橘 鈴(すず)の物語
今日の4本目です。
自己紹介は苦手だ。自分のことで話すことなんてないのに、でも何か言わなきゃいけない。そうやって絞り出したのが無難な内容でも奇抜なものでも後で絶対に後悔する。だから自己紹介は苦手だ。
私の名前は橘 鈴。都内の高校に通う高校生。以上、終わり。
あと話すことは、そう、幼馴染がいる。なんだか思い出すといつも一緒にいてそれが普通で、だからわざわざ他人に言ったことは無い。だって自己紹介で家族の紹介とかしないから、それと同じ理由。
私は普通で、これからも普通で、それがずっと続くと思っていた。それでいいと思っていた。
それが変わったのは割りと最近のことだ。
クラスには目立つ人が一人はいて、でも同じクラスなのにそれは遠い国で起きてることみたいにテレビ越しみたいに他人事だった。何故か私はそれに巻き込まれていった。正直、怖くて嫌だったけど、でもその頃幼馴染のダダくんがクラスの良くない人たちにいじられていてそれをどうにかできるんじゃないかと思ったら、もうそうするしかなかった。自分にできる限りのことをしようって、そう思った。だって家族みたいなものだから。
それもいつの間にか変わっていった。ダダくんが目立つようになって皆から評価されて、最初からそうあるべきだったみたいに中心になっていった。
それに反比例して私は元のポジションに戻っていった。本当はそれで良かったはずなのに、それでいいのか悩むことになった。独り立ちして前を行くダダくんに置いて行かれる気がして悩んだ。その悩みを駿くんに聞いてもらったりもした。
あんなに遠い存在でちょっと苦手だった駿くんは意外と話しやすくて、なんだか不思議だった。きっとダダくんと仲がいいから、それで身近な存在になったんだと思う。だから、あんなことも頼んでしまったんだと思う。
私はアルバイト先の喫茶店の店主から無茶な賠償を請求されて困っていた。
私がアルバイトを始めたのは自分を変えたかったからだ。変わっていくダダくんが眩しくて、変わらずに尻込みしている自分が恥ずかしくて。
アルバイトのことは親には内緒にしていた。うちの親は寛容なようでいて自分がそうと信じたことには頑なになる。もしも反対されたら説得するのは無理だろう。だからコッソリとアルバイトをしていた。
もしも親のところまで話が行ったら、もう私が自由にできることは無くなるだろう。それは絶対に嫌だった。
だから藁にも縋る思いで頼ってしまった。ダダくんにではなく、駿くんに。
******
「大丈夫だよ、それぐらい。別に俺たち賞金目当てってわけじゃないし。正だってうんって言うって。」
「うん、ありがとう。それでね、このことはダダくん、正くんには黙っててほしいの。」
正にはずっと心配ばかりかけてきたから、これ以上は迷惑をかけたくなくて鈴は駿にお願いした。
「うーん、それはまあ大丈夫かな。正なら別に何も説明しなくても納得してくれそうだけど。」
「うん、私ね、ちょっとあのティーカップが高級品っていう話が怪しくて。」
あの時はいろんなことが一気に進んでいって鈴も混乱していたが、冷静になって考えればあの晄が高級なティーカップを趣味で所有しているなんて怪しすぎる。あれが偽物であると証明できればお金も取り返せるはずだ。
鈴が自分の考えを説明すると駿も頷いてくれた。
「今、その壊れたティーカップっていうのはどうなってるんだ?」
「うん、ちゃんと店主に預かってもらってる。ちゃんと弁償した後で直せないか伝手を頼ってみるって言ったから。」
「そうなると、偽物の証拠を掴むまで逃げられないようにするためには相手を油断させないとな。」
できるだけ相手の言うとおりにしてこちらが何も企んでいないように振舞わないといけない。輝が話を振って来た時点で駿が関わることは向こうも分かっているだろう。なら、堂々と行くだけだ。




