妹の言葉が強過ぎる
「お兄ちゃんはさあ、いつになったら死ぬの?」
「いきなり言葉が強過ぎるよ。心が傷つくとは思わない?」
「そうかなあ。そんなことはないと思う。だって、死んだ方が良い存在だし」
「暴言を吐いているって自覚を持ってほしい。言うにしても、せめてもう少し柔らかな表現ってものがあるでしょ」
「えー。結構な柔らかさがあったと思うけどなあ」
「何処らへんが」
「『ちゃん』のとこ、とか?」
「そこ? そこなの? 他に目を向けるべき所があったよね」
「ない」
「断言かつ即答。びっくりした。お兄ちゃん、とてもびっくりした」
「自分で『お兄ちゃん』って言うとか。もしかして、死ぬ気になった?」
「どういう流れで? 僕がお兄ちゃんであると自認する事と僕が死ぬ事に何の因果関係が?」
「じゃあお兄ちゃんは、何の覚悟も無く私の『お兄ちゃん』を名乗っているって言うの?」
「君が生まれたその瞬間から僕はお兄ちゃんだったわけで。覚悟とかそいう大層なものは……」
「無いの?」
「……無くは無いです。はい」
「じゃあ死ねるよね。今すぐにでも」
「それとこれとは別問題。そして、言葉が強過ぎるよ。心はもうボロボロ」
「ホントに? ホントにボロボロ?」
「うん。擦り切れる寸前ってくらいボロボロ」
「……………………………じゃあ言い直すね。『お兄ちゃん死なないで。世界なんてどうでもいいから、生きてください』」
妹が泣いている。
僕の妹、『心』が泣いている。
僕に『死』を促す事に耐え切れずに泣いている。
何の因果か分らないが、心の兄として生を受けた者を代償にして世界を救う事ができるらしい。
らしい、と言うのはそこに理屈などないからだ。
心は特別な存在で、世界を救える力を持っていて、その力を使う代償が『心の兄』なのだとか。
世界が崩壊の危機に陥った瞬間、世界中の人々の頭の中にスッとこの事実が入り込んだ。
どうにかしてる。
どうにかしてるとしか思えないが、拒絶できない実感を持って、世界は終わりに動き出していた。
世界が終わったら、心も死んでしまう。
そう考えたら、僕の命を差し出す以外の選択肢なんて選べなかった。
最期の我儘として、期限のギリギリまで心を過ごす権利を貰った。気持ちの整理は直ぐに出来るものでもなかったから。それは心にとっても同じだと思う。
僕に『死ね死ね』言っていたのは、『死にたくない』と言わせたいからだ。
だけど――。
「世界をどうにかしないと皆死んじゃうよ」
「世界なんてどうだっていい。皆死んじゃってもいい。それでもいいから生きてよ。私の力を使えばなんとかなるかもしれないじゃん」
理屈を無視した力で世界を救えるのだから、理屈を無視して僕の生きられる道を選べるかもしれない。そう考えているんだと思う。
嬉しいな。凄く嬉しい。こんなにも大切に思われているなんて。
だけど、それでも、やっぱり。
「言葉が強過ぎるよ。この世界には心の大切な人が沢山いるじゃないか。僕にとっても。だから、世界を救おう」
暴言にも等しい残酷な言葉を言っている自覚はある。
心に僕を。妹に兄を殺せと言っているに等しい。
それでも、もう一度言う。
「僕らで世界を救おう」
泣いている。
妹は泣いている。
きっと、僕も泣いているのだろう。
「――――――」
最期の瞬間、妹の声に包まれた気がした。
柔らかく。
そっと、柔らかく。