10月22日
昼休み。
一年チームの響と白妬とハーモニーと彪は一緒に屋上で昼食を取っていた。
今日は天気が曇りの為、他に生徒は居なかったので堂々と本名で呼び合う事が出来る。
と言ってもこの場で本名で呼べるのはハーモニーだけだが。
「次の移動教室って理科室?」
「確かそうだったかも!」
「なら早めに食べ終わって向かわないとな。……ほら、ハーモニーあーん」
「あ……あーん~」
彪は時々思うことがあるようで、こうして仲良さげに食事をしている彼らを見ていると本当に過去に悪い事をしてきた人物なのかと疑心暗鬼になってしまうのだ。
それだけアリーシャ隊の間で絆が生まれたという訳である。
ちなみにハーモニーは機械なので食事が取れなかったが、最近特殊な術で食べた物を体内からどこか違う場所へワープさせるという凄技を身に付けた為、皆と共に食事をする事が可能となった。
すると屋上の彼らがいる場所から少し離れた所でカツンというヒールの音が聞こえた。
「……っ!」
瞬時にそちらの方を見ると、響の母親の未来が一人そこに君臨していた。
「……やっほー」
「……母さん」
以前己の娘である明日香を指パッチン一つで抹殺した人物だ。
思わず息を飲み、距離を保ちながら出方を待つ。
「……あ、お弁当食べてからでもいいよ?」
「……」
さすが琴吹未来。マイペースな所が響と似ている。
彪と白妬は呆れた様子で未来を見ていたが、一方響は後ろで一同に背を向けながら座り込んでいた。
白妬はその響の姿を見て気持ちを察し声を掛けるが途中で遮られてしまった。
「やはり響も辛いのかもしれな――」
「せめて卵焼きだけでも食べてからにさせて!!!」
「……」
今度は響に呆れて溜息をついた。親子二人してそういう所が似すぎな気がする。
未来も相変わらずねと微笑んでいた。
「彪、下がっててね!」
そうして好物の卵焼きをぺろりと食べ終えた響が彪を庇うようにして前に出た。
「前回は見学していたみたいだけど、今回はそうはいかないかもよ?」
未来が自分の腰辺りまである巨大な包丁を地面に突き刺しながら意味深に彪を見下ろして笑う。
彼女の後方に、同じく巨大な複数の包丁で囲まれ囚われた捺紀がいたのだ。
「なつき兄……!?」
刃と刃の距離感が短く、捺紀は立ち膝状態でぐったりしているが少しでも動けば切れてしまいそうだ。
「大事なお兄さん、死んじゃってもいいの?」
「……おばさん……相手になりますよ……ッ!!!」
捺紀が捕らえられてしまったのは予想外だが、彪もさすがに黙っていられなくなり響の横を通り過ぎ一瞬で未来の目の前まで近付いた。
「……ぇい!!……って、小さ……」
「ぅらあああ!!!!」
「あぅ……ッ!!!」
未来は一般家庭によくある包丁を手にし、真横に振りかざすが背の小さい彪はすぐにそれを屈んで避けて、膝蹴りを叩き込んだ。
「もう年なんだから……手加減してよね……!!」
未来は上に蹴り飛ばされたがすぐに宙で体勢をくるりと整えると投げやりにそう吐き捨て、巨大な包丁を彪に向けて投げ飛ばした。
「……!街灯で阻止してやる……!」
絶妙なコントロールで自分目掛けて飛んでくる包丁を阻止すべく、彪は腕を傍にあった街灯に向けて手を開き、それを地面から浮かせて盾にした。
しかし包丁の威力が強く、街灯の柱は彪の目の前で真っ二つに折れてしまった。
「しまっ……!?」
「ていや!!!」
そのまま包丁が彪を切り付ける寸前で響が右腕で殴り、何とか当たらずに済んだ。
包丁は響の足元に静かに落ちて割れた。
「卵焼きパワーだっ!」
「サンキュー響……!」
阻止できたのが卵焼きのおかげだというのなら、毎日でも卵焼きを食べてきて欲しい物だ。
「ハーモニー、他の奴らを呼んでこい」
「分かりました~!」
白妬がハーモニーに指示し、すぐに踵を返して屋上の扉を開けて下へ降りて行った。
捺紀がいたにも関わらずうっかりハーモニーと本名で呼んでしまったが、彼は今もぐったり俯いているので多分聞かれていないだろうと気に留めないことにした。
「刃物勝負と行こうか……!」
「へぇ~……」
白妬は小型のナイフを片手に未来へ突撃し、縦に腕を振る。
未来は避けつつ白妬と同じサイズの包丁を握ると反撃するように彼女の腕を横に切り付けた。
「片目だけなんて大変ねぇ」
「同情するなら潔く死ね……!!!」
「何なら……もう片方も失明させちゃおっか?」
両者とも一心不乱に刃を振りかざし続けている。
切られた傷は浅いが、場所が多くなると出血も増えて厄介である。
未来は身体を狙って切り付けていたが、突如白妬の左眼を刺そうと包丁を突き立てた。
「馬鹿だな。抉って切って刺すのは私の仕事だ……!!やられてたまるか!!」
「っぅぐ……ッ!!?」
しかし白妬は瞬時に避け、未来の背後へくるりと飛びながら移動するとナイフの持ち方を突き刺しやすいように変えて肩口目掛けて思い切り刺した。
「俺……さっさとなつき兄助けたいから……覚醒しちまうぞ」
そう言って彪は片目のハイライトを無くし、覚醒した時の瞳に変えた。
超特待生戦の時に、彪はハーモニーにいい所を取られお披露目が出来ていなかったが彼の覚醒した時の能力は念じれば望んだ武器が出てきて使用する事が出来るというものだ。
早速両手を前に出して念じると、歪な形の鋭い剣が現れ握る。
「あら~、それは厄介ね」
「っ!?」
しかし一歩遅く、未来が彪に包丁を投げつけた事で尻もちをついて転倒してしまった。
「やっぱり新米なだけあって経験少ないのかしら?残念だわ―――っぁぶ……ッ!?!」
未来は彪に冷たく言い放つが、空中から響に飛び足蹴りをお見舞され彼女も回転しながら地面に転倒した。
「僕の親友を侮辱するのは許さないよ」
軽快に地面に着地した響は静かに怒りをあらわにすると、すぐに未来を起こし、フェンスに押し付けながら両手首を真上で掴みあげた。
「これなら包丁出せないよね…?」
我ながら賢い掴み方だと賞賛したが、未来はあまり焦った様子を見せなかった。
「あのねぇ……私の包丁はどの大きさでも存在するのよ……!!!!」
「っうぅ……!?」
未来は口を開くといつ仕込んだのか小型の包丁が備えられ、それを咥えながら響の肩に器用に突き刺した。
苦痛で手を離し後ろに下がったタイミングで今度は白妬が前に出て仕掛ける。
「琴吹未来!私のナイフでも食らえ!!!」
「……なっ!?」
白妬が腕を上げると、未来の頭上に無数のナイフが浮かび上がり、一斉に突き刺さってきた。
手に持っていた包丁で弾き返したりするも、手が足りなくナイフが身体中に刺さる。
「っく……私の包丁だって負けないわよ……!!」
そう言って白妬に向けて大きな包丁が何個も飛んで行く。
しかしそれに軽々と飛び乗っては飛び移り、未来に近づいて行きナイフを持った腕を振りかざした。
「刺した次は斬ってやる……!」
「私の……包丁を、踏み台に……っくぅ……!」
呆気なく白妬に切られてしまった。
咄嗟に腕でガードするも裾が破れて出血している。
だが未来はまだ余裕の笑みを浮かべて白妬とから少し離れた。
「察するに、次は抉るのかしら?」
「察しがいいな。響を泣かせない内に死なせてやる」
白妬も一歩も譲らないといった態度だ。
ナイフを片手に再び未来に飛び込んでいくが動きが止まってしまった。
「抉るのは私、抉られるのは貴女よ」
「……っぐぁ……ッ!?」
いつの間にか未来も白妬に近付いていて、掌より少し大きいサイズの包丁で腹部を突き刺しぐるりと中でまわした。
ぐしゅっというグロッキーな音が聞こえて思わず顔を顰める。
「くそ……!」
「……彪、行ける?」
「おぅ……なつき兄を助けるためだ……おらぁあ……ッ!!!」
彪は先程念じて生み出したオリジナルの剣を、遠くから未来へ向けて投げつけた。
「ちょ……っ!?まさかの投げ技!?」
「使い方は俺次第なんだよ!これでも食らっとけ!!」
未来はまさか剣が飛んでくるとは思わず腹部を貫通させた。
だが彪は構わず腕を振り、遠くから瓦礫を重力で持ち上げると、刺さった剣を押し込むようにぶつけさせる。
「……もぅ……っ、わた、しの……邪魔を……しないでよ……ッ!!!」
「な、なんだ!?」
未来が剣を引き抜き叫ぶ。
すると頭上から先程白妬がやったように無数の包丁が浮き上がり響達を刺そうと落ちてくる。
「ふん、下がれ」
「白妬!!」
白妬は彪と響の前に庇うように出ると、ハイライトが消えた瞳を開き覚醒した。
そうすると落下してきていた包丁全てが爆発し、何も無かったかのように消え失せた。
「私のこの能力は、狙った物の動きを止める事が出来るらしい。そしてバーンだ」
指で銃を発砲する素振りを見せた白妬は勝ち誇った顔をしていた。
「……ど、して……そういうこと……するの……」
無惨に落ちた包丁の破片を見下ろしながら未来は悔しそうに涙を浮かべながら顔を歪ませる。
「もういいわ……!言ってあげる、私の隠し事……!!」
投げやりに腕を広げて未来はある物をばら蒔いた。
―――
その頃コーク達はハーモニーに呼ばれ、全力疾走で屋上へと向かう階段を上っていた。
「まさか学校に来ていたなんてね……さすがに想定してなかったよ……!」
「気配でも消していたのだろうな」
「俺達が呑気にしていた時に響達は……!」
「ラヴィッチとナイチの母ちゃん時みたいに、響の母ちゃんにも隠し事ってホントにあんだろうか」
コークですら未来の気配に気付くことが出来ず不服そうに走っている。
各々思う事はあるだろうが、まずは敵を倒す事が先決である。
「開けますね……せーの……!」
ハーモニーが先頭に立ち、屋上に上り詰めたので急かすようにドアを開けた。
「……え?」
ドアを開けた瞬間、目の前に飛び込んできたのは何枚もの明日香の写真だった。
しかしそこに写っている彼女は怯えた表情で泣いているものや、手首が痣だらけになった状態で疲れ果てて眠っている姿など、それもどの写真も下着姿や裸のものだった。
「明日香をこっちで保護していた頃に、この子を操って響と戦わせようと考えていたの。でも拒否って嫌がって言うことを聞いてくれなくて。だからいいよって言ってくれるまでうちの上の方が明日香を抱き続けた」
「……」
結局明日香は頷かなかったのであの場で殺したと、未来は笑ってそう話した。
あまりにも残酷すぎて一同は怒りで声が出ない。
そしてナイーブな話だからこそ響を差し置いて何と言葉を掛けるべきかも迷っていた。
響は手元に落ちてきた明日香の、背中を向けながら抵抗して泣いている写真を見て目を見開いた。
「……みん、な……どう、しちゃったの……」
「は?捺紀!?なんで!?」
後から来たタルク達も捺紀の声で彼が人質に取られていたと気が付き驚く。
バッドタイミングで目を覚ましてしまったようだ。
「な、んで……戦って、るの……。いつもの、優しい、みんな……で、居てよ……怖いよ……っ、助けてよ……!!」
恐怖心で泣きじゃくる捺紀の姿を見て、ラヴィッチがハッと息を飲んで罪悪感に苛まれ冷や汗をかいた。
(僕は最低だ……何も知らない彼が人質に取られていた事にも気が付かないで……先輩が敵だと思い込んで……。そして今、焦燥で動けないなんて……!)
拳を固く握り締め無力な自分に苛立っていた。
だがその後にふと思う事があり、考える。
(……待てよ、ということは……あの時の男は先輩では無い……。奴は……別の人……!?)
考えるのは後だ。
まずはこの悲惨な状況をどう打破して行くかが問題である。
響は持っていた写真をはらりと地面に落とすと、笑い出した。
「あはっ…。あははっ!あはははははははっ!!!!はははははははっ!!!!あははははははははははははははっ!!!!」
「ふふ……ショックと混乱で頭がイカれたのね」
突然の響の高笑いに一同が心配の目を向けるが、未来だけが嬉しそうにニヤリと笑っていた。
しかし次の発言で未来の表情は一変して固まる。
「随分そっくりなお人形さんだね」
「……っ!?」
「こんな手間をかけてまで僕を泣いて狂わせたかったのかな?」
響は写真の中の明日香を偽物だと見破った。
未来の表情を見る限りその通りなのだろう。だが何故瞬時にそうだと分かったのか響は自ら解説をしてくれた。
「何でわかるのって?あすは右の上腕に“TOM”ってアルファベットが掘られてるんだ。“ASU”だと普通だからTOMORROWの頭三文字を僕が掘ったんだ」
ちなみに僕はTODだよと左腕を指さして主張した。
未来はこれ程にない屈辱的な思いで震えていた。
写真付きで手の込んだ響への隠し事がまんまと嘘だとすぐにバラされたからだ。
「削ったのは中学の時だったかな。まぁ、母さんが知らないのも当然だよね。中学に入ってすぐに母さんは僕達を捨てて居なくなったんだから!!!」
「……ぁ……あぁああああぁああ……ッ!!!!」
未来はヤケクソになって響に真っ向から突っ込んだ。
しかし呆気なく避けられ後ろから首を掴まれてそのままフェンスに押し付けられてしまう。
「っか、は……っ、わたし、はね……!!母さんは……!!響に……妹離れして欲しかったの……!!!」
「……え?」
勢いよく腕を振り回し響の頬を未来の包丁が掠める。
そこが痛みでじんと疼くが未来の今まで話すことの無かった胸の内に思考を停止させてしまった。
「私が……頼りないから……っ、貴方はしっかり者の……明日香のほう、ばかり……頼りにして……っ…本当は……もっと…響に…母さんを頼って欲しかった……!私……母親らしい事なんて……な、にも……してない……っ」
「……母さん」
響の目の前にへたりこんで泣きじゃくる未来を悲しそうに響は見下ろしていた。
結局響は未来よりも明日香を頼ってその上溺愛し過ぎてしまった為、明日香への憎しみと恨みで家を出たのだという。
その時に突然現れた白花に声をかけられ、彼女の作戦に乗ったのだそう。
「母さん、顔を上げて」
「っ!?」
「……あ、す……」
その時二人の傍から明日香の声がしてその方向を見ると、死んだはずの彼女が確かにそこに立っていた。
ここにいる全員が有り得ないと言った表情だった。
「あー、分かってると思うけど一応私死んでるから。母さんに殺されて、ね」
「……明日香」
明日香が自分の足元を見てと促すので目をやると、彼女の足が透けて浮遊しているような状態となっていた。
気まずくて未来が目を逸らす。
「…でも私達はこうして今も母さんってちゃんと呼んでいるわ」
「……あ……」
「この時点で母さんは母さんじゃないの。ね?兄さん」
「……うん。母さん、僕こそごめんね。」
響と明日香は未来に見捨てられても常に母さんと呼んでいた。
頼りなかった面もあったのだろうがきちんと二人の母親だったのだ。
だが未来が間違った思想を持ってしまい、このような結果を招いてしまった。
「響……明日香……ごめんなさい……っ」
未来は涙を流しながらただただ謝り続けていた。
二人をそっと抱き締めながら。
すると未来の足元が明日香と同じように透き通って下から消失していった。
「さぁ、明日香……。一緒に行きましょう」
「えぇ、母さん」
未来はこの世から消えて無くなる覚悟が出来ているのか表情は明るかった。
最期に響をしっかりと見つめながら母親らしい優しい笑顔で言葉を告げる。
「私、母として何も出来なかったけど……二人と一緒に暮らしていたあの時は……とても幸せだったわ……」
「ふふ……兄さん」
「っわ……」
明日香も響の名を呼ぶと、唇に触れるだけのキスをしてすぐに離れた。
透明で触れることが出来ないはずなのに、何故だか唇が温かかった。
「愛してるわ…」
そう告げて、未来と明日香は光に包まれて消えていった。
「ぉわっ!!」
「捺紀先輩……!」
それと当時に捺紀を取り囲んでいた巨大な包丁が消失し、突然解放された事で前に倒れてしまった。
「大河捺紀、平気か」
「う、うん……怪我はないよ」
最後の問題は捺紀に彪含めアリーシャ隊が能力をバンバン使って戦闘を行っていた姿を見られてしまった事だ。
ナイチが捺紀の隣を通り過ぎざまに口止めさせる。
「…今日の事に関しては、何も問わないで欲しい」
「……色々事情があるみたいだね……分かった。見なかった事には出来ないけど何も聞かないよ」
察しがよく、案外すんなりと捺紀は彼らの現状を問い詰めず受け入れてくれた。
彪が重力を扱える事を知っているから、アリーシャ隊が能力者でもそんなに驚かなかったみたいだ。
囚われていた時は訳も分からず取り乱してしまったが。
いつも通りで接するから大丈夫だよと笑ってくれた事によって充分心が救われた。
「……響?」
一方響は、フェンス越しに静かに外を眺めていた。
彪が心配するように後ろから声を掛けるとゆっくり振り向いた。
「……あの時は僕、感情なんてあすへの愛しか無かったけど……。僕も三人で暮らしていた時が幸せだったよ、なんてね」
穏やかに涙を流しながら、笑っていた。
評価よろしくお願いいたします!




