あと96日
NTR進捗状況
ヒロインの出番なし
田中 正:主人公、あのチャラい奴らが憎い。
橘 鈴 :幼馴染、寝取られる
金谷 駿:イケメン、クラスでは人気者
「それじゃぁ、鉄(Fe)に亜鉛(Zn)をメッキしたのは?」
「えーと、徹には会えん(亜鉛)といったとたんに、だからトタンだ。」
「はい、正解。じゃぁ鉄(Fe)にスズ(Sn)をメッキしたのは?」
「え?鈴?あっスズか。鉄バットで素ぶりするだから、ぶりぶり・・・、ブリキだ!」
「正解、じゃぁこのスズ(Sn)と鉛(Pb)の合金は?」
「合金なんて子は知りません!」
正の出す問題になんとか粘って答えていた鈴だったが、ついにギブアップした。
今日は土曜日で休みだと言うのに二人は学習塾の自習室で感心なことに勉強に精を出している。というのも先日の化学の小テストで鈴はかなり危機的な点数を出してしまったため、次の中間試験で赤点回避のために早めに苦手克服に取り組んでいるのだ。とはいえ苦手科目ばかりやっているとモチベーションは下がる一方で鈴は徐々に雑談モードに入って行った。
「ねぇねぇ、このスズ(Sn)って子をダダくんは今回良く問題に出すけど、なんでなのかな?推しメンなのかな?好きなのかな?」
いつもの二人だけの時に見せる鈴のからかうような言い方に正は鼻で笑う。
「ふっ、じゃぁ今日はスズがどれだけダメな子か教えてあげよう。」
「なにー、スズはできる子です。訂正を要求します。」
抗議する鈴の前に紙と鉛筆を出すと、正は話し始めた。
「ではまず、金属のイオン化傾向を高いほうから順に言ってください。」
「ふーん、それくらいできますよ。貸そうかな。 まあ、あてにすな。ひどすぎる借金。でしょ。え?ゴロじゃなくて原子記号で書けって?そんなのできるわけないでしょ、おねぇちゃんをからかうんじゃありません。」
自信満々に言う鈴に正はため息をつくと自分で書いて行く。
K Ca Na Mg Al Zn Fe Ni Sn Pb H2 Cu Hg Ag Pt Au
「この中で鉄とスズと亜鉛の原子記号はどれ?」
「それぐらいわかります。Feでしょ。そしてスズはSだからSn、これね。で亜鉛はAだから・・・。」
鈴が自信満々にAlを指そうとする手を正がつかむ。
「亜鉛はZnです。」
正は強引に鈴の右手が指す方向を変えるとちゃんと覚えるんだぞと念を押すようにしばらくそのままの体勢を維持した。
「む~、弟のくせに生意気。」
鈴は正の手を振りほどくと右手をさすりながらうらめしげに正の顔を見た。そんなに強く握ったつもりではなかったのだが。少し恥ずかしくなった正は咳払いでごまかすと本題に入ることにした。
「良く見て、さっき鉄(Fe)をメッキするのに亜鉛(Zn)とスズ(Sn)が出てきたけどイオン化傾向は鉄に比べて高いのと低いのがいるでしょ。」
「それって何かおかしいの?」
「・・・メッキは本体の金属、ここでは鉄を錆びさせないようにするためにします。イオン化傾向が鉄より高い亜鉛は鉄の代わりに酸化することで鉄の酸化を防ぎます。」
「えっ?酸化ってイオンになることだったの?」
「えっ?」
正の方が驚いて声が大きくなる。鈴のあの小テストの点数の理由がようやくわかった。自由電子が鉄から亜鉛に動くことで酸化を肩代わりする理屈を説明しながら、鈴の赤点回避がどれだけ難しい課題なのかを正は理解した。
「話を戻します。亜鉛は鉄よりもイオンになりやすいから鉄が錆びるのを防げますが、じゃぁ鉄よりもイオンになりにくいスズ(Sn)はどうやって鉄が錆びるのを防ぐのでしょうか?」
「が、がんばる。」
「はい、がんばっても錆びるのは防げません。スズには鉄を錆びから守る機能はありません、ただ覆っているだけです。だからブリキは表面に傷が付いたら中の鉄がどんどん錆びていきます。」
「ダメじゃん、スズ、ダメな子じゃん。」
鈴はそう言うと元気を失ったように机に突っ伏すと嘆きだした。
「はー、どうせ鈴はダメな子ですよ。どうせ、赤点になってお小遣い減らされて、弟にたかる日々が待っているんですよ。」
いけない、つい調子に乗って鈴をからかいすぎた。こちらも小遣いは大した量をもらっていないのだ。とても姉一人を養うことはできない。全力でおだててやる気を取り戻させねば。
「大丈夫ですよ。鈴はできる子ですよ。ほら、このスズもホントはすごい子なんです。ほら、スズ(Sn)と鉛(Pb)の合金ははんだと言って電気工作にはなくてはならないものなんですよ。」
「はんだ!知ってる!あの熱い棒で溶かすやつだ!でもなんでスズと鉛を混ぜるの?」
「スズは金属の中でも融点が低いから合金を溶けやすくするために混ぜるんだよ?」
ふ~ん、でもおぼえにくいなー。鈴をおだてるのには成功したが、もう情報が増えすぎて、上手いゴロ合わせでもないと鈴の記憶には残らなそうだ。
「う~ん。鈴と鉛、金谷が混ざるとはんだになる・・・。」
正はなんとなく文字列から頭に浮かんだ言葉を意味も考えずに口に出してしまう。しばらく反応に困ったように鈴が固まっていたが顔を赤らめながら正を叩いた。
「ちょっと、おねぇちゃんに下ネタはダメですよ。いつからそんなに悪い子になったんですか。」
自分でもあり得ないことを言ってしまったと自覚があるため、正はうまく返事ができない。
「もう、それに、私はあんまりイケメンとか苦手だから。チャラそうだし。」
鈴が照れ隠しに言った言葉になぜか正は安堵して仕切り直すように勉強を再開することにした。
昼時から始めた二人の自習時間も徐々に空が赤みを増してきたことで終了することになった。
「は~。つかれた~。おねぇちゃんはこんなに頑張ったのでご褒美が欲しい。」
鈴が視線を窓にやり夕陽を見ながら言う。夕日に照らされて赤くなった鈴の顔に正は問い返す。
「ご褒美?」
「そうです。おねぇちゃんを明日映画に連れてって下さい。」
それだけ言うと、返事も聞かずに鈴は扉から出て行ってしまった。閉じかけた扉の隙間から鈴が階段を駆け下りるけたたましい音だけが聞こえる。
鈴といっしょに休日に映画。それは実質デートではないのか。
なるほど、確かにご褒美だ。