10月26日、10月29日、11月1日、
―十月二十六日―
アリーシャ隊の自宅にある地下にて。
この地下空間は階段を下りると広いフリースペースとなっており、戦闘訓練をするに持ってこいの場所なのだ。
階段横に狭いが休憩スペースが小部屋のように設けられており、各々の戦闘姿を見ながら自己分析等も出来るようになっている。
「ぅおおおおおお!!!!」
そこでタルクが武器を振りかざし一人で素振りをしていた。
「あれ、珍しいねタルク。刀じゃないんだ?」
「お、よく気付いたラヴィッチな」
そこへ降りてきたコーク達がタルクの持っている武器に注目した。
彼はいつもの刀ではなく何故かデッキブラシを武器にしていたのだ。
気付いてくれた事に気を良くしたのか、タルクは両腕を万歳させながら状況を説明する。
「臨機応変に動ければ無敵だよなって思ってオレは考えたんだ!」
「は?」
「もし学校でオレが罰ゲームでプール掃除を一人でしている時に!敵が来てしまい刀がない!どうしよう!って状況に置かれた時……」
「何で罰ゲーム受ける前提なんだよ」
ナイチに突っ込まれるもタルクは気にせず話を続ける。
「オレの武器はこれしかねぇ!ってデッキブラシで戦うことにしたんだ!つまり臨機応変に武器を扱えるか試してたんだよ」
「タルク様名案ですね~!」
「……確かに、臨機応変……か」
タルクの想定したシチュエーションは極端だが、臨機応変に武器を扱えるか試すという訓練方法は一理あると一同は頷きタルクを見直す。
「僕達もやってみる?」
そんなこんなで一対一に振り分け、臨機応変に武器を用意して戦闘訓練を行うこととなった。
まずはナイチと白妬だ。
地下に設置されているホワイトボードにはナイチVS白妬、コークVSラヴィッチ、タルクVS響と書かれている。
それを見ながら彪が首を傾げた。
「ん?」
「どうした大河彪」
「練習相手、俺は誰となんだ?」
「人数が合わなかったから外していたが」
「え!?マジで!?ひでぇ!!」
ホワイトボードには残念ながら彪の名前が書かれていなかった。
最悪ハーモニーとやるか?と考えていると地下の扉がそっと開く音がして振り返った。
そこには好奇心旺盛なワクワクした様子で捺紀が下りてきたのだ。
「……捺紀!」
「よくここがわかったね!」
「遊びに来ただけなんだけど地下から声がしたから。おれも是非見学したいなって」
「勝手にしやがれ」
捺紀はあの一件以降、特に深く尋ねてくることは無かったがアリーシャ隊の戦闘に興味を持ってしまい以前よりもよく顔を覗かせるようになったのだ。
口外もしなさそうなので特に追い出すことも無く見学を許可した。
だが、呼び名だけは変えなければならなくなったのでホワイトボードに書かれていた偽名を持つ人物の名前を全て大急ぎで書き直した。捺紀が見てない内にさりげなく。
「それで馨と白妬さんの武器って……包帯と輪ゴム!?!?」
「なんか一気にショボイ戦いになった気もするけど……めちゃくちゃ臨機応変っぽいからそれで行こうぜ」
二人が手を開いて見せてきた武器と呼べるのか怪しい道具に驚き響が二度見してしまった。
白妬が包帯で、ナイチが輪ゴムである。
だがこれも臨機応変らしさが出ているのでとりあえずそれで始めることにした。
ハーモニーが審判役となりホイッスルを鳴らした。
「……いっ……!?!?」
笛が鳴った直後にナイチが輪ゴムを弾き飛ばして器用に白妬の頬に当てた。
バチッという弾けたような音と共に白妬の苦痛の声が短く響いた。
「わー!ナイチ君早速活用してる~!」
(されど輪ゴムか……)
陳腐な輪ゴムだがまともに肌に当たれば普通に痛いものである。
勝ち誇った顔のナイチを、頬を擦りながら白妬が睨み舌打ちした。
「直線的なのは俺の武器も同じだ」
「……貴様……許さん……!!」
俊敏な動きで白妬が包帯をナイチに投げ飛ばす。
それこそ器用にコントロールされた包帯はぐるりとナイチに巻き付き縛り上げ、足を覚束せて転倒させた。
「……くっ……!?!」
背中を打ち、目を閉じた隙に白妬はナイチに飛び掛かろうと宙を舞っていた。
「そこまでです~!!」
ダン!と白妬が床に足を着くと同時にハーモニーが終了のコールをかけた。
ナイチも最後の抵抗で輪ゴムを白妬に向けたまま固まっていた。
「引き分けか」
「ふん、そうらしいな」
ギラギラと相手を射るように睨み合う二人をラヴィッチが怯えながら眺めて不安がっていた。
「い、意外にいい企画かも……怖いけど」
次はラヴィッチとコークの戦いだ。
ラヴィッチはノコギリを武器としている。
「あ!僕があげたノコギリ!」
「せっかくだから使わせてもらうよ」
九月十三日、ラヴィッチの誕生日に響が彼にプレゼントでノコギリをあげたらしく嬉しそうに目を輝かせていた。
たまには剣以外にも武器を使ってみてねという響のご厚意だ。
ラヴィッチはコークの武器であるベルトを見て勝利を確信する。
(鞭よりは痛くないはず……!)
「これなら行ける……!!」
「そんな単純な攻撃、避けて当たり前だ」
ノコギリを思い切り振り上げてコークに飛びかかるが容易く身体を引いて避けられてしまった。
だが余裕そうに見えてコークの様子は少し変だった。
それはラヴィッチも何となく感じていて、先程から自分ばかりが攻撃し続けていると気が付く。
「全然攻撃してこないね沙檻!やたら股間辺り押さえてるし!」
コークは不自然に己の股間辺りを片手で押さえながらラヴィッチのノコギリ攻撃をかわしていた。
股間というかズボンが下がってくるのを押さえる為にそこを掴んでいるだけなのだが。
「まさかそのベルトって――ぶしっ!!!??」
「あぁそうだ、私が今まさに身につけていたベルトだが。臨機応変と言うからこれしか無かった悪いか」
コークは半ば投げやりにラヴィッチにベルトを投げつけて顔面にぶつけた。
というかずり落ちそうにまでなっているという事はズボンのボタンやチャックも律儀にしていない状況にしていたようだ。
真面目なのか抜けているのか微妙な所だ。
「ははっ……」
「なつき兄、何笑ってんだよ」
「いやー、面白いなーって」
彪の隣で観戦していた捺紀が不意に笑いだした。
捺紀にも参加してみるかと声を掛けるが、自分はそんな能力ないからと手を振って拒否された。
「でも彪の攻撃だったら目を瞑ってでも避けられる自身はあるけどね、おれ」
「……てめぇえええええ!!!!」
「へへっ、じゃあねみんな!」
捺紀が彪に挑発すると、すぐに逆上して顔を赤くしながら叫んで追いかけた。
そのまま大河兄弟は地下の階段を上って退場して行った。
「てかあいつ常に目閉じてるんじゃ……」
糸目で目を閉じているように見えるので目を瞑ってでも避けられるという発言が何だか違和感に感じた。
気にせず最終戦を迎え、タルクと響が前に出た。
「オレは同じくデッキブラシで行くぜ!」
「響は……ビニール袋?」
「というか響に武器なんて無いだろ」
響は右腕にコンビニのビニール袋を被せていた。
確かに響には武器というものが存在しないので要らない気もするが、彼なりに設定があるようだ。
「左腕が骨折した設定で、このビニール袋は右腕の方のパワーのつもりで」
「一番頼りない!!」
「じゃあ左手は使わねぇんだな!容赦しねぇぞ!」
もっと他にいい武器があったのではとどうしても突っ込みたくなる一同だが、勝てると確証したタルクはデッキブラシを構えて響に立ち向かう。
「ぐぇ」
「いや負けるの早!!」
響はすらりとそれを避け、ビニール袋で覆われた右腕でタルクの首根っこを掴み浮かせた。
最短の戦闘時間であった。
「ていうかさ、僕達の武器って念じたら出てくるタイプだよね」
「……」
言われてみればそうだ。
ラヴィッチが念じると、ポっとすぐに剣が現れた。
それは他の皆も同じなので己の武器を使えない時が恐らく無いのだ。
「……なら記憶を失った時の対処法を……!!」
「おぁー!!僕は誰だー!!」
「……元気だなこいつら」
「戻るぞナイチ・コースト」
「……おぅ」
タルクと響とラヴィッチが愉快に次のシチュエーションで盛り上がりだしたので急に馬鹿馬鹿しくなりコークとナイチはそっと地下を後にした。
--------------
―十月二十九日―
「ナイチってさ、弱み見せないよね」
「当然だ。弱さを見せる程俺は落ちぶれてない」
ラヴィッチの自室でナイチと二人で弱みについて話していた。
ラヴィッチは割とすぐに弱音を吐いたりするがナイチのそういう姿は見た事がなかった。
何だか見てみたくなったラヴィッチはからかう様にへぇーとニタニタ笑みを浮かべながら過去の話を持ち出した。
「あの時のナイチは可愛らしかったのになぁ~」
「あの時とは何だ」
「僕と君が戦ったあの時さ」
思い出すのはラヴィッチがアリーシャ隊を裏切って倭側についてナイチと一対一で戦い合った時の場面だ。
「君、泣いちゃってね~!まぁ泣き虫で!」
「違う。始めに泣いたのは貴様だろうが」
「僕じゃない!ナイチが先だよ!」
「嘘つけ貴様だラヴィッチ」
「「どっち!?」」
言い合いを始めた二人は埒が明かなくなったのか正解を求めようとカメラ目線で何処かを見つめた。
ちなみにあの時はラヴィッチの方が先に泣いている。
「えぇー!?嘘でしょー!?」
「そら見ろ!泣き虫なラヴィッチめ」
ナイチは物凄く勝ち誇った顔でラヴィッチを指さして嘲笑った。
「む!その言葉、絶対に後で僕が言い返してやるから!覚えてなよ!!」
形勢逆転の機が望めない事を確信したラヴィッチはむすくれながら捨て台詞を吐き、部屋を出ていったがここが自分の部屋だった為すぐに戻ってきた。
「貴様が俺に泣き虫だとか弱み見せないとか言うけどな……」
「……?どしたの」
「……いや、何でもない」
気まずくなったのか今度はナイチが部屋を出て行った。
続きが気になる台詞だけ残して居なくなるとはモヤモヤしてしまうでは無いかとラヴィッチは不満げに溜息をつくが敢えて追わなかった。
扉の向こうでナイチが拳を強く握り締めて葛藤していた等知る由もなく。
「んー、どうしたら弱み見せてくれるかなー」
ラヴィッチは机に向かって一人頭を悩ませていた。
すると自室のドアがノックされ、ハーモニーが顔を覗かせた。
「ラヴィッチ様~、お飲み物持ってきましたよ~」
「ありがとうハーモニー。ちょうど喉渇いてたよ」
受け取ったオレンジジュースを一気飲みして喉の渇きを潤した。
机に置いてあるメモ帳をハーモニーが見つけてラヴィッチに尋ねた。
「何ですか~?これは」
「あ、これ?ナイチが弱みを見せてくれる為の戦略メモだよ」
箇条書きでいいから何か方法は無いかとあげていったがなかなかピンとくるものが無く悩んでいたのだ。
ちなみにそこには、“こちょこちょ”、“幼少期の話をする”、“殴り合う”と書かれている。
「あの人なかなかそういう姿を見せないでしょ?だから……」
「ナイチ様も悩んだり弱気になったりする時はもちろんありますよ~」
ラヴィッチの言葉を遮ってハーモニーがそう言うものだから見た事があるのか続きを聞きたくなった。
ハーモニーは一度目を閉じて、過去の出来事と会話を記憶から引き出す。
「一つお話しましょう~。ラヴィッチ様が倭様の仲間に着き、後にナイチ様がお話をしにそちらに行ったことがありましたね~」
「あー、懐かしいね。僕あの時実は見えないとこで泣いてたんだよね」
「……それは、ナイチ様も同じでしたよ~」
「……え?」
ナイチが泣く等ありえないと言い返したかったが、ハーモニーの記憶力は偽りなく正確なものだから否定が出来ない。
「あの後こちらに戻ってきて、パーラ様とソーラ様に愚痴を言いながら凄く泣いていましたから~」
そう言って当時のナイチの言葉を一言一句間違うこと無く教えて貰えた。
『俺と戦うっていうのに平常心保ちやがって……俺の気持ちも考えろよ……』
ラヴィッチが居ない時にそんな事があったとは驚きだった。
「ナイチ様の事ですから、表面に出せないだけなんです~。ですがそんなナイチ様をよく御理解なさっているのはラヴィッチ様では無いのでしょうか~?」
「……」
「ナイチ様は今、地下で訓練されてます~。では失礼します~」
ハーモニーは優しく微笑むと、飲み物を乗せていた盆を脇に抱え、丁寧にお辞儀をして部屋を出た。
彼女の言う通りだ。何年ラヴィッチはナイチと共に過ごしてきたと思っているのだ。
すぐに席を立ち、ハーモニーの助言通り地下へと向かった。
―――
「っぐ……っ!!!」
ナイチは地下で架空の敵と戦闘シミュレーションを行っていたがあと一歩の所で攻撃を食らってしまい負けてしまった。
(負けたくない……俺は弱みなんか絶対に見せない……。他の奴らがどんどん強くなっていっていることに不安を感じているなど知られたくない……!)
「……はぁ……はぁ…」
「なーにしてんの」
「……ラヴィッチ」
壁に背を預け休憩していると横からラヴィッチが姿を現した。
先程の件があった為ナイチは何の用だとそっぽを向く。
「トレーニングしてからまだそんなに時間経ってないと思うけどバテるの早くない?」
「……」
「響やタルクは最近もっともっとトレーニングしてるし、コークと白妬ちゃんは月の姫が協力して相手になってくれてるみたいだよ」
「黙れよ……」
敢えて煽ってしまうのがラヴィッチの悪い所である。
ナイチに関することだとすぐにからかう様に言い過ぎてしまうから自分でも反省しているのだ。
ナイチも苛立ちをあらわにし、舌打ちをする。
ラヴィッチはすぐに弁解しようと頬を掻きながら言葉を選ぶ。
「ま、まぁ……僕はそこまで体力無いから……出来ないけど」
「いいから黙れよ。悪かったな、俺が弱いから」
不貞腐れるナイチにラヴィッチも呆れてしゃがみ込む。
相変わらず目を合わせてくれないナイチをジト目で見つめた。
「君さ……一人で何もかも抱えるのやめたら?」
「……!」
「君が努力してるの知ってるから……僕も他のみんなも。ナイチは充分強いから、たまには弱いとこ見せてもいいと思うよ」
今度は嘘偽りなく本心を伝えることが出来て安堵する。
その言葉に少し気を良くしたようでナイチはラヴィッチの方を振り向いた。
だからといって今すぐ弱みを見せる訳でもないし、もちろんラヴィッチ自身もそれ以上は何も言わないつもりでいた。
「あれ?君、怪我してたの?」
「……」
ナイチは先程のトレーニングで膝を盛大に擦りむいていた。ズボンの上から血が滲んでしまい、見るからに痛そうである。
余計な心配するなと言わんばかりの態度で再びラヴィッチから目を逸らすが当の本人はお構い無しにナイチを軽々とお姫様抱っこした。
「よいしょっと!」
「なっ、何をする貴様……!」
「いや歩きづらいだろうから」
「お、俺は六十二キロなんだから持てるわけが……っ」
自分より細い体型のラヴィッチに抱きかかえられ申し訳なさと恥ずかしさで抵抗するも意味がなかった。
「うるさいなー、良いでしょー?たまには恩返しさせてよ、戦友なんだから」
「……っ!」
問答無用で地下の階段を上っていくラヴィッチのその優しい言葉にナイチはつい言葉を詰まらせてしまう。
「……っ、馬鹿者が……」
「……ナイチ……」
「……あ……」
気が抜けてしまったのかナイチはほろりと一粒涙を流した。
本人も涙が出たことに驚いたのか頬に触れて拭った。
やっと見せた彼の弱みにラヴィッチは嬉しそうに目を細めて笑った。
「泣き虫なナイチ~!」
「今だけだ阿呆……!」
--------------
―十一月一日―
深夜の皆が眠っている時間。
コークの携帯に着信が入り鬱陶しそうに手探りで探し出して耳に当てる。
こんな時間に誰だと着信相手を一瞬確認したが登録されていない番号だった。
『……殿堂梨杏の母ですが……そちらに梨杏は行ってませんか?』
電話口の相手は予想外の人物からだった。
身に覚えもないので来てませんがと答え電話を切る。
何故自分の番号を梨杏の母親が知っていたのか。
もしかしたら梨杏は自分の携帯を置いて何処か外に出ているのだろうかと不意に窓の外を見ると家の近くにある公園の方から稲光のようなものが見えてしまった。
「んん~コーク、誰と話してたのぉ?」
「……一人言だ」
響がコークの声を聞き付けて部屋まで寝ぼけまなこでやってきたが適当にあしらって少し外の空気を吸ってくると嘘をついた。
それと何となく番号を教えた犯人が響だと思い、すれ違いざまに尋ねてみた。
「殿堂梨杏に私の携帯の番号を教えたのはお前だな」
「せーかーい!みんなの教えたよ~」
「……」
プライバシーは無視かと無言で部屋を出て階段を下りた。
「私も良心を持ったな……」
ボサボサの頭を掻きながら玄関のドアを開け、稲光が見えた公園へと向かう。
案の定そこには梨杏が一人で居て、私服ではなく変身した時の戦闘服を着用していた。
「……絶対に……勝たないと……」
「何してる」
「っ!?な、何で貴方が……」
「窓からお前の電撃が見えたから」
何やらブツブツ呟いている梨杏に話しかけるとあからさまに驚いた表情でコークの方を振り返った。
「その格好で居るということは例の月の姫の元へ戦闘をしに行くつもりなのだろう」
「そうよ……この能力は、自分を守る為と友人の仇を取るためにあるのだから……」
「何故だ」
コークが表情ひとつ変えずに尋ねると梨杏は血相を変えて怒りをあらわにした。
「何でって……。まだ仇を討ち返してないからよ……!友人はあの三人に殺されたの……!!貴方にも話したでしょう!?」
梨杏の言葉を聞いて、三人という事はエレディス、リンリン、キルトの特待生だと察する。
確かに彼女と初対面の時に月の姫に恨みがあり探していると言った話をしていた事を思い出した。
昔のコークだったら、そうかなら行って今すぐ殺してこいと背中を押していただろうが今の彼はそうも行かない。
自分で言ってしまう程に良心を持ってしまったからだ。
コークは静かに怒りをあらわにした。
「……仇を討ってどうする」
「……え?」
「そこで終わりか?やっと殺す事ができた、で終わって本当に満足するのか?」
「……それはっ!」
「ふざけるな」
梨杏が何か言い返そうと口を開いたがあまりにも冷酷なコークの声に気圧され噤んでしまう。
「恨んだ相手を殺した所でそいつは還って来ない事くらいわかるだろう。もっと他に友人を弔う考えも出来たんじゃないのか」
「……っ」
「何故仇という結論に至った?答えろ……何故殺す選択をした。私に分かるように説明してみろ……!!人を殺すという事が!!どれほど残虐か!!お前は分かっているのか!?」
「っひ……」
初めて見るコークの怒鳴る姿に梨杏は怖気付いて身体が震えた。
コークも過去こそは残酷な心の持ち主でサランがいるなら他人は死んでもいいといった考えだった。
しかし更正して思想が変わった。変えてくれたのは倭達に、アリーシャ隊だ。
「……私には……戦うしか……選択肢はないの……」
俯かせて弱々しく答える梨杏だが、そこを退いてと顔を上げてコークを真っ直ぐに見た。
「退くものか。私には…お前にもあの月の姫にも戦ってほしくないしお前には生きてほしいと願っている」
その言い方がまるで自分が負ける前提で言っているようで少し不服そうに梨杏は眉を顰める。
「それは私が負けるってこと?」
「勝っても負けてもだ。お前は私の……私達の友人だ」
「……えっ?」
「……とアリーシャ隊が言っていた」
「やっぱり……」
一瞬コークの本心かと耳を疑ったが、違ったようで肩を落とす。
「時にお前……雅とはどうなった」
「な、なによいきなり」
「いいから聞かせろ」
突然話題に出たつつじの名前に梨杏はドキッとする。
梨杏とつつじはお気楽部に入部してから他愛もない会話はするが特に進展がなかったのだ。
現につつじは振られた事になって触れないようにしているみたいで、梨杏が動かない限りは発展する事もない訳で。
「……雅君の事は……好きよ」
気持ちが素直になれないだけで彼女はつつじを好きでいたのだ。
だけどどう彼に話を切り出していいか分からず一先ず白妬とハーモニーに意見を聞いてみようと赴いたらしい。
女性同士ならば気軽に相談できるだろうと内容を話すも白妬の「リア充は死ね」という一言で終わってしまった。
「……まぁ、アイツらしい返答だ」
「そ、それでね……結局雅君に思い切って告白しようと声を掛けたんだけど……」
いきなり告白されても困るだろうからまずは他愛もない話から入っていこうと考え、来週迫っていたテストについて話題を持ち掛けたそうだ。
つつじは順調に勉強は進んでるよというが信憑性がなく自分で良ければ教えてあげられると梨杏は言った。
だがつつじは梨杏の前に手を広げて、拒否をしたと言う。
『殿堂さんに迷惑かかるし!他の子に教わってるから大丈夫だよ!それに僕、振られたじゃん?』
自分が素直にならないから離れてしまったのだと梨杏は後悔をした。馬鹿だなと自分を蔑んだ。
「私もリア充に興味無いが…」
コークはその話を聞いて梨杏に現実を突きつける。
「だがな、お前がそんな性格だから雅は他の奴へと移るんだ」
「……っ……は、話を戻すわ」
梨杏はバツが悪そうに唇を噛んだ。コークの言っている事は正論だったからだ。
悔しくて話題を無理やり戻し、腕から電撃を放ち警戒させる。
「退きなさい……退かないと痛い目見るわよ……!」
「痛い目は見たくないが、お前が諦めて帰るまで立ち塞がってやる。そのために爆睡の最中ここに来たんだからな」
「……あぁああああっ!!!」
そう言うと梨杏は拳を強く握り、コークに向けて開くと電撃を放った。
だがその攻撃はコークの鞭によって呆気なく打ち消された。
「私はお前を止める」
「うあああぁあああぁああ!!!!」
梨杏は錯乱し次から次へと電撃を放出させてコークに飛ばす。
全て避けられている事にも悔しさを感じ、涙を流していた。
「もう諦めて退いて……っ!!私の都合で……貴方に迷惑掛けさせたくない……!」
「おーおー、なんか派手にやってんな」
「っ!?」
声がした方向を見ると、偶然なのか分からないが特待生三人が歩いてこちらに近付いてきた。
「ほぅ、お出ましか」
「仇で私達を殺そうなんて一生無理よ」
どうやら一連の話は聞いていたようでエレディスが梨杏を睨みつけながら吐き捨てた。
あまりにもキッパリと断言され、梨杏は圧倒されてしまう。
「私達は貴女と戦いたくないんだけど……わかってくれない、かな?」
「分かるわけないじゃない……敵だもの……!」
「ったくとんだワガママ娘だな」
鎮めるようにやんわりと声を掛けるキルトにすら噛み付いて反論する梨杏である。聞く耳を持たない状態だ。
リンリンも呆れて大きく溜息をついていた。
「というか貴方も月の姫と敵同士じゃなかったの!?どうしてそんな平然としてられるのよ!」
「……まぁ問題が解決して和解したからな」
特待生三人とコークが集った事で勝利の見込みが無くなったと確信した梨杏はその場に膝から崩れ落ちて項垂れる。
「……それでも……私はあの人に……会えない……」
前に聞いた梨杏の話によると、自分より一つ年上のその友人は大学に通っていたが帰りに梨杏と合流するはずの待ち合わせ場所に来ず大学付近まで赴いてみた所、特待生三人に連行され姿を消したというのだ。
耳が特徴的な為すぐに月の姫だと特定し、友人が拉致されて殺されたと梨杏は恨んでこの三人を探していたらしい。
一応その話を三人に話してみると少し考え込んだ後にあぁ、あれかと思い出したようだ。
「てかお前何言ってんだ?あの時のあれは別に殺したんじゃなくて一度私らの月の世界に送還させただけだぞ?」
「浄化するためにねっ」
「うちの超特待生達がその人を乗っ取りやがったのよ。だから探し出して元通りにさせるのに連れ出しただけ、悪かったわね。今は普通に学校に通っているはずよ?」
「……」
それだけ言い残すとあっけらかんと特待生三人は姿を消してしまった。
衝撃的事実すぎて頭がついて行かなく梨杏は言葉を失ってぽかんとしていた。
「…考え直したか?」
「……えぇ。ありがとう……コーク君……。あ…石黒君の方が何だか呼びやすいわね」
取り残されたコークが梨杏に声を掛けると、彼女の表情は穏やかになっていた。
結果的に友人は生きているようだから安堵したのだろう。
「殿堂梨杏」
立ち上がりコークの横を通り過ぎると同時に変身を解き、普段着に戻った。
「最後のチャンスは来週の学園祭だ」
「分かってるわ」
チャンスというのはつつじとの進展の話だ。
今の彼女ならばきっとつつじに本当の気持ちを伝えられるだろうとコークは思ったのだ。
梨杏もそれは理解していて意味深に、それまでよろしくねと歩いて去っていった。
「雅を見張れとでも言うのか?私はリア充に興味が無いと言っただろう」
腕を組みながらコークは呆然と文句を言うが心の底から嫌そうにはしていなかった。
そして今回の件。
梨杏は自分に止めて欲しくてこの場に居たのだろうとコークは確証付いていた。
何故そう思うのかというと、梨杏は瞬間移動を得意としているが一切使用しなかったからだ。
月の姫を殺したいのならとっくに瞬間移動で赴いているに違いない。
何処までも素直じゃない奴だとコークは呆れながら自宅に瞬間移動をして戻るのだった。
そして翌日、梨杏は大学に訪れると何事も無かったかのようにこちらに気付いて久しぶりだと声を掛ける友人がいて、本当に生きているとただただ驚いていたようだ。
評価よろしくお願いいたします!