あと87日
田中 正 :主人公、キレちまったよ。
橘 鈴 :幼馴染、寝取られる。
金谷 駿 :イケメン、クラスでは人気者、幼馴染とフラグ建築中。
黒川 輝 :チャラい、イケメンの取り巻き、幼馴染と無理やりフラグ建築中。何か色々ゲスイことを言ってた。
黒田 晄 :汚っさん、女子生徒をいやらしい目で見ることに定評のある男性教員。
教室に着くともう慣れっこになった喧騒が正を迎えた。あれだけ嫌だったものが今はどこか名残惜しい、もうすぐお別れだと思うとついそんな気分になった。最近では珍しく正は上機嫌に席に着く。ポケットの中のICレコーダーの感触がそんな気分に拍車をかける。ここで鼻歌でも歌ったら周りはどんな顔をするだろうか。
正は調子に乗っていた。それ故に油断していた。
「実はー、俺たち付き合ってまーす。」
調子はずれのその声は輝のものだ。すっかりと鈴の隣が定位置になった輝は駿とは違い遠慮がちな鈴の代わりに話題を回し、いつの間にか鈴の代弁者のような立ち位置になっていた。そのことをからかってきた同級生の言葉に輝は意図的に乗ったのだ。
「へへっ、これずっとヒミツにしてたんだけどー、実はー、あの俺が晄から鈴を助けた時に、付き合うことになっちゃったんだー。」
正が思わず立ち上がる。椅子が思いのほかけたたましい音を立て、倒れる。教室の視線が正に集まる。頭に血が上りくらくらする。きっと顔は真っ赤になっている。口を開いては閉じ、緊張でこんがらがった頭は言いたいことがあるのにそれを言葉にしてくれない、理路整然としゃべりたいのに体がそれを拒否している。輝が意地悪な目でそれを見ている。
「なに言ってるかー。聞こえませーん。」
普段優等生ぶっている正をからかう、そんなちょっとしたエンターテイメントが輝を中心にして開催される。登場人物は滑稽なピエロ、何かをしようとしても失敗して、それが哀れでみっともなくて悲しくて、そして面白い。クラスで笑いが起こる。正の頭の中で昨日の輝の言葉が甦る。
『そいつの前で口説くとすっげー顔してんの、』
これがそれか、お前が面白がっている、そんなに面白いか。正はポケットの中から握りしめたものを取り出そうとする。そんなに面白いものが見たいなら、こいつはどうだ。さぞや面白いことになる。きっとこれで鈴も救われる。正はそう思った。
きっと鈴は悲しい顔をしている。きっと鈴は傷ついている。きっと鈴は・・・。
鈴は困ったような顔で笑っていた。たしなめるように、その顔を輝に向けていた。それは決して正を笑っていたわけではなかった。鈴の新しい人間関係の中で今、この場で起こっていることを止めさせるにはそれが一番確実だった。だから場の空気を壊さないように、場の空気に乗りながら、納める方向に努力していた。
正は鈴に怒って欲しかった。悲しんで欲しかった。こんなに傷ついている僕を見て鈴も傷ついて欲しかった。正は鈴を救いたいわけではなかった、ただ自分と同じでいて欲しかった。
醜い自分が顔を出した。
「えー、ショッッック。俺も俺も、好きだったのに。」
今まで目立っていなかった駿が突然話に介入する。久しぶりの主役の登場に皆の視線がそちらへと向く。駿の突然の告白にクラスの少なくない数の女子が本気の悲鳴を上げる。
「え、え?マジで、いや、ごめん、いや、今のは悪ふざけっていうか。おれ、駿くんがそうだって知らなくて。」
輝が口ごもる。言われずとも誰もが輝の悪ふざけだと気づいていた、だからこそのバカ騒ぎだった。だがクラスの主人公、駿と対立するなど考えていなかった輝は本気で弁解し始める。
「違うって、俺が好きなのは、お前だよ。輝。」
女子たちが先ほどとは違う意味で悲鳴を上げる。男子たちも一瞬あっけにとられた後、笑い出す。もう誰も正のことなど覚えていない。クラスで一人傷ついた人間のことなど、もはや興味もない。
ピエロはひっそりと舞台から降りたのだった。




