あと97日
NTR進捗状況
幼馴染にとって主人公は弟みたいな存在
田中 正:主人公、寝取られないようがんばります。
橘 鈴 :幼馴染、寝取られる
金谷 駿:イケメン、クラスでは人気者
黒川 輝 :チャラい、イケメンの取り巻き
「あ~であるから、この反応式は・・・。」
体育のあとの化学の授業はエアコンの程良い風のおかげもあって実に快適だった。さらに化学教師のお経のような授業が拍車をかけ生徒たちは半分ほどが船をこぎ始めている。もちろん残りの半分はひんやりとした机に沈んで浮き上がってはこない。その中でも数少ない頭を上げている数名の一人が主人公だった。
「ほれじゃぁどうしようかな。あ~よし、正。この問題を解け。」
教師はもう慣れたもので何人が轟沈していようが意に返さず目があった生徒を適当に当てる。
ここでは元気に返事をしてはならない。皆が一致団結してやる気がないのだ。ここで空気を読まずに和を乱すと、それが積もり積もってやがては排斥の憂き目にあう。返事は椅子を引く音でかき消される程度、億劫そうに見えるようにゆっくりと立ち上がり、かといって目立たぬように動作に無駄があってはならない。
黒板にはさらし粉の生成式が途中まで書かれている。水で湿った水酸化カルシウムに気体の塩素を通すだけの簡単な精製方法のそれを化学式で完成させる。
CaOH・H2O + Cl2 → CaCl(ClO)・H2O
左の式に足りなかった水分のH2Oを書きたして、右式のさらし粉の化学式を書けば完成だ。引っかけ問題としては初歩的なそれをひょいっと回避すると正は目立たぬようにそそくさと席に戻る。
「おおそうだった、この水酸化カルシウムには水分子が必要だったの。すっかり忘れておったわ。」
ぎくりとした。教師の間違いを指摘すると言うのはそれがどんなケアレスミスであれこの授業と言う特殊な時間の中では特別なイベントになる。大丈夫、半分は寝ているのだ、このまま何事も無かったかのように振舞えば授業に興味のない残りの生徒もスル―してくれる。誰とも目を合わせないように注意深くでも自然に顔を伏せながら席に着く。大丈夫、大丈夫。
「ひゅー、すげぇ。やるじゃん。」
場に似つかわしくない、空気を読まない声が正の期待を裏切る。その声は集団の和を乱しているのに嫌悪されることはない。そんな特別なことがさも当然のことのように、金谷 駿は続ける。
「お前ら、ほら、拍手だろ、こういうときは。」
教室のそこかしこでくすくすと忍び笑いが漏れる。調子の良い何人かが手を叩き、深海に沈んでいた生徒たちが顔を上げ出す。何事か分からない彼らに説明するたびに忍び笑いの輪は広がり、その中のいくつかが好奇の視線を正に向ける。新しい和が駿を中心に形成されていく。あくまでも中心は駿で、その周りを回る惑星の一つに過ぎないのが正だが、太陽に照らされてしまえば逃げることはできない。
「よぉ、がり勉。おれにも勉強教えてくれよ。お前、せんせーより頭いんだろ。」
駿の一番近くを飛びまわる第一惑星を自任する黒川 輝はさっきまでいびきをかいていた遅れを取り戻すべく、ぽっと出の小惑星に無遠慮に衝突する。
「ははっ、そ、そんなことないよ。」
視線を集めたとことによる羞恥で頭がのぼせあがり、ろくな返答ができない。
「そ、そんなことないよ~。っだって。かっこいー。」
輝の似てない物まねに教室ではっきりとした笑いが起こる。正のどもり気味の口調を面白おかしく再現するプチブームが1年A組で巻き起こる。この手の流行りは竜巻のようにさっと始まり翌日にはきれいさっぱりと終わる。だがいじりの対象にされた人間にとっては爪後のように何日もうずく。だけど傷ついていることを気取られてはいけない。せっかく面白くいじられているのだから、それに水を差せばクラスでの扱いはただのモブから悪役にまで下がってしまう。正はへらへらと笑いながらクラスの輪に溶け込んでいた。
「ほいじゃぁ駿。この問題を解いてみろ。」
「おっ、先生。俺も間違いを見つるから。そしたらテストの点おまけしてよ。」
化学の教師は手慣れたものでクラスの騒ぎの中心を授業に引っ張り込むことで収拾に動いた。駿がここが見せ場と黒板の前でクラスを盛り上げる。
「えーっと。さらし粉の中で酸化剤として働く塩化物イオンの化学式?」
駿の手がチョークを握ったまま止まる。頭を悩ませるように両手は後ろで縛った長髪にのびる。
「じ?、じあ、じや、じゃ、じゃー。」
教室中に聞こえるようにわざとらしく悩みながら身をかがめると周囲の目が集まったところで飛び上がりながら叫ぶ。
「ん!ジャー・ジャー・ビンクス!」
駿はほどいた長髪を大げさに振りみだし、口先を突き出して両手をぶらぶらさせながら歩く特徴的な不快な歩き方をして見せる。
教室がシンと静まる。20年前に公開されたスターウォーズ映画に登場した屈指の不人気キャラ、ジャー・ジャー・ビンクスのものまねは残念ながら理解されなかった。彼らが生まれる前の映画なのだから仕方ない面もあるが、駿は懲りずにじゃーじゃー言いながら歩くまねをすると、わざとらしく輝が笑い出した。
「まじうけるわー。駿、まじでお笑いの才能あるわー。」
輝のそのセリフに促され、空気の読める何人かがぱらぱらと笑い出す。それに気を良くした駿はさらに続けようとしたが、その後頭部を教師が丸めた教科書で叩いた。
「次亜塩素酸じゃ、ばかもん。」
黒板にHClOと大きく書き示しながら言う化学教師だったが、思わぬところからのつっこみに自然と笑いが巻き起こり余計にうるさくなる。
教師にさっさと座れと促され席に戻る駿を中心にして未だに騒ぐ集団の影で正は息をひそめた。
大丈夫だ、自分のことなどもう誰も気にかけていない。そう念じるように下を向く。
幼馴染の鈴だけが心配そうに見ている。




