11月25日
夕暮れの誰もいない学校。
いや、厳密には誰かは居るのだろうが怖いくらい人の声がしない。
それを好機と取ってノエルが仕掛けた。
「……ノエル……母ちゃん」
屋上にはノエルがいた。そして彼女の後方にはコークとタルク以外の仲間が特殊な拘束具で縛られて横倒しされている。
「……琴吹未来の時といい、今回も人質を取ったか」
学校だからと甘く見ていたようだ。しかも相手はタルクの母親なのだから手段は選ばない。
不利な状況に陥れられるが、さほどコークは気にも止めていない様子だ。
「何でお前ら二人を残したかわかるか?」
「……知るかよ」
簡単にあの人数を捕らえる事が出来るノエルをタルクは我が母親ながら恐れた。
当然だが彼女と話し合いだけで和解とは行かなそうだ。
「いやな、ショージキ人数多いと戦うのめんどくせぇなって思って」
「……」
「親と子って似るんだね」
「「うるせぇ!!」」
急に張り詰めた空気が和らぐかのようにノエルはいやはやと頭を掻きながら照れくさそうに笑った。
一同はそれを聞き思わず黙り込んでしまうが、ラヴィッチがうつ伏せで倒れながら一言だけ物申し、タルクとノエルがハモって反論する。
「い、言っとくがお前らの情報なんて知り尽くしてんだからな!人質を取れたのも事前に――」
「関係ない」
「――あべしっ!!!!」
ベラベラと自慢げに話すノエルに躊躇なく鞭を振るうコーク。
完全に不意を突かれたからか漫画の世界のようにゴロゴロと後方まで転がって行った。
「ったく、人が喋ってる時は無しだろォが!!!」
すぐに起き上がり刀を手にすると一度後ろに振りかざし遠心力で前へと投げ付けた。
「…………はぁ」
それをいとも容易くコークは顔だけ傾けて避けた。
刀は真っ直ぐに誰もいないフェンスの方まで飛んでいき、地面に落ちる。
「言動までそっくりだな」
「コーク、遠回しにオレの事もディスってんだからな?てかオレ母ちゃんほどバカ単純じゃねぇよ」
コークが呆れて嘆息する。
それに対してタルクが不満げに文句を言うが、その一言にノエルの眉は皺を寄せた。
「おい、親に向かってバカはねぇだろ」
「っぶふぇ!!」
苛立ったノエルが地面に転がっていた砂利を手に取りタルクに投げる。
それは彼の目に入って視界を歪ませ、その隙に素早く地面を蹴り先程投げた刀を拾ってタルクに斬りかかろうとした。
「母ちゃんさ、怒ると物投げる癖そろそろ止めろよな……!!!」
しかしその気配を察知しタルクも刀で防御した。
刀同士がぶつかる金属音が屋上に響き渡る。
「完全に二人の世界になってる……」
「てか、キレる所が“バカ”って……」
ラヴィッチと彪が親子の戦闘を遠くから眺めていた。
それしか出来ないのだから仕方の無い事だが。
「ねぇ白妬さーん、これ何とかして切れないかなー?」
「そうしたい所だが上手い具合に武器が握れないように縛られてな……。タルクかコークにやってもらうしかない」
「はう~」
白妬が後ろに回された手を必死に動かすもビクともしなかった。
彼女の膝の上にもたれる形でハーモニーが横たわっているが自由に身体を動かす事が出来ず辛そうだ。
まぁ、白妬は若干嬉しそうな顔をしていたが。
「ふ、凄いなあの二人、暴言を吐きながら戦ってるぞ」
コークは少し離れた所からタルク達の戦う様を見ては面白そうにしている。
一同も見るが確かに二人は聞くに絶えないような暴言を吐きながら互いに刀を交えていた。
「ちょっとー、そんな暇そうなら助けてよね」
ラヴィッチがコークに催促するが、まぁ待てと止められる。
「今回は久しぶりに私が前線に立って戦闘するんだ。超特待生以来だったな、真面目に戦うのは」
何故かニヤリと嬉しそうに笑うと彼女達に一歩近付いた。
だがそこで歩みを止めてしまう。
「てぇめぇオレと似たような武器持ちやがってアァ!?」
「パクったのはそっちだろぉがアァ!?」
入るタイミングが無いのだ。よくもまああんなに口を動かしながら戦えるものだとコークは感心したが同時に呆れて溜息をついてしまった。
「コークも捕まる?」
「阿呆か。仲裁に入ってやる」
そう言って静かに二人に近付いた。
相変わらず大きな声で怒鳴り合う彼女らに向けてコークは声を掛けた。
「まぁまぁ落ち着け二人とも」
「んだよコーク!!!」
「アンタは黙ってな!!!!」
当然の如く部外者はすっこんでろと返されるがコークは引かない。
「…お母様も、親子して血塗れになるまで喧嘩はいけませんよ」
「どきっ」
気味が悪い程の優しい表情とウインク付きの彼に、ノエルはつい胸が高鳴ってしまった。
そして一度刀を降ろすと、タルクにひそひそと何かを話し込む。
といってもコークには丸聞こえなのだが。
「タルクよぉ、なんだねこの良い兄ちゃんは。母ちゃん……今マジで惚れそうになっちまったよ」
「あー、こいつ最初の頃より丸くなったからな」
「マジかよ、めっちゃ優しいじゃねぇか」
「昔はもっと残虐でなー、でも今は全然だぜ?プリン好きだし」
コークは自身で思う分には構わなかったが、改めて他人に自分が丸くなった事を言われるのは気に食わなかった。
またもやタルク達は二人の世界状態でコークの事を話している。
彼女らの前でコークは黙って制服のジャケットを脱いでネクタイを外し、ブラウスのボタンに手を掛けていた。
「……お前ら」
「へ?」
「お前ら……?ら?」
「遊びは終わりだ……!!!」
「ぎょああぁああっ!!!!!」
「なんでオレまでぇえああああ!!!!!」
コークが身体からコードを出して二人に光線を当てた。
とばっちりを受けたタルクは地面に突っ伏して苦しそうに悶えていた。
「……!」
「のぁっ!?」
コークは先程の紳士のような表情から打って変わって物凄い剣幕で左腕からコードを伸ばし、ノエルの腕や脚を締め付ける。
更に右腕からもコードを伸ばして技を発動させようと蠢き出す。
一気に不利な状況にさせられたにも関わらずノエルはまだ余裕そうに笑みを浮かべていた。
「し、知ってるぜ……そこの左腕のやつ。確か無数の刃が出るやつだろ?だったらあたしが全部弾いてやるよ」
「……?」
コークは首を傾げて左腕のコードの技名を口にした。
「FIVE CODE」
「!!」
だがそこから出たのは刃ではなく真っ直ぐに貫く光線であった。
ノエルは間違った!!!と頭を抱えながら吹き飛ばされた。
「ちゃんと調べてから挑むべきだったな、ノエル・フォウマ」
「……っち!まだまだぁ!!」
一度コードが切れてノエルを縛っていたものが無くなり、彼女は刀を構え直して斬りかかろうと地面を蹴る。
しかし既に彼女の背後にコークが瞬間移動し、一瞬その場で飛んでみせるとノエルの肩を踏み台にして更に飛び上がった。
「こちらが刃だ。THREE CODE」
「ッグアァああっ!?」
脇腹からコードを出現させると今度こそそこから無数の刃が生み出され下にいるノエルに向かって突き刺さった。
「っやべぇー!!コーク兄貴の戦闘シーンかっけぇ!!!」
「……」
「白妬様~?顔が赤いですよ~?」
彪はコークの戦闘姿をこうしてしっかりと見ることが無かった為、かなり興奮している様子だ。
一方の白妬は見惚れてしまっているのか赤面して思考停止していた。
「今度はオレ放置か」
タルクがようやく重たい腰を上げて立ち上がり、息を吐いた。
目の前で自分を置いてけぼりにされ少し不服気味の様子だ。
そんなタルクを余所に、コークはノエルから少し距離を取ると再び左腕からコードを伸ばした。
彼も幾らか身体にノエルからの傷を受けているが全く動じていなかった。
「もう一度やってやろうか……!」
「っさせるかよ!!!!」
しかし伸びてきたコードから光線が放たれる寸前にノエルがそれを鷲掴みした。
掴みながらノエルに向いていたコードをクイッとコークの方に向けさせると、もう片方の手で額から流れる血を拭いながら意地悪げに笑った。
「こうされんのは、初めてだろ?」
「……ッ!!!」
コードがコークに向けられたせいで鋭い光線を直に身体に受けてしまった。
光が身体を貫くが、さして気にも止めず手に付いた血を舐めとっていた。
「私はそいつらより優れた身体能力を持っている。これくらい何とも無い」
「っは!そりゃあ羨ましい限りだ」
ノエルは吐き捨てるように笑いながら屋上に設置されているベンチに座るとタルクを見た。
「少し時間くれよ。タルク、あたしの隠し事ってヤツを教えてやる」
「……!」
タルクはグッと息を飲み、ノエルの一言で膠着した。
「てか、こうやって面と向かって話すの久々だな」
「……姉ちゃんが死んですぐにアリーシャ隊に入ったからな、オレ」
「そうそう、だから正直お前を見てタルクって呼ぶの慣れねぇんだよな……シルクって呼んじゃダメ?」
「気持ちは分かるけど、そこはタルクって呼んで欲しいわ」
ノエルがそう苦笑いするのも無理はない。
彼女にとって目の前にいる我が子の姿はどう見てもシルクにしか見えないからだ。
タルクもつられて苦笑いしてしまった。
「あたしがどんな話をするかわかるか?タルク」
「はっ、何言われてもオレは凹んだり落ち込んだりしねぇから勿体ぶらないで言えよ」
「……随分口が達者になったのなァ」
ノエルは表情から笑みを消して、未だに強気でいるタルクを静かに見つめ口を開いた。
「お前、シルクが死んだ時の事覚えてるか?」
「当然。姉ちゃんと信号渡ろうとした時に突然車が来たからオレが押して犠牲になった。その衝撃で魂だけが入れ替わってオレが姉ちゃんの身体で生きてる、だろ」
事故にあった当事者なのだから鮮明に説明が出来るのは分かっているはずだ。
だがノエルは敢えて彼に説明をさせた。模範解答に上出来だと頷く。
「じゃあ、あたしらGODESTの目的は何だか覚えてるか?」
「てめぇら母ちゃん倒して神になれとか中二な事ほざいてたな。平和に生きてぇのに神になるとかどうでもいいんだけど、なったからなんだよ」
「まぁまぁそう言うなよ」
タルクは至極忌み嫌ったように目を細めて腰に手を当てノエルを睨み付けていた。
タルクだけではなく他のアリーシャ隊達も同意見であった。
サランの元で強くなった自分達とお手合わせ願いたいのは百歩譲って分かるとして、何故騙してまで殺し合いをしなければならないのか。
神になったからどうなる等の説明もないので訳が分からないのだ。
ノエルは一度目を閉じ、息を吐くとギロリとタルクを睨み返し衝撃的な言葉を口にする。
「神の計画を実行するにはシルクは必要なかったんだよ」
「……は?」
そこでシルクの名前が挙がるとは思っていなかった。
タルクは目を見開き、口を震わせながらも彼女は車の事故で死んだんだと否定する。
「だから、あの時お前ら……シルクを轢こうとしたのはあたしなんだよ。神にさせるのにあたしは男のタルクを選んだ。シルクは邪魔になったから殺そうとしたんだ。まぁ、お前が庇った上に魂だけ生き残ってシルクの身体に移ったのは予想外だったけど。結果オーライか」
「……」
とても母親の台詞とは思えない程に酷いものだった。
だがノエルの話が本当だとすれば、シルクが死んでタルクが逆鱗してアリーシャ隊に入る所まで全て想定されていたということになる。
計画的すぎて、何の疑いもなく今まで生きてきた自分が悔しいとタルクは唇を噛んだ。
「母ちゃん…何でそんなにオレ達を神にしたいんだ?」
「これは親の愛情だよ。強くなりたいんだろ?だったら上を倒して証明してみろってんだよ」
「っざけんなっ!!!!」
支離滅裂な理由にいよいよタルクは頭が切れ、こちらに刀を向けて笑うノエルに一喝した。
「何が親の愛情だ……姉ちゃんを殺してまでオレを神にしたかったのかよ……!!!」
「あぁ、だってシルク生かしてたら絶対あたしらの計画をお前にチクリに言っただろうし」
「計画の邪魔だから……消したってことか。……母ちゃんを……殺してやるよ」
タルクの瞳から感情が消える。
先程まで感情を爆発させて怒鳴り込んでいたが恐ろしい程に静かになった。
彼の言葉には積年の恨みが混じっていた。
(風向きが変わった)
コークだけが、形勢逆転の気配を感じ取って二人の成り行きを見守っている。
「覚醒した所で何も――ッ!?」
ノエルがタルクに向かって突っ込もうとした時には彼女は既に斬られていた。
腹部から肩にかけて真っ直ぐに斬られ、血が吹き出る。
「何の罪もねぇ姉ちゃんを殺すなんて…許せねぇ」
「っぐあぁああっ!!!!」
タルクの動きが全く見えない。ノエルは必死に目で追って応じようとするがその頃には斬られてしまっているのだ。
抜群の機敏な動きについていけない様でノエルは腕や脚から血を流す。
容赦ない攻撃だがそれだけ母親に対して怒っているという事だ。
不慮の事故だと思っていたシルクの死が、ノエルの手によって仕組まれていた死であったから当然だ。
「ってぇ……!」
「なぁ母ちゃん……っ!!!!!」
「っ、う、ぐぁッ」
ノエルが床に尻もちをつき転倒した所をタルクは見逃さなかった。
ついに声を荒らげながら力いっぱいに刀をノエルに突き刺し胸を貫いた。
「何で犠牲にするって結論しか無かったんだよ!!!!何で…!!!姉と弟どっちも神にするって選択肢が出てこねぇんだよ!!!!」
「っ……!」
大粒の涙を流しながら訴えかけるタルクに、ようやくノエルはハッとした。
涙が堪え切れずタルクはノエルの上で崩れて泣きついた。
「……っ、マジで……馬鹿じゃねぇの……こんなん……ありえねぇよ……っ」
「……泣く…な、よ」
「うるせぇ……」
必死に目を擦り泣きやもうとするが適わなかった。
そんな我が子の頭をポンと叩くと、苦しそうな表情ながらも無理やり笑みを作ってタルクに笑いかけた。
「…っ、あたしの、負けだ……ご、めんな……タルク」
そう言うと突然辺りが眩しくなり、タルクは咄嗟に目を閉じた。
「……え?な、にここ……」
次に目を開けると目の前にいたはずのノエルは疎かアリーシャ隊の姿も無かった。
そして何故か何処かの空間で浮遊している状態だった。
辺りを見回すと後ろから不意に懐かしい声に名前を呼ばれる。
振り向かなくても分かる。シルクだ。
だが、信じられなくて後ろを振り返ると、やはりそこにはシルクが自分と同じように浮遊していた。
「どうしてもお話したくて、呼んじゃった」
そうお茶目に笑う姿は生前と変わらなかった。ここは死後の世界なのだろうか。
その割には温かくてとても心地がいい。
「お母さんを止めてくれてありがとう」
そう言ってぺこりとお辞儀をされるが、急に現実味を感じたので今だけ話を変えることにした。
「なぁ、オレのこの三角のやつって何なんだ?」
「それは私のパワーだよっ」
ずっと気になっていた頬の三角の模様の事を呆気なく説明され、つい固まってしまう。
これは互いが生きていた時は無かったものでシルクが死んでから気付かぬうちに付いていたのだ。
どんなに擦っても剥がれないからタトゥーだと思い込んでいたのだが。
「私の魂が死んだとしても、タルクの力になりたくて願い続けたの。そしたら力が湧き出てパワーを送る事が出来たんだよっ!だからタルクも術を使えたでしょ?名付けて“タルクと私の姉弟パワー”♪」
覚醒した時の術はどうやら本当にシルクの力が宿っていたようだ。
理不尽な死を遂げても自分を応援してくれたシルクに、タルクはありがとうと礼を言う。
「それはこっちの台詞だよ」
シルクは目を細めて微笑むとそっとタルクを抱き締めた。
「私はタルクの傍にいるから……GODESTを……必ず止めて?」
「……あぁ」
その瞬間、再び目の前が明るくなって何も見えなくなる。
シルクは最後に安心する声でタルクを激励した。
「タルクがこんなに強くなって嬉しく思ってるよ。彪君にもよろしく言っておいてね…」
自分の泣き顔を姉に見られずに済んで良かったとタルクはくしゃっと顔を歪ませ笑った。
そして再び目を開けると元の場所に帰ってきたようで現実に戻らされてしまった。
目前にいたノエルに名前を呼ばれ顔を上げると、彼女の身体が徐々に透けて光の藻屑と化していた。
「タルク、頑張れよ。母ちゃんを叱ってくれて、ありがとな……。ずっとお前を、応援してっからよ」
「母ちゃん……」
死ぬ間際にしては爽やかすぎる笑顔だった。
バイバイと言って消えてしまったが、タルクは感情がせき止められずに泣き続けていた。
ノエルが消えたと同時に他のアリーシャ隊を縛っていた拘束具も消失し自由となる。
タルクの背後からコークが声を掛けた。
「……タルク」
「泣くのは今だけに決めたんだ。さっき、姉ちゃんとも話せてさ。恥ずかしいとこ、見せれねぇだろ?」
タルクがこうして涙を見せることはない為、少し新鮮に思えた。
そんな彼に周りからもお疲れ様と声を掛けられ勝利を喜び合った。
そして屋上を後にしようと一同が入り口まで歩き始めたその時。
「―――ッ!?!?!?」
コークの頭に鉄球が直撃した。
何故か突然頭上から禍々しい鉄球が落下してきたのだ。
不意打ちな衝撃に受け身を取れずコークは倒れ込んでしまう。
「コーク!?」
「だ、大丈夫か!?」
頭から出血はしていたが幸い息はあるようでゆっくりと彼は起き上がった。
あれだけの衝撃に下を噛んでもおかしくないはずなのにそれだけで済むとは流石である。
そして咄嗟に白妬が辺りの敵の気配を探ろうとしたが、既に消えたようで舌打ちをした。
「……っ、僕……は」
「……?まさか貴様」
「僕は……誰?」
「き、記憶喪失!?!?」
コークは涙を浮かべながらわなわなと震えていて問いかけていた。
予想外すぎる展開に全員が目を飛び出し驚愕した。
評価よろしくお願いいたします!




