4月10日、4月16日、4月20日
―四月十日―
「……俺は……っ」
ナイチはガタガタと全身を震わせていた。
自分ではない他人の血痕がついた己の掌を見ながら。
「ただいまーっ!」
「買い物疲れたね」
「ん、おいナイチそこで何してんだ……っ!?」
そこへ運悪く響とラヴィッチとタルクが夕飯の買い出しから帰ってきてしまう。
タルクは台所付近で座り込んでいるナイチに声をかけたがすぐにハッと顔を青ざめた。
「っ……俺は……違う、違うんだ……」
ナイチの手元付近には割れた皿。それとコークが目を閉じたまま口から血を流し倒れていた。
すぐに響がコークに近付き、安否確認をする。胸が上下にゆっくりと動いていたので呼吸はしているようだと安堵する。
「良かった……意識失ってるだけだ……」
「安心した所で……ナイチ、君は何をしたの」
ラヴィッチもコークがきちんと息をしていることに一安心したが、即座にナイチをキツく睨み付けた。
「だ……だから俺は……!……いや、俺が……やったんだ……」
ナイチは、一度は否定するも拳をぎゅっと握ると諦めたかのように認め出す。
「何があったんだよ……!」
「俺だってこんな事になるとは思っていなかった」
タルクは信じられないといった様子だった。あのコークがナイチに殺されかけるなんて到底思えないからだ。
だが血を流しているという事と、真っ二つに割れた皿が事実を証明している。
「俺の考えと……この腕が……間違っていた」
相変わらず震えている手を見せながら事の経緯を説明してくれた。
「サラン様と会える機会が無くなったコークは、どこか寂しそうに見えていた。とはいえ会いに行ける訳でもないしどうしようも無いから、俺に何かできる事はないか考えたんだ。少しでも気が晴れればと思い……」
「それで……こうなったの?」
「はぁ?訳わかんねぇんだけど!」
やはりナイチの説明では皆納得がいかないようだ。
サランが居ないことにより元気がなく何かして励ましたり元気付けさせようと思う気持ちは賛同できるが、だからといって何故殺しかける必要があったのか。
「……やりすぎたことは自分でも反省している……だが……っ!」
「あ~っ!皆様おかえりなさい~♪お買い物ありがとうございました~っ!」
このピリピリした空気を打ち壊すかのようにハーモニーの明るい声が部屋に響く。
隣には白妬もいて、二人ともラヴィッチ達が買い出しに行っているのを留守番で待っていたようで二階から降りてきたのだ。
「あらら~お皿が割れてます~」
「一体どうしたんだ」
ハーモニーがすぐに皿の片付けに取り掛かる。
白妬が現状を教えてもらおうとラヴィッチに聞き、ざっくりと先程までの内容を話した。
それを聞き、白妬がちらりと今も倒れているコークを見て何かを察した。
「なるほどな。まぁ、多目に見てやれ。ナイチも悪気があってやったわけじゃない。初心者だ」
よく分からない事を言ってリビングを出て再び部屋に戻ってしまった。
ナイチ以外の一同がぽかんとする。色々噛み合っていない事に苛立ったタルクがナイチに直球で聞く。
「ナイチ、お前何でコークを殺そうとしたんだ?」
「なっ!?殺そうってそこまで言うか!?」
「んー……?よくわかんなくなってきたね」
「あぁもうめんどくさい!ナイチ!自分がやった事一から話して!」
ナイチの言葉にまたもや一同の頭上にはてなマークが出現したので面倒くさくなったラヴィッチが白状しろとナイチに詰め寄る。
「だから俺は…奴が元気なさそうだったから簡単な菓子でも作って食べさせたんだ。そうしたらあまりにも美味すぎたのか血を吐いて倒れたんだよ」
「……」
あまりにも自分都合の解釈に言葉を失ってしまう。
美味しいから吐血するなどコメディ漫画でも見ないだろう。
とりあえず殺気があってこのような事になった訳では無いようで安心はしたがどうやらナイチはかなり料理が下手だということがわかった。
「……ん……、私…は……」
「あ!コーク」
むくりとゆっくり起き上がるコークをナイチが労りの目で見ていた。
俺の手料理美味かっただろ?と言わんばかりの自慢気な表情付きで。
「……ナイチ・コースト……殺す……ッ!」
「ぎゃあぁああぁああッ!!!」
その顔を見て先程の出来事を思い出したコークは、怒りで腕の袖口からコードを出し、思い切りナイチに突き刺した。
当然の結末に、阿呆だとその場にいた全員が思って各々の部屋に戻っていく。
リビングではしばらくナイチの叫び声が聞こえていた。
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―四月十六日―
「なにこれぇええええええ!!!!」
早朝のラヴィッチの甲高い叫び声でアリーシャ隊全員が目を覚ました。
各々が強制的に起こされてしまった事に怒りや疑問等を抱き、なんだなんだと一斉にリビングに集まるとラヴィッチと同じように驚きの声を上げた。
「髪の毛が長い!!」
何故か己の髪の毛が長くなっていたのだ。リビングに集まった事で自分以外の人もその現象が起こっていた事に気付く。
「いや待て……これは夢だ!それか天国だ…!琴吹兄妹の妹の方がいるぞ!」
「マジだ!!」
「えっ、えっ?僕は響だよ!?」
ナイチがそう言って響を指差すほどに、髪が伸びた彼は妹の明日香そっくりであった。
その為ここは天国なのかと勘違いしてしまいそうになるのも納得である。
「…本当に、あすみたい……」
疑心暗鬼だった響はすぐさま洗面所に行き、鏡で自分の姿を見た。
腰まで伸びた髪の毛のおかげで本人そっくりだと響は何処となく嬉しそうにしている。
「はい、第一回!何でこうなったか会議!」
ラヴィッチが仕切り、皆をそれぞれの椅子に座らせる。
彼は顔が童顔だからか傍から見ればただの女性にしか見えない。
「ちょーーっとまった!今気付いたけど何でオレだけ髪みじけぇの?!」
そこへタルクが間に入って突っ込みを入れる。
誰も何も言わなかったが確かに彼だけが短髪になっている。
「ふ、良いじゃないか。元の姿みたいで」
「いやどうせ胸あるから意味ねぇよコーク」
確かに本来のタルクの姿は男性だったのだから良いといえば良いが、胸はそのまま膨らみを持っているので違和感しかない。
「しかし…一体どうしてこんなことに」
白妬も現状に焦りつつも長い髪をポニーテールで纏めていた。本人に言ったら怒るだろうが似合っている。
「みなさぁーーーんっ!」
するとハーモニーが長くなった虹色の髪の毛をふわふわ靡かせながら皆の元に文字通り飛んできた。
「犯人がわかりましたぁ~!レイ様です~!」
「お嬢が?」
レイといえば倭の友人の魔術師だ。
ハーモニー曰く、家のポストに本人から直筆の手紙が入っていたのだそう。
それを白妬が受け取り、読み上げる。
「”親愛なる皆さんへ
お元気でしょうか。こちらは春になり雪も溶け暖かな毎日となって……あ、皆さんも同じ所に住んでいたわね。失礼したわ。
本題に入るけど、きっと今の貴方達の髪の毛に異変が起こっていると思うの。えぇ絶対。
私、昨日鎖椰苛さんに胸を大きくする魔術をかけたの。以前にもやった事があったのだけどその時は失敗して鎖椰苛さんの髪の毛が伸びてしまって。
それで今回もリベンジで挑戦したらこの通りよ。反省しているわ。
……まぁ大丈夫よ。この術は明日になれば元通りになっているはずだから。
本当にごめんなさい。一日だけ堪えてね。 RAY”」
「……」
全員が黙ってしまった。とりあえず元通りに戻ってくれる事がわかったのでまだ良いが男性陣にとって女性のように髪の毛が伸びてしまうのは堪え難い事だろう。
特にコークとナイチが。
「……それで、これからどうする」
案の定不機嫌そうなコークが腕を組みながら皆に尋ねる。
幸い今日は日曜日で学校に行く必要は無いが、買い出しに行くのは避けられない。
「おーおー、重いから男性陣が行けよ」
「え、ちょ……白妬ちゃんそれは…」
「とっても助かります~っ」
白妬が行きたくないからか男性陣に買い出しを押し付け、ラヴィッチが拒否しようとしたがハーモニーが嬉しそうに笑顔で言うものだからそれ以上何も言えなくなってしまった。
致し方ないので長髪になった男性陣(タルクは短髪だが)で行くことになった。
「んじゃオレと響はケーキでも買ってくるから後はよろしくー」
「えっ、僕も?」
「面倒くさがりめ」
タルクが響を巻き添いにしそそくさと居なくなってしまった。
渋々残りのメンバーで食材を買いに行ったがラヴィッチにナイチにコークという異色のメンバーだ。
早々に買い物を終え、信号のない交差点の分岐点でタルクと響を待っていたがなかなか来る気配が無いので帰ることにした。長髪男子三人で買い出しに出ていた為周りから注目されていたのは言わずもがなである。
その頃二人はケーキが入った箱を片手に仲良く談笑して帰っていた。傍から見るととても仲のいいカップルのようにも見える彼らは、歩いているだけでも周りから注目される程だった。
元から顔立ちもいい二人だから尚更なのだろう。
周りからヒソヒソと美人やら美男美女カップルだのイケメンだのと噂されているが全く気付く様子はない。
だが途中から、どちらが女性だ?と食い入るように見られさすがに視線に気付いたのかタルクがハッとした。
(やっべ…!普通に買い物してたよオレ達!!)
「僕達男……」
「待て響!ここでオレらが男だっつったら混乱すんだろ!」
ギャラリーの話し声が聞こえたのか響が素直に答えようとした所をタルクが寸前で止めた。
するとその内のいかにもナンパ慣れしていそうな男性が、響に綺麗だねと声をかけた。
咄嗟にタルクは触るなと響を庇うようにして抱きながら背中を向けた。
「こいつ、オレんのだから」
巻き込まれると後々面倒なので、響の彼氏役を演じ追い払うことにした。響はタルクより身長が高いので無理やり屈ませながら。
すると逆上したナンパ男がタルクに殴り掛かろうと拳を突き付けた。
その直後に一瞬目の前がパッと明るくなり何も見えなくなる。そして自分の髪型に異変を感じ触れてみるとタルクのいつものサイドテールが復活していた。どうやらレイの魔法が解けたようだ。
そういえば殴られかけていた事を思い出し目を凝らすと庇っていたはずの響が目の前にいて、男の手首をキツく掴んでいた。
「彼に手を出したら……僕、怒るから」
珍しく怒りの表情の響につい見入ってしまいそうだが結局自爆してると焦燥し、響の腕を掴んで逃げるように走り去る。
結局先程の男は追いかけてくる事はなかったが、危うく色々誤解される所だったので逃げきれて良かったとタルクは安堵した。
そして後日レイに今後魔術の失敗はしないようにと念押しで忠告をするのであった。
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―四月二十日―
「…………」
白妬がリビングにて一人優雅にワイングラスに口をつけている。
その様子を響がボーッと見ていたが彼女は気にせず瞳を閉じながら味わっていた。
「白妬さん、何飲んでるの?」
「ん、これか?」
ようやく尋ねてきた響にグラスの中の液体をゆらゆらとゆっくり傾けながら教えようと意地悪に口を開く。
「血……と言ったら貴様はどうする?」
見下ろすように目線を下にやりながら不敵な笑みを浮かべるが、忘れるなかれ響は純粋で天然である。
「え!?血なの!?すごい!グラスにこんないっぱいよく集めたねっ!」
「あぁもうそうだ貴様はドが付くほどの天然だったな!!嘘だよ血ではない!ただの赤ワインだ!!」
あのクールな白妬ですら響には適わず取り乱してしまうのだ。
そんな彼女はアリーシャ隊全員をリビングに集め、ある提案をした。
「お酒を飲もう……だって?」
「そうだ」
突拍子もない提案に一同が言葉を失う。ラヴィッチも、ドヤ顔で言う白妬にタジタジだ。
「どうしたんだ急に」
「特に他意はない」
いきなり何なんだコイツとタルクが大口で文句を言うとすぐに、というのは冗談だと訂正される。
「貴様らはこんな冗談も通じないのか?」
「「冗談に聞こえない奴ばかりなんだよこの組織は!!特にラヴィッチとコーク!!」」
白妬が馬鹿にするように口元に手を当てながらわざとらしく驚いた表情を作って煽る。
その言葉にタルクとナイチがハモって返した。
おぉ、シンクロしたと少し嬉しそうにしながら、話題を響に振る。
「響は逆に冗談言えなさそうだな」
「嘘とかつけなさそうだしな!……って、あぁ?」
何故か意地悪げに矛先を響に向けると何故だか響はしくしく泣いていた。
「うぅーーーっ」
「いや泣くポイントわかんねぇよ!!!」
たまに響はこんな感じで何処が泣くスイッチなのか分からない所で泣き出すことがある。
そんな両眼に涙を浮かばせる響の頭をラヴィッチが優しく触れると、ドス黒いオーラを出しながらコークと一緒にタルク達を睨み付けていた。
「「で、誰が冗談に聞こえない奴だって?(だと?)」」
「ひぃいい!!」
こちらもシンクロしていた。
急に騒がしくなった空気を一喝するように白妬がうるさいと叫ぶ。
「とにかく!今夜私の部屋に来ること!いいな!」
騒がしいのは白妬本人では無いのかと思ってしまう程に彼女は慌ただしく走って部屋に戻って行ってしまった。
その後をハーモニーもついて行くが、ちらりと男性陣の方を見て優しく微笑む。
「あれでも白妬様なりの気遣いです~。皆様今夜はよろしくお付き合いして下さい~」
その言葉を残して居なくなった。
夜になり、乗り気はあまり無かったがハーモニーにも付き合ってと言われた為ドタキャンは心苦しいので部屋に行くことにした一同。
「来たか」
白妬は既に先程同様ワイングラスを片手に嗜んでいたようだ。
どこで買ってきたのかは不明なワインやビール等の瓶や缶をテーブルに置き、好きなのを飲めと白妬が催促してくる。
(もう未成年とか気にしたら負けなんだろうな……)
ラヴィッチが内心で憂いを帯びた表情で白妬を見つめる。彼女も年は十九のはずなのだが大丈夫なのだろうか。
そんなこんなでアリーシャ隊の晩酌が始まるのであった。
「ガッハハハッ!!!生きるって楽しいじゃねぇの!!!おい!酒持ってこい響ぉおおお!!」
「うん……僕は……ここに……いる……宇宙に……」
「いやベタすぎるだろ」
タルクと響はたった数口飲んだだけで壊れてしまった。
というのも、白妬が買い集めた酒の度数が高いものばかりですぐに酔いが回るようだ。
ラヴィッチがちびちびと飲むナイチの姿を横目で確認する。
ラヴィッチの手元にあるコップにはゆらゆらと透明な焼酎が注がれてある。
(ナイチのあのコップの中身が水なのは確認済み……。僕だって年齢違反したくはない……そうだ!)
「ちょっとナイチ……向こうから布巾取ってきてくれる?」
「は?……仕方ないな」
そう言って少し席を外し自分に背を向けている間にラヴィッチはナイチのコップと自分の物を入れ替えた。
そして何も知らずに普通に布巾を持ってラヴィッチの隣に戻ってきた。
「ほら」
「あぁごめん、ありがとう」
「貴様、飲まないのか?」
自分が飲んでいた物が水の為、余裕気にそう煽るナイチに、ラヴィッチは入れ替えた彼のコップでグビグビと水をがぶ飲みして見せた。
まさかラヴィッチが未成年なのにお酒を平然と飲んでしまっている姿に口を開けながら驚くナイチ。
反撃で彼もナイチをふふんと挑発する。
「君こそもっと飲んだらどう?さっきから少しずつしか減っていないけど」
「……と、当然だ」
「あ」
そう言って元々ラヴィッチのだった焼酎入りグラスに口付け、グイッと喉に流し込んだ。
するとみるみる顔が赤くなっていき、大の字で倒れてしまった。
「え、弱……!」
「ラヴィッチ・イザード」
「な、なに……っんん!?!?」
驚くラヴィッチだったが背後からコークに呼ばれ振り返ったと同時に、口の中に焼酎を入れられた。
そしてナイチと同じようにすぐに顔が赤くなってしまい倒れているナイチの上に覆い被さるように気絶してしまった。
「タルクも響も……みんな弱いな」
「未成年だからな」
(私も大人になってお酒を飲んでみたいです~)
コークと白妬が静かに酒を嗜んでいる姿を、ハーモニーが羨ましそうに眺めていた。
彼女は機械のため飲食が不可能なので眺めることしかできないが、二人の大人の雰囲気に憧れを抱いていた。
白妬はともかくコークはそれでもまだ二十一歳だというのに大人のオーラが強すぎる。人生何周目だよという感じだ。
「……聞かないのか?私が何故このような事を提案したか」
「ふ、そんなの聞かずとも分かっている。……お前が飲みたかっただけだろう?」
「は!?」
「冗談だ」
コークの冗談は冗談に聞こえない。昼頃に白妬も冗談に聞こえない冗談を言っていたが彼も相当だ。
「何だか嫌な予感がするんだ…。これから、何かに巻き込まれてしまうような……。だから、今日だけでも楽しませてあげられたらと思ったんだ」
「別に楽しいなんて感情はいらないと思うが。それに、何かに巻き込まれようなら全力で打ち勝つ」
コークは冷徹だ。体内に人工知能が搭載されているからそのように落ち着いて物事を判断できるのだろう。
元から彼はサランの傍にいた時から仲間と戯れるような人では無いことは分かっている。
しかし少しでも息抜きが出来たり疲労回復になる事があれば行っていきたいと白妬は思っていた。
(こんな感情……姉さんの敵だった頃は絶対に思わなかった)
「……時にお前」
「何だ」
「私は冗談が通じないのか?」
「いやそんな真顔で聞くからそう思われるんだぞ」
この先何事も無ければ良いがと白妬は心の中で思う。
だが何か起こってもアリーシャ隊なら乗り越えられるだろうと確信があった。
評価よろしくお願いいたします!