」


「じゃあ沙檻の介抱しつつ自由ということで解散!」


 ナイチが捺紀を励ますように諭した。

 早々に話を切り上げてまずは捺紀を家から出すべく彪が無理やり外へ連れて行った。


「…………コーク」


 捺紀と彪が姿を消したのを確認し、白妬が静かにコークの名前を呼んだ。


「なぁに?白妬ちゃん」


「……!?!?」


 上機嫌にこちらを振り返り笑顔を見せるコークに、白妬は申し訳ないがゾワゾワと鳥肌が立ってしまった。

 ましてやちゃん付けというダブルコンボである。

 相変わらず調子を崩されるが冷静になり言葉を発する。


「き、記憶が無くなる前の貴様は…………と、とても男らしく頼りがいのある奴だった。そんな貴様を……私は好きだった」


「あ……」


 記憶のない彼に言った所で意味は無いことは分かっている。

 いっそ私とラブラブだった等と嘘でも吐いてしまおうか考えたが頭を横に振って邪念を振り払った。

 こんな調子でコークの記憶を取り戻す事が出来るのか、先が見えないがやれる事はやろうと必死になるアリーシャ隊だった。


 --------------


 ―十一月二十六日―


「ど、どうも……コークの母の……マリファナです」


 次なる敵は意外にもすぐに現れた。

 それもコークの記憶が戻らない内に来てしまうという最悪な事態となった。

 場所は森の奥の人気のない草原。

 よくそこで戦闘を行っていた為、記憶を取り戻すきっかけになるかと皆で訪れてみた所マリファナが現れたのだ。


「私……あんまり戦うの好きじゃないの」


「へ?」


「お話で終わらせたいんだけど……無理、だよね」


 マリファナはやはり戦闘に乗り気ではなくあの時と同じようにおどおどしていた。

 そんな彼女の手には鎖が握られ、鉄球が繋がれている。


「こんな奴に鎖の鉄球とか大丈夫かよ」


「え、もしかして褒めてくれてる?えへへ……」


(何か楽勝な気がしてきた……)


 彪の侮辱に何故か照れくさそうに頭を搔くマリファナを見て、一同が勝てそうだと茫然としていた。


「とにかく……私を倒して神になってもらいたいから……頑張るねっ」


 話し合いで終わることは出来ないと察したマリファナはウインクをしながらそう言ってにこやかに微笑んだ。

 あまりにも緊張感のない笑顔に腑抜けてしまう。


「コーク、おめぇは後ろで隠れてろよ!」


「私達が守ってやるからな」


「う……うん」


 不安げに両者を見遣るコークの前にラヴィッチやタルク達が庇うように出てきて武器を構える。

 普段と違う性格のコークを、マリファナが物珍しそうに見ていた。


「あら?コーク、何だかいつもと違う……」


「マリファナ、貴様じゃないのか?コークの記憶を失わせたのは」


「うーーーん……私だったかもしれないっ――きゃぁっ!!!」


 ナイチはお転婆にそう自白するマリファナの額に向けて容赦なく発砲した。

 本当にコークの親かと錯覚してしまう位には性格がほわんとしていて彼女にも調子を狂わされてしまう。


「ご、ごめんなさい……私ってば昨日うっかり武器を落としたんだった……」


 額からドクドクと血を流しながら謝る姿が少し不気味に思えたが、戦いたくないと言う彼女を好機と判断して響が仕掛ける。


「気をつけてね、マリファナさん!」


「っきゃああぁあっ!!!」


 マリファナの背後に回り、己の右腕で彼女の腹部を殴り付けた。

 防御すること無くマトモに食らってしまい、よろけた隙を見逃さずラヴィッチも剣を振りかざした。


「そのおっかない武器を使われない内に……倒しちゃうよ!!」


「うぁあああっ!!?」


 あまりにノーマークな彼女に、今度は彪が無防備に近付いて立ち止まった。

 タルクがそんなに近付いて大丈夫かと心配の声を掛けたが彪は怖じ気付く事無くマリファナを見つめた。


「いや、多分だけど……」


「っぶほっ!!!!」


 彪はそう言うと軽く平手打ちをした。

 そこまで強く叩いた訳では無いがマリファナはオーバーにゴロゴロと後方まで転がって倒れてしまった。


「うん、ホントに戦う気ねぇわ」


「まさか本当に優しいお方だとは思いませんでしたね~」


 コントのように転がって行った彼女を見て、これならすぐに和解でも出来そうだと確信した。


「なら、私は傍観者になっても問題なさそうだな」


「ダメだよ帰っちゃ」


「?!?!」


 白妬がそう安堵の息を洩らし、離れようと踵を返すがマリファナがそれを阻止するように口を開いた。

 直後、後方にいるコークを除いたメンバーの身体が鉛のように動かなくなり地響きが起こった。


「私……武器を上手く使いこなせなくて……だから、魔術で攻めてみようかなって」


 マリファナは片手を上げて、それっ!と振り下ろすと彼らの足元に大きく魔法陣が現れ、漆黒の魔弾がそこから放出されると、身体を貫くように全員を劈く。


「っぐあぁあああぁあっ!!!!!」


「きゃあああっ……!!」


 全員まとめて直で食らってしまい完全に油断していたと悔やむ。


「……っ、慣れてねぇ癖に……強ぇよクソ……」


 彪が片膝を付いて苦痛に堪える。

 あっという間に傷だらけの身体になってしまい、見かけによらずかなり強力な戦闘力の保持者だと思い知らされた。


「だ、大丈夫だった?生きてる、よね?もう一度出来るかな?」


「!」


 今の技をもう一度発動されたら形勢逆転されてしまうのは確実だ。

 止めたいが既に魔術が発動されて再び身体が動かなくなる。

 このままではすぐに瀕死になってしまうと、激痛を覚悟して一同がグッと身体を強ばらせていると。


「っ!?」


 マリファナの腕に何かが投げ付けられ、術は消失した。

 自分の足元に落ちた物を見下ろすと、彼女は意外そうに目を大きく開いて笑う。


「ふふ、あのコークが母さんに物を投げるなんてね」


 彼女の視線の先には息を荒らげているコークの姿があった。

 彼は恐怖心で震えながらも自分の母親に鞭を投げて術を止めたのだ。


「あ……あぁ……み、みんな……苦しんでる……から……」


「コーク様……」


 コークはアリーシャ隊の為に勇気を振り絞ったのだ。

 今にも泣き出しそうな様子の彼に、マリファナは手を差し伸べ話し出す。


「コーク、こっちにおいで。貴方は知ってるよね?貴方自身を」


「何言ってんだよおばさん。コイツ記憶喪失だろ」


「あ、そうだった……」


 すかさず突っ伏していたタルクに突っ込まれハッとする。真面目な表情をしていたがやはり抜けているようだ。


「じゃあ、記憶喪失のコークのために説明するね」


 そう言って無防備にも目を閉じながらマリファナはコークの生い立ちを説明しようとした。

 正直ここで彼女を殺す事は可能だが、コークの記憶を取り戻すきっかけが出来るかもと敢えて話を聞くことにする。


「コークの体内には人工知能が搭載されていて、他人よりも頭の働きとか能力とか知識とかが優れている。それは他の皆もご理解いただけてるよね?」


「それの影響か瞳が特徴的になって、彼のコンプレックスとなった。包帯で巻くぐらいだったし相当嫌だったんだよね」


 コークの瞳からハイライトが失われ、禍々しい模様が出来てしまった事でコンプレックスとなったのは既に全員が知っている事だ。

 彪も以前アリーシャ隊の生い立ちを話された時にその事も告げられていた為周知している。


「コーク、よく聞いてね?貴方の体内に人工知能を組み込んだのは……私なの」


「――ッ!?!?」


 そんな話は本人からももちろん聞かされていなかった。

 生まれつきそういう身体だと思っていたのだ。

 コークは何かを思い出したのか驚いた表情をすると頭を抱え出す。


『サラン、少しコークを預かってもいいかな?』


『マリリン……』


『私からも伝授させたい技とかあるから、ね』


『いいわよ、母親なんだもの。行ってらっしゃい』


 サランの元にいた幼いコークは()()()()()()()()()キラキラした表情でマリファナを見上げていた。

 そして自宅に行くとコークは背後から突然鈍器のような物で殴られて気を失ってしまい、その間に母親の手によって体内に人工知能を組み込まれた。

 その鈍器も、思い出せば鉄球だった。


「ふふ、そう。それが無かったら貴方は自分の瞳を忌み嫌う事は無かった。アリーシャ隊が増えていく度に貴方が大人しく心を閉じていく事も無かった」


「え、ちょっと待って。深優ちゃんが見せた僕達の過去の時は、コークはアリーシャ隊に入る前から機械だって告げられて包帯してたはずだよ?」


 マリファナの話を止めたのは響だった。

 彼の言う通りだ。彼らが見せられた過去によるとコークは事前に母親から身体のことを告げられて、その後にアリーシャ隊に入った事になっている。

 マリファナの話だと、アリーシャ隊に入っていた時のコークは包帯もしないで一般人と同じような瞳を持っているのだ。

 辻褄が合わずに疑問に思っているとすぐにマリファナが解説をしてくれた。


「それはコークが思い込んだ過去。いや、私が思い込ませた過去、かな。ちょっと術を使って皆の記憶も弄らせてもらったの。入った当初はおてんばちゃんだったけど、アリーシャ隊が全員揃って彼の瞳はコンプレックスになり心を閉じた」


 信じられない話だが恐らく事実なのだろう。

 当時まだ若かったコークは一人、よく部屋の鏡の前で目を覆っていた包帯を緩やかに外して瞳を見ては悲観的になっていた。


『機械に故障は付き物……私が暴走してしまったら。いくら奴等が私の身体の事を理解してようが、私が制御しようが……もしもの事があれば……サラン様だってきっと……。私を人間じゃないと忌むはずだ』


 コークは自分の能力を優れた物だとよく自慢げに話していた。

 だがそれは今の話だけで、幼い頃からずっと苦しみ続けていたのだ。

 機械が壊れれば自分を恐れて人間じゃないと貶されるから。


 一同がコークの気持ちを汲み取り苦しみに堪えているとマリファナは気にも止めずに己の髪の毛をくるくると指で弄って遊んでいた。


「貴方を弄った理由?簡単よっ。貴方を今の()()に置くためっ」


「……っ、は……あ、なた……に……っ」


 コークは冷や汗をだらだらと流しながら震えていた。

 記憶が戻ったのかと彼の顔を見るがまだのようだ。

 追い打ちをかけるかのように残酷な母親はニヤリと笑って話し続ける。


「そう!貴方はね……言うなれば……」


「い、言わな……いで!!!言わないで……下さ……言わないで……言うな……言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな!!!!」


「ふふ、そこのハーモニー(機械人形)と同じ!!!いや、もっと最悪な木偶人形!!!貴方は私に造られた!!!容姿も性格も能力も居場所も全て私にね!!!!!」


「……あ、あぁああ……ああぁあああああ!!!!!!!!」


 マリファナの表情が一変して恐ろしいものになった。

 目が吊り上がり、先程のオドオドした様子とは打って変わって嘲り笑っている。

 彼女に指をさされながら告げられるとコークはいよいよ叫びを上げて涙を流してしまった。

 一同もコークに同情して涙を流す者もいた。


「あっははははは!!!!コークのその面を見たかったっていうのも貴方を機械にした理由に入るのかしら?あはははははは!!!!!」


「てめぇ……罪悪感とかねぇのかよ……!」


「罪悪感?無いわよ?」


「な……!?」


 きっぱりと即答されてこちらが圧されてしまう。


「正直言えば、私にとって神なんてどうでもいいの。なりたいならどうぞって感じ。コークを苛められればそれで充分だし、死ぬならたっぷり苦しめてから死のうって決めてたからね!!!!」


 彼女は高笑いしながらコークを見下していた。

 きっとマリファナは、最初から我が子を陥れる為だけに今まで生きてきたのだろう。


「お、おい……コーク兄貴……大丈夫か?」


「話しかけないで!!!!!」


「うわっ!!」


「ああぁあああああぁああああ!!!!!!」


 彪が気を遣って背中をさするように触れたが錯乱して突き飛ばされてしまった。

 コークは完全に混乱してしまって泣き叫んで我を忘れている。


「まずい……何とか落ち着かせないと……」


「無駄よ!いいから私と戦いなさい!」


 コークの元へと駆け寄りたいが性格が真逆に変わったマリファナが鎖を握り立ち塞がる。


「……っ!」


 すると白妬がマリファナの真上を飛び跳ね、己の足元に円盤のようなものを浮かび上がらせるとそこから下に向けて無数の魔弾が出現した。


「が……っは、あ!!!」


 それはマリファナに食らい血反吐を吐くがイライラした様子で鎖を思い切り引いて鉄球を白妬の顔面に強打させた。


「白妬さん!!!」


「白妬!」


 そのまま地面に転げ落ちてしまうが平気だと言いながらゆっくり立ち上がろうとした。

 しかしダメージが大きかったのか足元がおぼつかなく、響に肩を貸してもらって立った。


「今更だが……キャラ変わりすぎだろ……っ」


「ど、どうしよう……コークは混乱してるし……」


 この状況をどう切り抜ければいいのか頭で考えている余裕が無いほど圧倒されていた。

 その時、一人マリファナに近付いた人物がいた。


「皆様、私に……お任せ下さい~」


「ハーモニー!?」


「私がマリファナ様のお相手をします……何とか時間稼ぎをしますので……コーク様を助けてください!お願いいたします」


 駄目だと止めたかったがハーモニーは真剣だった。

 いつもの間延びした態度ではなく本当に心からコークを助けて欲しいと願った口振りであった。

 深々とお辞儀までされてしまったら、この場は彼女に託すしてコークを助ける選択肢しかない。


「必ず取り戻すから!」


「行くぞ貴様ら!」


 バタバタと自分に背を向けて後方のコークの元へ走っていく彼らを横目で見た後、ハーモニーは片目からハイライトを消して覚醒に入った。

 身体から鋭い矢を生み出すと語気を強めてマリファナに挑む。


「今だけはナースを辞めます……!」


 空中を飛び交いながら矢をマリファナへ突き伸ばす。


「貴女から死にたいのね……いいわ、来なさい!」


 マリファナも鉄球を振り回して応戦した。


「……あ、ぁあ……あ……」


 遠くにいたコークは一人頭を抱えて震えていた。

 その目からは大粒の涙が流れ落ち、顔面がぐしゃぐしゃだった。


「コーク!!目を覚ませ!」


 白妬の声でハッと目を開いた。

 恐る恐る振り向くとハーモニー以外の皆がこちらに歩み寄っていた。


「過去の事は私達からは何も言えない。記憶を弄られて騙されていたのは私達もなんだ。だが、それがあっても無くてもコークはコークだろう?」


「君がそんなキャラなんてらしくないよ、コーク」


「本来の貴様はそんな性格でも、俺達が見てきた貴様は……性悪だ」


 順番に一人ずつ、激励するようにコークに声を掛けていく。

 白妬は真っ直ぐに本心を語り、ラヴィッチが弱々しい性格のコークはコークではないと冗談交じりに笑う。

 ナイチに関しては完全に悪口に聞こえるが本人にその気は無い。


「すまん、いい言葉をかけたいが無いんだ」


「それがコークだから仕方ないよ!ねぇコーク、早くしないと()()()みたいにナイチ君に叩かれちゃうよ?」


 響がにへらっと笑いながら手で叩く動作をする。

 あの時というのはサランと戦闘した時にコークが躊躇って動かなかった時の事だ。

 ナイチが腹を括れと思い切りビンタしたのは今でも鮮明に覚えている。


「うっ……う」


 そのエピソードを聞いて思い当たる節があったのかコークが顔を歪めた。

 だが決定的に記憶が戻るピースが見つからない。


「っあぁう……!!!」


 向こう側でハーモニーの苦痛の声と矢が割れる音がした。

 振り向くとハーモニーもこちらを見て叫んだ。


「み、なさま……!!急いで……くださ、い……!!」


 彼女の矢はマリファナの脚を確かに貫いていた。

 しかしマリファナも負けじとハーモニーの胸ぐらを掴み上げ思い切り投げ飛ばした。

 地面に叩きつけられたハーモニーは機械だから血は出ないものの顔や身体にヒビが入ってそれなりに損傷しているのが分かる。時間が無い。


「ハーモニーが、兄貴を目覚めさせる為に時間稼ぎしてんだ!!とっとと記憶戻してまたかっけぇ戦闘姿見せてくれよ……!!!」


 彪が焦った様子で少し早口でコークに話し掛ける。

 時間が無いのはこちら側も理解しているつもりだ。


「コーク、帰ってこい!!いつものてめぇで!!!」


 タルクがコークを一瞥して、ハーモニーに加勢しようと踵を返した。


「僕達との思い出、忘れないでよ!!!!」


「……」


 響が叫んだその時、コークの唸り声がぴたりと止んだ。

 もしかしたら思い出してくれたのだろうか。

 そんな期待が高まったが、直後に鉄球がハーモニーに直撃する鈍い音が聞こえて気を取られてしまった。


「っう……!!!コーク……様……!!!」


 高くこちら側にぶっ飛ばされながらもハーモニーはコークの名前を呼んで優しく微笑んだ。涙を流しながら。


「笑ったり、泣いたり、怒ったり、嬉しかったり……コーク様は……色んな表情を見せるようになりました……。そんな貴方は……立派な人間です……!!!!」


「!!!」


 その一言にコークは過剰に目を見開いた。

 そして落下してきたハーモニーを、腕でしっかりと抱きとめた。


「…………()()()()


「……!」


 ハーモニーは彼を見上げて嬉しそうに笑った。


()()


「……っ、ぅ……」


 コークはハーモニーを白妬へ差し出すと、しっかりと目を見て名前を呼んだ。

 呼ばれた本人は歓喜で涙を溢れさせ先程のコークのようにぐしゃぐしゃになっていた。


()()()


「……お前」


 タルクは足を止めて振り返り、一粒だけ涙を流した。


()()()


 響と彪は抱き合って涙を流し、喜びを分かちあった。


()()()()()()()()


 ラヴィッチとナイチも嬉しそうに笑いあってコークを見た。


「……ありがとう」


 コークの記憶が戻ったのだ。

 一言礼だけ言うと、全ての元凶の母の元へ歩いていった。

 ――覚醒しながら。


「はっ!戻っちゃったんだ。なーんかどうでも良くなってきたなぁ」


「なら、潔く死ね」


 身体の様々な部位を貫かれても尚変わらず怯まないマリファナにコークが左腕を突き出し、コードを伸ばす。


「ぅわっと!」


 絞め殺すかのようにマリファナを縛り上げるが、鎖を握っていた手だけは捕らえきれなかった。


「馬鹿ね……貴方も一緒に死ぬのよ!!」


 一瞬の隙で長い鎖がコードと同じようにコークの身体をグルグルと締め付けた。


「……」


「……」


 二人は互いの武器で縛られながら睨み合っていた。

 視線だけで殺められそうな程の鋭い眼差しである。

 沈黙を破ったのはマリファナだった。半月型に口元を歪ませると口を開いた。


「これなら自分のコードが切れて大爆発しても、私の鎖で動けないから貴方も巻き込まれる。私は潔く死んであげる、他の人には手出ししないから、代わりに貴方を連れて逝く。これはパブリック家の話なんだもの、文句無いでしょ?」


 コークの覚醒技も分かっていたようだ。

 縛り付けた相手をコードで爆発させる、だがコーク自身もマリファナによって縛られている為身動きが取れない。


「だ、ダメだよコーク……!」


「……それも良いかもな」


「え……!?」


 ラヴィッチが止めに入るがコークの口から出た言葉は予想外にも肯定の言葉だった。

 ほんの一瞬、コークは彼らを横目で見た気がした。

 しかしすぐにマリファナを見て言葉を発する。


「……お前は、私を愛してはくれなかったということか。本当に私を狂わせる事しか考えていなかったのか」


「あったりまえよ」


「…………とんだサディストだな」


「あらぁ、コークと一緒にされたくないわぁ」


 親の愛情もへったくれも無いその返答に、コークは呆れて見下す。

 マリファナも睨み返すので両者一歩も譲らないといった感じである。


「……私は、こんなに極悪非道なことをされていたと知っても、お前を許すが」


「…………は?」


「それでもお前は私を強くしてくれたんだ、人工知能を組み込むことで。私を陥れたいのならもっと他に酷い事が出来たはずだがしなかっただろう。私はむしろ感謝しているが」


「……な、んで……」


 コークの許容の言葉にマリファナは訳が分からないといった表情で目を丸くしていた。

 確かに今までやってきた事は酷い事に変わりはないが、コークは酷いだけとは思えなかったのだ。


 するとマリファナは感情が爆発して今度は泣き出してしまった。


「…………そうよ……私はっ、コークを思って……、っだ、れよりも……強くなってほし、くて……っ……!」


 顔を俯かせながらコークの胸に泣き付く。


「わ、たし……頭……悪いから……っ、こんな……っ、バカな事でしか……っコークを、だ、いじにする考えが……思い浮かばなくて……っ!ほん、とは……苦しめたく……っな、かった……。もっと……笑って……ほしかった……ぁ……っ!!」


「…………」


 マリファナは間違った愛し方をしてしまったのだ。

 コークを誰よりも強くしたくて、勝手に人体改造して、彼が心を閉じてしまっても構わないと自分の願望を優先してしまった。

 今更戻れなくなって、割り切って自分が悪者役を買って出たのだ。

 大人になってから、彼の心からの笑顔を一度も見たことがなく、それだけが気にかかっていたようだ。


「……私は未来でちゃんと笑ってやる。だから……武器を捨てろ」


 しかしこうして話している間にもマリファナを巻き付けたコードは火花を放っている。

 恐らくまもなく爆発してしまうだろう。

 彼女が鎖を捨てればコークが脱出する事は出来るがまだその手に握られたままだった。


 マリファナはか細い声でコークに一つ、お願いをした。


「…ね、コーク……今、笑って……?」


「………………母さん」


 コークは目を細めて口角を上げ、本当に純粋な、子どものような笑顔をマリファナに見せた。


「……っ!コーク……」


 それはマリファナにしか見えない角度で見せた笑顔だった。

 人間らしいその表情を見て、彼女は嬉しそうに笑顔を返した。


 その直後に爆発が起きた。

 物凄い轟音と焼け焦げた臭い、周囲にコードの欠片が飛び散った。


「こ、コーク……!!!」


「兄貴!!!」


 黒煙の中に飛び込むようにしてタルク達がコークを探す。

 すると地面に仰向けに倒れる彼の姿があった。


「おい!!!コーク!!!目を開けろ!!!」


「ねぇコーク……!死なないで……!!」


「…………生きているから早まるな」


「!」


 響達が身体を揺すって必死に声を掛けていたが、コークは勝手に殺すなとぼやきながら目を開けた。

 よく思えばあんなに盛大な爆発が起きたのにコークはかすり傷程度だったのだ。

 大爆発の直前にマリファナがコークを突き飛ばしたらしい。


「何だよチクショーー!」


 ―――


 コークの記憶も無事に戻り、マリファナにも勝つことが出来た一同は心から喜び合っていた。


『よっし、疲れたし温泉でも行こうぜこのまま』


『貸切?』


『私が回復しますからその後行きましょう~』


 その光景をとある建物からモニターで眺める二つの影があった。


「期待していたマリファナ・パブリックも良心を取り戻し、死んだな」


「はっ!別に最初から期待などしていない」


 白花は真後ろに立つ人物が発した言葉に対し吐き捨てるように返した。


「必然的に次は我が出向かうことになるが……」


「遊んでくるのだろう?」


 ()が面白そうに白花に問いかける。

 その問いに彼女は静かに頷いてモニターを消した。


「勿論だ。奴等の()と遊んでやる」


 ―――


「石鹸攻撃ぃいいいい!!!」


「ガキかよ!」


 神聖なる大浴場にタルクの場違いな声が響く。

 彼は文字通り石鹸を彪に向けて投げつけた。


「大浴場で混浴とか色々間違ってんじゃないの……?」


 ラヴィッチが疑問視するのも当然だ。

 他の客はいないがアリーシャ隊プラス彪が同じ大浴場内にいるのだから。

 しかし何処からか今回は特別という声が聞こえたような気がしたので突っ込まないでおくことにする。

 彼らは先程までマリファナと戦闘をしていたのだ。

 その疲労を回復させようと帰りに銭湯に寄ったわけで、駄洒落ではない。


「私達はこちら側でゆっくり浸かってますので~」


「女子は女子でまったりするからこっち来るなよ」


 きっと騒がしくはしゃぎだすと踏んだ白妬とハーモニーは早々に男子軍と境界線を引き、風呂に入りに行ってしまった。


「貸切みたいだし遊ぼうぜ!!疲労回復のためにもよ!!」


「あのな、ここは静かに入る所なんだ!」


「えー、遊ぼうよナイチ君~」


「……」


 タルクの支離滅裂な発言にナイチがごもっともな事を返すが響も賛同して誘ってくるのでガックリと方を落とした。


「コークも止めてよね」


「乗ってやらんこともない」


「いや嘘でしょ」


 ラヴィッチもタルクと響を止めさせようとコークに声を掛けるが彼は乗り気のようだった。

 その言葉を聞き、タルクは早速ゲームを思い付き男子軍に提案する。いや、強制か。


「んじゃ、タオル奪い合いゲームだ!武器はNGな!」


「いいけどタルクは恥ずかしくないの?」


「あ?恥ずいなら桶とかで隠しゃいいだろ、ちなみにオレはタオル二箇所な」


 タルクは既に胸と下半身を二枚のタオルで隠していた。

 というかタルク自身は己の身体を見られても良いのかもしれないが他の人が見てしまったらの事は考えていないのだろうか。


「……馬鹿になれというのか、私に」


「だから言っただろタルクに乗るとこうなるんだよ!!!」


 コークはゲームの内容を聞いて後悔したようだが既に遅い。

 もうゲームは始まっているのだ。

 既に響とラヴィッチは離れた所でタオルを奪い合いバトルが行われていた。


「……まぁ、取られなければいい話だ」


「っな!?」


「じゃあな」


「貴様!!!待て!!!」


 完全に気を抜いていたナイチの下半身を覆っていたタオルを強引に奪うと、コークはそそくさと走って逃げ出してしまった。

 別に普段から共に風呂に入った事はあるし今更恥ずかしがる事はないのだがついムキになってコークを追いかける。


(……まずい、この僕が辱めに……)


 ラヴィッチはうっかり響にタオルを取られてしまった。

 咄嗟に風呂桶で股間部を隠し彼と距離を保つ。


「えへへ!ラヴィッチ君かもん!」


(何で響はいつになくテンションが高いのさ~!!!!)


「ええい!!ヤケだ!!!」


 ラヴィッチのタオルを握って楽しそうに跳ねる響に向けて風呂桶を真っ直ぐに投げ付けた。


「っえぇ!!!?」


 それは見事に響の頭に必中し、その隙に距離を詰めて自分のタオルとついでに響の腰に巻かれたタオルも奪った。


「響のも貰ってくね~」


「そんなぁー!」


 ショックを受ける響だが、取られたら仕方がないと割り切り、すぐにタルクの元へと駆け寄りタオルを奪おうと手を伸ばす。


「タルク……っ!!わぁ!?」


「ふ、石鹸の罠だぜ」


 床が石鹸によってぬるぬるに施され、響はまんまと滑ってしまいタルクを横切った。


「……っ、諦める……もんかぁーー!!!!」


「何だってぇええええっ」


 残念だなと笑うタルクの方を転ぶ寸前で振り返り、強引に胸を覆っていた方のタオルを掴み奪取した。

 まさか取られるとは思っていなかったようでタルクは顔を赤くして胸を隠していた。


「……」


 そして彼らの騒ぐ様子を遠くの湯船から見る白妬とハーモニー。それと彪。


「彪様は皆様と遊ばないのですか~?」


「あいつらのテンションについて行けねーんだよ」


「それは同感だ。ならばこちらでゆっくりしようじゃないか」


 彪は呆れて輪に入らなかったようで女子軍の敷地内にナチュラルに入っていた。

 快く受け入れてくれた白妬とハーモニーを見て、よく思えばこれはハーレムではないかと赤面する彪だった。


「っ、貴様!返せ!!」


 相変わらずナイチとコークはタオルの争奪戦の最中だった。


「私のをさっさと奪えばいいだろう」


「……出来るか馬鹿が!!!!」


 ナイチは肩足を高く上げてコークに蹴りを入れた。

 しかしそれは簡単に腕でガードされてしまう。

 ついでにその動作で股間がノーマークになり、コークはちらりとそこを見た後ナイチの方を見て卑下するように笑った。


「無様だな」


「…………っ」


 屈辱的になったのかナイチは逃げ出すように露天風呂の方へ走り去ってしまった。


「ふん、逃げたか」


 そう言いつつゆっくりとした足取りでナイチが逃げた方向へと向かうのだった。


(……いない)


 露天風呂でナイチの姿を探すが見当たらなかった。

 歩き湯という風呂の中をぐるぐる歩いて浸かることが出来る所に入ってみることにした。


「ナイチ・コースト、今ならタオルを返してやらん事もないぞ」


 そう誘うように声を掛けると突然彼の後ろから水飛沫を立ててナイチが湯の中から出てきた。


「潜って待っていた甲斐があったな……!!」


「!」


「辱め返してやる……!!!」


 ナイチはボタボタと頭から水滴を垂れ流しつつ腕を思い切りコークの下腹部へ伸ばした。


 ……むにっ


「う、あぁ……?」


 しかしそこにあるはずのタオルは無く、代わりに別の物を触ってしまい思わず身を引いた。


「あぁ、残念だ。私は既にタオルを取られていたんだ」


 そう言うが実はコークのタオルは足元にあり、取られないように踏み付けていたのだ。


「き、貴様!!!」


「何だ、追ってもタオルは無いぞ」


「許さん!!!」


 コークに嵌められた事が気に食わないようでナイチは追いかけ続けた。

 しかし不意にコークは立ち止まると、何かを思い出してナイチの方を向いた。


「そういやお前……()()()()


「へ……っ!?す、す、すすすすすまん……!!というかあれは貴様……が……わ、る……」


 思い出されたく無いことを思い出され、ナイチはすぐに謝った。

 だが徐々に彼は目が虚ろになっていき、様子がおかしい事に気が付く。


「今度は何だ」


「……熱い……気持ち悪い……」


「……何分潜ってたんだ」


「息継ぎなし五分……」


 そう言って逆上せたナイチは意識を失ってしまった。


「――っぶわ…!!!?」


 室内の方ではタルクとラヴィッチと響が攻防戦を繰り広げていた。

 響はタルクにシャンプーを振り撒き威嚇するがラヴィッチにも被害が及んでいた。


「っひょああ!!?僕にまでかけないでよ響~!痛いー!」


「ごめんごめん……あ!コーク達帰ってきた!」


「え、何したのお前ら」


 露天風呂に続く扉が開き、コークとナイチが戻ってきた事を確認するが三人は驚いた顔をした。

 コークはナイチをお姫様抱っこしていたからだ。

 とても不恰好な様に少し笑いそうになるがコークは至って真面目な表情をしていたので堪えた。


「触られた」


「は!?」


「遊びは終わりだ、そろそろ出るぞ。……コイツ気を失った」


「マジで何した!?」


 詳しく話を聞きたい所だが真っ直ぐ脱衣場まで歩いていってしまうので自分達もシャワーでシャンプーを洗い流して急いで向かった。


 既に風呂から上がった白妬とハーモニーと彪はロビーで各々寛いで男子軍が上がってくるのを待っていた。

 意外にも銭湯が嫌いではないらしい白妬はワイシャツを着ずにサラシのままで瓶に入った牛乳を一気飲みしていた。

 それを隣で見て、風邪を引きますよと声を掛けるハーモニー。

 アイツらおせぇなぁとダルそうにテレビを見る彪。

 しかし脱衣場からの声につい驚愕の声を上げてしまう。


「…おーーーーい!!!目ェ覚ませーーーー!!!!」


「な、何事だ?!」


「さっきのゲームで意識不明者まで出たのかよ!!!!」


 風呂ではふざけて遊ばないと後にハーモニーに叱られる男子軍であったがコークだけ不服そうにそっぽを向いていたのだった。


評価よろしくお願いいたします!

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