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10月11日

 

 ついに来てしまった。己の母親との戦いが。


「――っ!?ラヴィッチあぶね!!!!」


「!?」


 以前ラヴィッチとナイチが母親と会った草原で、突然空から刀剣が降ってきた。

 それをタルクが瞬時に刀で弾き飛ばす。


「……この剣……」


 ラヴィッチはその刀剣に見覚えがあった。

 自分と似たような武器、カンラの物だ。

 そしてそれはラヴィッチに向かって投げられていた事に気が付き身が竦んだ。


「あらら、ラヴィッチに投げたのになぁ~」


「……母さん」


 アリーシャ隊と彪の目の前に、薄気味悪く微笑むカンラと厳しい眼差しで見つめるトウマが居た。

 二人の表情を見て、ラヴィッチとナイチはあの時のカンラの言葉を思い出した。

 神について聞いた時、振り向きざまに放った優しい言葉。


『大反対だよ』


 思わず息を飲む。

 様子がまるで違うのだ。

 目の前にいるのは確かに自分の母親のはずなのに、別人のように感じてしまう。


「……この間と様子が変わったな」


「……うん」


 どうやらナイチも同じ事を思っていたみたいだ。

 戦いに消極的だったはずのカンラが、我が子目掛けて刀剣を投げつけるはずがない。


「操られているみたいだね」


「……なら、目を覚まさせなければならないな」


 恐らくカンラ達が裏切るのを懸念して白花辺りが二人に暗示でも掛けたのだろう。

 戦闘は避けられない事は覚悟していたから、まずは目を覚ましてから話す事が先決だとラヴィッチ達も武器を構える。


「二人だけで抱え込まないでね?」


「……!」


「そうだぜ?響の言う通り、オレらも戦うから!連帯感意識しろよ?」


「うん……ありがとう、タルク」


 背後から響とタルクが励ますように声を掛けてくれた。

 ラヴィッチが礼を言うと、タルクは刀を握りカンラに詰め寄り斬りつけに行った。

 響もトウマに突撃し、武器を持たない者同士拳で殴り合っている。

 やはりラヴィッチ達は自分の母親と戦う事にまだ躊躇いがあり、それを配慮してタルクと響が先手を切って戦ってくれているのだ。


「……自分の母親を相手にする……か」


 ふと傍観していた彪がそう呟く。


「そんなこと躊躇なしに……出来んのかよ」


 今はラヴィッチとナイチだが、今後は他のメンバーも己の母親と戦闘をすることになるのだ。

 本当は響達も辛いはずだ。

 自分の仲間の母親と戦う事になってしまうなんて悲しすぎる。


「彪様、無理しなくても良いんですよ~?」


「俺、今日は後ろで見てるわ」


 長期戦になってもこちらの体力を温存させる為、もし母親が戦闘に来たらまずは少人数で攻めていく作戦を予め練っていた。

 なのでまずは響とタルクが先に仕掛け、ラヴィッチとナイチのフォローをする形を取る。


「……しかし大河、やらなければ私達自身が死ぬ。例え相手が身内でも、情を捨てて武器を構えなければならないんだ」


「コーク兄貴……」


 コークは腕を組みながら彪にそう諭す。

 だが彼も自分の母親と対面した時、今と全く同じ事を言えるのだろうかと彪は考える。

 上手く言葉が返せなく、彪は響達の方を向いた。


「拳勝負なら負けないよ…っはぁ…ッ!!」


「ふ、単純だな……!!」


 響は右腕を真っ直ぐにトウマに突き付けるがひらりと避けられてしまいバランスを崩す。

 即座にトウマは左脚で響の背中を蹴り、思い切り遠くの林まで吹き飛ばされてしまった。


「でぇえええい…ッ!!!」


「っなに…!」


 しかしすぐにジャンプをしながらトウマの頭上まで戻って来て殴る振りをして脚で蹴り返した。

 トウマは後方まで飛ばされ、砂利に身体を擦らせながら地面に転げていた。


「お前蹴りの方も出来たのか…!」


「白妬さんに少し教わったんだよ!」


 殴り技専門だった響は蹴りの方も密かに鍛えていたのだ。

 トウマは完全に油断して驚きの表情を見せる。


 一方タルクもカンラと絶え間無く刃を交わし合っていた。

 しかし刀に対して刀剣の方が重み等があって優勢だ。


「ほらほら、負けちゃうよー?」


「…っく……」


 ギリギリと刀剣を強く押し付けられ、ガードしているタルクの刀には少しヒビが入っていた。

 苦しそうな顔をしたタルクだがラヴィッチが戦う覚悟を決めるまでの時間稼ぎの為に負ける訳には行かないと笑う。

 限界が近い刀を労りつつ、タルクは三角の形を描くように刀を振りかざし出した。


「その剣を…!ぶっ壊すには…!」


 頬のトレードマークの三角タトゥーにそっと指を触れさせると、今刀で描いた三角形が明るく光を放った。


「おし…!!これなら斬れっだろぉおおおおお……ッ!!!」


「うそっ……なにそれぇえええええ……!!!!」


 そして勢いよく刀を振りかざすと、それはカンラを斬り飛ばすように襲い掛かる。

 タルクが術を使う事を想定していなかったカンラは真に受けて吹き飛ばされて行った。


「タルク、そんな技あったのか?」


「温めてたんだよ」


 白妬も驚いていた。

 誰にも術を使う事を教えていなかったから当然である。

 上機嫌に返事をするタルクはどこか嬉しそうにしていた。

 しかし気になったのは頬のタトゥーの事だ。

 結局その部分も何なのか明かされず気になっていたのでこの際だからと尋ねてみた。


「姉ちゃんがくれた力、なのかもな」


 本人もよく分かっていないようで濁されたが、本当に姉のシルクがそこに宿っているようにも思えた。


「タルクすごい……」


 響はその様子を横目で見ていた。

 自分は武力でしか攻撃が出来ない為、羨ましく思ったようだ。


「よそ見するなよ……!」


「っあ……ッ!!!?」


 いつの間にか目前に来ていたトウマが響の首元目掛け蹴りを入れた。

 柔軟な身体の動きについ見入ってしまうが、ガードは間に合わず再び蹴り飛ばされてしまった。

 土が口に入り、思わず咳き込む。


「響……一旦下がれ――」


「ナイチ君、僕は大丈夫だよ。僕がおばさんの体力をもう少し減らすから……!」


 申し訳なくなったナイチが響に声をかけるも止められた。

 大丈夫だと言いながら彼もトウマに殴られ蹴られで傷だらけだ。


「愚行だな。時間稼ぎをしようとしても私はまだ…」


「だったら……どうしてさっきから汗をかいているのかな?」


 響はトウマの痛い所を突いていた。

 彼女を指さし、大量の汗を額や頬から流している事を指摘すると鋭い奴だと苦笑いされた。

 すかさずトウマに突っ込むと、勢いよく押し倒し馬乗りの体勢を取る。


「ごめんね…ナイチ君、おばさん。本気で殴らせてもらうよ……ッ!!!」


「っが、は……ッ!!」


 前置きしておくと、響はトウマの顔面を何発も殴り付けた。


「……っ」


 その様を後ろでナイチが震えながら見ている。

 顔面が歪み血に塗れていく自分の母の姿を、辛そうに眺めていた。


「ぐ……っぅ……わ、たしの……邪魔を……っ」


「っ!」


「するなぁあああッ!!!」


「う……ッ!!」


 トウマはなけなしの力で響の首を手で掴むと力を入れて横に身体ごと倒させた。

 その間にすぐに起き上がり立つと、放られた響の腕を思い切り踏み付ける。

 衝撃音と、明らかに骨が折れたような何処かが砕ける音が鳴り響は絶叫した。


「うあああァあああッ!!!」


「響…!!!」


 悶絶する響の頭を掴みあげながらトウマはナイチの名前を呼ぶ。


「ほら、来いよ」


「……」


 力任せに響がナイチの方へ投げ飛ばされ倒れ込む。

 もう少し時間を稼げればと響は悲しげにナイチを見上げ、ごめんと途切れ途切れに謝った。


「響、もういい。感謝する」


 ナイチは顔だけ響に向け、そういうとゆっくりトウマに向かっていった。


 その間タルクの方も刀にガタが来ていた。

 カンラが刀剣を遠くから振りかざす素振りをすると強風がタルクを吹き付けた。


「ぉわ、風強い……」


 咄嗟に刀で防御したがあまりの風の強さにヒビが進行し真っ二つに割れてしまった。

 強風は吹き続け、刃のようにタルクの身体に当たるとカンラの刀剣で斬り付けられたかのように腹部が切られて血を溢れさせた。


「ぅぐ…ッ!!?が、ぁは…っ!」


 吐血しながらその場に膝を着く。

 反撃しに行きたいが腹が疼き動けない。

 見兼ねたラヴィッチがタルクの前に出て脚を震わせながらも剣を握り締めた。


「…ラヴィッチ……っ、あとは……お前が何とかしろ……っ」


「……分かってるよ。ありがとう」


 最早くよくよしている時間など無い。

 コークが言ったようにここで母を止められなければこちらが死んでしまうのだから。


 ラヴィッチは決心してカンラの元へ走ると、歯車付きのブーツの底で彼女の足を踏み付け剣で斬った。


「母さん……!目を覚ましてよ!!!」


「私は最初から目覚めてるよ……?」


 ラヴィッチが叫ぶもカンラは動じない。

 踏まれた足はそのままで、カンラもラヴィッチの腹部に刀剣で切りつけた。


(酷い……この間の会話は……全部嘘だったの……?)


 血を拭いながらカンラを信じられないといった顔で見つめた。


 一方ナイチもトウマと距離を置きながら己の銃で発砲していた。

 しかし上手く躱され、距離を詰められてしまう。

 咄嗟にトリガーを引いたナイチだったがカチカチと軽やかな音がして銃弾が尽きたことを知らされる。


「くそ……弾切れ……!」


「そうやってむやみやたらに撃つからだ…!」


「っぐ……!!?」


 トウマの強力な右足蹴りで身体を後ろまで吹っ飛ばされてしまった。

 だがナイチは銃弾も無いのに再びトウマに走って突撃しに行く。

 彼が格闘技等を取得していない事は分かっているのでトウマは余裕そうに笑っていた。


「ヤケクソで殴りに来たのか?本当に愚かだ」


「それはどうかな」


「?!」


 ナイチは銃を持っていた左腕を真横に突き出すと、後方からマシンガンの銃弾が装填されたマガジンをキャッチして補充した。

 満タンになったその銃ですぐさまトウマに何発も発砲し、彼女は焦燥の顔を見せた。


 ナイチの後方をよく見るとハーモニーが安堵の息を吐いていた姿があった。

 どうやら弾切れになった時に彼女が補填した物をナイチに投げつけるという作戦が密かに練られていたようだ。

 ハーモニーは普段はドジだがこういう時はしっかりとやり遂げてくれるとナイチが信じた上で頼んでいた事である。


 親子同士で戦い合う姿を見ながら彪はあることに気が付き、こう呟いた。


「……あいつら……泣いてる……」


 遠目からではハッキリと分からないが何となくそんな気がしたのだ。


「……っ、嘘じゃない……って…言ってよ……。神については反対だって……言ってたじゃん……!!!」


 こんな戦いに意味などあるのだろうか。

 勝っても負けても辛い思いをするのは両者だ。

 ラヴィッチはどうしても信じられなくて涙ぐみながらカンラとトウマに叫んだ。


「ラヴィッチ……先程も言ったがこいつらは操られているんだ…」


「だからって……っ、ひ、どいよ……!」


 ナイチが傍に寄り、言い聞かせるがラヴィッチの精神的苦痛は計り知れなかった。

 涙を止められなくてひたすらに腕で拭っている。

 するとトウマが突然二人の名前を呼んだ。


「We have something to hide from you」


「え?」


「な、なんつった!?響…は今無理か。コーク翻訳!!」


「……“私達はお前達に隠し事がある”」


 あまりの流暢な英語にタルクは翻訳できず、響は倒れて戦闘不能状態なので頼れずコークを呼んだ。

 すぐにその内容を翻訳してはくれたが意味が分からなかった。


「what meaning?」


 ナイチも英語でどういう意味だと返す。

 敵だったという事も隠されていてまだ隠し事があるのか。


「…この体は、私達は貴方達の母さんではないわ。ナイチ君は操られているって言ったけど…そうね、近いわね。私達は()()()()なの」


「……!?」


 今目の前にいる人物はラヴィッチ達の母では無いと言う。

 ますます訳が分からないし、だとしたら本物は何処にいるのだろうか。


「本物はきちんと存在している。だが私達の受けた傷や痛覚がそのまま彼女らに反映して、多分もう時期……息絶える」


「そ、んな……!?」


「本当は本人達を、それこそ操って戦闘させようとしてたみたいなんだけど……二人はどうしても嫌だって反対して、そしたら()()()()がクローンで良いって言い出して私達が生まれたのよ」


 思いがけない白花というワードに白妬が唇を噛んだ。


(白花がだと……?奴に良心がある訳が……)


 冷酷な心の持ち主の白花が、カンラ達が戦いたくないとお願いをして言う事を聞いたと言うのだ。

 それが白妬にはどうしても信じ難い内容だった。


「まぁ、そんな感じだからとりあえず本物出してあげるわね」


「ぅわ……っ!!」


 クローンのカンラがパチンと指を弾くと二人は姿を消して行った。

 代わりに本物のカンラとトウマが宙から落下してラヴィッチ達は慌てて抱き留めた。


「…本当だ。傷はあるが、先程のクローンよりも酷い状態だ…」


 本物の母の姿は損傷がなかなか激しく血に塗れていたたまれなかった。

 カンラはゆっくりと目を開けると、我が子の泣き顔を見て弱々しくごめんねと謝った。


「私…やっぱり、戦いたくなくて……」


「眠っている状態ではあったがお前達がクローンと戦っている時の事は覚えている」


 カンラ達はふらついた身体で立ち上がり改めて説明をした。

 二人は眠りながらも意識はあるという不思議な感覚で俯瞰していたという。


「それと…クローンの私が言った、私達はお前達に隠し事をしているというのは他の母親達もそうなんだ」


「…それって」


「それぞれみんなが貴方達に隠している事があるってことよ」


 カンラとトウマに関してはラヴィッチ達が魔術のミスで存在を消されて、白花が見つけ出し外国から日本に移住してきた事だ。

 それと今回のクローンが代わりに戦っていた事。


「…ふふ……彼…に、頼んで…よかった、わね」


「そうだな……」


 いよいよ限界が近いのか言葉が途切れ途切れとなっていた。

 直接我が子と戦わなくて済んだことに二人は安堵して力なく笑った。


「ラヴィッチ…いい加減泣き止め」


「…うぅ……っぐしゅ…ぅ……っ」


 ラヴィッチは顔をぐしゃぐしゃにしてひたすら泣き続けている。

 隣のナイチが宥めるように彼の背中を撫でる姿を見て、カンラは優しく微笑んだ。


「ふふ…ナイチ君はやっぱり……ラヴィッチの…保護者みたい、ね……」


「そうやって…アリーシャ隊の皆で支え合って、昵懇の仲でいてくれる、のなら……何も、言うことはない…な」


 二人はお互いの顔を見合って頷き合っていた。

 我が子はもう充分強く逞しく育っている。

 自分達が死んでも大丈夫だと、確信した。


「ラヴィッチ……仲間を信じて、進みなさい。絶対……負けないで」


「……はい!」


 ラヴィッチは最期だけはしっかりと母の顔を見て返事をする事が出来た。

 泣き腫らした顔だが力強く頷く姿に、大きくなったわねとカンラは成長を感じ、光と共に姿を消して行った。


「…ナイチ。よく頑張ったな……母は、嬉しいぞ?泣くなよ?ふふ」


「……」


 トウマは今までナイチを厳しく育て上げてきた。

 あまり褒める事はして来なかったが、最期は優しく頭を撫でて褒めると、彼女もまた光と共に消滅した。


「……っ、馬鹿野郎……こういう時だけ……甘やかして……っ」


 ナイチは久しぶりに母に優しくされた事で涙腺が崩壊し、静かに涙を流す。


(やっぱりこうなるんだ…。()を殺さないとこっちが死ぬ。悲しい結末は避けられねぇ…)


 彪は彼らが泣く姿を直視出来ず目を伏せて考える。

 戦闘には勝利出来たが、素直に喜び合うことが出来ないのだ。

 本当に残酷な事を考えるものだと苛立ちを覚えてしまう。


 コーク達も何と彼らに声を掛けるべきか分からず黙り、しばらく風の音と嗚咽だけが聞こえていた。



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